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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
第3章・ヒーローの定義
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第9話・俺のヒーロー


「あんたが希望だ! 叫べ! 思いっきり、カッコつけろ!」


 アウロラは一瞬ギョッと目を剥く。

 竦ませる肩。唇は動くも、すぐに閉じてしまう。

 瞳にはまだ、怯えが滲む。


「……っ、俺を見ろ! アウロラ!」


 とっておきの魔法を、やるしかない。

 守山は大きく手を振り、太陽の方向に向けて右手を翳した。

 グッと強く握り、腰の位置に据える。そしてもう一方の手を斜めに真っすぐ伸ばして、指先で弧を描いていく。

 アウロラの顔に、気づきが閃いた。彼女はグッと唇を噛み、守山とモーションを合わせて虹剣(こうけん)エリスを高く掲げる。

 虹色の切っ先が、光を弾く。

 守山は大きく息を吸い込んで、アウロラと声を合わせた。


「――変身!」


 重なる声。人々はポカンとしているが、それが希望の言葉ということは伝わったようだった。

 吹っ切れたように切っ先を払うアウロラ。そのまま柄を両手で握り、刀身を下に向ける。

 教会の下には、眼球を突かれたモンスターが白い腹を晒してのたうち回っていた。

 アウロラはスゥと息を吸い、凛とした声を響かせる。


「私はヴェスペリア王国の王位継承者。そして、虹剣イリスを振るう者! 魔は葬る。お前が欲した力を、その身に受けなさい!」


 心臓が掴まれたように、息が苦しい。

 守山は胸の前に置いた手を強く握り、下手くそになる呼吸を吐いた。


「クッソかっけぇ……」


 こぼれた呟きを掻き消すように、人々の歓声が響く。


「いっけー姉ちゃん!」

「決めろー!」

「がんばれー!!」


 本気の期待。本物の希望。守山の指示を待つまでもなく、アウロラは最高のタイミングで飛び出していた。

 空中に閃く、陽光を弾く虹色の刀身。太陽を背に逆光になったその影に向かって、守山も力の限り叫ぶ。


「いっけえぇっ! 俺の――ヒーロォォォ!!」


 悔しい。悔しいけれど、抗えない。

 見上げた先にいるのが、ヒーローだ。

 何よりも強い希望だ。


 影の中で一瞬、紅玉石が瞬いた。

 虹色の刀身はモンスターの頭部に突き刺さり、そのまま重力と剣の重さを乗せて一直線に身体を裂いていく。


「あああああああ!」


 裂け目から吹きだす体液は、アウロラの身体を避けるように左右に分かれて飛び散った。

 濃い腐臭。血の匂い。空気を揺らす断末魔。

 ザァァと轟音を立てて大地を蹂躙する毒液が止んで、フラッと揺れた巨体が噴煙をまき散らしながら地に沈む。

 揺れと、噴煙が鎮まる。やがて訪れる静寂のあとに、音が戻ってくる。


「……やった……」


 呆然と呟く守山の足元に、子供たちが飛びついてきた。


「やったー! 倒した!」

「すげー! カッコよかった!」

「やったね! にいちゃん!」

「ああ……すげえだろ。あれが俺らのヒーローだぜ」


 守山は子供たちの肩を抱いて、正面を示す。

 高く上った太陽が照らす、荒れた大地。その中を倒れたモンスターの巨体を背に歩く少女。

 虹色の剣は一度力を使い果たしたせいか、銀色の刀身に変わっていた。それでも、傷ひとつない最強の武器。


「モリヤマ……わたし……」


 アウロラは立ち止まり、細い喉を震わせる。

 胸の前で小さく拳を握った彼女は、首を傾けて花の咲くように微笑んだ。


「わたし、やったよ! できた!」


 溌溂とした声に、子供たちも弾かれたように駆け出す。子供たちはアウロラを囲んで歓声を上げ、大人たちも遠巻きに見ながら拍手を送っていた。

 守山はしゃがんで子供たちと目線を合わせるアウロラに近づき、微笑みを向ける。


「受け取ったか? 最強のアイテム」

「え?」


 アウロラはキョトンとした顔で首を傾げた。


「わかってないんかい!」

「だ、だって! モリヤマがちゃんと説明してくれないから……!」


 白い頬を真っ赤に染めて抗議するアウロラに、子供たちは声を上げて笑う。

 守山も地面に座り込んで笑うので、アウロラは立ち上がり、プゥと頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。

 守山はそっと目を細めて、アウロラを見上げる。


「――歓声」

「え?」

「がんばれ、って声。すげぇ力になんの……ひとりで戦ってたら、絶対得られないもんだろ?」

「あ……」


 アウロラの瞳がスゥと見開き、周囲を見回した。

 ジワッと赤が滲んでいく肌。紅玉石の瞳が潤んで、柔らかく細められる。


「……うん、すごいね」

「だろ?」


 ホゥと淡く吐き出される息。

 アウロラの瞳に揺れる強い決意の光を眺めて、守山はホッと肩の力を抜く。


――瞬間。一瞬、鼻腔を焼くような濃い匂い。


 見開いた視界に、真っ二つに裂かれた尻尾の先が持ち上がるのが見えた。

 弱々しく灯る球状の明かりが徐々に膨れ上がり、黒いスパークを纏い始める。


「――危ない!」


 反射で叫んでいた。這うように地面を蹴る。砂を掻くだけで空回りする爪先に舌打ちする。


「アウロラ!」

 

 手を伸ばした。アウロラは状況が分かっていないようで、瞳に戸惑いを浮かべて困惑している。強く奥歯を噛んで、腹筋に力を入れた。計算などしてられない。とにかく動け。動け。動け!


「あああああっ!」


 吠えた。フッと身体が軽くなる。思う方向に飛び出せた瞬間、視界がスローモーションのようにゆっくりになる。

 当然、自分の動きもゆっくりになるけれど、それでも構わない。

 飛んでくる一撃よりはずっと速い。大丈夫、届く――届く。

 伸ばした手が、アウロラの手首に触れた。無意識に口角が上がる。

 守山はアウロラの細い手首を掴んで、渾身の力で引き寄せた。

 その反動で、自身の身体を前に押し出す。全力で走って、黒い球体に追いつく。

 瞬間、スローモーションが解けた。


「モリヤマ!!」


 アウロラの声が、やけに遠くに聞こえる。

 腹に突き刺さる黒い衝撃波。服が裂け、肉を抉る熱が襲う。

 こみ上げる体液を口から吐き出す。視界に赤が弾けて、地面を濡らした。


「モリヤマ! モリヤマぁ!!」


 霞む視界の中。尻尾の先に灯る明かりが完全に消えるのを目にする。

 力なく地に落ちる尻尾を見て、乾いた笑いを吐いた。


――正義は勝つ。そんな言葉が巡る。


 負けたら、悪なのか? その問いかけの答えは出ないまま。

 襲ってくる暗闇の中へ、守山は意識を手放した。


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