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守山一路はヒーローになれない  作者: 依近
プロローグ
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プロローグ・敗者の「演出」

 ヒーローは、人の目線を上げさせるものだ。

 顔を上げろ。

 上を向け。

 そこにヒーローがいたら――めちゃくちゃカッケェだろ。



【プロローグ・敗者の「演出」】



 虹色を弾く切っ先が、闇を裂いて翻る。

 ヒュン、と高く鳴く風の音。闇に慣れ始めた目を見開いて、守山一路はあえて太刀筋の上に身体を置き、切っ先が掠めるギリギリの位置で身体を捻る。


「ぐぁッ!」


 喉を潰し、声を搾る。声量は大きく、斬られた場所を掌で押さえて。膝を着き、身体を低くする。

 視界にかかる前髪の隙間から、相手を見上げた。

 虹色に光る不思議な剣を携えた剣士は、守山から十分な間合いを取って、荒い息を繰り返していた。


(まだ……か)


 守山は深く頭を下げ、地面に額を擦って舌打ちをする。空気が重い。押し返す地面を湿っていて、貼り付くようだった。暗闇に慣れた目が捉えた苔のような植物は、見慣れない毒々しい青色で、熟れたような甘い匂いを放っていた。

 感じたことのない湿度。見たことのない植物。馴染みのない匂い。

 異常な状況だと理解しながら、守山は思考を回す。

 まずは目の前の相手に集中だ。

 剣士は、踏み込んでこない。


(こっちから行くか)


 粒子の細かい土をふっと吹き、身体を起こす。

 服にびっしりと付着した土を払いながら、密かに感触を確かめた。服は、確かに切れている。

 模造刀じゃない。本物の刃だ。

 細く、息を吐く。熱に染まる指先で、切れた衣服をギュウと掴んだ。

 眉間に力を溜め、顎を引き、薄く微笑む。


「ひっ……」


 薄闇に、短い悲鳴が弾けた。


「やりやがったなあ! 死ねえ!」


 チープな威嚇を吐きながら、守山はわざと大きく音を立てて床を蹴り、剣士に襲い掛かった。

 モーションは出来るだけ大きく。けれども重心は、攻撃の方には置かない。

 意識は虹色の切っ先。震えながら揺れるその軌道を読んで、相手の呼吸に合わせる。


(……ここ!)


 相手が横に剣を払う、一瞬。飛び掛かる勢いを殺し、即後ろに飛ぶ。


「ぐぁああ!」


 派手に叫びながら胸を押さえて、腹を見せた。


(これぐらいやれば……勝機見えんだろうよ)


 守山はのたうち回る間に、相手の表情を盗み見る。

 白い肌は紅潮し、汗が光った。涙の膜が張ったような紅玉石の瞳に光が揺れている――決意の色だ。

 勝てる、と。その強い眼差しが言った。


 守山は内心で微笑む。――この一瞬を、待っていた。


 剣士は宵黒の長い髪を揺らし、低く構えて虹色の剣を振り上げる。

 差し込む月明りに照らされて、ヌラッと静かに光る刀身。細く吐き出す息の音。重心を乗せた爪先が土を抉り、光が躍った。


「はぁああ!」


 気合の咆哮と同時に迫る刃。守山は限界まで目を見開いて、喉を締める。

 逃げるように見せかけて、相手の前に心臓(急所)を晒した。

 狙いを定めて突き出される切っ先! 守山はその切っ先が身体を貫く直前まで、虹色の光を見つめていた。


 月明かりが地面に落とす影は、剣に貫かれた守山の姿を映し出す。


「……カハッ……!」


 乾いた嗚咽と共に、飛び散る体液。

 瞳の焦点がずれる。重い頭が重力に翻弄されるようにフラリと揺れて、そのままドゥッとうつ伏せに倒れた。


 乾いた土埃が舞い上がり、守山の身体にハラハラと静かに積もっていく。


 月明りを反射して雪のように舞う粒子の向こう。守山の身体から引き抜いた剣を握ったまま、剣士は掠れた声でつぶやいた。


「……やっ、た……?」


 声は、若い女のものだった。

 長い黒髪に赤眼の剣士は、倒れたまま動かない守山をジッと見下ろす。

 土埃がすっかり地面に還るまで立ち尽くしていた女剣士は、やがてぽつりとつぶやく。


「……一応、串刺しにしたほうがいいかも……」


 チャキ、と。小さく鳴く金属音。

 地面に対して垂直に構えられた剣が、無慈悲なほど美しい虹色に光る。

 ブンッと迷いなく風を切り腕を振り上げる音。

 ただでさえ重量の重い鉄の塊と、少女の渾身の力が込められた切っ先が守山の背中を刺し貫く――

――ガキィン! 渾身の一撃は、大地を弾いて硬い音を立てた。


「……へ?」


 女剣士は予想した手ごたえが返ってこない剣先を見つめ、間の抜けた声を上げる。

 そこには、破れたマントの切れ端だけが残されていた。


「……あっぶねえ……なんで最後の一撃がいちばんガチなんだよ。本番ならもうカットかかってんぞ」


 月明りの届かない、真正の闇の中から響く声。

 女剣士は声に鳴らない悲鳴を上げて、剣を放り出して尻餅をついた。

 再び舞い上がる土埃。守山は視界を白く覆うそれを払いながら進み出る。

 月光を反射して舞う粒子が、守山の童顔を闇に浮き上がらせた。


「どうよ? 〝ヤラレの守山〟の――完璧な《《演出》》は」


 べっ、と。舌を出しながら宣言する。

 地面に座り込んだまま見上げる女剣士の赤い瞳に光が揺れて、薄い煙幕の中で震えた。

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