研究所
映像は切り替わって、次に話し手になったのは、先の女性よりはだいぶ若い男だった。手を握っていた女の子を、母親らしい女性の方に押し出すと、カメラに向き合った。
「僕の祖父の祖父は仕事でエルデンに来ていて、亡くなりました。元の、エルデンシティ側にあった古い火山研究所に定期的に資材や物資を運ぶ仕事をしていたのだそうです。」
彼が示したのは色あせた写真だった。民家と大差ない作りの、それでも「国立エルデン火山研究所」と書かれた看板が掲げられた建物の前に、十人ほどの人々が並んでいる記念写真だ。
「この、端にいる配送会社の制服を着ているのが祖父の祖父です。彼は地震の直前にこの研究所に着き、会社へ配送完了の報告コールを送った直後にトレーラーごと雪崩に巻き込まれて死にました。最初の地震の直後に、研究所が科学省へ送った写真の中に、雪崩に巻き込まれてひしゃげた彼のトレーラーが写っています。」
古い火山研究所は、ブデニ火山というエルデン盆地の南西側にある火山帯の、シティ側の中腹にあったらしい。太古の火口跡らしい小さな尾根の上に建てられた研究所は地震で壊れることも雪崩に巻き込まれることもなく、しばらくは災害救助隊の基地としても使われた。
「もう少し長く研究所のところに留まっていたら、命は助かったかもしれないですね。彼は当時息子が、えーと僕の曽祖母の弟ですね、生まれたばかりで一刻も早く自宅に戻りたかったのだそうです。自宅ですか。エルデンの北のガラッポです。気候のいい港町ですよ。ええ、僕も今そこに住んでいます。」
「エルデンからでは相当距離があるのではないですか。」
「高速道路が当時からあったんです。今でも車で2時間ほどですね。」
「その距離でしたら、急いで帰りたかったのもわかりますね。ところでエルデン教の信者が、地震を予知して町から逃げたことについては、どう思われますか。」
「何でもっと広く情報を出さなかったんですかね。自分たちだけ助かればいいと思ってたんでしょうか。僕も子どもができてすごく責任というか、この子のためにがんばらないと、みたいな気持ちになったんで、教義とかあるのかもしれないですけど、人道的な立場でもっと広めてほしかったと思います。」
若い男は一旦言葉を切ったが、その後でこう付け加えた。
「曾祖母の母親はショックで母乳が出なくなり、その弟も1歳の誕生日を待たずに死んだそうです。」
「お気の毒でしたね。」
災害関連死というものになるのだろう。科学が進歩して自然の起こす災害が大地の気まぐれや偶然などではなく、様々な要素の絡み合って起こる事象として計算されるようになった今も、こういう不幸はあり得る。どんなに根拠を示して避難を求めても、すぐ応える人ばかりはいないのだ。大したことはないだろうと勝手に思い込む人、一人では移動できない社会的な弱者、不安を感じると動けなくなる気質の人など。こういう場合の被害者をゼロにするのは限りなく難しいのだ。
― もう、映像は十分だわ、切って。
やりきれない気持ちになって、わたしは命じる。エルクリーズが黙って、共感応球の再生を止める。
― お互い、人災は相手側のせいだと言ってるわけ?
― いえ、問題はそこではないのです、王。
と、ウロンドロスがさえぎった。
― 問題はくりかえし災害の起こるエルデンシティを放棄して、安全性の高いところに新しい都市を作るべきだという構想が立ち上がったためです。
災害対策と復興にかかる費用と、新都市を一から作る費用を天秤にかけて、長期的に見れば採算が取れると考えたのだろう。しかしそこにも住んでいた者たちの心を思いやる視点はない。需要と供給。内需の拡大で潤う人々の視点ばかりだ。
― それでエルデンの民が怒っている、と?
― 今やエルデン教は、エルデンシティの住民だけにとどまらず、カシャ系全域に広まっています。彼らにとって、繰り返す災害から自分たちを守ってくれる「お告げ」のもたらされるエルデンの地は聖地、そこを放棄するのは許せないと。
― ちょっと待って。エルデン教のお告げって、エルデンでないと聞こえないの? そもそもお告げって、誰が聞くのよ?
わたしはそのものずばりを尋ねた。ウロンドロスが答える。
― エルデン教のお告げは、エルデン教徒の「夕べの祈り」のときに、教会に集まった人々に聞こえると言います。もちろん毎日お告げがあるわけではないですが。
― 何かが起こる場合には、お告げがある、ということですね。
とエルクリーズも言う。
― 場所はエルデンシティに限定されるの?
― そうです。エルデンシティにあるすべてのエルデン教の教会で同じ内容がお告げとして聞こえるそうです。音声ではなく、物理的には捉えられないようですが、偶然その場に居合わせた人にも聞こえると。
― つまり、物見高い観光客がたまたまお告げのある日に来合せたら、その人にも聞こえるわけね。
― そりゃあ信者がふえるわけですな。奇跡を目の当たりにすれば、信じるしかない。
― しかも、当たる。疑う隙がない。
サグとイクセザリアも面白がっている。ふと、アーセネイユがたずねた。
― でも、そのお告げというのは、エルデンシティに住んでいる人にしか利益はないですよね。それ以外のところに住んでいる人たちには、エルデン教を信じる価値はどこにあるんですか。




