悲劇
カシャ系における覇権争いの元は、エルデンという都市をめぐる対立だそうだ。もう数世代にわたる内部抗争を続けている。きっかけとなったのは大規模な自然災害で、さほど古いものではなかった。せいぜい百数十年前のことだという。
会議に先立って、わたしは影たちと資料として提出された共感応球の映像を見てきた。この記録は今は共感応球に入れられているが、もともとカシャ系の映像メディアとして制作されたものだ。
「これはわたしのおばあさんが、その母親から聞いたという話です。その年も大雪だったそうです。」
カシャ系、エルデンの民と言われる人々の伝統的な服装を着ている初老の女が話している。この服装は彼らにとっての礼装であるらしい。リゼア人が直々に話を聞きに来たということに彼らなりの敬意を表しているのが服装に出ているわけだ。
「雪が止んで数日晴れた後、今度は雨が少し降ったのです。雪崩への警戒が広く発せられ、子供たちは外で遊ぶことを禁止されました。その後で教会から知らせが来て、大人たちは教会へ集まったそうです。」
「集まったのはエルデン教の信者ですね。」
インタビュアーが質問する。落ち着いた、リラックスした声の調子で、映像には見えていないインタビュアーが特殊能力者だとわかる。
「もちろん知らせを受けたのは信者だけです。けれど、教会はいつも初めて訪れる人にも寛容です。信者でない人をはじき出したわけではありません。」
これは現在起こっている問題を踏まえた発言だ。エルデン教は信者以外の人に情報を得る機会を与えなかったわけではない、という釈明。
「そこで、集まった人々に例のお告げが示された、ということなのですね。」
「はい。雪崩だけならたいてい単発です。これなら逃げようがありますし、巻き込まれたなら不運だとあきらめることができます。だってもともと警報は出ていたわけですから。けれどお告げのように大きな地震が起こるのであれば、盆地のエルデンにいては危険です。逃げ場がないので。」
女は自分の前に置いてあった地図を指し示す。北西にわずかな空きがあるだけで、ぐるりと周りを高い山に囲まれた土地。そして山の恵みでまだ砂漠化の影響がほとんど出ていなかった町。そこへ砂漠化から追われた人々が移り住み、いつしか大きな都市になった。エルデンシティ、そこは少数の古い伝統と信仰を守る人々と、移り住んだ大勢の科学至上主義の人々が入り混じった都会だった。
北西の空きは川が惑星史的な長さをかけて削ったものだ。その川も膨れ上がった人口に消費されて、今や砂漠を通り抜ける力がかろうじてある程度に細い流れでしかない。川の左右は各種の交通路とライフラインがひしめいていて、エルデンをこの大陸の外の世界、砂漠と空港と宇宙エレベーターのある場所とをつないでいる。けれどそこは人が通り過ぎる場所ではあっても住み着く場所ではない。陸路で行ける一番近い人の住む都市は、川に沿って砂漠を横断した先の海辺にあり、それは人が歩いて行ける距離ではないのだ。
「曾祖母の両親は、帰ってくるなり避難の準備をはじめました。都市を結ぶ高速鉄道の切符を家族分予約し、持ち運べる財産と身の回りの荷物だけを持って子供たちを追い立てるように駅に向かったそうです。大半の家財道具は、置いていきました。曾祖母が大事に飼っていたペシィ(リスに似た草食性の愛玩動物)を置いていくのは嫌だとだだをこねたので、曽祖母の母親は仕方なく近所の親しくしていた家に預けに行くことを許しました。」
「そのご近所の家というのは、当然、エルデン教の信者ではないお宅なのですね。」
インタビュアーは残酷なダメ押しをする。
「そうです。曾祖母と仲良くしていた同じ年の女の子がいたのだそうです。そのころは今のようにエルデンの民だからと差別されることはなかったと言っていました。旅行に行くからペシィを預かってくれという曾祖母の話を聞いて、その家の人々は快く引き受けてくれたそうです。でもそのとき曾祖母が泣いているのをその家の女の子が見つけてしまった。旅行に出かけるなら楽しいはずなのに、どうしたのか、と尋ねたそうです。」
「そこで、あなたのご先祖は、エルデン教の信者ではないその家の人たちにお告げのことを話したと?」
「そうです。けれど一笑に付されたと言っていました。大丈夫、ペシィの面倒は見るわ。安全だとわかったら帰ってきてね、と言って送り出されたそうです。」
「一緒に避難しようとは言わなかったのでしょうか。」
「そこは、聞いていません。ただ仮にそう誘ったとしても、その家の人たちはついてこなかったでしょう。当時はエルデンの民の信仰もお告げの重要性も今ほどは知られていませんでしたから。」
言外に今なら信者でなくとも、お告げがあったと聞けば、従う人々はいるだろう、と言っている。そう、エルデンシティを壊滅に追い込んだ大地震の後、エルデン教の信者はかつてないほどに増大した。それはそうだろう。当時40万人を超えていたエルデンシティの人口のうち、生き残ったのは数万人の運が良かった人々と、事前に逃げ出した一万人に満たないエルデン教の信者だけだったのだから。
地震が他の季節だったらこんなに被害は甚大ではなかっただろうにと言われている。周囲の山々からの雪崩は建物や都市のインフラを破壊しただけではなく、外からの救助をも遮断した。一カ所に集中していた都市の北西側の出入り口は雪崩でつぶされたのだ。さらに大量の雪は、地震だけなら生き残っていたかもしれない人々をも埋めてしまい、余震と繰り返す雪崩、毎朝の凍結がさらに救助を難航させた。高山をこえる空路での輸送はもともと厳しかったのだが、雪崩への警戒がさらに追い打ちになって必要最小限しか使われなくなった。陸路でエルデンシティへ入るルートは確保が難航し、季節が変わって雪がすっかり消えた後、残っていたのは莫大な人数の凍死人と、無残に破壊された都市の残骸だった。
「曾祖母がエルデンシティに戻ってきたのは、丸一年以上たった後だったそうです。町の中心部にあったエルデン教の教会はあっという間に寄付が集まって再建が始まっていました。道路は昔のままだったけれど、記憶をたどって行ってみた元の自宅は更地になっており、ペシィを預けた近所の家は、まだ残骸が残っている状態だったそうです。生きている住人がいて、がれき撤去の申し立てをしたところから片付けられていくのだと聞いて、曾祖母は友達の家が全滅したのだと知ったといいます。」
「ところで、その当時はエルデン火山研究所は、もう存在していたのでしょうか。」
「さあ、あったのではないでしょうか。でもわたしの祖父は地震の予知は教会のお告げだけで、研究所の警報は昔はなかったといっていましたよ。」




