名前 ~プロローグ
「風の君臨」 第二部でございます。細々とですが読んでいただける方が増えてきて嬉しい限りです。
さて一人で生きてきたミトラ王、アルシノエ。王としても自信がついて、少しずつ地が出てきて大胆になってきました。恋人の元へ去った親友をはじめ、謎めいた人々の素性がおいおいわかってくる第二部です。
どうぞよろしくお願いします。人物関係等もっと知りたい方は「風の君臨」の第1部のほうも読んでいただけると幸いです。
予知能力というのは厄介だ。とんでもないときに現れた映像が、のちのちまで関わる大切なものになることがある。自分の意識を監視カメラのように常時記録させておかないと、後で見返す必要ができたときに絶望するはめになる。
この点については成人後すぐに即位しなくてよかったと思う。最初は現実に気を取られて、何度も映像を見逃した。いや正確にはおぼろげにしか記憶していなくて、必要になったときに困ったのだ。懲りて常時記録をするようになってから即位したので、それからは失敗はなくなったけれど、どっちにしろ私の予知能力はたかが知れているので、しょっちゅう予言書を見に行って答え合わせをしなければならなかった。
彼女に初めて会ったのも、そうやって予言書を見に行った帰りだった。
つやのある藍色に赤土色の縁取りがある上衣を着た王族の男性に手を引かれたまだ幼い女の子が歩いていた。新生命宮だからいろいろな年代の人がいてもおかしくはないのだが、子どもの姿は珍しかった。未成年は基本、教育都市か教育施設にしか出入りしないものなのだ。
少し青みがかった銀色のまっすぐな髪をした女の子は、少しはしゃいでいるようだった。その足取りのまま、彼女はみるみる成長して大人の体格になり、金色の瞳を輝かせて私にぶつかりそうになるところまで来ると、そのままふっと消えた。瞬きすると、彼女は父親と手をつないだ幼い女の子のままだった
ああ、これは予知だ。この人は私の大切な人になる。
束の間動けなくなった私を、彼女の父親は一瞬見たが、そのまま通り過ぎて行った。この人を探せば彼女のことがわかるだろう。いつも予知の映像を見た後の高揚感を感じながら、私は黄炎宮へ戻った。
親子連れのことは少し調べただけですぐわかった。父親はミトラ王の元副官だったメイジュール・ルシカ公。ミトラ王の影を辞任した後は外宇宙勤めが長かった人で、近年帰国されて家庭を持たれた。配偶者は予知能力者で出産後まもなく眠りに戻られた。父娘でよく、母親である朝涼の宮のところへ会いに出かけられている。肝心のお子様の名は未成年なので調べられない。
今度会えたら、ルシカ公にお嬢さんの名前を教えていただこう。ご成人されるまでにはまだあるだろうが、少しでも早くお心を許していただければ嬉しい。
二度目に会ったときは、幼い思い人は父親の腕に抱きあげられていた。ルシカ公は私の視線に気づいて、足を止めた。
― セレタス王、私に何か?
― いえ。
抱かれていた幼女が私のほうを見た。頬に泣いた跡が残っている。まだ母親が恋しいお年だ。帰ろうと言われて拗ねてしまわれたのだろう。
― 公女様にお会いしたかったのですよ。
― この子に?
その後は何も言わなくてもわかったようだった。実はルシカ公は当時もう彼女が将来王位に就くことを知っており、私の好奇心もそこにあるのだと思っていたようだった。
「とうさま、おともだち?」
「そうだね。セレタス王様だよ。」
「お名前を教えてください、公女様。」
幼女は父親の手をすり抜けるようにして床に降りると
「あるしのえ!」
と言った。生まれつきらしい金色の瞳がきらめくような笑顔で私を見上げた。
「アルシノエ公女とおっしゃるのですね。」
「うん」
抱き上げてしまいたい、と刹那思った。人間関係が予知できるのも善し悪しだなと嘆息する。
「こまってるの?」
「これ、よその人の心を見てはいけない。」
のぞかれたらしい。マナーとして大人はやらないことだから、つい油断した。感情は幼児でも読みやすいのだ。叱られた幼女はびくっとして父親のほうに戻る。許しを請うまなざしが父親を見上げている。
― 失礼をいたしました、王。どうかお許しを。
― いいえ、ルシカ公。またお会いしましょう、アルシノエ公女。
再び抱き上げられた公女は、私のほうをもう振り返らなかった。私はしばらく二人を見送っていた。
子育てしながらできる仕事として、紹介されたのは予知能力者の付き人でした。妊娠までは王族の従者として王宮勤めをしていましたので、礼儀作法など余分に覚えることがないのはよかったです。また何よりお仕えする方が眠っておられるうちは、ほぼやることがない、というのが気に入った条件でした。子どもと一緒にいられる時間が多いのが単純に良いと思えたのです。ただし長期間にわたって勤め続けるのが条件と言われました。眠りから覚めたばかりのトエラルカの方々は、とても精神的に不安定で、お付きがころころ変わってはよくないのだそうです。なるべくお若い方に付いて、その方が亡くなられるまでお仕えするのが基本と言われました。もっともせいぜいが二百年ほどだと聞きました。トエラルカの方々はご短命なのです。
私が引き合わされたのは、当時14歳の朱円さまでした。出生時に届けられたお名前はあるのですが、新生命宮から出ることのないトエラルカの皆様は、ご自分のお部屋の入口につるされた飾りが通り名でした。すでに2回眠りを経験されているとのことでした。ご挨拶をすると
「よろしゅうお頼申します。朱円と申します」
と言葉で返されたのには驚きました。確かに子どもがいて毎日話し言葉になじんでいなければ、お相手は難しいと思いました。お目ざめの間は、お食事のお世話と、散歩の付き添いやお話相手など、子どもの世話と同じようなことをいたします。最初のころは子どもを二人抱えているような気分でした。
わたしがお仕えし始めてひと月足らずで、朱円さまは眠りに入られました。一旦眠りに入られると、後は生命維持カプセルの具合を一日一回見に行くだけで、なんの仕事もございません。同じようなお付き仲間とおしゃべりしたり、お目覚めになっている方のお付きの手伝いをしたりして過ごします。自分の子を育てている間はわたしもよくお付き仲間に手伝っていただきました。
何年かして、私自身も子育てが終わった頃、朱円さまは成人体を持って、「朝涼の宮」さまになられました。入口の飾りが四角い額になり、中の絵画が夏の早朝を表しているのだそうです。新しい礼装もあつらえていただいて、お手を引いて、銀海の宮様のところへご挨拶に行った時の、晴れがましさは今も忘れられません。
成人体を持たれたトエラルカの皆様は、眠りへの抑制が効くようになられるのだそうです。お食事にかける時間が無くなった分、宮さまは散歩や共感応球をご覧になる時間が増えて、いわゆる世間知というものに目覚められたようでした。ルシカ公さまにお声がけしていただいたのは、その頃でした。




