ちょこ。ミアの場合
バレンタイン当日・朝。
購買部の前で、
ミアは腕を組んで唸っていた。
「……うーん」
棚には、
可愛くラッピングされたチョコがずらり。
ハート型。
高級感。
限定品。
「どれも違う……」
いつものミアなら、
「これ可愛い!」で即決しているはずだった。
でも今日は。
(違う……
なんか、違う……)
値段を見る。
「……たっか」
一瞬、真顔になる。
(物価高、
ここまで来てる……)
棚の隅。
ひっそり置かれた、
板チョコ。
「……」
手に取る。
「……これ、
一番チョコだよね」
変な言い方だが、
ミアの中では大事だった。
余計な飾りはない。
味で勝負。
「……よし」
カゴに入れる。
⸻
放課後。
教室は、
少しだけ騒がしい。
誰が渡した、
渡せた、
渡せなかった。
そんな話が飛び交っている。
ミアは――
珍しく、静かだった。
(……深呼吸)
小さな包みを、
ぎゅっと握る。
(いつも通り、
いつも通り……)
でも、足が動かない。
ユウト様が、
席でノートを見ている。
その姿を見るだけで、
胸が少し苦しくなる。
「……」
意を決して、
一歩。
「……ユウト」
声が、
思ったより小さい。
「ん?」
振り向いたユウト様は、
いつも通りだった。
それが逆に、
緊張を煽る。
ミアは、
両手で包みを差し出した。
「……これ」
「バレンタイン……だから」
目を合わせられない。
「……おお」
ユウト様は、
少し驚いた顔で受け取る。
「ありがとう」
「……うん」
ミアは、
それだけで精一杯だった。
⸻
沈黙。
気まずい。
(……なにか、
言わなきゃ)
でも、
言葉が出てこない。
ユウト様が、
包みを開けた。
「……板チョコ?」
ミアの肩が、
びくっと跳ねる。
「……わ、悪い!?」
「いや」
ユウト様は、
すぐ首を振った。
「ミアらしいな、って」
「え?」
「変に飾らないとこ」
ミアの頬が、
じわっと熱くなる。
(……それ、
褒めてる?)
その瞬間。
ユウト様が、
少し笑って言った。
「でもさ」
「ここまで悩んで、
結局板チョコって」
「そこは
もう少し期待させてほしかった」
「なっ――!?」
一気に、
いつものミアに戻る。
「ちょっと!
それどういう意味!?」
「板チョコの良さ、
分かってないでしょ!」
「いや分かってるけど!」
教室に、
笑い声が戻る。
ミアは、
少しだけ照れながら言った。
「……味で勝負、だから」
「ちゃんと食べなさいよ?」
ユウト様は、
苦笑しながら頷いた。
「はいはい」
こうして。
しおらしかった時間は、
ほんの一瞬で終わった。
でも――
その一瞬は、
確かに特別だった。
バレンタイン当日・放課後。
ミアは、自室のドアを閉めた瞬間――
勢いよくベッドにダイブした。
「~~~~っ!!」
枕に顔を埋める。
「なにやってんの私ぃぃぃ……!!」
足をばたばた。
(板チョコって!!)
(もっと、こう……
可愛いのとか……
あったでしょ!?)
ごろごろ転がる。
「でもでもでも!」
「悩んだし!
ちゃんと悩んだし!」
「高いやつ買って
変に思われるのも嫌だったし!」
言い訳大会、開幕。
天井を見つめて、
はぁ……と息を吐く。
「……でも」
「“ミアらしい”って」
思い出す。
ユウト様の、
あの何気ない一言。
(……らしい、か)
胸の奥が、
じんわり温かくなる。
「……それって、
悪くないよね」
枕を抱きしめる。
「……ちゃんと、
受け取ってくれたし」
「笑ってたし」
一瞬、
にやけそうになって――
すぐに自分で止める。
「……いやいや!」
「まだ終わってないし!」
「返事とか、
別に聞いてないし!」
またごろごろ。
「……そもそも」
「バレンタインって
渡したら終わりなの?」
「その後どうするの!?」
答えは出ない。
ミアは、
ベッドの端に座り直した。
「……」
足をぶらぶら。
「……明日」
「普通に話せるかな」
「変な空気に
ならないかな」
少しだけ、
不安になる。
でも。
「……まぁ」
「ミアはミア、だよね」
自分に言い聞かせるように、
小さく頷く。
「変に気にして、
元気なくなるほうが」
「絶対ミアじゃない」
そう言って――
ベッドから立ち上がった。
「よし!」
「明日は
いつも通り!」
拳を握る。
……数秒後。
「……でも」
「夜だけは、
ちょっと思い出してもいいよね」
再び、
ベッドに座り込む。
「……板チョコ」
小さく笑って、
頬を押さえた。
バレンタインは、
まだ終わっていない。
でも。
ミアの中では、
確かに一つ――
大きな一歩だった。




