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[悲報] 魔法使いを目指す俺、ツッコミ役に就任しました  作者: 仁科異邦


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バレンタインデー直前、セシリアの気持ち

バレンタインデー前日。

学園の空気は――明らかにおかしかった。


「……なぁ」


「……なんだ?」


「明日って……

普通の授業だよな?」


「……ああ、

“普通”のはずだ」


そんな会話が、

教室のあちこちで交わされている。


ユウト様も例外ではなかった。


(……静かだな)


いや、正確には違う。

静かなフリをしているだけだ。


男子生徒たちは、

誰もが平静を装いながら――

視線だけが落ち着かない。


「……今日、やけに女子多くない?」


「昨日と人数変わってねぇよ」


「そうか……

そうだよな……」


謎の確認作業。


引き出しを何度も開け閉めする者。

机の中をやたら整理する者。

意味もなく筆箱を磨き始める者。


リアが、その様子を見てぼそっと言う。


「……男子、

全体的にキョロキョロしてない?」


セリナは即答した。


「バレンタイン前日症候群ね」


「重症だね」



ユウト様は、

教科書を開いたまま、文字が全然頭に入っていなかった。


(……明日、か)


期待してるわけじゃない。

……ない、はず。


でも。


(ゼロってことも……

 ないよな?)


思考が、

勝手にそっちへ転がる。


横を見ると――

セシリアが、いつも通り静かに座っている。


「……」


目が合う。


セシリアは、

少しだけ首を傾げた。


「……ユウト様」


「なに?」


「落ち着き、ありません」


「……あるよ」


即答したが、

セシリアは納得していない顔だった。


「心拍、

少し早いです」


「そこまで分かるの!?」


後ろの席から、

男子のひそひそ声が聞こえる。


「なぁ……

ユウトって、

明日ヤバくない?」


「代表だしな……」


「しかも最近、

転校生いるし……」


「くっ……

格差社会……」



昼休み。


購買前には、

なぜかチョコ味のパンが売り切れていた。


「なんで!?」


「今日だぞ!

今日買うもんじゃねぇだろ!」


「明日の練習だよ!

練習!」


言い訳が、必死すぎる。


ユウト様は、

その光景を遠目に見ながら思った。


(……明日、

何も起きない可能性もある)


(でも……)


胸の奥が、

少しだけ落ち着かない。


リアが、にやっと笑う。


「ユウト」


「明日さ」


「覚悟、

しときなよ?」


「何の!?」


「いろいろ」


セリナも、意味深に頷く。


「“何も起きない”覚悟も含めてね」


ユウト様は、

机に突っ伏した。


(……一番キツいやつ)


教室には、

妙な緊張感と、

期待と、不安が入り混じっていた。


バレンタインデーは、

まだ来ていない。


――それなのに、

もう心は、完全に振り回されていた。


バレンタイン当日の朝。


学園の正門前は、

昨日までのソワソワが嘘みたいに――

いや、むしろ倍増していた。


「おはよー!」


「……今日だな」


「今日だな……」


男子生徒同士の挨拶が、

やたら重い。


ユウト様も、その流れに飲み込まれながら教室へ向かっていた。


(……平常心、平常心)


そう思っている時点で、

平常心じゃない。



席に着くと、

すでにセシリアがいた。


いつも通り、背筋を伸ばして、

静かに座っている。


「……おはよう」


「おはようございます、ユウト様」


そこで、少しだけ間。


セシリアは、

鞄をぎゅっと抱え直した。


「……今日は」


「?」


「“バレンタインデー”ですね」


「……うん」


ユウト様の肩が、わずかに強張る。


「調べました」


セシリアは、

真剣な顔で続ける。


「この国では」


「女性が、

好意を持つ相手に

“チョコレート”を渡す日」


「……まあ、

 だいたい合ってる」


「はい」


頷き。


(……嫌な予感がする)



セシリアは、

鞄の中を探り始めた。


ごそごそ。


「……?」


そして――

ずしり、という音。


「……え?」


机の上に置かれたのは。


「……」


「……」


「……でかくない?」


木箱だった。


しかも、

装飾なし。

無駄に重厚。


セシリアは、

少し誇らしげに言う。


「“想いの重さは量に比例する”と

書いてありました」


「どこに!?」


「古文書に」


「古文書!?」


後ろの席のリアが、

完全に聞き耳を立てている。


「……ちょっと待って」


「セシリア、

それ中身なに?」


「カカオ豆です」


「豆!?」


「加工前が、

最も誠意が伝わると」


「伝わらないよ!?」



さらに。


セシリアは、

真剣そのものの表情で続けた。


「あと」


「“男は、

直接的な行為に弱い”とも」


「……誰がそんなことを」


「同じ本です」


嫌な本すぎる。


セシリアは、

箱の横に、もう一つ置いた。


「これは」


「?」


「“義理”と“本命”の違いが

分かりづらいと聞いたので」


「二つ用意しました」


「……うん?」


片方は、

普通サイズの包み。


もう片方は。


「……ナイフ?」


「はい」


「本命用です」


「なんで!?」


「“心を抉る”と」


「表現が物騒すぎる!」


教室の空気が、

完全に止まっている。



リアが、

ついに耐えきれず口を出した。


「……セシリア」


「それ、

文化理解が甘いってレベルじゃないよ」


セリナも頷く。


「どこで履修したの、その知識」


「……独学です」


即答。


ユウト様は、

頭を抱えた。


「……ありがとう、

気持ちはすごく嬉しい」


「でも、

この国のバレンタインは」


「もうちょっと……

軽い」


セシリアは、

しばらく考え込んでから、

静かに言った。


「……では」


「軽くします」


そう言って――

木箱を閉じた。


「閉じるだけ!?」


「重さは、

半分になりました」


「そういう問題じゃない!」



最終的に。


ユウト様の机の中には、

普通サイズのチョコが一つ。


セシリアは、

少しだけ不安そうに聞いた。


「……これで、

正解ですか」


ユウト様は、

苦笑しながら答えた。


「……うん」


「たぶん」


セシリアは、

ほっとしたように小さく微笑んだ。


「よかったです」


「……失敗すると、

攻撃してしまうところでした」


「それは

バレンタインじゃない」


こうして。


セシリアの

文化理解が甘すぎるバレンタインは、

なんとか大事故を免れたのだった。


――たぶん。



次回予告


いよいよ始まった――

バレンタインデー。


ヒロインたちは、

想いを込めたチョコを

意中の男子に渡すことができるのか!?


勇気、決意、すれ違い。

そして、運命の瞬間――


……のはずが。


「高くない?」


「え、チョコって

こんな値段だっけ?」


「材料費だけで

心が折れそうなんだけど……」


次回、

チョコは物価高で中々買えません。


想いは甘く、

現実は苦い。


お楽しみに。


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