くっころ先生再び
――謹慎部屋、深夜。
結界灯が淡く明滅する石造りの部屋で、くっころ先生は壁にもたれて息を整えていた。
手首の拘束具が、微かに音を立てる。
「……ふ、ふふ……」
小さく、しかし確かな笑み。
「この程度で……私を大人しくさせられると思ったか……」
くっころ先生は歯を食いしばり、体に力を込める。
「屈するくらいなら……
謹慎など、破ってみせる……!」
次の瞬間、魔力が膨れ上がった。
バキン――ッ!
結界に亀裂が走り、警報が学園中に響き渡る。
――警告。
謹慎対象、脱走。
⸻
廊下に飛び出したくっころ先生は、迷いなく走り出す。
マントが翻り、床を蹴る音が夜の学園に響く。
「はぁ……はぁ……
学園長め……後で覚えていろ……!」
だが、その背後――
ドン、ドン、ドン。
重く、一定の足音。
「……っ」
振り返った瞬間、黒装束の影が曲がり角から現れた。
「対象確認。
くっころ先生、逃走を確認」
無機質な声が、冷たく空気を切る。
「ちっ……もう来たか!」
くっころ先生は歯噛みし、走る速度を上げる。
「お前たち……どこまでしつこい!」
「学園規定に基づき、確保します」
「大人しく戻ってください」
「黙れッ!」
振り向きざま、魔法を放つ。
ドン!
衝撃波が廊下を揺らす――が、
「無効化」
張られた結界に弾かれ、魔法は霧散した。
「な……!?
そんな装備まで用意しているのか……!」
⸻
くっころ先生は階段を駆け上がり、裏通路へ滑り込む。
息は荒く、額に汗が滲む。
「くっ……ころ……っ」
背後では足音が途切れない。
「距離、縮まっています」
「逃走経路、把握済み」
「……くそっ!」
曲がり角で一瞬だけ足を止め、壁に背を預ける。
「このままでは……包囲される……」
そのとき、頭上から月光が差し込んだ。
「……屋根か」
くっころ先生は地を蹴り、壁を駆け上がる。
⸻
瓦の上。
夜風が吹き抜ける中、くっころ先生は再び走り出した。
「はぁ……はぁ……
まったく……教え子より走らされるとは……」
背後から、黒い影が次々と跳躍する。
「対象、屋根上に移動」
「追跡継続」
瓦が砕け、破片が宙を舞う。
「しつこいと言っているだろう!」
振り返りざま、くっころ先生は叫ぶ。
「私はまだ……
何も“やらかして”いない!!」
「それが最大の問題です」
「理不尽か!」
⸻
学園の外縁が見えた瞬間、くっころ先生は口角を上げる。
「……ここまで来れば……!」
しかし、背後で一斉に足音が止まった。
「包囲完了」
「確保に移行します」
くっころ先生はゆっくり振り返り、挑発的に笑う。
「くっころ……
この私を捕まえられると思うなよ?」
夜空を背に、彼女は構えた。
「逃げ切ってみせる……
教師の意地としてな!」
――追跡は、まだ終わらない。
――学園外縁・夜。
ユウトたちは、夜風に当たりながら歩いていた。
訓練帰り――というには少し遅い時間。
「……なんか静かだな」
ユウトがそう言った瞬間だった。
ガシャァン!
屋根瓦が砕ける音。
反射的に全員が見上げる。
「え?」
「な、なに今の音……?」
月明かりの下、屋根の上を走る影――
そして、その後ろから複数の黒い影。
「……誰か、追われてる?」
次の瞬間、聞き覚えのある声が夜に響いた。
「だからしつこいと言っているだろう!」
ユウトの目が見開かれる。
「……え?」
影が月光に照らされる。
翻るマント、荒い息、無駄に凛々しい立ち姿。
「……あれ」
「くっころ先生じゃない!?」
セリナが即ツッコミを入れる。
「なにしてるのあの人!
謹慎中じゃなかったの!?」
ミアは一瞬固まってから、小さく呟く。
「……逃げてる……よね……?」
「完全に脱獄だよな……」
ユウトが呆然とした声で言う。
その直後、黒装束の一人が屋根を蹴って跳び、低い声が響いた。
「対象発見。
生徒が近くにいます」
空気が一気に張りつめる。
「え、ちょ、私たち巻き込まれる系!?」
リアが一歩引きながら叫ぶ。
くっころ先生も、下にいるユウトたちに気づいた。
「……っ!」
一瞬、動きが止まる。
「……見られたか……!」
ユウトと視線が合う。
「……や、やあ、ユウトくん」
「絶対ロクでもないやつですよね!?」
くっころ先生は一瞬だけ歯を見せて笑い――
「後で説明するわ!」
そう言い残し、再び走り出した。
⸻
ハンターside
「……チッ」
ハンターの一人が低く舌打ちする。
「生徒が接触しました」
「想定外だ」
屋根を駆けながら、通信が飛び交う。
「対象の動きが読めません」
「無駄な動きが多い……だが、速い」
別のハンターが、明らかに焦りを含んだ声を出す。
「魔力反応、上昇。
……くっころ先生、まだ余力があります」
沈黙。
「……まずいな」
リーダー格の声が低くなる。
「このままでは、生徒の前で“教師が逃げ切る”」
「それは……」
「学園として、最悪の絵面だ」
別のハンターが唾を飲む。
「加えて、生徒側が介入した場合――」
「被害が出れば、こちらの責任だ」
足音が乱れる。
追う側なのに、
追われているような空気。
「……対象が生徒を盾にする可能性は?」
「ない」
即答。
「くっころ先生は……
そういう真似をする人間じゃない」
だからこそ、厄介だった。
「……包囲を急げ」
「逃走経路、再計算」
「次で決めるぞ」
前方では、なおも逃げる影。
くっころ先生の背中が、月明かりに浮かぶ。
「……くそ……!」
誰かが小さく漏らす。
「教師一人相手に……
なぜ、こんなに追い詰められている……?」
夜の学園で、
追う者と追われる者の距離は――
まだ、縮まらない。
夜の学園。
屋根の上を駆ける影が、月明かりを切り裂く。
足音。
風を裂く音。
背後から迫る、規則正しい追跡。
――逃げている。
それは事実だった。
(……まったく)
くっころ先生は息を整えながら走る。
(謹慎部屋を破り、学園を走り回り、
挙げ句の果てに生徒の前に姿を晒すとは)
瓦を蹴り、次の屋根へ。
(教師失格だな)
だが、速度は落ちない。
(……いや)
視界の端に、先ほど見た顔がよぎる。
驚いた目。
困惑した声。
ユウト。
(あの顔で見られるのは……
少し、堪えるものがある)
背後で声が響く。
「距離、維持」
「包囲、間もなく」
それでも、くっころ先生は走る。
(私は何から逃げている?)
足音が重なる。
(謹慎か?
規則か?)
違う。
(……あの目だ)
生徒の目。
期待と信頼が混じった、
逃げる教師を見た時の、あの一瞬の沈黙。
(くっ……)
歯を食いしめる。
(面会、か)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
(謹慎が続けば……
ユウトくんに、面会に来てもらうのも……
悪くない、かもしれん)
自分で思って、少しだけ苦笑する。
(逃げ切って、何になる)
屋根の端で、くっころ先生は足を止めた。
風が、マントを揺らす。
(……私は教師だ)
(逃げるより……
向き合うべきだな)
ゆっくりと、振り返る。
背後には、黒装束の影。
「……っ」
ハンターたちが構える。
だが――
くっころ先生は、両手を上げた。
「……ここまでだ」
夜の空気が、ぴたりと止まる。
「逃走、停止?」
「……自首する」
短く、しかしはっきりと。
「これ以上、学園を騒がせるわけにはいかん」
沈黙。
誰かが通信を入れる。
「……対象、抵抗なし」
「拘束に移行します」
拘束具が装着される音。
くっころ先生は、空を見上げた。
(……ユウトくん)
(月明かりの下で見る顔より、
面会室の方が……
話しやすいだろう)
小さく、息を吐く。
(くっころ……
少しは、賢くなったかもしれんな)
夜の学園に、警報は止み――
追跡は、静かに終わった。
次回予告
やっと本編いくか!?




