夏の夜、距離が近すぎ
夜の浜辺は、昼とは別の顔をしていた。
屋台の明かりが少しずつ落ち、残ったのは波の音と、遠くで準備される花火の気配。
「……始まりそうだね」
フィオナの小さな声。
空はまだ暗いままなのに、どこかそわそわしている。
「場所、どうする?」
ユウトが聞くと――
「前!」
「真ん中!」
「人混みは避けたいわね」
「……少し静かなところがいい」
四方向から意見が飛んだ。
「はいはいはい!」
「まとまらないやつー!」
ミアが手を叩く。
「じゃあ決まり!」
「いい感じに見えて、人少なめで、座れるとこ!」
「雑すぎる……」
セリナがため息をつくが、否定はしない。
結局、少し離れた岩場近くに腰を下ろすことになった。
⸻
「……で?」
ユウトが座った瞬間、違和感に気づく。
左右。
どちらも、距離が近い。
左にはルナ。
余裕の笑みで、自然に肩が触れる距離。
右にはフィオナ。
静かに座り、しかし逃げ場のない近さ。
(挟まれてるな、俺)
「なに?」
ルナが楽しそうに聞く。
「いや……」
「偶然にしては、配置が完璧すぎない?」
「偶然よ?」
「ねえ、フィオナ?」
「……うん」
小さく頷くが、目は合わない。
前方では、ミアとセリナが少し離れて座っていた。
「セリナ、どう思う?」
「これは?」
「……観察対象としては、興味深いわね」
「ひどっ!」
⸻
ドン。
一発目の花火が、夜空を割った。
「おお……」
ミアが素直に声を漏らす。
光が空に広がり、波間に反射する。
「綺麗……」
フィオナが空を見上げる。
その瞬間、ユウトは気づいた。
彼女の肩が、ほんの少しこちらに寄っている。
(……意識してるの、俺だけじゃないな)
ドン、ドン、と続く音。
「ねえ」
ルナが、花火を見たまま言う。
「霧島くん」
「花火、好き?」
「嫌いじゃない」
「即答しないのね」
「こういうのは」
「雰囲気込みだから」
「ふふ」
「大人な答え」
ルナの指が、砂の上でユウトの小指に触れる。
一瞬。
でも、確実に。
(やめろ、そのさりげなさが一番怖い)
⸻
「……あ」
今度は反対側。
フィオナが小さく声を出した。
「どうした?」
「音……」
「ちょっと、びっくりする」
次の瞬間、
大きめの花火が打ち上がる。
ドン――!
フィオナの体が、反射的にユウトに寄る。
腕が、軽く触れた。
「……ごめん」
「いいよ」
「花火、でかいしな」
「……うん」
でも、離れない。
(離れないんだ……)
ユウトは、どこを見ればいいのか分からなくなる。
⸻
前方から、ミアの声。
「ねえねえ!」
「これ、完全に囲まれてない!?」
「見ないふりしなさい」
セリナが冷静に言う。
「評価するなら」
「今が一番、霧島くんの心臓に悪いわ」
「それな!」
「聞こえてるぞ!」
⸻
花火は、後半に入っていた。
連続で打ち上がり、空が途切れなく光る。
その明かりの中で、
ルナがふっと距離を詰めた。
「ねえ」
「今日は、楽しかった?」
「……ああ」
「誰のおかげ?」
「……全員、だろ」
「逃げたわね」
ルナは笑う。
「でもいい」
「今日は、それで」
反対側で、フィオナがぽつり。
「私は……」
「今日の花火、忘れないと思う」
「なんで?」
「だって」
「こんなに近くで見るの、初めて」
言葉の意味は、花火だけじゃなかった。
⸻
クライマックス。
夜空いっぱいに、光が広がる。
ドン、ドン、ドン――!
歓声。
拍手。
その音に紛れて、
ユウトは気づく。
左右。
二人の手が、そっと近づいている。
触れるか、触れないか。
(……やばい)
そして――
次の瞬間。
ミアが叫んだ。
「はいストーップ!!」
「なに!?」
ユウトが驚く。
「手、つなぐなら宣言制!」
「抜け駆け禁止!」
「そんなルール聞いてない!」
ルナが即反論。
「……でも」
セリナが静かに言う。
「今は、全員見てるわ」
フィオナは、そっと手を引っ込めた。
少し名残惜しそうに。
花火は、最後の一発を残していた。
ドン――。
夜空に、大きな光が咲く。
その下で、
誰も言葉を発さなかった。
⸻
花火が終わり、
余韻だけが残る。
「……帰る?」
ユウトが聞く。
「うん」
「でも」
フィオナが、少しだけ微笑んだ。
「今日の夜は」
「多分、長くなるね」
「どういう意味だよ」
「ふふ」
答えは、なかった。
夏の夜は、まだ終わらない。
そして――
この関係も、まだ動き出したばかりだった。
花火の余韻が、まだ胸に残る帰り道。
波の音は遠ざかり、代わりに足音だけが並ぶ。
「……で」
最初に口を開いたのは、ミアだった。
「正直に言お?」
「今日の感想!」
「軽いわね……」
セリナが呆れつつも、否定しない。
「でも」
「必要な時間かもしれないわ」
「私は……」
ルナが少しだけ歩調を落とす。
「楽しかった、以上」
「評価、高すぎじゃない?」
ミアが笑う。
「それだけ、本気ってことよ」
少し間を置いて、フィオナがぽつり。
「……みんな」
「霧島くんのこと、どう思ってる?」
空気が、止まる。
「今それ聞く!?」
「聞くでしょ!」
「……逃げ場、ないわね」
視線が交差する。
誰も、冗談で済ませない。
「私は――」
セリナが静かに言う。
「彼を、信用してる」
「私は」
ルナが続く。
「放っておく気、ない」
「私は……」
ミアが少し照れながら。
「一緒にいると、楽しい」
最後に、フィオナ。
「私は」
「一番、近くにいたい」
誰も、否定しなかった。
花火は終わった。
でも――
本当の勝負は、ここから。
次回、
『帰り道、ヒロイン会議』
静かな夜に、
本音だけが落ちていく。




