フィオナ・リースは、何もしないまま距離を詰める
夕方の海は、不思議と音が少ない。
昼間あれだけ騒がしかった砂浜も、今は人影がまばらで、波の音がゆっくりと耳に届くだけだった。
「……霧島くん」
背後から、控えめな声。
振り返ると、フィオナ・リースがそこに立っていた。
白いワンピース型の上着を羽織り、髪はいつもより少しだけ風に揺れている。
「どうした?」
「みんなは?」
「ミアさんとルナさんは売店」
「セリナさんは、少し休憩するって」
なるほど。
つまり――今は二人きりだ。
(……いや、変な意味じゃなく)
「それで」
フィオナは少し視線を下げてから言った。
「少し、歩かない?」
断る理由はなかった。
⸻
波打ち際を並んで歩く。
会話は、特に弾まない。
でも、気まずさは不思議とない。
フィオナは、無理に話題を探さない。
沈黙が流れても、それを“悪いもの”として扱わない。
(……この人、こういうとこなんだよな)
「楽しかった?」
不意に、彼女が聞いてきた。
「海」
「ああ」
「まあ……地獄みたいな時間もあったけどな」
「……うん」
小さく笑う。
「でも」
「霧島くん、ずっと周り見てた」
「そうか?」
「うん」
「みんなが困らないように、とか」
「楽しめてるか、とか」
フィオナは、足元の波を見つめながら続ける。
「それって……すごいことだと思う」
「そうか?」
「うん」
迷いのない返事。
「私はね」
「そういうの、あんまりできないから」
「……できてると思うけどな」
「違うよ」
フィオナは首を横に振る。
「私は、見てるだけ」
「一歩、後ろから」
「でも」
「それで、安心することはある」
その言葉が、妙に胸に残った。
⸻
しばらく歩いて、少し人気のない場所まで来た。
海は穏やかで、夕日が水面に細く反射している。
「座ろうか」
そう言うと、フィオナは砂に腰を下ろした。
ユウトも隣に座る。
肩と肩の距離は、ほんの少し空いている。
でも――近い。
「ね」
フィオナがぽつりと言う。
「今日は」
「誰が一番、大変だったと思う?」
「……俺?」
「うん」
即答だった。
「やっぱりか」
「でもね」
「それ、悪い意味じゃないよ」
フィオナは、ゆっくり言葉を選ぶ。
「霧島くんがいたから」
「みんな、好き勝手できた」
「……それは買いかぶりすぎ」
「そうかな」
フィオナは、こちらを見た。
「私は」
「霧島くんが、ちゃんと“強い”って知ってる」
一瞬、言葉を失う。
「……どういう意味だ」
「そのまま」
フィオナは微笑む。
「前にね」
「魔力測定のとき」
「ああ……」
「あの時」
「霧島くん、わざと力抑えてたでしょ」
(見てたのか……)
「別に」
「隠してるわけじゃない」
「うん」
「でも、出さない」
「必要ないから」
フィオナは、少し寂しそうに笑った。
「でもね」
「出さなくても、ちゃんと伝わることもあるよ」
「……たとえば?」
「今みたいなとき」
彼女は、そっと砂に手をつく。
その手が、少しだけユウトの手に近づいた。
触れない。
触れないけど――意識せざるを得ない距離。
「一緒にいると」
「安心する」
その一言が、静かに落ちた。
⸻
「フィオナ」
名前を呼ぶと、彼女は少し驚いたように顔を上げる。
「……なに?」
「それ、反則だと思う」
「え……?」
「何もしない顔して」
「一番効くこと言うの、やめてほしい」
一瞬、きょとんとして――
それから、フィオナは小さく笑った。
「……ごめん」
「いや、謝られると困る」
「でも」
「本当のことだから」
夕日が沈みかける。
影が長く伸びる。
「ね」
「霧島くん」
「ん?」
「今日は」
「一緒にいてくれて、ありがとう」
「……こちらこそ」
それ以上、言葉はいらなかった。
⸻
遠くから、声が聞こえる。
「おーい!」
「なに二人でしっとりしてんのー!」
ミアの声だ。
「やっぱりねー」
ルナの楽しそうな声。
「……戻ろうか」
フィオナが立ち上がる。
「ああ」
立ち上がる瞬間――
彼女は一度だけ、振り返って言った。
「今日の評価、ね」
「評価?」
「私は――」
「一番、楽しかった」
それだけ言って、歩き出す。
(……静かな人が一番怖いって、誰か言ってたな)
夕暮れの海は、
大きな事件も、派手な事故もなかった。
それでも――
確実に、心の奥に残る一日だっ
次回予告!
「――ねえ」
夜の浜辺。
屋台の明かりが少しずつ消えていく中、ミアが空を見上げながら言った。
「花火ってさ」
「告白イベントじゃない?」
「誰が決めたのよ、そんなの」
ルナが笑いながらも、視線は夜空の方へ。
「でも」
セリナが腕を組む。
「雰囲気は、否定できないわね」
「……綺麗だと思う」
フィオナがぽつり。
「問題は――」
ミアがニヤッとする。
「誰が、霧島くんの隣を取るか、だよね!」
「ちょっと待ちなさい」
「順番というものがあるでしょ?」
「順番なんてないわよ」
ルナが肩をすくめる。
「花火は、早い者勝ち」
「……争奪戦、ですか」
フィオナが小さく呟く。
遠くで、打ち上げ準備の音。
胸の奥が、妙にざわつく。
「評価するとしたら――」
セリナが静かに言う。
「今日一番、平穏じゃない時間になりそうね」
「それ、完全に同意!」
ミアが即答した。
ユウトはまだ知らない。
夜空が輝く頃、
一番危険なのは――花火じゃないということを。
次回、
『夏の夜、花火と距離ゼロ』
空を見上げるか、
隣を見るか。
選択を間違えたら、
心臓がもたない。




