セリナ・クロフォードは、完璧にやって最後にやらかす
「……霧島くん」
パラソルの影。
風通しのいい場所で、冷たい飲み物を手にしたセリナ・クロフォードが、静かに声をかけてきた。
「なに?」
「どうかした?」
「ええ」
「少し、付き合ってほしいことがあるの」
その口調は落ち着いていて、いつも通り理知的。
嫌な予感よりも先に、妙な安心感が来る。
(セリナの場合は……大事故じゃない。多分)
ユウトはそう判断した。
「いいけど」
「海入るのか?」
「いいえ」
「今日は“管理側”に回るわ」
その一言で、すべてを察した。
⸻
セリナ・クロフォードは、
このグループの中で最も常識的で、最も有能だ。
日差しの強さ、
水分補給のタイミング、
人混みの流れ。
「ミア、そろそろ一回上がりなさい」
「フィオナ、帽子は?」
「ルナ、水飲んでる?」
完璧な指示。
完璧な配慮。
「……ほんと頼れるな」
ユウトが素直に言うと、
セリナは一瞬だけ目を瞬かせた。
「そう?」
「当然のことをしているだけよ」
(そこがもうすごいんだって)
セリナは“できる”。
しかも、それを誇らない。
⸻
「霧島くん」
少し間を置いて、セリナが言った。
「さっきから気づいてる?」
「何に?」
「あなた」
「ほとんど休んでない」
ユウトは一瞬言葉に詰まる。
「まあ……ツッコミ役だし」
「それ、役割じゃなくて性分でしょう」
図星だった。
「……みんなが楽しくしてるならいいだろ」
「そういうところ」
セリナは、小さくため息をついた。
「あなた、自分のこと後回しにしすぎ」
「そんな大げさな」
「大げさじゃないわ」
きっぱりと言い切る。
「だから――」
セリナは、少しだけ言い淀んでから続けた。
「今から少し、あなたの番にしましょう」
「……は?」
⸻
「泳ぐわよ」
「急だな!?」
「安全確認済み」
「潮の流れも穏やか」
「時間も短め」
「いや、そういう問題じゃ――」
「霧島くん」
セリナが、まっすぐユウトを見る。
「たまには、誰かに任せなさい」
その視線には、逃げ道がなかった。
(……この人、説得力が暴力的だ)
⸻
二人で入った海は、思ったより静かだった。
少し沖に出るだけで、人の気配が薄れる。
「どう?」
「落ち着くでしょ」
「……まあ、確かに」
波に身を任せながら、セリナは続ける。
「あなたね」
「普段、強いのに隠してるでしょう」
「……何の話だ」
「分かるのよ」
「できる人間は、同じ匂いがするから」
ユウトは苦笑した。
「買いかぶりすぎだ」
「そう思ってるのは、あなただけ」
セリナは少しだけ間を置いて、言った。
「私ね」
「完璧に見られるの、慣れてるの」
「……うん」
「でも、それって」
「失敗できないってことでもあるのよ」
ユウトは、黙って聞いていた。
「だから今日は」
「少しくらい失敗してもいい日だと思ってた」
(嫌なフラグ立てるなよ……)
⸻
次の瞬間だった。
「……あ」
セリナの足が、滑った。
「セリナ!」
ユウトが即座に手を伸ばす。
だが――
「大丈夫よ、浅――」
言い終わる前に、
予想外の段差。
バランスを崩したセリナの体が、
ユウトの方へ倒れ込む。
「っ――!」
抱き止める。
反射。
迷いなし。
結果。
二人とも、完全に水没した。
⸻
「……ぷはっ!」
顔を上げた瞬間、
セリナと目が合う。
距離、ゼロ。
「……」
「……」
数秒。
波の音だけ。
「……霧島くん」
「……はい」
「今のは」
「完全に、私のミスね」
「そうだな」
「……助けてくれて、ありがとう」
その声は、少しだけ震えていた。
「有能でもさ」
「転ぶときは転ぶんだな」
ユウトがそう言うと、
セリナは一瞬だけ驚いて――小さく笑った。
「……そうね」
「失敗、悪くないわ」
⸻
浜辺に戻ると、
ミアが指を差して叫ぶ。
「びしょびしょじゃん!」
「なにやったの!?」
「事故よ、事故」
セリナは即答した。
「珍しっ」
ルナが意味深に笑う。
フィオナがタオルを差し出す。
「……大丈夫?」
「ええ」
「でも――」
セリナは、ユウトをちらっと見る。
「今日は、ちょっとだけ楽しかったわ」
「それは良かった」
(……破壊力、遅れてくるタイプか)
完璧で、冷静で、理知的。
だからこそ、
一瞬の失敗が、妙に心に残る。
こうして――
セリナ・クロフォードの海は、
静かに、しかし確実に印象を刻んだ。
次回予告!
「……というわけで」
浜辺に円になって座る四人。
タオル、飲み物、そして妙な“反省会”の空気。
「総評いきまーす!」
ミアが元気よく手を挙げた。
「まずルナ!」
「強すぎ! 危険! 霧島くんが可哀想!」
「褒め言葉ありがとう」
ルナは余裕の笑み。
「狙って落とすのが美学よ」
「次、セリナ!」
「完璧からの転倒、ギャップ点高し!」
「……やめて」
「評価しないで」
「でも正直、良かったわよ」
ルナがそう言うと、
セリナは少しだけ視線を逸らした。
「うん……」
フィオナが小さく頷く。
「助けてもらってるところ、綺麗だった」
「え、そこ見る?」
ミアが即ツッコむ。
「じゃあ最後」
「フィオナは?」
一斉に視線が集まる。
「……まだ、何もしてない」
「それが一番怖いんだって!」
「静かな人ほど後半強いんだから!」
「そんなこと……」
フィオナは慌てて手を振る。
「でも」
「今日は、みんな楽しそうで」
「それを、ちょっと離れたところから見るのも」
「嫌いじゃないかな……」
その言葉に、三人が顔を見合わせる。
「……あー」
「来るね、これは」
「次」
ルナが微笑む。
「確実に、静かに刺しに来るわ」
「霧島くん、大丈夫かな……」
セリナがぽつり。
「多分、無理!」
ミアが断言した。
波の音は穏やか。
夕焼けは優しい。
そして――
嵐は、最後にやってくる。
次回、
『フィオナ・リースは、何もしないまま心を持っていく』
静かで、優しくて、
一番逃げ場がないやつ。
‥感想とか評価欲しいなー




