ルナ・ヴァルシュタインは、分かっていて距離を詰めてくる
「……なんでこうなる」
霧島ユウトは、砂浜に立ったまま空を仰いだ。
雲一つない青空。
照りつける太陽。
波の音。
そして――すぐ隣。
「なに? そんなに暑い?」
余裕たっぷりの声でそう言ったのは、
ルナ・ヴァルシュタインだった。
「暑いに決まってるだろ」
「物理的にも、精神的にも!」
「ふふ、後者は私のせい?」
「自覚あるなら離れてくれ!!」
ユウトが一歩距離を取ろうとすると、
ルナは同じだけ近づく。
「ほら、海なんだから」
「もっとリラックスしなきゃ」
「距離感がリラックス超えてる!」
ミアはすでに波打ち際で遊び、
セリナはパラソルの下で準備を整え、
フィオナは貝殻を拾っている。
(なぜ俺だけがこの配置……)
⸻
ルナの水着は、派手ではない。
だが――完全に計算されている。
露出は控えめ。
しかし、ラインと色合いが視線を誘導する。
「……見てない?」
「見てない!!」
「というか、見ないように全力出してる!」
「ふーん」
ルナは、少しだけ身を屈めた。
「じゃあ、ちゃんと目見て話そ?」
「その“ちゃんと”が一番危険なんだよ!」
真正面から向けられる視線。
近い。近すぎる。
(この人、わざとやってる……)
「ねえユウト」
「さっきミア助けたでしょ?」
「話聞いてたのか……」
「うん」
「結構、見てた」
「それ、褒められても困るやつだからな」
ルナは微笑んだまま、少し間を置く。
「……優しいよね」
「誰に対しても」
ユウトは言葉に詰まる。
「別に……普通だろ」
「そう思ってるの、ユウトだけよ」
一瞬だけ、
からかいの色が消えた気がした。
⸻
「ね、ちょっと泳がない?」
ルナは何気ない調子で言う。
「一人じゃつまらないし」
「……浅いとこだけだぞ」
「もちろん」
その“もちろん”が信用できない。
二人で波打ち際へ向かう。
水はひんやりしていて、足元を撫でる。
「気持ちいいわね」
「まあ……それは認める」
「ふふ」
「こうしてると、静かでいいわ」
ミアの騒ぎ声が遠く、
波の音だけが近い。
「……なあ、ルナ」
「なに?」
「今日は、やけに大人しいな」
「そう?」
ルナは足元の水を指で掬いながら言った。
「いつも通りよ」
「ただ……」
ちらりと、ユウトを見る。
「海ってさ」
「距離、近くなりやすいでしょ」
「……否定できない」
「だから、少しだけ」
「素直になってもいいかなって」
ユウトの心臓が、跳ねる。
「少しだけ、ってなんだ」
「さあ?」
そう言って、ルナは一歩踏み出した。
水の中で、自然に距離が詰まる。
「ルナ」
「近い」
「嫌?」
即答できなかった。
「……嫌じゃないけど」
「問題が多すぎる」
「ふふ」
「正直ね」
ルナは満足そうに微笑んだ。
⸻
その瞬間。
「ルナー! ユウトー!」
「なに二人でいい雰囲気出してるのー!」
ミアの声が飛んでくる。
「出してねぇ!!」
「向こう行ってろ!」
「えー?」
「セリナもフィオナも呼ぶよ?」
「呼ぶな!!」
ルナはくすっと笑った。
「残念」
「続きは、また今度ね」
「続きって言うな!!」
そう言いながらも、
どこか名残惜しそうなのは否定できなかった。
⸻
しばらくして、パラソルの下。
「霧島くん、顔赤いわよ」
セリナが冷静に指摘する。
「日焼けだ!」
「日焼け!」
「……本当に?」
フィオナが心配そうに覗き込む。
「大丈夫だって!」
ルナはタオルを肩にかけながら、
小さく囁いた。
「ねえユウト」
「なんだ」
「さっきの答え」
「聞けてない」
「……何のだ」
「私が近いの、嫌かどうか」
ユウトは一瞬だけ黙り込む。
「……嫌なら」
「最初から逃げてる」
ルナの笑みが、少し柔らかくなった。
「そっか」
「それで十分」
⸻
海は変わらず、穏やかだった。
だが、ユウトの内側は、確実に波立っていた。
(……この人、一番危険だ)
自覚的で、余裕があって、
それでも踏み込みすぎない。
ミアとは違う種類の“事故”。
こうして――
ルナ・ヴァルシュタインという名の夏が、
静かに、しかし確実に爪痕を残した。
次回予告
作者腰痛のためお休みです。
次回作にご期待ください。




