閑話:ツッコミ役の正体
放課後の訓練場は、いつもより静かだった。
夏休み前テストが終わり、浮かれ気分の生徒たちは早々に帰路につき、ここに残っているのはごく一部――自主練をする物好きだけだ。
「……やっぱ来てると思った」
霧島ユウトは、ため息混じりにそう呟いた。
視線の先では、訓練用の魔法人形が二体、暴走気味に動き回っている。
どうやら誰かが制御を失敗したらしい。
「ちょ、ちょっと待って! 止まらないんだけど!」
「え、え、解除呪文どれだっけ!?」
慌てふためく上級生二人。
魔法人形はランクC。授業用とはいえ、油断すれば怪我じゃ済まない。
ユウトは頭をかいた。
「……あー、もう」
誰にも聞こえない小さな声でそう言って、一歩前に出る。
(ほんと、なんでこうなるんだよ)
詠唱はしない。
魔力を外に漏らすこともない。
ただ、指先を軽く振った。
――瞬間。
ガン、と空気が震えた。
次の瞬間には、暴れていた二体の魔法人形が同時に膝をつき、完全停止していた。
「……え?」
上級生が目を丸くする。
「い、今の……誰が……?」
ユウトはもう背を向けている。
「制御核に魔力逆流させただけです。
授業でやりましたよね? 暴走時の強制遮断」
「い、いや、でもあれって……同時に二体は……」
「やろうと思えば出来ますよ。
まあ、普通はやらないですけど」
さらっと言ってのける。
上級生たちは顔を見合わせた。
――その“普通はやらない”が、どれだけおかしいことか分かっているからだ。
「霧島……お前、そんなこと出来たのか?」
ユウトは振り返らず、軽く手を振る。
「出来る出来ないで言えば、出来ます。
やる必要がないだけで」
(目立つの、面倒だし)
そう、心の中で付け足した。
⸻
翌日。
「霧島くんってさ、正直どれくらい強いの?」
昼休み、何気ない雑談の中で投げられた質問。
ユウトは口にしていたパンを飲み込み、即座に答える。
「普通だって何回言えばいいんだ」
「またそれ〜」
「絶対ごまかしてるでしょ」
ヒロインたちは笑っている。
冗談だと思っている。
ユウトは内心で苦笑した。
(まあ、そう思われてる方が楽だしな)
ツッコミ役。
常識人。
場を回す係。
それは“役割”だ。
自分で選んだ立ち位置。
本気を出す理由がないなら、
わざわざ前に出る必要はない。
(守れればいい。
誰かが困ったときに、手が届けばそれで)
ユウトはそう考えながら、再び軽口を叩く。
「第一、俺が強かったら、この学園のバランス崩れるだろ」
「何それ」
「意味分かんない」
笑い声が広がる。
誰も気づかない。
この少年が、本気になれば教師クラスでも油断できない存在だということに。
――そしてそれが明らかになる日は、
きっとそう遠くない。
夏休みという、
“イベントだらけの季節”が始まろうとしていた




