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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ジャック・鏖・ランタン

作者: なお。

 夕暮れの街を俯き一人歩く女性。

 その顔は心なしか疲れているようにも見える。本来は艶やかであった長い髪も今は見る影もなく傷みボサボサとしている。

 昼間はまだまだ温かい陽気が続いているが、朝夕は一気に冷え込む。私は腕にかけていたカーディガンを羽織るとボタンをとめた。

 日が沈みゆく頃、街はキラキラと煌めく光に包まれる。私の周囲もパッと光の花が開いたように優しい光で覆われる。

 私はその光でおもわず顔を上げた。


「きれい…。もうそんな季節なのね…」


 私の目に映ったのは、街を彩るイルミネーションの鮮やかな光と至るところに溢れる南瓜や蝙蝠、蜘蛛の巣、ゴーストたち。

 この時期の日本でも、街はハロウィーン一色に染まる。当日になれば、ここは仮装した人で溢れるのだろう。私には縁のない話だが。

 私がふと横を見るとレストランの入口の黒猫の置物が目に入った。魔女の帽子を被ったかわいい黒猫がワインボトルを抱えている。


「最近、ゆっくりしてないなぁ…。たまにはこういうお店でお洒落にディナーとかしたいけど…」


 しかし、今は到底そんな気分にはならなかった。レストランの窓に映る自分を見たら余計に入口を潜る気分が萎えた。

 髪はボサボサ、目の下には隈、白いブラウスには皺が入っている。

 とてもじゃないが、こんなお洒落なお店に入れる状態ではない。

 わたしは大きなため息を吐くと再び歩き出した。

 時折、街を吹き抜ける風が彼女の長い髪を揺らす。

 往来をすれ違う人々は美しく着飾り、明るい声を振り撒く。

 それを見聞きするたびに私の心は沈んでいった。私は深く俯いたまま歩き続ける。誰も自分の事なんて見てないのはわかっている。しかし、どうしても周囲の目が気になった。

 ギョロリとした目玉があちらこちらから見ている気さえした。

 私は気づくと早足になっていた。逃げるように街を通り抜けていく。


「わたしは惨めだ…」


 そんな私はそこででピタリと足を止めた。

 そこは、ある一軒の雑貨屋。お店の外観は白を基調としていて清潔感がある。

 ここは私のお気に入りのお店だ。売っている物が気に入っているわけではない。スタッフの方と特別仲が良いわけでもない。入店したことも数えられるくらいしかない。

 そんな私が何を気に入っているのかと言うと、それはこのお店の正面にある「出窓」だ。

 横幅が3メートルほどある弓型出窓なのだが、私はこれを外から眺めるのが好きなのだ。

 実は、この出窓は季節によってディスプレイが変わる。その時期に合わせたテーマで飾りつけがされるのだ。

 私はその場に立ち止まったまま、ゆっくりと出窓を眺める。 

 出窓には南瓜がいくつも並ぶ。一つ一つ手彫りで顔が彫られている。中に入れられた蝋燭の火が揺らめき南瓜の顔を照らす。

 南瓜の周囲も多くの蝙蝠やゴースト、ランタンなどで賑やかに飾られている。


「ジャック・オー・ランタンかぁ…。わたしにもつくれるかなぁ? これ手彫りよね?」


 私は窓に近づき南瓜を凝視する。綺麗にくり抜かれた穴から溢れる蝋燭の灯りが優しく彼女を照らす。


「これよく見ると、顔が全部違う。個性みたいなのがある。花が長かったり、目が大きかったり。一つ一つ全部特徴がある。すごい作り込み…」


 私が感心しながら目が大きい南瓜を見たときだった。一瞬だが違和感を覚えた。

 南瓜の中に何かが入れられている気がした。だが、今の私は疲労が溜まっている。ただの見間違いかもしれない。

 しかし、私は何故かそこに吸い込まれるように顔を近づけてしまう。

 窓のガラスにゆっくりと近づいていく顔。自分の顔と映る顔がその距離を縮めていく。

 そして、自分の顔が見えなくなり中の様子が見えようとしたその時だった。


「どうかされましたか?」


 突然、私の横から声が発せられる。私が身体をビクつかせながら恐る恐る顔を上げると、そこには一人の男性が立っていた。

 三十代前半くらいの背の高い男性。切れ長で吸い込まれるような瞳。まるでビードロ人形のような美しい肌。その男性は、人とは思えない妖艶さを持っている。

 私はそのあまりの美しさに一瞬意識が飛んだ。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫…、です」


 目が合わせられない私。二十数年という人生を思い返してみても、こんな美青年と話したことなど一度たりともない。

 まぁ、普通の男性とも殆ど話したことがないが…。


「そうですか。窓にぶつかりそうだったので、お声かけしたのですが大丈夫なら良かったです」


「ぶつかり? あ! 違うんです。わたしはここのディスプレイが好きで、じっくり見ようとしていただけなんです」


 私の言葉にその男性の顔がパァッと輝く。


「そうでしたか。好きと言ってもらえて嬉しいです。これは全部、僕が作ってるんですよ」


 私は「えっ?」と驚き顔をあげたが、目に飛び込んでくる美青年の笑顔に圧倒されて再びすぐに目を伏せる。

 私はおずおずと彼に目を向けると彼の胸元にバッジを見つける。


「店長…? 店長さんなんですか!」


「あ、申し遅れました。僕はこの雑貨店のオーナー兼店長のルタと申します。以後、お見知りおきください」


 ルタと名乗った青年はそう言い再度微笑む。私はその眩しすぎる笑顔を直視出来ずにすぐに俯く。


「店長…、さん。少しお聞きしても良いですか?」


「構いませんよ。何でしょう?」


 俯く私にルタは優しく微笑みそう返す。


「ジャック・オー・ランタンは…、わたしでも作れますか?」


 ルタは「これをですか?」と窓の中を指差しながら答える。私は頷き「それです」とだけ声を絞り出す。

 ルタは一瞬考え込む様子を見せたが、すぐに私の方を向いた。


「作れると思います。くり抜くのに少し力が必要ですが女性でも大丈夫だと思いますよ。制作途中のものがあるので見ていきますか?」


「良いんですか?」


「えぇ、もちろん。お時間がよろしければ、お教えしますよ。一緒に彫ってみましょう」


「一緒に…、やりたいです…。わたしに彫り方を教えてください!」


 深々と頭を下げる私に苦笑し、ルタはどうぞと店のドアを開けた。

 私は彼に誘われ店内へと足を踏み入れる。アンティーク調で統一された店内。

 蝋燭の灯りをベースに電気照明も色と光量が調整されており、とても落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「わぁ…。久しぶりに入ったけど、今はこんな感じなんですね…」


「えぇ。ハロウィーンに合わせて、店内も少し改装してみたんですよ。どうですか?」


「とっても素敵だと思います…。とても落ち着きます…」


「ありがとうございます」と微笑むルタに私はどうしてもドキドキを抑えられない。

 私は慌てて何か話さなければと話題を探すが何も思い浮かばない。そんなスキルがあれば、こんな寂しい人生は送っていない。


「落ち着いてください。では、ランタン作りへ参りましょう。あちらの部屋が作業場です」


 ルタの指し示す方を目で追うと一つの扉があった。ちょうど店舗正面側にあたる場所に壁と扉がある。

 あの出窓のディスプレイの後ろには仕切りがしてあったが、その仕切りの裏が作業場ということなのだろう。

 ルタはドアノブを握りゆっくりと回しドアを引く。ギイィィィィという軋む音と共に開かれる扉。

 部屋の中は真っ暗闇だ。表のランタンには灯りが灯されているが部屋の中は真っ暗だった。入口付近の壁に手を這わせてスイッチを探すルタ。

 彼は慣れた手つきで部屋の照明のスイッチを入れた。ぼんやりとした橙色の光が優しく部屋を照らし出す。

 壁際には南瓜がサイズ別に堆く積まれている。部屋の中央にはテーブルが一脚と椅子が二脚あり、その横には大きなゴミ箱が置かれていた。

 中を覗くと南瓜をくり抜いた時に出たゴミが入れられている。

 テーブルの上には彫りかけの大きな南瓜が見える。その傍には小刀、スプーンにマジックペンがそれぞれ一本ずつ置かれていた。


「さぁ、こちらに座ってください」


 ルタは笑顔で私に椅子をすすめる。私は「ありがとうございます」と言いそこに座った。

 私はゆっくりと周囲を見回す。この部屋には南瓜しかない。左右どちらを見ても南瓜、南瓜、南瓜。南瓜の山しかない。


「いやぁ、お恥ずかしい。ランタンを作ろうと南瓜を注文したのですが、どうも数量を間違えていたみたいでして…」


「間違えたって…。そんなレベルを遥かに超えてますよね」


 ルタは「ははは」と照れくさそうに頭をかいている。意外と抜けているところがあるのかも知れない。私はそんな彼に少し親近感を感じた気がした。

 ルタは私の隣に椅子を置き腰掛けると机の上にある南瓜を手に取った。


「ご覧ください。これが作成途中のランタンです。順を追って説明していきますね。まずは…」


 ルタは和かな表情で親切丁寧にジャック・オー・ランタンの作り方を教えてくれた。私のよくわからない質問にも嫌がる素振りを一切見せず、ずっと笑顔で答えてくれた。

 私はいつの間にかそんな彼に惹かれていったのかもしれない。

 ルタは壁から中サイズの南瓜を取ってきて私に手渡した。


「では、実際にやってみましょう。道具はこれを使ってください」


 ルタはどこから必要な道具を一式出すとテーブルの上に置き私の前へ滑らせた。

 私は彼に礼を言うと教わった通り南瓜の上部を切り開き中身をくり抜きはじめた。

 彼は私の作業する姿を変わらぬ笑顔で見つめていた。


 どれくらいの時間作業をしていただろう。南瓜に鼻を彫っている私にルタから声がかかる。


「一度休憩しましょう。意外と疲れているはずです」


 私はその言葉に手を止める。道具をテーブルに置き、頭の後ろで手を組み上へと伸ばす。


「あぁー、凝った…」


「ふふふ。ご苦労様です。慣れないとすぐにこりますよね。よろしければこちらをどうぞ」


 ルタはそう言うとコップを差し出す。私は「ありがとうございます」と言い両手でそのコップを受け取った。

 コップから手のひらに伝わる温度と目の前に立ち昇る湯気。それを口に運び飲み込むと身体中がじんわりと暖まっていくのがわかる。

 心なしか沈んでいた気持ちも和らぐようだ。


「ココア…、ほっとします。おいしいです…」


「喜んで頂けてうれしいです」


 私は隣でココアを飲むルタを見ていると頭がぼーっとしてきた。私は次第にうつらうつらとし始め、目を開けるのも億劫になってくる。


「眠い…」


 疲れが溜まっていた私は突然の睡魔に襲われた。ルタの「大丈夫ですか?」という慌てた声が遠くに聞こえる。

 そして、コップを机に置いたところで私の意識は途絶えた。


 ◇


 うーん…。わたし…、眠ってた?

 何してたんだっけ?

 あ! ジャック・オー・ランタン作るの教えてもらってたんだ。

 ルタさんは?


 私の意識はそこで急覚醒する。「ルタに迷惑をかけてしまった事を謝らなければ」と思い椅子から立ちあがろうとした。


 が…、それは叶わなかった…。


「なにこれ…」


 私の身体は椅子に縛りつけられていた。両手は後ろに回されて背もたれに、両足は椅子の脚に固定されている。


「おや、お目覚めですか?」


 縛られた手足を見る私の前方からルタの声が聞こえた。私はゆっくりと視線をそちらに向ける。

 椅子に座ってテーブルに向かう彼の後ろ姿が見える。器用に南瓜をくり抜いていくのが背中越しでもわかる。


「ルタさん、これはどういうことですか?」


「どうとは?」


「わたしを縛って」と言ったところで私は言葉の続きを失った。私の目に映ったものが言葉をどこかへと吹き飛ばした。


「ル、ルタさん…。あのランタンたちって…」


「ランタン? あぁ、貴女が好きと言ってくれたジャック・オー・ランタンのディスプレイですか? わかりますか? 素晴らしいでしょう?」


「いや、そんな…」


「個性を再現するのが難しんですけど、よく出来てるでしょう? 貴女もすごいと褒めてくれていましたね。あれは嬉しかったですよ」


「いや、そういうことじゃ…」


「あれ、違うんですか? 僕の理解者がついに現れたと思ったんですけどねぇ…。そうですか…、貴女も…。残念です」


 そう言いルタは立ち上がるとこちらを振り返る。そこにはあの優しい笑みはなかった。

 笑みはあるが背筋が凍るような冷たさを秘めた瞳と張り付いた笑顔。

 私の身体はぶるぶると震えている。顎が震え歯が激しくぶつかりあう。

 ゆっくりとした足取りで私に向かって歩くルタ。彼の手には小刀が握られている。


「おや、漏らしてしまいましたか。仕方ないですねぇ」


「あうぅ…」


 私の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ、ズボンにはどんどんシミが広がっていく。


「ごめんなさい…、ごめんなさい…、ごめんなさい…」


「なぜ謝っているんですか? 謝ることはありませんよ」


「許してください! お願いします!」


 私の言葉ににっこりと笑うルタ。あの優しい笑顔に私は「許された、助かる」と思い安堵の表情を浮かべる。

 しかし、その後彼から放たれた言葉に私の希望は粉々に打ち砕かれることになる。


「ダメです」


「そんな…」


「ハッピー、ハロウィーン…」


 私が最期に見たのは、真横に振られた小刀と彼の背後に見えるジャック・オー・ランタンたちの並ぶ姿だった。


 ◇


 一人の男が出窓のディスプレイに新しい作品を並べている。

 ハロウィーン用の南瓜の飾り。いくつも並べられたジャック・オー・ランタンに新たな仲間が加わる。

 男は出窓から外を眺める南瓜たちの姿に、満足そうな笑みを浮かべて部屋を後にする。

 暗闇に包まれた部屋に揺らめくジャック・オー・ランタンの灯り。

 南瓜の中では、ボサボサの髪の毛が揺らめく光に照らされていた。

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