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とある国のお話

作者: 藤井桜
掲載日:2026/01/31



 昔々、とある国のお話。



 日差しの暖かい中庭のベンチに座るこの国の15歳になるお姫様アーシェラは近くに控えていた近衛騎士リオルに声を掛ける。



「リオル」

「はい、姫様」



 太陽のような笑みでアーシェラはリオルの手を取った。時々、このお姫様は大胆な行動に出る。そして、リオルの目を覗き込むと「貴女にお願いがあるの」と言った。



「城下に行きたいの。付き合ってもらえる?」

「ひ、姫様?! それは無理です!!」



 リオルは慌てる。城下はどんな危険が待っているか分からない。アーシェラを連れて城下に行くことなど出来ない。


 何時も穏やかで我がままを言わないアーシェラが始めて口にした我がまま。リオルはアーシェラに何か理由があるのではと思う。



「何時もの姫様ではありませんね。何かありましたか?」



 リオルは優しい笑みを浮かべた。自分で力になれることがあればなってやりたい。それが自分に出来ること。自分よりも5つ年下の姫君は恐れ多いが兄ばかり5人も居る自分にとって唯一、妹のような存在なのだ。





 *近衛騎士と鎧工のお話*





 幼馴染の鎧工アレンの工房はアレンが父と二人で切り盛りする小さな工房だった。姫付きの近衛騎士は休み以外はほとんど城に居る。女官用の部屋を与えられて何時でも姫の傍に居るのが仕事だった。数日振りの休みを利用してリオルはアレンを訪ねていた。その後、実家に寄って買い物をして城に戻るつもりだった。



「鎧がきつい?」

「ええ」

「分かった、手直しするよ。でもまぁ、後はそんなことないと思うけど」



 成長の過程でよくあることだった。20歳になればそろそろ成長が止まるはずではある。なので、手直しが必要なのは今回限りだと思った。



「女は不便だ」

「ああ、育ち盛りの男でもよくあることだよ。男よりも成長する期間が長いだけのことだね。気にすることない」



 男の成長なら17から18で止まるのだが女はそうはいかない。普段、身に着けるのはハードレザーの鎧なので脇で調整してやれば簡単に調整がきく。話題が話題なだけにリオルは少し恥ずかしかった。仕事のことになるとわき目も振らない幼馴染にちょっと嫉妬感を覚える。



 リオルの鎧を見ていたアレンの手が止まる。「ふむ」と言って少し考えているようだった。その言葉を首を傾げながらリオルは待った。



「アレン?」

「これ以上は調整が難しいかな。それにずいぶん、痛んでいるね。鎧工冥利に尽きるけど」

「将軍自ら稽古を見てくれるのはありがたいんだけどかなりきついんだ」



 剣だけでなく鎧も練習用のものがあるのだが女性用はほとんどない。見習い以外はほとんど自分の鎧を使っていた。



 リオルは騎士になって1年目。見習いから数えると5年目だ。近衛騎士はリオルの他に年配の女騎士がいた。この国はここ何十年も男の子に恵まれずに、姫付きの近衛騎士は女性が努めていた。今の王も女性である。元々、女性が王位に付くのではなく王の子が継ぐために男女は関係なかった。



「将軍自ら? それはすごいね」

「ああ、姫様がね」

「なるほど、お父様にお願いか。リオルは姫様に好かれているんだね」

「ありがたいことにね」



 女王の夫はこの国の将軍だった。女王を命を懸けて守った功績により王の夫になった。しかし、リオルはちょっと困ったような表情で言葉を続けた。



「ただ、ちょっと回りからの反応は良くないけどね」

「ああ、貴族でもない庶民が近衛騎士になってそれも女で…と言っちゃ世間体は気にするか。でもまぁ、将軍という実例もあるからな」



 将軍の出自も貴族と言うわけではない。どこかの国から渡って来た、と言う話を聞いたことがあった。そして、腕一つでここまで上ってきた男だった。



「うん、将軍は尊敬している」

「稀代の英雄か」





 *女王と将軍のお話*





 テラスで空を眺めていた女王エリアは後ろからの足音に振り返る。その表情は女王のものではなく優しく笑む妻のものだった。



「ルース」

「どうした?」

「星を見ていました。これから落ちる星を」

「弱気だな」

「自分のことはよく分かっているつもりです」



 最近、体調が思わしくない。医師はひたすらに隠していたが分かっていた。身体を蝕む病は治らないということを。



「夜風に当たって無理はするな」

「どうしてこういう身体に生まれたのでしょう。貴方の妻としての任も果たせそうにありません」

「気にするな。15年前にオレはお前を選んだ。オレにはお前だけなのだ。十分、妻としての任を果たしている」



 15年前のあの日。女王懐妊の報は告げられた。しかし、その子は助からなかった。ルースは子でなく妻を選んだ。どちらかしか助からない、選ばざる負えない状況に彼は王を選んだ。国民のために。そして自分のために。懐妊の報は告げられていた。そして、王には子供が必要だった。



 そして、同じ日に生まれた、国中の中で見つけられた一人の女の赤子。それがアーシェラだった。大金を積み上げて、秘匿を望んで王の子になった。産みの親はこれから、秘密を抱えて生きて行く事になった。



「私は王です。きっと最後までも」

「オレの剣はお前に捧げている」





 *将軍と近衛騎士のお話*





「踏み込みを強くするんだ」

「はい!」



 威勢の良い掛け声が聞こえる。将軍自ら稽古をつけていた。リオルは真剣だった。手加減のない将軍。油断など出来ない。



 勢い良く飛び込むが颯爽とその剣を交わしてルースはリオルの手を打つ。リオルの手から、訓練用の剣が転がり落ちた。手にも力が入っていないようだった。



「息が上がってるな、ここまでにするか」

「ありがとうございました!」

「お前は飲み込みが早い。良い騎士になるな」

「ありがとうございます、将軍」



 リオルの使っていた剣と一緒に、自分が使っていた剣も一緒に片付けながらルースが言葉を続ける。リオルは、「ありがとうございます」と言って頭を下げた。



「アーシェラは迷惑をかけていないか?」

「そんなことはありません!」

「そうか、あれには年の近い友達がいない。リオルが居てくれて助かる」

「勿体ないお言葉」



 ルースに父の面影。リオルに父は居たが彼は生粋の商売人。母と5人の兄。兄のうち3人は騎士になり残りの2人は商売人になった。兄の背中を見て育ったリオルも騎士になった。



 将軍の背中は父の背中よりもずっと大きかった。





 *女王と姫様のお話*





 ある日、エリアはアーシェラを部屋に呼んだ。女王としてでは無く、一人の母としてアーシェラを自室に呼んだ。



「お母様? お呼びですか?」



 ベッドの上に横になる母の姿は年齢よりもずっと年老いて見えた。母の病のことは知っていた。知っていたからこそ悲しかった。



「貴女に話しておきたいことがあるの」



 母から告げられた真実。それでも、姫としてやっていかなければならない現実。見つめるその人はずっと、アーシェラの母であったはずだ。



「貴女の子がこのこの国を継ぐことになります。私の血筋は私で途絶えるけれどこの国が終わったわけでない。アーシェラ、血が繋がっていなくとも貴女は私とルースの子供です」

「お母様!」



 真実は15の少女を不安へと突き落とす。しかし、それは知らなければならない真実。そして、誰にも話せない真実。



「まだ15の貴女にこの国の命運を任せなければならないことに心を痛めています」

「そんな! アーシェラにとってお母様もお父様もただ一人。それなのに…」

「ごめんね、アーシェラ」



 母の優しい笑み。血が繋がっていない、その事実を突きつけられて少女の小さな心は戸惑う。それでも、彼女は王の娘なのだ。いや、王の娘になったのだ。



「父様の言うことを良く聞いて良い王になりなさい」

「はい…お母様」



 アーシェラの瞳から涙が零れ落ちる。どうしようも出来ない現実に泣く事しか出来ない。そして、その言葉に頷く事しか出来ない。



 星が静かに落ちようとしていた。





 *姫様と近衛騎士のお話*





 アーシェラの手に載せられた色鮮やかなブローチ。母のために購入したものと同じものだった。これは、母のために購入した。



「姫様」

「こないだはつき合わせてごめんね」

「いえ、姫様の気持ちを考えたら!」



 病に伏せる母に何か贈りたかった。自分で選んだものを。今まで、自分から選ぶ事が無かったのだ。自ら選んだ唯一のもの。



「間に合って良かった…」



 ブローチを見つめるアーシェラの瞳から涙が零れ落ちた。何度も何度も泣いたはずだった。しかし、涙は一向に止まらない。



「はい…」



 リオルは居た堪れない気持ちになる。「失礼します」と言って、リオルはハンカチで、アーシェラの涙を拭いてくれた。



 そして、数日後、女王崩御の報が告げられた。小さな肩に乗せられた大きな王位と言う名の重荷。事前に知らされていなければ、決意出来ていたかは分からない。



 喪が明ければアーシェラは王位に就く。新しいこの国の女王として。



「リオル、準備は出来ていますか?」

「はい…知り合いの鎧工に頼みました。でも、良いのですか?」

「貴女しかしないの。貴女は近衛騎士ではない。私にとって貴女はかけがえのない親友なのだから。これだけは誰の文句は言わせないわ。きっと最後の我がままになるだろう、ってお父様にもお願いしたのだから」

「分かりました」



 姫の決意は固い。ならば、ずっと姫の傍に居よう。どんな逆風が吹き荒れようとも。自分が姫君を守ろうと。最後に泣いた時から、涙は見せてはいない。それが、姫も決意なのだろう。



「ありがとう、リオル」

「姫の御心のままに」





 *鎧工と近衛騎士のお話*





「時間には余裕はあるね、大丈夫だろう。オレも嬉しいよ、幼馴染の大事な儀式用の鎧を作ることが出来るなんてね」

「ありがとう」

「リオル、おめでとう」



 白銀に輝く鎧。騎士の正装と言ってもよい鎧を作ることが鎧工にとっても幸せなことだった。アレンにとって初めて手がける鎧でもあった。



 儀式に参列出来るようになれば騎士として一人前になれる。姫付きの近衛騎士としてではなくこれからは女王付きの近衛騎士になるのだ。儀式に出るのは格段に増える。



「これからもオレに作らせてくれよ、お前の鎧は」

「ええ、お願いするわ」



 手の届かない人になってしまうのではないか。リオルはいつの間にか羽を付けて飛んでいってしまった。それが、少しだけ寂しい。



「参ったな、鎧工の妻になってもらう予定だったんだがな」

「アレン…」



 リオルが赤面する。アレンが居るからこそ自分は頑張ることが出来た。騎士になったあの日よりもずっと前から、アレンはリオルの光だった。



「今はまだ無理。姫様が夫となる人と結婚されたら、そのときは貴方の妻にしてちょうだい。騎士だから結婚出来ないという法はないのだから」

「リオル、本当かい? 君は将軍が…」

「将軍は私にとってもう一人の父のような人。それが…?」

「いや、リオル、ありがとう、嬉しいよ」



 ゆっくりとリオルの肩を引き寄せる。何かに気付いた、リオルが視線を上げて、アレンを見上げる。少しだけ高い視線。



「アレン、一つお願いがあるの」

「なんだい?」



 言いづらそうにリオルがアレンの耳に囁く。これだけは、どうしても伝えておきたかった。アレンの妻になる覚悟だ。耳元で囁いたその言葉に頷いてくれた。



「はは、もちろんだよ。君以外の女性の鎧は絶対に作らないよ、約束する」



 約束の指きりの代わりにアレンはそっとリオルに口付けたのだった。そして、アレンはこれから一生、リオル以外の女性の鎧は作らないと決めた。





 *とある国の物語*





 前女王が崩御して1年後。アーシェラは16歳で王位に付いた。その傍らに白銀の鎧に身を包んだリオルが立つ。



 そして数年後、アーシェラは従兄弟に当たる隣国の第二王子を夫に迎える事になった。彼女の時代が静かにやってきた。それを静かに見守る。何時までも。



 昔々、とある国の物語。



 前サイト閉鎖に伴い加筆修正して再投稿したものです。

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