ミーンミーンミーン
ミーンミーンミーン
この暑さ何とかならないものかと、麦わら帽子を深く被りなおして山道を歩く
中学三年生の夏休み
同級生達は受験の準備で忙しいらしく、僕と遊んでくれる人はもういない
暇な夏休み一人家でボーっと過ごしたところで、クーラーもない我が家では座っているだけも汗が流れる
それならいっそと思い、一人ハイキング&怖くなかったら一人キャンプでもしようかと思い
運動会の時に敷いて使ったブルーシートと少しのお菓子と麦茶をリュックに詰め、山道を歩いている
もう少し行けば、大きな木の下で陽も当たらず休憩できる場所があるからと、あと少しあと少し
僕は自分に言い聞かせながら山道を登って行く
この辺りは昔炭鉱があったらしく、今は誰も暮らしていない3F建てのアパートが数頭並んでいる
そんな寂れたアパートを横目に、ここを抜ければ休憩できる場所だと気合を入れる
数分後ようやく休憩出来ると、切り株に腰を降ろし持参した麦茶を少し口に含んだ
後1時間も歩けば、川沿いの開けた場所に出るから天気も良さそうだしそこでキャンプするか
テント代わりにブルーシートを持ってきたし、この辺りには野生動物何ていないから、虫よけの線香だけ切らさなければ何とかなるだろうと、少し休んで息を整えた僕はまた山道を昇り始める
少し行くと親子連れに出会った
僕よりも少し年上のお姉さんとご両親らしい
この辺りでは見ない顔なので、流行のハイカーなのかと思うが、あの服装も今の流行なのだろうか
特に山登り用の装備も持っているでもなく、今家を出てきましたって位の普段着っぽい
そんな人もいるんだなと、挨拶をしてすれ違う時に
「どこから来たの?」と聞かれたので「麓から登ってきましたよ」と、答えると「お願いがあるのだけど」とお父さんらしき方が言うので「何ですか?」とちょっと不安になりながら聞くと
「写真を撮ってもらえませんか?家族3人の」
なんだ写真を撮るだけか、飲み物って言われたらキャンプをあきらめて帰るようだったのでホッとした
「写真位いいですよ」
にこやかに答えてから、「ここで撮りますか?それとももう少し景色の良さそうな所で?」と聞くと少し悩んでから「どうせなら景色の良い所がいいわ」って娘さんが答えた
なら「あと少し行くと山道が折れ曲がるところで、丁度視界が開けて海も見える場所がありますからそこでどうですか?」と訊ねれば「あそこなら」ってそこまで一緒に話しをしながら山道を登って行った
お父さんとお母さんの名前は分からなかったけど、娘さんは「真由美」さんと言うらしい
僕より少し背が高いのが納得いかないが、同級生にはいない可愛さを持っていて僕が同じクラスだったら『当たって砕けろ作戦』を実行しているくらいには可愛くて、笑うとえくぼが出来て更に可愛かった
少し歩いて海が見えてくると、3人が走っていき「ここはどうだろう?」とか「ここは?ここは?」と撮影場所を選んでいる
「そんなに変わらないよ」とは口に出さずに見守っていると、「それじゃ、申し訳ないのだけどここで」とチョット古そうなカメラを渡された
カメラをジッと見ながらどうやって使うのか見ていたけど、結局分からずに「これってどうやって使うんですか?」と聞いてみた
「なんだカメラの使い方知らないのかー」って笑いながらお父さんが教えてくれた
なるほどなるほど、ここをガシャっと回してからここを押すんだな
多分こんな古いカメラの使い方知ってる人って、同級生でいるのかな?なんて思いながら3人と海と右側に見える山の端っこが画面に入る様にしてボタンを押した
「何枚かとりますか?」と確認したけど「フィルムがもうないんだ」と言われて、フィルムってなんだろうか?確認したかったけど、3人とも嬉しそうだったから、まぁ良いかと思いカメラを返す
「本当にありがとう」と何度も何度も頭を下げられたけど「これくらいでそんなに頭を下げないでください」って少し恥ずかしくなって「僕はキャンプできる場所に向かうので」と3人に背を向けて歩き出した
しばらく歩いてキャンプが出来る場所にたどり着いた。
近くの木と木の間にロープを掛けて、そこにブルーシートを三角になる様にかける
これで簡易テントの出来上がりだ
後は大きめの石を除けて寝転べる場所を確保すれば十分だ
川で汗を少し流してから、持ってきたTシャツに着替える
後は火事にならない様に焚き火をして、虫よけの線香も何個か火を着けておく
そうしていると辺りが暗くなってきたので、持ってきたお菓子を夕飯代わりにする
焚き火の火を見ながら、なんか火を見てると落ち着くよなーなんて何処のおっさんだとか自虐しつつ
ボーっとしている間に辺りは更に暗くなっていく中で、月と星の灯りが意外と明るいんだなと思った
寝転びながら夜空を見上げて、あの星なら手が届くかもなんて手を伸ばして
僕に掴める星なんてないよな・・・と落ち込む
川の音と虫の声を聴きながら、疲れもあったのかいつの間にか寝入ったようで
朝起きて、これ位ならいいだろうって手を抜いた結果
石の跡が顔と体の数か所に出来ていた
ついでに、朝ごはんの用意なんてしてない事に気づいてリュックを漁るが、お菓子は全部食べ切ったらしい
急いで帰らないとお腹が空いちゃうと、ブルーシートを片付け焚き火の跡に水を掛ける
ロープはそのままでも誰も来ないだろうと、そのまま残しておくことにして山を降りる
昨日写真を撮ったあたりに差し掛かると声が聞こえてきた
「この辺りじゃない?」「ここからこーやってみると、パパーここだよ、ここ」
真由美さんたちまた来たのかなと、山道を折れ曲がると真由美さんによく似た女の子と、真由美さんのお母さんの面影を持つパパと呼ばれたおじさんがいた
二人が僕に気づいて、こちらを見てから
「君はもしかして、ここで親子3人の写真を撮ってくれた方かな?」
ん、知り合いかな
「え、えぇ昨日ここで真由美さんたち家族に頼まれて海を背景に写真を撮りましたよ」
そう言うとおじさんがいきなり目に涙を浮かべて
「ありがとう、ありがとう」って何度も頭を下げてきた
娘さんも「私のいったとおりじゃない」とおじさんに言ってから、私に向かい同じように
「ありがとう」って少し涙目になりながら頭を下げてきた
もしかしたら、真由美さんたちに何かあったのかなと思って
「真由美さんたち何かあったんですか?」と訊ねてみた
二人は顔を見合わせた後、良かったらそこの団地に私たちの使われていない家があるので、古いですけどお茶でも飲みながらと誘って頂いた
ちょっと家まで麦茶の心配もあったから、言葉に甘えさせてもらって彼等の家で事情とやらを聞くことにした
そうして出してもらったお茶を飲みながら、不思議な話しを話し始めた
今目の前にいる方は「高橋」さんと言うらしく、娘さんは「真美」さんらしい
なんでも高橋さんのお母さんから名前を1字抜いて名付けたらしい
数日前に遺品の整理をしていたら古い箱の隙間に1枚の写真を見つけたらしい
そこには何故か、昨日の日付が入っているらしく写真の後ろに「青年に撮影して貰う」とだけ書いてあるそうだ
高橋さん一家はもともとこの団地でお店をやっていたらしく、炭鉱が無くなる迄はここで商売をしていたらしい
炭坑が無くなってからは、相当苦労をしたらしい
そうして高橋さんのおじいさんとおばあさんは、苦労したまま病気に掛かり亡くなって、お母さんも苦労しながら高橋さんを育て、高橋さんが就職を決めてこれから楽をさせてあげようと思ったところで、亡くなったそうだ
昔はカメラは高級品らしく、一般の家庭で持っている家もあんまりなかったらしく
高橋さんの思い出の中のお母さんは、生活に疲れて髪もボサボサの姿しか思い出せなかったらしい
当然遺影なんて無くて、毎年々々仏壇に手を合わせながら悔しい思いをしていたらしい
だから?と思った
その話しと、真由美さんたちを写真に撮った事と何か関係があるのだろうか?
僕は戸惑いつつ「それで真由美さんたちを写真に撮った事と何か関係があるのですか?」
ハッとしてこちらを向いた高橋さんが、多分説明しても解って貰えなさそうだけどと前置きの後
「一度、仏壇にお線香をあげってもらってもいいかな?」と、いうので
それ位ならと、隣の部屋にある仏壇に向かってお線香に火をつけようとして
え?
そこには僕が画面越しに見た真由美さんたち家族の古ぼけた写真が飾ってあった
思わず振り向いて、高橋さんにこれは?って聞こうとして
「私にも理解が出来ないのだけど、真美が言うには写真すら撮ってやれなくて毎年忸怩たる思いの私を見かねた母さんが、君に写真を撮ってもらって残してくれたんだろうと・・・」
いやいやそんな事はありえないだろうと・・・何を一体・・・そんなことを考えていたら真美さんが
「あなたが信じようと信じまいと、ここにある写真が事実で・・・それを撮ったのがあなたなのだから、やっぱり私たちはあなたに「ありがとう」って伝えるわ」
と満足そうに頭を下げ、高橋さんもそろって頭を下げる
僕は何て言えばいいのだろう、なんて少し悩んでいると
「そこは、どういたしまして!って言えばいいのよ!」って後ろから真由美さんの声が聞こえた
思わず振り向けば、写真の中の真由美さんたちが僕に笑っているように見えた
そんな事もあるのかと、堂々と「どういたしまして!」と言ってみた
真美さんが「あれっ納得したの?」って聞くから「納得は出来ていないけど、真由美さんがそこは「どういたしまて!」だと言うところだといった気がしたので」と言うと
高橋さんが「それ、母さんの口癖だったんだよな・・・・」更に泣き出しちゃった
泣き出した高橋さんを見ながら「もう、パパったら」って真美さんもウルウル始めちゃって
取り合えずお茶を飲み干してから「もう一杯もらえますか」って
顔をあげた高橋さんと真美さんが顔を合わせて笑い出し「お客さんのおもてなししなきゃねっ」って、お茶と私の手作りよってサンドウィッチを出してくれた
よこで高橋さんが「それはパパに作ってくれたんじゃ・・・」って落ち込んでるけど、丁度お腹が空き始めていたので「いただきます!」て両手を合わせて食べた
その後、高橋さんの思い出話しを少し聞いて、真美さんとスマホの番号交換してから、高橋さん家を後にした
送って行ってくれると言って頂いたけど「家に帰る迄が一人キャンプなので」と少し爽やかに言っておいた
高橋さんの家を出る時に「本当にありがとう!」って真由美さんたち親子の声が聞こえた気がした
だから僕は、少し胸を張ってから空に向かって言った
「どういたしまして!!」