13勝手目 君の呪いはどこまで続く(3)
晴太は用事があるから済んでから仙台に帰ると言われて現地で別れた。彼がどこへ行くかはわからないけど、1人になりたかったからありがたい。
折角の東京も見て回る気にはなれなくて、すぐに東京駅へ向かい、1番早い新幹線で仙台へ戻った。
その足で八幡宮へ向かい、義理子さんを訪ねる。義理子さんは顔を腫らした私を見て概ね察したのか、優しく抱きしめてくれた。
「義理子さん。私、なんだか辛い。きっと、まともに洋の顔が見れない」
「……呪いとは、周りの人の運命すら変えてしまう。祈も被害者の1人です。勿論、洋さん本人も」
そう言うと私からゆっくり離れて、別な部屋行ってしまった。そして戻ってくると手には分厚い封筒が握られていて、それを私へ差し出した。
「洋さんは挨拶が出来るようになりました。玄関で靴を揃えることも、身なりを整えて外へ出る事も覚えました。守さんや晴太も、必要な手当も覚えたでしょう。これは約束の報酬です。これ以上はあなたが壊れてしまう」
中には私が提示した金額の札束がみっちりと入っている。私がメイクアップアーティストになる為の学費の足しになるお金。
私が頑張ったから貰えたお金。きっといつもの私なら、その重みに口角を上げて喜んだはず。
けれどこの大金も今はとっても軽くって、有り難みを感じない。
「いきなり居なくなると洋さんは困るでしょうから、祈から実家に帰らなくては行けなくなったと言って好きな日にちに仙台を経ってください。
約束通り、お父様には秋田から出ずに済むような仕事の依頼をしますので、祈は自分の人生を歩みなさい」
義理子さんはまるでお母さんのように背中を押してくれる。私は自由になれるんだ。
自由になっても怒られない。少なからずパパの縛りはあるだろうけど、それ以外は何してもいいんだもの。
「はい……」
私は明後日、仙台を立つ事に決めた。
これ以上洋の近くにいたら、私は悲しくてたまらなくて、自分が自分で無くなる気がしてしまうから。
◇
その晩の夕食に唐揚げを作ることにした。
冷凍じゃなくて、ちゃんと一から作る唐揚げ。洋は守と遊んで帰ってくるなり、唐揚げを揚げる音に気づいて、満面の笑みで近づいて来る。
「今日は唐揚げなのか! 久々の唐揚げだ! 最近土方の大学にも行ってなかったからな!」
「油が跳ねるから離れてて」
大好物にはしゃぐ洋と、その顔を直視できない私。
唐揚げが揚がっていく様を小さな子供のように目を輝かせて見つめる洋は。確かに変わった。
来たばかりの時はつまみ食いもしていたけど、今はそれをすることもなくなった。ご飯が出来ると配膳もするようになったし、いただきますも言えるようになった。
そうさせたのは私。神霊庁の依頼通り、洋へ最低限の礼儀を教えたの私だ。
昼間の事を思い出すと、無邪気に夕食の唐揚げを頬張る洋が何故こんなに不遇な目に合わなければならないのか不憫でならなかった。
おかげで食欲もわかない。洋は食べていない私に気づくと、なぁと声をかけてきた。
「この唐揚げ何味?」
「コンソメよ。私のママのレシピ」
ママというワードに地雷を踏んだとハッとしてしまう。今日の事は洋に言えない。
けれど洋は何も気にしておらず、唐揚げを食べ続けるだけだった。
機嫌の良いところで悪いけれど、秋田へ帰る事も言わなきゃいけない。箸を置いて洋の顔を頑張って直視すると、朝に施してあげたメイクは綺麗なまま残っていた。
「顔になんかついてるか?」
「う、ううん。傷が目立たなくて良かったと思っただけよ」
「祈にやってもらうと顔の傷も無くなるからすごいなって思ってるんだ。過去に戻って怪我しても、嫌だなって思った所は祈が治してくれる。祈が来るまでは鏡見るの嫌だったんだよなぁ」
やっぱり洋も女の子なんだわ。顔に傷がついたら嫌だもんね。私の手当てとメイクで、洋の元気が少しでも戻るならずっとやってあげたい。
でも、やっぱり禁忌に付き合う覚悟はない。死にそうな洋を見るのは怖い。
先日の豪雨災害での出来事がフラッシュバックする。土を吐いた洋が怖かった。
ダメ、もう言わなきゃ。
「あのね、洋……私、秋田に帰らなきゃ行けないの」
洋は箸を落として、豆鉄砲を食らったような顔をした。そしてすぐに眉を困らせる。
「……なんで? アタシが嫌になったのか?」
「違うわ! ほら、私って短期職員だから。もう契約が終わりなの。洋も基本的なマナーは守れるようになったし、もう大丈夫よ」
両手を左右に振り、誤魔化した。けれど、きっとぎこちない。
「なら契約が終わってからも仙台にいたらいいじゃん。家の部屋、そのまま使っていいからさ。仕事もこっちのほうがあるだろ。どうしても帰らなきゃダメなの?」
洋は私に帰ってほしくないのが伝わってくる。でもね、部屋が余っていても時期が来たら、ここを出ていかなくてはいけなくなる。
それは言えない――けれど、洋は私にここにいて欲しいんだ。
「私ね、メイクアップアーティストっていう職業になりたいの。昔からメイクが好きだったから、それになりたいなって……あ、あと、パパが1人でいるのも心配で」
「……」
洋は黙ったまま私を見ていた。眉毛はそのまま、けれど悲しそうにしている。この子はね、不器用なのね。きっと言いたいことがあるのに、ふぅんと一言。
箸を持ち直して、黙々とご飯を頬張る。食べ終わるまで会話はなかった。
当番だからと食器を洗う洋の横に並び、洋の顔色を見る。
「ねぇ……洋、怒ってるの?」
「なんで? 怒る理由ないだろ」
「私が秋田に帰るから怒ってるのかと思って……」
洋は顔色ひとつ変えずに皿洗いをしながら、興味が無さそうに答えた。
「ま、祈の人生だからな。頑張れ」
不器用だから素っ気ないのだと信じたい。それとも離れていく私はもう他人なの?
皿洗いが終わると、私が帰ることなんてどうでもいいみたいな素振りをする。足で扉を閉め、口笛を吹きながらお風呂へ向かって行ってしまった。
1人でモヤモヤと孤独に苛まれながら、シンクを見る。洋は皿を洗ってもシンクは水浸し、スポンジも転がしたままにするから。だから片付けをしようとしたのに、今日はすっかり綺麗になって、手を施す場所がない。
水滴も拭かなきゃダメよって、毎日言っていたのに。今日に限って1つもない。意図的な行動に、何かメッセージを感じてしまう。
「自分で選んだことなのに――」
手の掛かる洋を鬱陶しいと思っていた頃がすでに懐かしい。今はあの我儘や放漫な態度も愛おしく感じる。
これが守の言っていた、同情で一緒に居るわけじゃないって事なのね。
胸が苦しくて、溢れる涙と漏れる嗚咽を殺しながら、シンクの前でうずくまる。耐えられなくて自然と頼るのは、あんなに反抗していたパパ。
電話口でうまく言葉に出来ない胸のうちを吐き出さなければ、どうにかなってしまいそうだ。