12勝手目 同情しても人は救えない(1)
来る日も来る日も猛獣の世話。本当は秋田に帰りたい気持ちが心いっぱいにあるけれど、私には帰れない理由がある。
秋田の実家は神社。まあ当然、私も家族も家の仕事を手伝ってきた。
今はパパと二人暮らし。ママは私が中学生の時に亡くなった。
草むしりをしていたら熊に襲われて即死。熊がママの肉を食べて、人食い熊として全国ニュースになったこともある。しばらく外に出るのも怖くてたまらなかった。
けれど落ち込んでいる暇もなくて、ママがパパと一緒に神社を切り盛りしていたもんだから、私に仕事が降り注いできたっけ。
そんなんで24歳まで過ごしていたから、パパにはこのまま神社を継げなんて言われてるけど、そりゃもう大反対。
高校卒業後は出来るだけパパの言う通りの人生を生きないように、唯一許された看護学校へ行って病院に勤めた。
看護師時代はとっても短い。けれど濃厚な時間を過ごしたわ。人を助けたり、救うのが当たり前になって、病院に来れば救われて当たり前の人がいて。
その人間関係というか、義務的に人を救う事が向いてなかったのよね。
同期や先輩達がにこやかに患者さんと接する姿は痛々しいくらい眩しかった。その光が嫌いになってしまったの。私は献身的になれない。だから1年くらいで辞めちゃった。
秋田から出たがらないパパは、私に神霊庁の事を代わりにやって欲しいから継げってしつこい。看護師を辞めたならもう神社しかないと言うけれど、それってパパの都合であって、私の人生は蔑ろにされている。
パパの言いなりはつまらない。やりたい事がないか、何度も自分と向き合った。
自分の好きなこと、なりたいものはないかって。成人してから考える事じゃないかもしれないけど、子どもの頃より大人の方が大切に悩むもの。
私のやりたいことはちゃんと見つかった。私はメイクが好き。
ママが生きていた頃、ママの顔がメイクで華やかに綺麗になって行くを見るのが好きだった。
自分でもメイク道具が買えるようになれば、それを仕事にしたいと考えた時期もあったの。
卒業アルバムの将来の夢にだって「メイクアップアーティスト」と、過去の私が書いてくれていた。だからこれを叶えなきゃって思ったの。
そのためには専門学校に行かなければならない。年齢的に出だしは遅いし、パパは勿論反対している。
けれどこの話で揉めている最中に義理子さんから連絡が来て、洋の態度が悪いから改めてくれないかと相談を受けた。年齢も近いし、義理子さんは頼みやすかったのかもね。。
正直、神霊庁の仕事なんて引き受けたくなかったけど、私はお金が欲しかった。試しに金額をふっかけてやったら、交渉成立。
洋の態度を改善させられたら、義理子さんからお金がもらえる。
洋がどんな人かなんてわからなかったけど、とにかくまとまったお金が欲しかったし、意地でどうにかしてやればいいやと話に乗った。
だから私はこの猛獣がどれだけウザくても帰るわけにはいかない。きちんと矯正して、さっさと神社から出て行ってやるの!
神霊庁とかいう宗教染みた場所ともおさらばよ!
秋田に帰りたいのは、仙台が住み慣れた場所ではないからってだけ。
1日でも早く、帰っていいと言われたい私は今日も猛獣のお世話をする。
で、本日はせっかくの土曜日だっていうのに、あの3人組に同行して宮城の南にある町へやってきた。まあまあ田舎。申し訳ないけど、家と山以外見当たらないわ。
山にほど近い、広がった土地で停車する。そして車内から鏡や蝋燭、晴太の弓を運び出して手際よく並べ始める。
この意味のわからなさが、いかにも神霊庁って感じで不快だわ。
「オカルト研究会か何かのつもり?」
腕を組んで左足に重心を置いて立つと、下にある砂利が足裏に食い込んで来る。
晴太が「過去に戻るんだよ」と言ったと思えば、突風が吹いた。砂が目に入らないよう反射的に目を瞑る。目を開けてすぐ、晴太は鏡の中へポンと入っていった気がする。
鏡の中に入って行った?
見間違いかと思って目を擦る。何度も擦る。洋もいつの間にか居なくなっていて、何が起きたのかわからない。
守だけが残っていて、呑気にキャンプ用の折り畳み椅子に腰をかけて「呪いの全て」なんていう胡散臭い本を読み出した。
なんでこんな普通にしてんのよ!
「何!? 何なの!?」
「義理子さんから聞いていないのか? 沖田と晴太は過去に戻って死者を救ってるんだよ」
「もう意味不明よ! 今晴太が鏡の中に入っていかなかった!?」
「入ったが?」
当たり前のことをなんで聞いてるんだ? みたいな顔してんじゃないわよ!
守に質問責めをすると、「過去戻りの禁忌」について教えてくれた。ついでに洋の呪いや晴太の受けた呪いも聞いたけど、普通じゃありえないことばかり。
きっとこの幼馴染3人衆の厨二病な遊びに付き合わされてるんだわと自分を暗じるしかなかった。
静かな町では鳥の鳴き声や、遠くを走る車の音がBGM。時間がいくら経とうとも守はジッとそこで待つだけで、特に何も話すわけじゃない。
夕方に差し迫ると、車からライトやブランケットを出して来て、その灯りを頼りに本を読み漁る。コイツだけキャンプ気分なのもよくわからない。やっぱり神霊庁に好きで関わってる人間って変な人が多いのね。
「ねぇ。なんで守は鏡の中へ行かなかったの?」
「行かないんじゃなく、行けないんだよ。何故だかわからんがな」
「で、1人でキャンプしてるわけ?」
守は眉毛をぴくっと動かした。さすがにデリカシーのない質問だったと謝ったけど、この男はあまり表情変えないからわかりにくいのよね。
「鏡が倒れたら帰って来れないかもしれない。蝋燭が消えたら帰って来れないかもしれない――2人が帰って来れるように、鏡の番をしているんだよ」
説得力が増すように、蝋燭の周りに風除けを作る。倒れたくらいで大丈夫でしょ。蝋燭なんてまたつければいいんだしって言いたいところだけど。
こういう呪いとか風習は融通が聞かなかさそうだから、と思えば腑に落ちる。
会話が止まってからも帰って来る気配はない。歩いて数分の所にぽつんとあった自販機まで歩いてみたりした。飲み物を買ってSNSでも見ようとしたけれど、携帯の電波も危うくて暇が潰せない。
それでもあんまりにも暇だから、コーヒーを渡すついでに守に質問してみるの。
「あの猛獣といて疲れないの? どうやったらあんな風に育つのか不思議だわ。まだ2週間もいないけど、すでにクタクタよ」
思ったことを口にしてしまうから、愚痴がポロリと出た。守はやっぱり私を見ない。
「まあ……慣れだな。それに、沖田の家庭環境はあんまり良いとは思わんからな。仕方ないんじゃないか」
「なんで? 家族ぐるみで仲が良い幼馴染なんじゃないわけ?」
「沖田の親は仕事で家を空ける事が多くてな。夜遅くに帰って来たり、土日は家にいないなんて珍しいことじゃなかった」
「でもあの子、夜ご飯は両親と必ず食べてたって……」
「寝ずに待ってたんだろ。俺の母親もそれを不憫がってよく夕食には呼んでるよ。沖田は箸もろくに持てない子供だった。それを教えたのは俺の母親だしな」
守は話す内容を選びながら洋の事について話してくれた。
両親は仕事が忙しいと言って、洋はずっと鍵っ子だったこと。
学校行事には一度も来てくれなかったこと。
母親と父親は夫婦というより、他人が同居しているような感じだったこと。
祖父母や従兄弟、親戚が一切いないこと。
とにかく放任されて育ったこと。
それってネグレクトじゃない。
家の中には洋の描いた絵が飾ってあったのに。でも、その1枚だけでその他は何もなかった。
無機質な家というか、生活感のない家。女性らしいインテリアはあった。けれどそこに洋の影があるかと言えば、無い。
地震から片付けられていない家の中も買って来たばかりの生活雑貨が散乱しているだけだった。
洋がどうしてあんな性格なのか答え合わせができた。それなら可哀想ね、と思うのは変かしら。
「守がいつもそばに居てあげる理由がわかった気するわ」
「……言っておくが、同情して一緒にいる訳じゃないからな」
「なら何? 付き合ってもいないんでしょ? なら同情じゃない」
「まあいい。好きに解釈してくれ」
守は気を悪くしたのか、冷たく突き放された。
言葉選びは間違えたかもしれないけれど、事実でしょ。付き合ってもない、同情でもないならなんだっていうのよ。
再び会話が止まれば、あとは2人の帰還を待つばかりだ。