その昔の東海道、街道沿いの馬飼いと馬の話。
江戸より、ずっと前の、東海道。
馬飼いである男と、馬の、絆のお話。
東海道が、まだ、江戸の頃のように整わない、昔に。
その、東海道に。馬を引き連れた、屈強な男たちの一団が、歌いながらぞろぞろ歩いていた。
ほーい、ほーい、ほい、ほい、ほい。
俺たちゃ、馬飼い、馬たちゃ、ゆくよぉ。
西から東へ、東へ西へ。
荷物を運んで、よいこらしょ。
人を乗せ乗せ、よいこらしょ。
骨折り損の、何とやら。
骨が折れたら、お陀仏だ。
足腰大事、骨、大事。
肥やせよ、馬、馬、大切に。
ほーい、ほーい、ほい、ほい、ほい、
ほーい、ほーい、ほい、ほい、ほい。
先頭で歌うのは、坊主頭の背の高い男。
背が高いだけではなく、腕や体の筋肉も、連れている馬同様、がっしりとついている。…この男を見れば、仮に、道の茂みから盗賊が狙っていたとしても、恐れ慄いてそうそう出てこないだろう。それだけの強さや雰囲気の強さがあった。
「おおい、そろそろ、休憩にでもしないかあ?」
太っちょの男が、汗をかきかき、先頭の男に声をかけた。
「おう。わかった。
みんな、休憩だ、休憩ーーーーっ」
「「「「オウーーーッ!」」」」
先頭の男が威勢よく、声をかけて。皆が集まり出す。
この辺は、街道沿いの、馬場の集落だ。山の麓に広がる草原は、馬にとって豊かな体と、丈夫な足をくれた。
男たちにとって、それが、いつの頃からかは、知らないが。
代々、この集落では、馬を育てては、街道をゆく者や、武士団の力を強めたい者へと、送り出していた。ここで育った馬は、ちょっとやそっとじゃへこたれない、強い馬ばかり、と、評判であった。
「いやあ、しっかし、気前のいい奴らもいたもんだな。
一気に十頭、だとよぉ」
上機嫌の男たち。坊主頭の男は、そばに居た一頭に近づき、よし、よし、と首元を撫でてやる。
「しっかし、おまえも、大きくなったよなぁ…。新しいとこでも、元気でなあ…」
「おまえたちも、良くしてもらえよぉ!」
「達者で暮らすんだぞお」
他の連中も、頭や胴を撫で出して。
「ぶひひんっ!!」
「ひひーん」
「ぶるるるるる!」
馬たちも、嬉しそうに応えていたのだった。
さて、約束の通り、宿場の外れで、馬たちの引き渡しとなった。
先に待っていた、役人と。馬を売る相手の、男たち。いくつか確かめ事の後、役人の目の前で、渡した。
「それで、お代は」
坊主頭の男が、相手へ顔を向けた時だった。
バサッ
坊主頭の男に向かって、突如、剣が、振り下ろされていた。
「な、」
目の前で、斬られ、る、坊主頭の男。
仲間の馬飼いたちが、叫ぶ。
「「「「兄貴ぃ!!」」」」
避けきれずに傷を負い、倒れ込んだ、坊主頭の男。
痛みに顔をしかめつつ、辺りを見回す。
狼狽えているのは、仲間たち。一方で、目の前の奴らは、にやにやと、男を見下ろしている。
悠々と腕を組んでいるのは、そばにいる役人も、同様で。
「畜生、役人も、奴らの仲間かよ。まさか、偽もんだったか!
おい、おまえら逃げろ、早く!」
ひとまず、集落の仲間は逃した。いくらなんでも、明らかにこちらの不利だった。悪党たちに対して、手持ちの護身の武器なんて、知れている。
………どうする…、どうする!!
坊主頭の男が、悪者たちに囲まれ、追い詰められた時、だった。
「ひひーん!」
高い、いな鳴き。
後ろ足で辺りを蹴り飛ばして、馬が、怪我をした男の元へ駆けつけた!
「おう、おまえは!」
「ぶひひーん!!」
誇り高い、真っ直ぐな目で見つめる、馬が、ひと声、いな鳴いた。
「おまえ…!悪りい、なあ……」
駆けつけた馬の首元を撫でてやる。
馬は、嬉しそうに撫でられた後、すぐに何かを示すように、首を振る。
「乗れってか?」
ぶるん、と音を立て、馬は首を振った。
「……そうか」
やっとこせと、馬に跨る。
傷は痛むが、坊主頭の男は、なんとか、動けた。
「……なら、行くぞ!相棒ぉお!」
「ぶひひーーーんっ!!!」
そこからは、男と馬の、無双であった。
跨った馬は、勇敢で。振り回される剣にも怯まず、さらりと避けつつ、激しく蹴り飛ばしていく。
そんな馬の様子を見て。他の馬たちも、勇気づけられ。どんどん加勢していく!
「ひひーん!!!」
「ぶひひーーーん!!!」
逞しく育てられた馬たちは、その健脚を、団結力を、遺憾なく発揮した!
蹴散らし、伸びた所で、ひっ縛って。
やがて、本物の役人を呼びに、男と馬は駆けていく。
坊主頭の男が、自分を乗せて駆ける馬へ、声をかけた。
「ありがとよ!」
ーーあたぼーよ!
誇り高いこの馬は、坊主頭の男を、とても大切に思い、慕っていた。
ーー大事にしてくれた、あにさんに、悪さするんなら、そんなの、新しい主人なんて、俺ぁ、認めらんねえや!!
「そうかあ。でも、お陰で助かったよぉ!」
ーーなら、良かったっ!!!あにさん!!
尚、他の馬達が、きっちりしっかり、囲んで睨んで見張っててくれたので、悪い奴らに逃げられる事もなく。
無事、本物の役人へと、悪者達を引き渡したのだった。
因みに、坊主頭の男は。鍛えていた筋肉のお陰で、刃を弾き、傷も、深くはならず。
ひとりと一頭は、今日も草原を駆ける。
山から吹き下ろす風は、今日も心地よく。
急な斜面を走り下りながら、互いに笑い合っていた。
「おう!今日もいい風だなぁあ!!!」
「ぶっひひーーーん!!!」
ーーきっもちいいなーあ、あにさん!!!
「おーい、兄貴ー!」
「こっちこっちーー!」
「おう!今行くーっ!行くぞ!」
「ぶひん!ぶひひんっ!!」
ーーーおうよ!あにさん!!
終
読んでいただき、感謝です!!!
今月も短編ひとつ、更新、できました!ほっ。