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引きこもり姫、船に乗る


突然の婚約からちょうど4ヶ月後。

色々と面倒な手続きを済ませるためしばらく王都の屋敷に滞在していた私は帝国の使者たちに急かされる形で嫁ぐ準備をして家族と涙の別れを終えて、気づいた時には帝国行きの船に乗っていた。


正直、婚約を承諾してから瞬きをしている間に時が過ぎたんじゃないかと思うくらい時の流れが早い。


「いくらなんでも急すぎる…」


昨日港から出発したばかりなのに早速愛しの妹リグリス不足になった私は、豪華な船室でテーブルに頬杖をつき、もう波しか見えない窓の外を眺めながら愚痴を溢す。


ローゼンス帝国とバロット王国は一番早い高速船でも片道1ヶ月半ぐらいはかかる。

そのうえ、普通なら他国へ嫁ぐ準備は長い期間をかけるものらしく最低一年は猶予があるものだと聞いたのに……まさか、最初の使者が来てからたった4ヶ月で嫁ぐことになるとは。

我ながら俄かに信じがたい話だ。


(帝国め、せっかちにもほどがあるだろ)


どうやらローゼンス帝国からやってきた使者は私が婚約者と決定した後すぐに帰国したようで、急いでそのことを国に報告した彼らはバロット王国を離れてからたった2ヶ月で仰々しい護衛騎士たちを引き連れてバロット王国へ私を迎えに来た。

本来ならば他国からの輿入れの際はもっとスケジュールに気を遣うだろうに、今のローゼンス帝国は世界一栄えている強国という自負があるからか使者の出方も強気なのだろう。


こちらの事情などお構いなしという傲慢さはいかにもローゼンス帝国らしくて、本当に気が滅入る。


「あぁ、リグリスは元気かな…」


「出発したばかりですのに、もう公爵家が恋しいのですか?」


つい昨日、「お姉様、絶対に手紙を送ります!だからどうか、お元気で…」と別れの時に涙ぐみながら抱きしめてくれた妹を思い出していると、側にいたナタリーが呆れた様子で紅茶の入ったティーカップをルシュカの前に置く。


確かに、自分でもホームシックは早すぎると思う。

しかしいつも側にいた家族ともう簡単には会えないのだと考えると、どうしようもなく恋しくなってしまうのだ。


「だってこれからは滅多に会えないし、手紙だって最低でも往復4ヶ月はかかるのよ。

自分で引き受けたこととはいえ、そのことについては考えるだけで憂鬱だわ」


実質上の人質として嫁ぐからには里帰りなんて出来ないだろうし…とポロッと本音を漏らしてしまいそうになるが、そこはなんとか抑える。

目の前にはナタリーしか居ないとはいえ、帝国人ばかりのこの船じゃ誰が聞いてるかわからない以上、迂闊なことは言うべきではないからだ。


(一応名目上は"花嫁"だしね……)


両国の良好な関係のためにも、その体裁は保たないといけない。

それが嫁ぐルシュカの役目なのだから。


そう自分に言い聞かせたルシュカは「はぁ…」と重いため息を吐き、頬杖をつきながら横目でナタリーを見た。


「ていうか、ナタリーよく私に着いてきたね。

帝国からの条件で1人しか侍女を連れて行けないって言われたとはいえ、流石に遠すぎて誰も着いてこないんじゃないかなって思ってたんだけど」


「お嬢様、何をおっしゃっているんですか。

幼い頃から仕えている私が着いていくのは当たり前のことですよ。

むしろ私を置いていく考えだったことに私は驚きました」


信じられませんと非難がましい視線をこちらに向けるナタリーに、ルシュカは慌てて手と首を横に振る。


「いやいや、だってナタリーの両親はお父様とお母様に仕えているし、兄弟もロバーツ兄様やリグリスに仕えているじゃない。

それなのに公爵家を離れることになった私がナタリーを連れて行ったら、ナタリーも家族と離ればなれになっちゃうでしょ」


ナタリーの生家アスレン家は代々レルフィン公爵家に仕えており、ナタリーはルシュカが3歳の時から側に仕えていた。

初めて出会った時、自分とたった3歳しか変わらないのにまるで大人のような振る舞いをするナタリーを見て、「コイツも前世の記憶があるんじゃ…」と思ってしまったのはいまや懐かしい思い出だ。

もちろんナタリーはルシュカと違って前世のある人間ではなく、ただ幼い頃から"公爵家へ仕えるに相応しい人材に"と厳しい教育を受け、早く大人にならざるを得なかっただけの早熟な子だった。


ルシュカは彼女が長年アスレン家の人間として公爵家に仕えるために払ってきた犠牲や献身をよく理解している。

だからこそ、自分の都合でナタリーを家族から引き離して遠い異国にまで連れて行くことには流石に抵抗感があったのだ。


そんなルシュカの意図を察したのか、ナタリーはその場に跪いてルシュカと目線を合わせる。


「違いますよ、お嬢様。

私は自らルシュカ様を主人とする事を望んだのです。

だからこそ、私の中にお嬢様と別れるという選択肢は最初からありません」


そう男らしくきっぱりと断言するナタリーの姿に、思わずキュンとしてしまう。


忠誠心の強い侍女でありながら幼馴染でもあるナタリーは、普段小言は言いつつもありのままのルシュカを受け入れてくれる貴重な存在だ。

だから正直、帝国まで着いてきてくれると知った時はとても嬉しかったし心強かった。


「ありがとう、ナタリー。

着いてきてくれて本当に感謝してる。

おかげさまで美味しい紅茶も飲めるしね?」


「全くお嬢様ったら、本当に調子がいいんですから……」


ティーカップを持ちながら笑いかけると、立ち上がったナタリーは照れくさそうに顔を赤らめる。


(残念、男に転生してたら絶対ナタリーのこと口説いてたのに)


クライヴの時は忙しかったこともあり女性とまともな関係を築いた記憶がないが、決して経験がないわけではないしちゃんと異性愛者だ。

だからこそ、女性として産まれた今世は恋愛感情そのものがよくわからなくなっており、結婚したくなかったというのもあるのだが……


(女性として生まれたからこそ、怠惰に生きてこれたんだよなぁ)


もし今の家で男性として生まれていたら、後継ではないにしても兄のように外で働くことは逃れられなかっただろう。

性別が違ってもナタリーと主従関係が成り立っていたかもわからない。


そうなるとやっぱり女性で良かったのかも…なんてことを考えつつ、照れてるナタリーを見てニヤニヤしながら紅茶を飲んでいたその時、コンコンと私たちのいる部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「護衛隊の隊長を勤めるレムス・ファーゲンです。

改めてご挨拶に参りました。

失礼してもよろしいでしょうか」


昨日は出発日ということもあって慌ただしく簡易的な挨拶しかしていなかったからか、わざわざ一番偉い人が改めて挨拶に来てくれたらしい。

この大きくて豪華な船といい、大勢の護衛といい…いわゆる私たちはそちらの国を丁重に扱ってますよ的なアピールなのだろう。


正直、ルシュカとしてはご丁寧な挨拶をするくらいならもう少し日程にも気を遣ってほしかったと考えてしまうが…それはそれ、これはこれなのかもしれない。


「どうぞ、お入りください」


ルシュカはすっかり緩んでいた顔を引き締めると同時に、頭の中で貴族モードのスイッチをオンにして入室を促す。

そんな主人に合わせるかのように、ナタリーも真剣な面持ちでルシュカの後ろにそっと控えた。


「失礼いたします。

護衛隊長を務めます、ローゼンス帝国軍第四騎士団団長のレムス・ファーゲンです。

このたびは我が国の皇帝陛下とご婚約を結ばれましたこと、謹んでお喜び申し上げます」


帝国騎士団所属の証である真っ白な軍服を身に纏った引き締まった肉体を持つ若い騎士が、椅子に座るルシュカの前に跪いて礼をする。


扉の向こうから現れたのは思っていたよりもだいぶ若く、赤茶髪に薄茶色の眼を持つイケメンだった。

昨日屋敷から港へ向かう時には見なかった人物なので、おそらく港で指示を出しながら待機していたのだろう。


見た感じ、20代後半くらいだろうか。

その若さで団長とは驚きだが、若いとはいえ彼にはその座に相応しい威厳があり、バロット語も流暢だ。

おそらく騎士団の中でも有数の実力者なのだろう。


さて、彼の挨拶にはどう返すべきか。


前世の経験上、帝国の騎士は気位が高いため仕える相手を選ぶようなところがある。

ましてやルシュカは人質同然の妃だ。

護衛騎士に舐められてしまうと、後々面倒なことになりかねない。

今のところレムスはルシュカに対し礼儀よく振る舞ってくれているが、一応釘は刺しておくべきだろう。


相手に舐められず、かといって強すぎない先制パンチ……


ルシュカはほんの一瞬思考を巡らせた後、ニコリと微笑んだ。


『まぁファーゲン卿、ありがとうございます。

まだまだ不慣れなことが多く、色々とご迷惑をおかけしてしまうことがあると思いますが、これからどうぞよろしくお願いしますね』


よくある、貴族同士で交わすような挨拶。

しかし、レムスはルシュカの放った"言葉"に驚いたように目を見開いた。


フッフッフ…どうだ、私の帝国語は!

前世で見た帝国の貴族のモノマネだが、我ながらかなり上手に真似できた気がする。


(うんうん、思った通り上手くいって……あ、やばい)


レムスの反応に大満足してホッと息をついたその時、後方からなにやら視線が突き刺さっているのが分かったルシュカは余裕のありそうな笑みを繕いながらこっそり冷や汗をかく

本来ルシュカはレムスだけを驚かせるつもりだったのに、どうやら図らずも斜め後ろに立っていたナタリーにも驚きを提供してしまったようで…


そういえば一応帝国語を習い始めたのは婚約が決まってからだったと思い出しつつ、さりげなく後ろを確認すると、"お嬢様、ソレは何ですか?"と言わんばかりに微笑みの圧をかけられていることに気づき、ルシュカはそっと目を逸らす。


(何か…何か良い感じの理由を…!)


そうやって焦りながら必死に頭の中でナタリーに対する言い訳を考えていた時、存在を忘れかけていたレムスが動揺したように帝国語で話しかけてきた。


『妃殿下は帝国語が話せるのですか!?

それもまるで母語のように…一体、どこで習われたのですか?』


どこで習ったと聞かれても…前世で生まれ育った土地の言葉なのだから、ルシュカにとっては身体に染み付いているとしか言いようがない。

しかし、生粋のバロット王国の人間が一から流暢に帝国語を話すようになるには、かなり訓練が必要だろう。

古代は一つの言葉だったとされる帝国語とバロット語は文字など共通する部分もあるのだが、発音が全く違うため、普通は意図せず母語の癖が出てしまうからだ。


かくいうルシュカも、幼い頃はバロット語を話す時に帝国語の発音の癖が出てしまい、妙に片言で話すため家族からよく不思議がられていたものだ。

それも成長していくにつれて修正できたから良かったが、今思えばよく両親は気味悪がらなかったなと思うくらいだ。


『これくらい、レルフィン公爵家の人間として当然のことですわ。

まぁ、強いていうならば本を読むのが好きだからかもしれません』


ルシュカは咄嗟に"高位貴族としての必要最低限の教養"というそれっぽい理由を作り、広げた扇で顔を隠しながらオホホと誤魔化す…が、どうやら帝国語を解するはずのナタリーは誤魔化されていないようだった。


それもそうだろう、ルシュカは生まれてこの方帝国語の本など読んだことがない。

それに元々勉強嫌いなので、知っているからこそ学ぶ必要がなかった帝国語の勉強も「王国で生きていくなら関係ないから」と屁理屈をこねてよく授業から逃げ、結局講師に諦められた。

だから幼い頃から四六時中私の側についていたナタリーは、4ヶ月前まで私がほぼ帝国語に触れずに…むしろ避けるように育ってきたことは熟知しているのだ。

今はレムスの手前黙ってくれているが、後で質問攻めにされるのは間違いなかった。


(悪手を重ねたかもしれない…)


そうやって後悔していると、最初の固い表情を崩して微かに笑みを見せたレムスが目に入った。


「安心いたしました。

言語環境は心身に大きく影響しますから、帝国語ができるに越したことはありません」


彼のどこか実感のこもった言葉に、ルシュカは内心首を傾げる。

もしや、彼はなにか言語で苦労した経験があるのだろうか?


「そういうファーゲン卿も、美しいバロット語をお話しになりますよね。

西側諸国にお住みになった経験があるのかしら?」


「いえ…それはありません」


彼はどこか悲しそうな目で一言そう言った後、すぐに切り替えるように元の固い表情に戻る。

どうやら彼の流暢なバロット語の秘密はあまり触れられたくないことらしい。

ルシュカとしても護衛騎士から余計な反感を買う必要がないので、深追いはしなかった。


「妃殿下、今後は私のことはどうかレムスとお呼びください。その方が呼ばれ慣れていますので私としても助かります。

また、もし旅の途中に何か不便がありましたら気軽にお声がけください。

では、これにて失礼します」


そう一方的に話したレムスは、敬礼してすぐに部屋を出て行ってしまった。

清々しいくらい事務的で、私情を感じさせないやりとりだ。

約2ヶ月の間共に旅をする仲間だと思うとなんだか少し寂しいような気もするが、皇帝の妃と護衛騎士としてはこれが正しい距離感なのだろう。


そう思いながら彼が出ていった後の扉を眺めていると、後ろからなにやら冷気が流れてきたのが分かってゾワっと鳥肌が立つ。


「お嬢様はいつの間にか帝国語を流暢に話せるようになっていたんですねぇ……」


ヤバい、どうしよう。

レムスに集中したせいで、ナタリーに説明しなきゃいけなかったことを忘れかけていた。


結局まともな理由が思いつかなかった私は、とりあえず半分嘘で半分本当のことを話す。


「いやぁ、あの、生まれ持った才能というものというか」


「そんな才能があったとは、長年お仕えしてきた私も知りませんでした」


「侍従としてこの事を恥じるべきですね」と話すナタリーの口元は珍しくニッコリと綺麗な半円を描いていたが、目は完全に笑ってなかった。


(こ、これは…完全に怒っている時のナタリーだ!)


焦った私は、人差し指を立てながらなにやら恐ろしい雰囲気を纏う彼女から目を逸らすように斜め上を見て言い訳をする。


「アッ、ほら、あれよあれ、4ヶ月前に習い始めたじゃない?

その時急に才能が開花したみたいで〜…」


「なるほど、今まではワザと片言で授業に参加していたということですか?

では、延々と自己紹介の練習をして講師の方を困らせていたのは何故でしょうかねぇ…」


お前、サボりたいからってワザと手抜いてたんだな?


今の彼女の言葉を翻訳すると、こんな感じではないだろうか。

私はナタリーの妙に気迫のある姿と全てを見透かすような緑の瞳にビビりつつ、震えながら答える。


「違うからね!?

自分でもびっくりするくらい急に流暢になったから、変に話して怪しまれたくなかっただけ!」


「本当ですか?」


…言えない。

半分は面倒という気持ちがあったからだなんて、ナタリーには絶対に言えない!!

もし言ってしまったが最後、長時間説教コースになるに決まっている。


私は誠意を示すべく、神に祈るように両手を胸の前で組んだ。


「本当よ、誓うわ!」


「はぁ…そこまで仰るなら、今回のことは見逃しましょう。結果的には良い方向へ繋がりそうですし。

でも、もう隠し事はおやめください。

もしその隠し事が原因でお嬢様に何か起きた時、完璧に対処することができなくなってしまいます」


「わかりましたか?」と隠し事は今後一切受け付けないと言わんばかりの真剣な眼差しに、ルシュカはいつも通りヘラっと笑う。


「もちろん、もう隠し事はないから安心して」


私はおっちょこちょいな方だが、わざわざ墓穴を掘るような真似はしない。

いくら幼い頃からの付き合いといえど、もし素直に「実は前世の記憶があって…」などと言おうものなら精神病を疑われるのがオチだ。

それに実際、帝国語を話せるのはクライヴなのだから、ナタリーと幼い頃から一緒にいる()()()()には隠し事など一つもない。


「本当ですね?」


「本当の本当よ!」


訝しむ彼女に胸を張ってそう言った後、これ以上の追求から逃れようと手慣れた動作でカップを持ち上げて紅茶を飲む。

すると、思っていた通り唇に当たった紅茶はもう冷めてしまっていて、とても飲めたものではなかった。


「あら、紅茶が冷めちゃったみたい。

ナタリー、淹れ直してくれない?」


「…はい、分かりました」


ナタリーはルシュカのことをよく理解している。

だからおそらく、ルシュカが抱えている"何か"にも薄々勘づいていた。

それでも結局主人に甘い彼女は、本気で主人を追い詰めるような真似は決してしない。

アスレン家の者にとって主人の苦しみは自分の苦しみそのものであり、ナタリーもまたその例外ではないからだ。


(ごめん、ナタリー)


私は感謝と謝罪の両方の意味を込めて、調理室へと消えていくナタリーに小さく微笑んだ。



しばらくして……

ルシュカは調理室で紅茶を淹れ直していたナタリーが運んできた紅茶の香りに気づき、自然と口角が上がる。


「今度はロイヤルミルクティーにしてみました。

それとお嬢様が好きなクッキーも用意しましたので、合わせて召し上がってください」


レムスとのやりとりで感じた疲れを見透かしていたのか、あえてルシュカの大好きなミルクティーとクッキーを用意するナタリーはやっぱり天才侍女だ。


「ありがとう、ナタリー」


ふわ〜っと良い匂いがする湯気が立ったカップを持ち上げ、紅茶をそっと口に含む。

するとミルク特有のまろやかな味と紅茶特有のほのかな甘味が口の中に広がった。


ルシュカは子供の頃からミルクティーが大好きだ。

…だけど、クライヴとして生きていた頃は大嫌いだった。


泥水の色に似てるからと出世してからも飲まず嫌いだったミルクティー。

実際に泥水を啜りながら生き延びてきたクライヴにとって、ミルクティーは一目見るだけで嫌なことを思い出させるものだった。


しかし、ルシュカとして生まれてからは変わった。

泥水を踏むことさえないルシュカの人生では、美味しいミルクティーを忌避する理由など全くなかったから。


「本当に美味しいわ…」


暖かくまろやかで上品な味のロイヤルミルクティーは、冷たくてジャリジャリとした苦い泥水の味とは比べ物にならない。


それなのに、何故だろうか?


今でもミルクティーを飲むたび、泥水を啜ってでも必死に生きようとしていた幼い頃を鮮明に思い出す。

でもそれは決して辛く苦しいものではなくて……

むしろクライヴとして生きていた頃の自分を慰めるような、どこか心地よいものだった。


(この心地よさこそが、私とクライヴが別人であることの証明なのかもしれない)


「ねぇ、もう一杯もらえる?」


ナタリーのロイヤルミルクティーがあまりに美味しくてすぐに飲み終わってしまったルシュカは、空になったカップをテーブルに置く。

するとナタリーは「もちろんです」とだけ言って、そっとおかわりを注いでくれた。


「ありがとう」


それからしばらくの間、ルシュカは窓の外で揺れる波を見てしばらくの間物思いに耽けつつ、たまに甘いクッキーを齧り、静かなティータイムを楽しんだ。


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