街に行く②
「準備できたか?」
例のごとく、無遠慮に部屋に入ってきたシリルがアイリスに確認する。
「…なんだ、その格好。怪し過ぎるだろ」
はじめは渋っていたアイリスだが、用意しないとシリルが無理やり着替えさせると言うので、街に出掛ける格好に着替えた。
「しょうがないでしょ。正体バレるわけにはいかないんだから」
洋服は装飾品が一切付いていないシンプルなワンピースで、王女としては質素過ぎるがまぁいい。
しかし問題は首から上である。
つばの広い帽子を深々と被り、もはや目は見えない。
髪の毛もまとめあげ、帽子の中に詰め込んでいる。
そのせいで帽子が異様な形になっているので、怪しいことこの上ない。
シリルはというと、いつもの白地に金の装飾が施された騎士服ではなく、いかにも街に住む人が着ているような服装である。
「ったく、それじゃせっかく街に行っても何も見えないだろ」
「あっ…」
シリルはアイリスが被っている帽子を取ると、おもむろに椅子に座らせる。
「なに?」
「じっとしてろ」
カバンからスプレーを取り出すと、アイリスの髪に吹き付け始める。
するとアイリスの美しい薄紅色の髪が黒色に変化していく。
「ちょ、ちょっと何してるの?!」
「いいから。洗えば落ちる」
アイリスは驚いて金色の瞳をめいいっぱい開いてシリルを振り返る。
しかしシリルは落ち着いた様子で、振り返ったアイリスの前髪をそっと掴み、黒色に染め上げていく。
口調は荒っぽいくせに手付きは優しい。
アイリスの顔や瞳にスプレーがかからないように前髪を持ち上げ、至近距離で注意深く丁寧にスプレーを振り終える。
「ん。上出来。これならバレねぇだろ」
満足げなシリルとは裏腹にアイリスは不安げに鏡を見た。
「…これ、わたし?」
18年間見慣れた薄紅色の髪が後ろに立つシリルと同じ漆黒に変化している。
自分でも自分じゃないように見える。
これなら引きこもって8年、自分の姿を見ていない街の人たちはまず気付かないだろう。
「黒も似合ってる、お揃いだな」
鏡越しにシリルが覗き込み、ニヤリと笑う。
それを見て、頬が熱を帯びるのを感じ、慌てて目を逸らす。
「たしかにこの方が自然だわ。…スプレーありがとう」
先程の帽子より堂々と街を歩けそうだ。
そもそも街に行くことになったのもシリルのわがままなので、不本意な気もするが礼はしっかりと告げる。
するとシリルは驚いたような顔をして、それから口角をあげた。
「どういたしまして。じゃあ行きますか」
エスコートするように、当たり前のようにシリルが自分の左手を差し出す。
戸惑いながらもあまりにも自然な動作だったので、アイリスも反射的に自身の右手をシリルの左手にのせる。
シリルはまたお得意の笑みを浮かべると、アイリスの手を掴み、部屋の外へと連れ出した。