御伽噺の結婚
白い湯気がやんわりと揺れる。
短く息を吐いて冷ましながら、口元にカップを運ぶ。
「なによ」
「いや?お茶も自分で淹れるんだなと思って」
向かい合った席に堂々と座り、シリルがアイリスをじっと眺める。
「引きこもりのくせにお茶持ってこーいとは言いづらいでしょ」
「そういや専属の侍女もいねぇんだな」
「必要ないから引きこもりには。私がいらないって言ったの」
「ふーん。侍女を嫌がる引きこもり姫ね…」
シリルは意味深な視線をやるが、アイリスは目を逸らし、紅茶を飲み続ける。
「で。あんたの国や王子様はどんな感じなの?」
カップを置いて本題に入ろうとするアイリスと反対に、シリルはアイリスがついでに用意してくれた自分の分の紅茶をすする。
「うまい」
「そりゃどうも」
本当に感心したようにカップを見つめるシリルだが、話を逸らされたような気がするアイリスは無愛想に返事をする。
王子のこと話すとか言って大したことは知らないのでは?と胡乱げな目でみる。
その視線に気付いたのか気がついていないのか、味わっていた紅茶を置き、シリルが口を開く。
「さてと。話し出す前にお前は王子の何を知ってる?」
「何って…」
全く知らないと言っても過言ではなかった。
「イェーガーっていう名前と、同じ年ってことぐらい?」
マテリウス王国は隣り合った国ではあるが、国の規模感が全く違う。
国土はハイデスの7倍くらいある。
よって城の距離も遠く、おいそれと気軽に交流してきたわけではない。
さすがに国王陛下や使者同士のやり取りは盛んだが、アイリスはマテリウス王国に足を踏み入れたこともなかった。
「だよな。王子の方もあんたの情報それぐらいだと思うわ」
「政略結婚なんてそんなもんよね」
一見マテリウス王国側にハイデスと政略結婚する利点はないように思われるかもしれないが、ハイデスは国土は小さいが自然豊かで物資は豊富にある。
そのため小さな国ではあるが、マテリウス王国の第一王子との婚姻話がまとまったのである。
「御伽噺の方がもっとすごいけどな」
「御伽噺?」
シリルの言葉にアイリスは首を傾げる。
「ああ。眠り姫の話知ってるか?」
「知ってるけど…」
正確には知っているどころではない。それをもじってアイリスは居眠り姫などと呼ばれているのである。
「あれなんてさ、王子は目瞑ってて顔もよくわからない、性格なんてひとつも知らない姫にキスするんだぜ。姫の方もその後初対面の王子と結婚するわけだ。うまくいくわけがない」
心底理解できないというようにシリルは眉を寄せる。
「政略結婚なんてそんなものでしょ。私もマテリウス王国の王子の顔も知らないし」
騎士、おそらく平民の出であるシリルには理解できない感覚かもしれないが、アイリスは御伽噺を不思議に感じたことはなかった。
「なーに受け入れてんだ。いいのか?王子がブッサイクでいけすかない野郎でも」
「ブッサイクでいけすかない野郎…」
そう言われると、もちろんよくはない。
政略結婚なのであまり期待しすぎない方がいいと深く考えないようにしていた。
むしろ年が近いだけ、政略結婚にしては恵まれていると思っていた。
「俺なら全く知らないやつと結婚なんてごめんだ」
「王子様もその考えで、あんたを派遣したってわけ?」
「そういうこと。噂話じゃなくて実際に見た感想をな」
シリルがにやりとアイリスに向かって笑う。
「ふーん…今のところどう報告してるの?」
「それは…」