居眠り姫
『居眠り姫』
それがハイデス王国の第一王女、アイリス・ミュラーの10歳からのあだ名である。
『眠り姫』ではなく『居眠り姫』
つまり怠惰な姫であると揶揄されているのである。
10歳まで彼女はとても活発で優秀で、勉強も運動もなんでもできた。
かわいくて優しくて努力家で利発。
すべてが完璧な姫であった。
国王陛下と王妃も我が子ながら、可愛らしく才能に恵まれた彼女が誇らしかった。
使用人たちも同じである。
城中の、いや国中の者たちが彼女を褒めちぎり、慈しんだ。
しかし突然彼女は変わる。
ある日何もかも投げやりになり、彼女は努力をしなくなった。
それまで目につく事柄、すべてに興味を持ち、片っ端から挑戦していたのに、部屋に引きこもるようになったのである。
これには周りの人間も戸惑った。
なんとかして元の彼女に戻そうとしたが、アイリスは頑なであった。
周囲の人間は彼女は褒めちぎり過ぎたせいで才能に驕り、こうなってしまったのだと嘆いた。
いつしか、みな説得を諦めて彼女を『居眠り姫』と呼ぶようになったのである。
その不名誉なあだ名を否定することなく、そして覆す努力をせず、彼女はむしろその名の通りの振る舞いを年を追うごとに極めていった。
せっかくこの国の優秀な後継者となるはずだったのに…
国中が嘆いたが、その一方で姉に一心に向けられていた期待は妹にうつることになる。
ミリー・ミュラー。
アイリスの2歳下の妹である。
彼女は優秀な姉に比べて、ずっと不器用であった。
昔から姉と比較され、ため息をつかれていた。
しかし彼女は秀でた才能はなかったが、それでも継続力という立派な力を持っていたのである。
次第に城中の人間や国民が、真に必要な統治者はこのような人物ではないかと思い始めた。
そうして今となっては穀潰しである姉、アイリスは隣の大国、マテリウス王国の第一王子に嫁ぐことが決まったのである。