王女と騎士
こじんまりとしているが、細部までこだわって作られた芸術品のような城。
太陽が照らし、その城を幻想的に映し出す湖。
それらを取り囲み、空気まで浄化しているような新緑。
そんな御伽噺のような、森の中に佇むハイデス城の一室で彼女は大きく伸びをした。
彼女の名前はアイリス・ミュラー。
先月18歳になった。
透き通る白い肌。
さらさらと絹のように、薄紅色の髪が彼女の動きに合わせて揺れる。
金色の瞳は猫のようで、美しいだけで終わらせず、可愛らしいという要素まで彼女に持たせていた。
彼女は天蓋付きのベッドの中で仁王立ちして、思うままに腕を動かしていた。
しかし突然ピタリと動きを止めると、瞬時に布団をかぶり、横になる。
「おい、もう朝食の時間だぞ。いつまで寝てるんだ」
その途端、扉ががちゃりと開く音がして、若い男がずかずかと入ってくる。
そして無遠慮に、なんの躊躇いもなく、乙女の天蓋は捲られた。
「うるさい、わかってる。今から行くわよ」
アイリスは布団から目元だけ覗かせ、その男を睨みつけた。
彼はアイリスと同じく18歳。
シリルという。
スラリとした体躯だが、程よく筋肉もある。
光のあたり具合によって、紺色にも黒色にも見える髪と瞳。
整った目鼻立ち、薄く引き結ばれた唇。
どこからどう見てもかっこいいに部類される男である。
つい先日アイリス付きの近衛騎士になったばかりなのだが…
「ほんと態度がでかいんだから」
「同じ年だろうが」
「私は王女であんたはただの騎士なのよ!」
アイリスはシリルに枕を投げつける。
シリルはそれには動じず枕を掴むと呆れた顔をする。
「身分なんかにこだわっていてはいい国は作れませんよ姫様」
「うるさい!私だってそんなものにこだわってるわけじゃないけど、あんたは本当に新入りのくせに生意気!」
こんな時だけ敬語になって、姫様呼びしてくるシリルに歯噛みする。
「ったく。妹君のミリー様は朝から勉学に励んでおられるというのに、お前は…」
ミリーという名にアイリスの肩がピクリと揺れる。
「いいから。出ていきなさい」
アイリスはシリルに背を向け、先程の気安い言い合いと違い、固くなった口調で告げる。
シリルも雰囲気の違いを感じ取り、肩をすくめると、部屋を出ていく。
扉が完全に閉まり、人の気配がなくなるとアイリスは息をつく。
「頑張っているのね、あの子は」
ぽつりとそうつぶやいた。