とんかつは俺の元気の源
スナタナオキ様からいただいた原案をもとに執筆させていただきました。
俺が1番好きな食べ物は何かと聞かれたら、問答無用でとんかつと答える。
何故ならとんかつは俺の元気の源だからだ。
最初にとんかつを意識したのは5歳ぐらいの頃。この時は、運動会で意気込んでいた俺に、母が験担ぎとして、とある定食屋に連れて行ったことであった。そこのとんかつは、サクッとジューシーでとても美味しく、ご飯やキャベツと大変合うのである。そのお陰で元気が出て、なんだか勝てるような気がしたのであった。実際にそのとんかつを食べて臨んだ運動会では、見事な勝利をおさめて大変満足したのである。
それからと言うもの、俺は運動会や大会、受験など、何か行事がある度にその定食屋に通い、験担ぎとしてとんかつを食べた。すると、その時によって差はあるものの、それなりの結果を出すことが出来たのであった。
勿論、それは就活の面接の時も同様で、その定食屋に通い、とんかつを験担ぎとしてしっかりと食べて、見事に第1希望の企業へと就職することが出来たのであった。就職してからも、大事なプレゼンをする時には、必ずその定食屋でとんかつを食べて、それなりの結果を出すことが出来た。
就職してから3年目。ついに俺は、転勤するように言われた。転勤先は、ここよりも都会の支店である。今までこの町から出たことはなかったので、少し不安もあったが楽しみでもあった。
ついにこの職場と別れる時が来て、引っ越しをしなければならなくなった。俺は、新たな職場がある町に移動して、仕事が始まる前に引っ越しもしっかりと終わらし、たった今、新しい職場に対しての物質的な準備の確認が出来た。
あとは、心の準備だけである。心の準備をするには、やはり、とんかつを食べるのに限るのだ。
と言っても引っ越ししたため、いつも通っていた定食屋に行くことは出来ない。仕方がなく、引っ越してきた家から一番近くにある定食屋に入り、とんかつ定食を頼んだのであった。
頼んでから数分後、俺のもとにとんかつ定食がやってきた。もう匂いからして美味しそうである。
俺はいただきますと言って、すぐに箸を取る。
一番最初に食べるのは勿論とんかつ。一切れ掴んで豪快に食べる。サクサクとした衣に、肉汁があふれ出す柔らかい肉の組み合わせであるとんかつであり、俺の舌を絶妙に刺激する。
この感覚は、あの定食屋の味とは異なるものの、これはこれで大変美味しいのであった。そのため、ご飯も共に進む。
あっと言う間に食べ終えた俺は満足し、お金を払ってその店を出たのであった。
次の日の月曜日。
新たな職場で仕事をする初日である。
しっかりと心の準備は出来て、やる気は満ちていた。
最初は、それぞれの挨拶から始まる。しっかりと自己紹介を行い、良い印象を持ってもらおうと思った。
しかし、いざ行うと何故か噛みまくってしまい、上手く自己紹介が出来なかったのだ。今まではこんなことはなかったため、動揺してしまう。
それでも、このまま動揺していたら駄目だと、心を落ち着けて新たな仕事に取り掛かった。
しかし、そこでもまたハプニングが起こった。先輩に丁寧に分かりやすく教えてもらったのにも関わらず、何故だか同じ失敗を繰り返しまともな仕事を行うことが出来なかったのだ。
結局その日は、調子が出ず、まともな結果も出せないまま初日が終わったのであった。
俺は家に帰りながら、何故だろうとずっと考えた。いつも食べていたとんかつとほぼ同じ味で美味しいのに、何故ここまで結果が変わるのか?色々考えてみたが、違いとすればやはりそれは、行った定食屋である。寧ろそれぐらいしか考えられないのだ。
ならいっそ試しに他の定食屋に行って、とんかつを食べてみるかと、昨日行った定食屋と違う定食屋に入って、とんかつ定食を頼んだ。
数分後、とんかつ定食が運ばれてきた。良い匂いは漂わず、とんかつの衣が少し焦げていた。俺は、こんな歪なとんかつを客に出すなよと思いつつも、いただきますとは言わずに黙って箸を取って、一切れを少し齧って食べてみた。衣は全然サクサクしていないし、肉も肉汁はあまり出ず、少し硬くて食べにくかった。一応食べれるものの、はっきり言って美味しくはなかった。それでも、返品出来るわけもないので、さっさとご飯とキャベツも交えながらとんかつを平らげた。お金を渋々払って、外に出る。
あまり元気も出ないし、もうこの定食屋に来ることはないだろうと思った。
次の日の火曜日。
新たな職場で仕事をする2日目であるが、昨日のやらかし具合に腹を立てていたのか、先輩達や上司の目は少し冷ややかであった。俺は元気もなく、冷たい環境の中で渋々仕事に取り掛かる。
すると、何故だか急に頭が冴えて、仕事に集中が出来た。そのお陰で、仕事はとても捗り、今回は1つもミスもなくしっかりと取り組むことが出来たのであった。そのため、先輩達や上司を驚かせ、褒めてくれたのであった。
俺は家に帰りながら今日もずっと考えた。
いつも食べていた定食屋と、味が全く異なり美味しくなかったのにも関わらず、何故結果が出るのか? そして一昨日の定食屋のとんかつは、いつも食べていた定食屋と同様にとても美味しかったのに、何故結果が出なかったのか? 共通点が多いのは、一昨日行った定食屋の方なのに、何故昨日行った定食屋の方が結果が出るのか?
とんかつは幼い時から支えてもらった大切なものである。
この問題が解決しなければ先に進めないような気がして、必死に考えた。 何がどう違うのか、それぞれの店でとんかつを食べた時のことを丁寧に思いだしそれぞれを比べてみる。
すると、店の違い以外にも他に違うところが1つ思い至るところがあったのだ。
これは、確かめてみなければと、すぐさま近くにある定食屋を探す。ここはない、ここもない、ここにもないと探してようやく見つけたとんかつ定食がある定食屋に入って、とんかつを頼んだのであった。
数分後、俺のもとにとんかつ定食が到達したのである。匂いは普通で、見た目も普通であった。
俺はいただきますと言って、箸を取り、一切れ掴んで普通に食べる。 衣も普通で、肉も普通の硬さで肉汁もそこそこ出ている。見た目も味も本当に普通であった。美味しくないわけでもなく、美味しいわけでもない。本当に中の中である。とんかつと共にご飯とキャベツを食べて、全て平らげた。
そして、普通にお金を払って、そのまま定食屋を出た。
気分は特に何の変化もないままであった。
次の日の水曜日。
今日も慣れない仕事に取り組んだ。
すると、昨日と同じように頭が冴えて、仕事に集中出来た。そのお陰で、無事に仕事を終えることができ、一安心した。
俺は家に帰りながら、その仮説は本当に正しいのかとずっと考えた。
たしかに今のところ仮説は正しい。しかし、失敗例は今のところ1つだけである。 イマイチ信憑性がないのだ。
そのため、今日は昨日の店とは違い、無いところを探してその店に入った。この店も味は昨日と同じように、味は中の中で格別に美味しいわけではなかった。
とんかつと共にご飯を食べ、そのまま全てを完食し、お金を払って暖簾をくぐった。
次の日の木曜日。
今日もあまり慣れない仕事に取り組んだ。
すると、今度は初日のようにやらかしてまくり、先輩達や上司に怒られてしまったのであった。あの日の冷ややかな態度が戻ってきてしまったのである。
俺は家に帰りながら、その仮説について確認する。
やはりこの仮説は正しいと確信した。
今まではずっと、とんかつのお陰で調子がつくのだと考えていた。
しかし、大事なのはとんかつではなかったのだ。
俺の元気の源は、とんかつに添えられたキャベツの方だったのである。
昔行っていた店も、不味かった店も、先に行った普通の店もどれもキャベツが添えられていた。
しかし、最初に行った美味しい店や後に行った店には、キャベツは添えられておらず、ご飯のみだったのだ。
俺は、見事にやられたなと思いながらも、今はその謎が解けたことの方が嬉しく思えた。
気を取り直して、キャベツが添えられている新たな定食屋を探して、そこの暖簾をくぐった。そして、明るい声でとんかつ定食1つと注文したのである。亭主は、はいよと威勢の良い声で返事をした。その返事に大変心地よく感じた。亭主のはいよと言う再び威勢の良い挨拶で、とんかつ定食を運んできた。匂いからして美味しそうである。
俺は早速いただきますと、とんかつを真っ先に掴んで、口の中に頬張った。その味は昔食べていたあの定食屋と同じ感じのとても美味しい味がした。そして、添えられたキャベツと共に新たにとんかつを食べる。なんとも言えない幸福感に満ちていた。
食べ終わった俺は、亭主にありがとうねと元気な挨拶をして、お金を払い、気持ち良く店から出た。
どうやら、昔通っていた店の代わりになる素敵な定食屋に出会えたようだ。
明るい未来が見えた俺は、元気良く歩き出した。
ご覧いただきありがとうございました。