『プレスマンの王子』
王子様とお妃様には、子供がいませんでした。いろいろな神様に、子供を授かるようにお祈りしましたが、願いはかなえられませんでした。最後に速記の神様にお祈りすると、ほどなくお妃様は、待ちに待った王子を授かったのでした。
しかし、問題が一つだけありました。王子は、プレスマンそっくりだったのです。聞き間違いだと思われてはいけないので、もう一度言います。王子は、プレスマンそっくりだったのです。お妃様は、嘆き悲しんで、こんなことなら王子が産まれてこない方がよかったと王様にぐちをこぼしましたが、王様は、プレスマンそっくりだなんてありがたいことだ、速記の神様から授かった子供なのだから、跡取りとしてしっかり育てると、きっぱりと言いましたので、お妃様も、気を強く持って、王子を育てることにしました。
プレスマンの王子は、すくすく育ち、ポケットに差すときのクリップも、はっきり出てきました。プレスマンの王子は、いつも楽しげに、周りの人々の言葉を速記していました。
ある日、プレスマンの王子は、泉のほとりで遊んでいたとき、泉に移った自分の姿を見ました。王様ともお妃様とも似ていません。お城のみんながよそよそしいのは、多分、このことが原因です。王子は、急に悲しくなって、お城を出て、旅に出ることにしました。
北にも南にも東にも西にも行きましたが、最後に訪れた小さな国が気に入って、しばらくそこにいることにしました。お城の門の前で、速記をしていると、門番に捕まえられて、王様の前に連れ出されました。
「これ、お前は、何者だ。我が国の者ではないようだが、どうしてこの国に来たのだ」
と、王様に尋ねられましたので、
「ごらんのとおり、旅の者です」
「見た感じ、旅の者というふうでもないが」
「速記をする者は、時の旅人です」
「わかったようなわからないような感じだな」
「大丈夫です。言ったことが伝わらない、というよりも、伝わらないことを言ったから伝わらなかった、という気分ですので」
こんな感じで、プレスマンの王子は、お城の食客となりました。プレスマンなら問題もなかろうということで、お姫様のお部屋で、二人きりで過ごすこともありました。二人には、利害がありませんでしたので、いつしか互いに心引かれるようになりました。プレスマンの王子は、お姫様のことが好きでしたし、お姫様に好かれていると思っていましたが、人間とプレスマンの間に幸福が訪れるなどとは思えませんでしたので、お城の食客をやめようと思いました。
王様においとま請いをしようと、お目通りを願い出ますと、王様に、一瞬で見破られてしまいました。
「なぜ、城を出ようとするのだ。行かなければならないところがあるのか。竜を倒しに行くとか」
プレスマンの王子は、首を横に振りました。どこが首だかわかりませんけど。
「では、城に残ってくれ。金が要るなら、幾らでも用意させよう。それとも、この国の半分をやろうか」
プレスマンの王子は、大きく首を横に振りました。あれですかね、ノックするところを回すみたいな感じ?
「そなたさえよかったら、姫の婿になってくれんか。わしも歳だ。姫の幸せだけが、私の幸せなのだ」
プレスマンの王子は、今度は首を縦に振りました。…じゃ、ノックするところを回すんじゃないですね。あそこは縦には動きませんもの。
お姫様は、複雑な気持ちになりました。確かに、プレスマンの王子のことが好きは好きなのですが、それはプレスマンだからです。でも、夫がプレスマンなのはいかがなものかと。難しいですよね。マリッジブルーって、こういう感じなんでしょうかね。プレスマンと知り合うことがないので、わかりませんけど。
お姫様が乗り気じゃなかったので、縁談は進められませんでした。つまり、プレスマンの王子は、お姫様の婿として認められなかったわけですが、プレスマンなら問題は起きないだろうということで、引き続き、お姫様の部屋で二人で過ごすことも禁じられませんでした。
お姫様は、プレスマンの王子がプレスマンでなかったら、ということを考えました。例えば、プレスマンの王子の中の人、みたいなことを考えたのです。お姫様は、後ろから忍び寄って、プレスマンの王子のプレスマンを脱がせようとしました。脱げると思わなかったから。本人も。
プレスマンの王子とお姫様は、そこそこ幸せに暮らしましたとさ。
教訓:カタツムリがナメクジになるようなことか。