この世界が異世界に侵食されているのに誰も気づいていない〜俺の愛犬がフェンリルで地域猫が美少女に!?〜
『昨晩突如現れた巨大な光源については未だ不明で……』
今日は日曜日で学校もないのでテレビを見ながらのんびりしていると、突然ピンポーンとチャイムのなる音がした。
「公太!代わりに出て頂戴。」
母に言われてドアホンを見る。確か近くの教会のお姉さんだ。
地域貢献として毎朝通学見守りのボランティアをしてくれており、街のみんなにも優しい人だと評判だ。
どうしてそんな人がうちに?
「はい、どうしましたか?」
「あ、公太くんだね。そちらのポチくんがうちの教会に来ちゃってたみたいで、届けにきました。」
うそ、ポチが?
バッと庭の方を見るとポチがいない。扉はしっかり閉めているから絶対に出られないはずなのにどうして。
「ちょ、ちょっと待っててください。」
俺は慌てて玄関に向かい、扉を開ける。
すると驚愕の光景が広がっていた。
「こんにちは。ほら、ポチくんよかったね、公太くんだよ。」
「わんっ!」
……………
……
そこにはにこにこと笑うお姉さんと、
狼をさらに何倍も巨大化したような獣がいた。
「え、これがポチ?」
「もう自分の子も忘れちゃったの?それとも家出されちゃって拗ねてるのかな?」
ふぇんりる?
いやいやいや、うちの子はれっきとした秋田犬ですけど!?
確かに白くてもふもふだけど……
もう一度ポチを見る。ポチは心なしかしょんぼりしていた。
俺がじっと見つめていると、ボクを信じて!というかのように俺が教えた芸をいくつも繰り広げる。
確かにこれはポチだ。何故か一夜にして巨大化しちゃってるけど中身は完全にいつものヤンチャ坊主。
ポチは続けて必死にお手をしようとするが、この体格差でお手をしたら俺の骨が折れるどころじゃなくなりそうなのでご遠慮させていただいた。
「まて、待てだよ〜ポチ。」
連れてきてくれたお姉さんにお礼を言ってポチを庭に連れて行く。ポチは嬉しそうに体を擦り付けてくるが、もふもふすぎて俺が毛に溺れてしまいそうなのでちょっと距離を置く。
ポチは今までガレージで雨宿りをしていたが今の大きさだと車が入らなくなる。
今度外の物置を改造しようかなぁ、それに今のポチの体なら簡単に脱走できてしまうから塀の高さも考えないと。こういう時うちの庭が広くて本当によかったなと思う。
とはいえ今のポチには結構狭く感じるだろうけど。
それにしても、フェンリルって架空の生物だよな?お姉さんも全く疑問に思ってなかったし一体何が起こっているんだ。
「誰だった?」
部屋に戻ると、家事がひと段落したらしい母がテレビから俺の方を見る。
「近くの教会のお姉さん。ポチが教会にいたんだって。」
「まあ、逃げちゃってたの。ご近所さんに迷惑かけないためにもポチ自身のためにも管理の仕方考えないとねえ。やっぱり週一で聖水を飲ませるべきかしら。」
せ、聖水!?なにそれRPGとかでしか聞かないよ本当にあるのそのアイテム。
「試しでいいから一回買ってきてくれない?」
「ド、ドコニウッテルンデスカ?」
「そんなのその辺のスーパーの飲料コーナーにあるわよ。」
その辺のスーパー!?聖水がオレンジジュースの横に売ってるってどうなんだ。
ご利益とか全く無さそうなんだけど。
つかなんで当たり前のように受け入れてるんだよ俺!違うじゃん、絶対おかしいじゃんこんなの。
「じゃあ行ってきます。」
「あんまり長居したり変な道通らないでね〜ゴーストに襲われてもお母さんどうにもできないから。」
ねえ、いまめっちゃ怖いワード出なかった?
……聞かなかった事にしよう。どうせ店はこのまま大通り沿い行けば着くんだし。
俺はとっととお使いを終わらせようとグングン道を歩いていく。
すると耳に聞き覚えのある名前が聞こえた。
「あっあれタマちゃんじゃない?」
「本当だ、ラッキー。」
「うわっ俺タマちゃん見るの初めてだ。」
ワイワイガヤガヤ人が公園の方へと向かっている。
タマちゃんとは公園に住むうちの地域猫のことだ。
公園といってもここはかなり広く、大広場には小さいステージがあったり、道端でパフォーマンスをする人も多い。
タマちゃんは人懐っこくて賢いので、よく色んなパフォーマンスを巡回してはパフォーマーや観客の人におやつをもらっている。
「俺もタマちゃんに会いに行こう。」
何を隠そう俺もタマちゃんが大好きだ。
タマちゃんはみんなに平等に可愛がられるが実は俺に特別懐いている。
何を隠そうボサボサで母猫から捨てられ弱っていた可愛い三毛猫を元気になるまで必死でお世話し、地域の団体に保護を求めたのは他でもないこの俺だからだ。
本当は飼いたかったけどポチとの相性があまりよくなかったんだよな。
ポチはタマちゃんの匂いも苦手なようで、家に帰ったら必ず匂いを消すようにしている。
タマちゃんタマちゃんと声を上げながら人が群がっている場所に着く。
……この人数どう考えてもおかしくないか?
地域猫を愛でる為に何十人もの人が集まっている。いくらこの公園のアイドルだとしても流石に違和感がある。
疑問を感じながらも群衆を何とかかき分けて1番前に出た。
「みんな〜今日はありがとう!タマちゃんこれからも頑張りますっ。」
「うおお!!!」
「タマちゃ〜んこっち向いて!」
「可愛いーー!!」
目に入ってきたのは猫耳と尻尾をつけた女の子が手を振って退場するところだった。
なぁんだ、タマちゃんって猫じゃなくてアイドルのことか。猫をイメージしたキャラ作りをしてるっぽいし確かにタマって猫によくある名前だよね。
俺はちょっとガッカリしながらとぼとぼと公園を去ろうとする。
しかし、
「待って!!」
後ろからパーカーを着た女の子に腕を掴まれ、呼び止められる。振り返ってよく顔を見るとさっきのアイドルの子だ。
「公太くん!どうして何も言わないで行っちゃうの?」
「あの、俺君みたいな人は知らないんだけど。」
「どうして……どうしてそんな酷いこと言うの。」
うるうるした瞳で見つめられる。そんな酷いと言われても俺にアイドルの知り合いなんていない。
俺の言葉に彼女は悲しんでいるのか尻尾も下を向いてゆらゆらと揺れている……
……ん?
つけ尻尾が何で感情と連動して揺れてるんだ?
まさか。
「ねえ、もしかして君猫のタマちゃん?」
「何を今更言ってるの!そうよ?私は猫獣人のタマ。母にネグレクトされてるのを見つけて、この地域の養護施設に連れて行ってくれたのは他でもない公太くんじゃない。どうしたの?頭打った?」
いや流れは似てるけど、獣人って何!!
「あはは、ごめん最近階段から転けちゃって。」
「何それ、大丈夫なの?」
心配そうに俺の頭に手をかざすタマちゃん。
確かによく見れば耳と尻尾は綺麗な三毛猫柄、表情豊かで甘え上手な仕草は猫の頃と同じだ。
「さっきはごめん!でもちょっとタマちゃんのことは思い出せた気がするよ。これからも仲良くしてくれる?」
「う、うんっ。タマは公太くんが大好きだからこれくらいじゃ仲良くしないなんてことないよ!」
「アイドル活動やってるんだね。」
「そうだよ、ここの人にはたくさんお世話になってるから地域を盛り上げることで恩返しがしたくて……今配信の勉強もしてていつかもっと有名になるの。」
目に希望を灯して楽しそうに語るタマちゃん。猫が人の姿になった時は驚いたけど、彼女が楽しそうにしているならいいよねって考えを改める。
けどもうもふもふ出来ないのは残念だなぁ。
「あ、あの、尻尾触る?」
俺がかつてのタマちゃんを思い出して名残り惜しくエアもふもふしているのを見たタマちゃんは真っ赤な顔で俺に提案する。
「いいの?」
「うん。」
尻尾は猫にとってあまり触られたくない場所のはず。俺は彼女に無理をさせてまで触りたいわけではないから代わりにパーカー越しに頭を撫でる。
もふもふしてないけどタマちゃんを撫でられるという事実だけで嬉しい。
「これでいいよ、ありがとう。」
「っ!?」
がばっとタマちゃんが後ろに飛び上がる。
不意打ちになってしまっただろうか?
「ななななんでもないっ。ちょっとびっくりしただけ。」
「俺もう行かなきゃ、お使い頼まれんだ。」
「そ、そうなの。引き止めてごめんね。」
「ううんタマちゃんに会えてよかったよ。」
表現し難い表情のまま固まるタマちゃんに手を振りながら公園を出る。
歩いているうちに徐々に冷静になる俺。
やっぱさ、獣人って何。昨日まで猫だった生き物が次の日アイドルになってるってどう考えてもおかしいよ。
あっもしかしてこれは夢なのでは?
そう思った俺は頬をつねって引っ張って口の中で噛む。
「いひゃい。」
結果は頬がヒリヒリして口が鉄の味になっただけだった。
頬を抑えつつやっとついたスーパーの中に入る。
「あらぁ、公太くんこんにちは。」
「こんにちはー!」
試食コーナーでお肉を焼いていたのは向かいのマンションの花房さんだった。
彼女は母と仲良しのシングルマザーで、彼女が働いている間3歳になる娘の梓ちゃんをうちでよく預かっている。
「何焼いてるんですか?」
「これは今日獲れて仕入れたばかりの魔獣肉よ。公太くんには1番大きいのをあげましょうか。このタレに合うから一緒に食べてみて。」
魔獣肉ぅ??
豚とか牛じゃないの?
いやここ結構田舎だし朝市とかもあるから獲れたての獣肉までならまだギリわかるよ?
うぐっ、得体の知れない肉は食べたくない……けど花房さんの善意たっぷりの笑顔を断るわけには……いやでも。
俺がしどろもどろとして手を出さないのを見て花房さんは笑いながらミニフォークをお肉に刺して俺の口に近づける。
「はいあーん!」
もう逃げられないと悟った俺は勇気を出して口を開ける。
もぐもぐと咀嚼すると肉汁が溢れてきた。ちょっとクセのある味だけどそれがソースに合ってまた食べたくなる。
「美味しいです!」
「よかったぁ。」
「けど今日はお使いなのでまた来ますね。」
「ええ、お母さんにもよろしく言っておいてね。」
初魔獣肉、ビジュアルを実際に見てないから割と普通に食べられたなぁ。
……これ以上は想像するのやめよう。
やっと飲料コーナーに着いた。
「えっと、聖水、聖水っと。」
なんか飲み物のコーナーがいつもより明らかに大きくなってる。
しかもラインナップも変だ。
栄養ドリンクの横にマンドラゴラ飲料、
超強炭酸を謳っている広告の端にはデカデカと特殊な魔法を使用していますの文字。
両隣トマトジュースのところに搾りたて血液を置くのは流石に罠すぎる。
あまりにも多くて聖水を見つけられないので俺は店員に聞く事にした。
「あのーすみません。」
「はい!」
店員のエプロンが見えたので声をかける。返事をしたのは聞き覚えのない声。俺はこのスーパーの常連だからここで働いてる大抵の人を覚えているが、新しい人だろうか?
エプロンをガン見しながらこのまま話し続けるのは失礼だと思い、店員の顔を見る。
「どうかしましたか?」
「いいいや、俺ここの常連なんですけど店員さんみたいな人いたかなーって思って、はは。」
結果として言うと顔は見れなかった。それどころか店員には何と首から上がなかった。どうやって生きてるの!?
きょろきょろと他の客を見るも誰も彼の状態をおかしいと感じていない。
「よく知ってますね、実は俺今日からなんです。新顔なんで是非覚えてほしいっす!まあ俺顔ないんすけどね!!」
「「あははは」」
じゃねえよ!!!存在はホラーなのにすっごいフレンドリーだから普通に談笑する流れになっちゃったよ。
はぁ、もうやだ。5分に一回くらいのペースでドッキリ仕掛けられてる気分だ。早く聖水買って帰りたい。
「あの、聖水ってどこですか?」
「聖水っすか、えっとですねぇ。うーん、首があればもっと楽に見つかるのになぁ。すんません新人なもんで場所とかいまいちわからないんです。」
「首あるんですか?」
「衛生上持ち歩くのはよくないらしくてロッカーに置いてます。これでも割とイケメンって言われるんすよ!今度機会があれば見せるっす。」
首だけ見せられるって新しい拷問か何かかな?うう、この人顔はないけどすごい表情がわかりやすいんだよな。せっかくニコニコしてるのに水を差すわけには行かない。適当にそれっぽい返しをするんだ俺!
「へ、へぇ。ソレハキョウミブカイデスネ。」
「えへへ、あっこれですね。どの大きさにしますか?」
「1番大きいやつで。」
渡されたペットボトルはぱっと見普通のミネラルウォーターと変わらないが、ラベルにデカデカとこだわりの聖水とかいてある。
聖水にこだわりとかいう概念あるんだ。
そのまま彼に着いて行って会計をする。
「こんなにたくさん何に使うんです?」
「うちのポチ……フェンリル?に飲ませてあげようかと。」
「あーうちの馬もそういうこだわり強いんすよね。厳選された汚れし天然水しか飲まないんで俺の食費がほんと嵩むってか。」
呆れ顔(何度も言うが顔はない)でおにいさんがやれやれというポーズをする。
汚れを厳選するという概念の理解を脳が拒否した。もう考えたらキリないからね。
「ありがとうございましたー!」
ようやくスーパーを出た俺は端に寄ってうずくまる。
「疲れた。」
いつものお使いの100倍疲れた。もう全部気のせいってことにしたい。
うんうん、出口の野菜コーナーにあった葉っぱがうねうね動いていたのも全部気のせい。
「はやくかえろ。」
帰り道は誰にも何にも遭遇しませんように。
そう祈りながら俺はとぼとぼと歩く。
けれど、俺の祈りは届かなかったみたいだ。
「田口くん偶然〜!」
「こんにちは。」
出会ったのは同級生の観月ちゃん。彼女も犬を飼っているので散歩仲間でもある。
「ポチくん元気?」
「元気だよ、そっちこそチビはどう?」
「この通りすっごく元気よ。」
それは良かった、と観月ちゃんのブルドッグのチビくんを撫でようと下を見る。
!?
「みみ観月ちゃん、これ。」
「どうしたの?」
「そういえばこの種類ってなんだっけ?」
「言わなかったっけ?ケルベロスとブルドッグのミックスよケルブルって言うの。」
「どおりで顔が3つあるわけだ!」
「今更ぁ?」
いや普通にケルベロスミックスされてるの怖。
3つの顔が俺の足をぺろぺろしまくっているが仕方ない、チビくんは俺の足の匂いが好きらしいからな。
「相変わらず公太くんの足好きだね。どんな魔法がかかってるんだろ?」
「魅了の魔法とか?」
「うふふ、やだーサキュバスの唾液とか怪しい花の蜜とか使ってんじゃないでしょうね?もしかして公太くんの家系ってそういう感じ?」
冗談まじりに笑う彼女の言ってることがわからない。何だその怪しさ満点のワードは。新手のジョークグッズ?
「冗談に決まってるだろ。」
「わかってるって。」
肩をバシバシ叩きながら観月ちゃんが大笑いする。
「俺、お使いなんだ。早く帰らないとお母さんに怒られるからじゃあな。」
「そうなんだ、頑張ってね。またドッグランで会いましょ!」
なあ、この異常状態のドッグランってすごく嫌な予感するんだけど、魔界生物ランとかにならない?
それにあそこが今のクソデカポチが走れる広さかと言われるとなぁ。
「ただいまぁ、しんど。」
「おかえり〜遅かったわね。」
「タマちゃんとか観月ちゃんに偶然会って……」
「そうなの。お母さんもまたタマちゃんにあいたいわぁ。それより聖水は?」
「はいこれ。俺、今日は疲れたから部屋に戻るよ。」
ドン、とテーブルに聖水を置く。
「ありがとう、疲れたわよね。晩御飯は公太の好きなものにするから休んでなさい。」
母の声を背に浴びながら俺はふらふらと自室に戻る。
今日あったことはきっとタチの悪い夢だ。頬をつねっても痛いタイプの夢だって多分あるだろ。
という訳で俺は寝る。
グッバイ非日常、とっとと現実に帰るよ。
次の日の朝が来た。窓の外を見ると、特に変わり映えのない普通の景色が広がっている。
どうやら母はぐっすり寝ている俺を気遣って起こさなかったようだ。
下に降りてテーブルを見ると俺の好きなハンバーグがラップをかけて置いてある。
母は仕事に行ったのだろうか。ともかく、普通の日常を感じて俺は少しホッとする。
テレビをぼーっと見ながらハンバーグをうまうまと食べていると突然テレビがぷつりと切り替わる。
「あーあーこれは政府による特殊放送、特殊放送です。今この映像が見えている皆さんは、周りで起こっている異常現象について戸惑っているはずです。ですが、落ち着いてください。これは異世界との境界が崩れ、向こう側の世界と融合した結果、多くの人の認識が改変されたことが原因と思われます。詳しい説明を求める方は以下の電話番号から直接……」
「マジかよ。」
おはよう非日常。お前とはどうやら長い付き合いになるみたいだ。
楽しく書けた短編でした!
続きが思い付けば……