東方連邦
『東方経済圏』が構築されてから三ヶ月が経過した頃。
ロワール王国では王族から不満が上がっていた。
本来の三国の政治形態は君主制である。
だが、リール王国、ロワール王国、メース王国の三カ国が共同で作った東方経済圏が出来てから三国の政治体制は変化した。実際の運営は東方経済圏を主導したレンヌと三国の宰相が合議して行っている。もちろん、決定権は国王にあるので、議決した内容を三人の国王に上申して宰相が説明する形を取っている。しかし、これでは実質的に王家が政治に介入できない。形だけの君主制になっていた。
リール王国は、国王も宰相もレンヌに国政を委ねて構わないという姿勢なので問題は無い。そして、メース王国にしても、西部辺境伯爵が現在の女王の統治を容認したので問題が起きる事もない。和解の席上で西部辺境伯爵は、今回の好景気がなければ女王に退任を迫るつもりだったと本音を打ち明けた。
女王は驚いたが、続けられた言葉を聞いて安堵した。
「東方経済圏という、今回の英断は見事でした。これなら私が出る幕も無かったでしょう。今後はマリー女王の協力者として国家に尽くします」
ただ、ロワール王国だけが、レンヌ南部辺境伯爵の活躍を面白く思っていなかった。そのため、東方経済圏という史上類を見ない富を、国と国民に寄与した功績に対する恩賞を未だに与えていなかった。
王太子とエイベル侯爵が強く国王に働きかけた事により暗愚な国王は判断を誤った。とうぜん、ブロッケン宰相は反対したが、あろうことか国王はブロッケン宰相を罷免してしまった。この事はブロッケンからレンヌに、レンヌから二人の宰相に知らされた。
リール王国のフロス宰相とメース王国のライオス宰相は、すぐさま自国の王と相談してロワール王国に会談を求めた。
しかし、会談の内容を察知したエイベル侯爵は、王太子を介して国王に話しを通した。国王は他国からの介入を嫌がり会談を拒否した。
リール王国のスレイン王はすぐにメース王国に飛び、マリー女王と会談した。
三ヶ国の宙港には、緊急時に備えて高速艇が格納してある。
これは宙港の責任者に申し出ればすぐに使用できる。離着陸時もオートパイロットなので操縦士は必要ない。行く先を告げるだけでいいのだ。
「ロワール王国を除名 ……ですか?」
「そうです。今の三国はレンヌ卿の存在無しでは存続できない状況なのです」
「その通りですわ」
マリー女王は、すぐに同意した。
「なのに、ロワール王国では、レンヌ卿に東方経済圏の功績に報いる恩賞を与えておらんのです」
「えっ! そんなばかな?」
「それどころか、レンヌ卿と共に経済圏の構築に尽力した宰相を罷免しました」
「ロワール国王は暗愚だとの噂を聞いていましたが、本当だったのですね」
「ブロッケン宰相だけで持っていたようなものでしたから」
「わかりました。スレイン王の申し出に我が国も同意致します」
すぐさま、スレイン王とマリー女王の親書を持った使者がロワール王国に飛んだ。
「とんでもない事になった」
ロワール国王は王妃と王太子に親書を見せた。
「まさか! 本気なのか?」
オスカー王太子はよろめいて椅子に腰を落とした。
王妃はただ青ざめていた。
いくら暗愚な国王でも、東方経済圏を除名される意味は理解できた。
書面には、艦船の往来禁止、ロワール王国の民の通行禁止、物流の停止、銀行業務の融通の停止が明記されていた。
この事はリール王国とメース王国にも、多大な不利益が生じる結果になる。しかし、それを容認するほどの過失がロワール国王にある、と二人の王は言っているのだ。
「解除の条件は、ブロッケン宰相の復帰とレンヌ南部辺境伯爵に正当な恩賞を与えることだ」
「私には、国政は分かりません」
と王妃は国王に丸投げし、実父のエイベル侯爵に下駄を預けた。
王太子とエイベル侯爵は反対の立場を崩さず、国王はただ苛立つばかりだった。ここでロワール国王は、また判断を誤る。
翌日、ロワール王国は二国に対して同盟破棄を通告した。その上で除名を解除しなければ宣戦布告すると宣言したのである。
当然、スレイン王とマリー女王は呆れた。そして、王政の限界を悟った。
「もはや、この時代に王政はそぐわない」と思ったのだ。
宣戦布告を聞いたレンヌはアニエスとイネス、そしてアルテミス1に相談した。その結果、アルテミス1の進言を取り入れた。
翌朝早く、王城にアイシス伯爵とアイリーン王国軍魔術師団長の二人が登城した。
レンヌ卿からの親書を届けにきたと言う二人と、国王は謁見する。
「私たちも親書の内容は知りません」と付け加えて、アイシス伯爵は親書を従者に渡す。
「ばかな!」
ロワール国王は親書を握りしめ、大声で叫んだ。
「どうしました?」
近くにいた王太子が足早に国王の側にきた。
「国王陛下!」
呼ばれて、我に返った国王はレンヌの親書を王太子に渡した。
そこには、こう書かれていた。
「ロワール王国の爵位を返上すると共に、ガーランド領はロワール王国から独立します」
レンヌからのロワール王国に対する絶縁状である。
「ブロッケンを連れて参れ」と国王は部下に命じた。
しかし、ブロッケン元宰相は前日の内に、一族郎党と使用人の全てを引き連れてグリーンウッドに引っ越していた。
このレンヌの離脱は、携帯電話のニュース速報を通じて全国民が知る事になった。
レンヌの離脱に一番衝撃を受けたのは、他ならぬ貴族たちである。レンヌの武力も、さる事ながら一番の懸念は税収の減少だった。
領地からの農作物が主な税収だった昔と違い、今の貴族の税収は観光地の売り上げと領地内の商売の税収で占められている。
特に、宙港と接続するターミナルの使用料、及びターミナル内にある土産物店を含む各種の商店の売り上げ、それから観光客が領内で使う現金。
それだけでも、従来の税収の十倍以上になった。領民も豊かになったが、それ以上に貴族が豊かになった。
貴族は、それを領内の治安維持と弱者救済の為に使った。それは、レンヌが推奨した『貴族の務め』を各宰相が全貴族に通達したからである。
『貴族の務め』とは、【位の高い者】は持てる富と権力を【位の低い者】の為に使う必要があるという『貴族の社会的な義務』を説いたものである。
ロワール国王の政策は、これを真っ向から否定するものだった。国を支える国民と全ての貴族が国王に退位を求めた。
「全ては王太子とエイベル侯爵の独断である」
と公表して、王太子の廃嫡とエイベル侯爵の爵位と財産の没収で国王は幕引きを狙った。
しかし、暗愚な国王と違い国民と貴族は騙されなかった。
結局、ロワール王家は廃絶に追い込まれた。
この機会に、リール王国のスレイン王夫妻はレンヌと会見した。
「第二王女のシャルロッテを側室にしてくれたら、リール王国の主権をレンヌ殿に渡す」
シャルロッテの側室入りには、アニエスとイネスが賛成した。更に、主権の委譲はアルテミス1が強い口調で勧めた。
レンヌはリール王国のスレイン王の申し出を全て受け入れた。
翌日、スレイン王はリール王国の全国民に当てた告知をした。告知内容は、リール王国をレンヌに委譲する事と、第二王女のシャルロッテがレンヌに嫁ぐ事だ。
一方、メース王国のマリー女王も全国民に当てて告知をした。
「メース王国の政権をレンヌ殿に委譲する」
メース王国のマリー女王とライオス宰相、それに西部辺境伯爵の三人は事前に話し合って国民の幸福を優先する方法を取ったのである。その話し合いの席上でマリー女王は言った。
「王は民の為に、民は国家の為に在るべきでした。私は民の為に存在できていたのかしら?」
「女王様は、精一杯民のために尽力なさいました。そして、レンヌ殿に国の主権を移譲するという最良の方法を選択なさいました」
マリー女王は二人に礼を言うと、静かに目を閉じた。
こうして、レンヌはリール王国、ロワール王国、メース王国の三国を並列的な国家結合を以て一つの国家とした。
そして、複合国家『東方連邦』を興した。
東方連邦は国民から選出される議員による『人民議会』と貴族の代表からなる『貴族院』
および各種の職業ギルドの長で作られた『商業議会』の三つの組織により運営される。
ただし、各議会が権力争いを起こさないように『評議会』という舵取り機関を創設した。
これは、簡単に表せば『レンヌの科学力を有する者の集まり』である。
評議会は東方連邦の国家政策には、関与しない。あくまでも助言による国政の舵取りを手助けするのが目的である。
ただ、レンヌの科学力無しでは連邦の存続は有り得ないので、実質的に評議会の専制になる。
それは、評議委員長を務めるレンヌも承知している。
「全ての事を急激に変化させれば、付いて来れない者が出る。国家とは、そういう者たちに合わせて運営すべきである。よって、改革はゆっくりでいい。いや、むしろ変革はゆっくりと行わなければならない」
レンヌのこの言葉は『東方連邦』の指針の一つとなった。
レンヌは、妻たちとアルテミス1に言った。
「今までが、急ぎ過ぎたのさ。これからはのんびりと行こうや」
【第一部の完結です。長らくのご愛読、ありがとうございました】




