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サンダー ハンマー エクスプローラー!

 平穏なはずの甲羅(こうら)市は、その時より、モンスターの餌場と化していた。


 空を泳ぐ、巨大な鮫やウツボが、甲羅市の人間を食い漁っている。


 大勢の人が、我先(われさき)にと、必死で逃げ惑う。


 頭を、脚を、胴体を(かじ)られ、血を噴き出す死体。


 甲羅市の広い国道は、血の海と化していた。




 そこに、二筋(ふたすじ)の黒い閃光が走る。

 肉食の魚たちの合間をすり抜けて。

 それは、二人の軍服姿の人影。

 日本魔導院・紅蓮町支部の乱陀とカノンであった。


 乱陀は、魚の群れと擦れ違いざまに、HPを奪うライフ・スティールを発動させていた。

 低レベルのモンスターであれば、一網打尽(いちもうだじん)にできるライフ・スティール。

 だが、今回のモンスターの発生源のダンジョンはランク4。

 一匹一匹が、雑魚ではない。


 案の定、HPは削れたものの、ライフ・スティールでは倒しきれなかった。


 乱陀の定番の攻撃手段と化した、重力を与えるグラビティ・ギフトも、今回は使わない方がいいと、判断した。

 なにせ、この地面の下は、生きた巨大な亀の甲羅なのだ。

 グラビティ・ギフトにより、亀にダメージを与えてしまうと、苦痛で亀が暴れ出し、甲羅市が壊滅する恐れすらあったからだ。




 こんな時は、()()だ。

 乱陀とカノンは、ビル群の壁を蹴り、高速移動をしながら、ナノマシンで通信を行う。


「カノン、行くぞ」

「はいっ!」


 乱陀は、カノンへ向けて『EXP・ギフト』を発動させる。

 経験値を与える、ウォーロックの最初のスキル。

 乱陀にしか見えない、乱陀から伸びる緑色の矢印。

 それが、カノンへと向かう。


 乱陀からカノンへと、経験値が流れ込む。


 カノンの網膜には、凄まじい数のレベルアップの通知。

 一気にレベル65まで到達するカノン。

 カノンは新たなスキルで、弾丸の入ったマガジンを生成する。

 それを、二丁の拳銃の、グリップの底から装填した。




 9mm雷撃弾(らいげきだん)




 高レベルのガンスリンガーのスキルにより生成された、稲妻の弾丸だ。


 カノンは、ネオンサインだらけの、甲羅市のビル群の間を、高速で跳ね回る。


 カノンは、肉食の魚たちに向けて、二丁の拳銃のトリガーを引く。

 電気を纏った弾丸が、螺旋を描いて、放たれる。


 魚たちの頭や胴体を貫く弾丸。


 雷撃弾に撃ち抜かれて、青い火花を派手に散らし、黒焦げになる肉食の魚の群れ。

 その場の全ての魚類を感電死させるのには、数秒もかからなかった。


 日本食レストランのビルの屋上で、再び合流する乱陀とカノン。


 乱陀はEXP・ギフトを解除する。

 カノンに渡した経験値が、ほんの少しの利子と共に、乱陀に返却される。


「ただいま!乱陀さん!」

「お帰り。カノン」


 乱陀の胴体に抱き着くカノン。

 乱陀は、軍帽越しにカノンの頭を、そっと撫でた。

 カノンは、頬を赤く染め、笑う。

 八重歯のような牙を見せて。







 エドワードは、車のフロントフレームに結界を張り、空飛ぶ車、エアドライバーを全速力で走らせていた。

 だが、空を泳ぐ肉食の魚に、エアドライバーの前部に噛り付かれ、エドワードが見えるのは、魚の口の中だけである。


「前が!見えないぃ!」


 先ほど流れた緊急放送。

 ダンジョンを封じていた結界が破られたと。

 せめて結界が使える自分が、早く到着して力を貸さねばと、焦るエドワード。


「ああもう!仕方ない!MPは温存しておきたかったけど、死んだら元も子も無いからね!」


 エドワードは、ハンドルを左手で操縦しながら、右手で白衣の懐から、銀色の小さな棒を取り出す。

 その棒は、魔法の杖。

 杖の先を、エアドライバーに(かじ)り付いている、魚の口の中へと向ける。


 杖の先に浮かび上がる、オレンジ色の魔法陣。

 魔法陣の外周には『日本魔導院・爆撃ノ術』の文字。


 魔法陣から、幾つものオレンジ色の光の粒が発射される。


 光の粒は、エドワードの張った結界を、すり抜けて、魚の口の中へと飛び込んだ。


 途端、魚の体内で爆発する、オレンジの光の粒。


 魚の目から、光が無くなる。

 ボンネットに噛り付いていた(あご)が、ゆっくりと力を失う。


 身体中に大穴を開け、地上に落下してゆく魚の死体。


「や、やったぞ……!

 あ、あれ?」


 エアドライバーの速度が、急激に下降し始める。

 どんなにアクセルを踏んでも、推進力が上がらない。

 ハンドルすらも利かなかった。


 噛み砕かれたボンネットの隙間から、煙を噴き上げるエンジンが見えた。

 制御不能に(おちい)ったエアドライバー。


「ああっ!やばい!」


 エアドライバーの行く先は、アパレルショップのテナントが入った商業ビル。


 エドワードは、咄嗟にブーツの高速移動の魔法を起動させる。

 ブーツの底から広がる、赤い魔法陣。


 エアドライバーは、ビルに突っ込む直前であった。

 ドアを蹴り破り、宙に駆け出すエドワード。


 エアドライバーはビルに衝突し、大爆発を起こした。

 間一髪のところで、脱出したエドワード。

 甲羅市のアスファルトの地面に、線状(せんじょう)の足跡をつけて着地する。


「はぁ、はぁ、なんとか、乗り切った……」


 影のような漆黒の肉体から、汗を滴らせる。

 ここは、広い国道の上のようだった。


 エドワードは、一つ目で国道の先を見る。

 国道の真っすぐ先に見えるのは、ランク4のダンジョン、奈落のアクアリウム。


「このまま、道沿いに行けば辿りつけそうかな」


 一歩を踏み出すエドワード。

 その周囲の地面には、いつの間にか幾つもの巨大な魚影が泳いでいた。


「……へ?」


 空を仰げば、肉食の魚たち。

 どれもが、エドワードに牙を剥いていた。


「ウソぉ!?」


 一斉にエドワードに襲い掛かる魚たち。

 エドワードは、高速移動のブーツで跳び、魚の群れの隙間を抜ける。

 宙を駆けながら、懐から出した瓶から、青い液体を飲み干した。

 MP回復のポーションだ。

 ポーションは便利な道具だが、一回飲むと、しばらくの間は使えない。

 過剰摂取は逆効果。

 副作用で逆にMPが減り、しかも様々なステータス異常を引き起こすのだ。


 鋭い歯で噛り付いてくる、魚たち。

 どれもこれも、ギリギリで避けるエドワード。

 ネオンサインの光る壁を蹴りつけて、奈落のアクアリウムへと向かう。




 しかし、エドワードは見つけてしまう。

 道路に(うずくま)る、幼い少女の姿を。

 おそらくは、大混乱の中、逃げ遅れてしまったのだろう。

 ここで時間を食えば、結界の修復が遅れ、より多くの人命を散らすことになる。


 しかし……。


「ああ、もう!見過ごせるわけないでしょう!」


 エドワードは、壁を蹴り、少女へと向かい、アスファルトの道路へ着地する。

 少女は、涙で目を腫らせていた。


「だいじょうぶですか!?」

「た、たすけて……」


 少女へと駆け寄るエドワード。


「もう大丈夫ですからね」

「あ、ありがとう。

 あと……」




 少女は、ニンマリと笑う。


「お兄ちゃん、美味しそうだね」




 足元の道路が、うねる。


 少女の頭の天辺(てっぺん)から伸びる、肉の糸。

 少女の姿が、ただの肉塊へと変貌する。


(しまった!これは……)


 少女だった物体は、疑似餌(ぎじえ)

 今、エドワードが立っているのは、道路ではない。

 道路の模様に擬態し、地面に埋まった、巨大なアンコウの口の中だった。


 牙の生えた顎が閉じられる。

 エドワードの前後から、襲い掛かる牙。

 エドワードは、右手の銀の腕輪にMPを込める。

 周囲に張り巡らされる、黄と黒の縞模様の『KEEP OUT』のテープ。


 牙が突き刺さる寸前、結界が完成し、硬質の音を立てて、アンコウの歯を弾き返す。


 しかし、事態は膠着(こうちゃく)してしまった。


 爆撃魔法は、MPをかなり消費する。

 ここで放ってしまえば、高速移動も結界も、もう使えなくなるだろう。


 次のポーションは、まだ飲めない。

 今飲んでも、副作用でMPが減るだけだ。


 周囲には、まだまだ沢山の魚たち。

 このアンコウを爆撃で倒せたとしても、MPの尽きたエドワードは、魚の群れの餌食になることは必須だ。




「……ここまでですか」


 漆黒の顔の、中央の一つ目が、(あきら)めの色を見せる。




 その時、エドワードに影が差す。

 エドワードの上から、何者かが飛び降りてきたのだ。




 それは、男だった。

 眼鏡をかけた、細身の男。

 両腕と右脚が、機械化した肉体(サイバネティックス)になっている。


 その男は、巨大なハンマーを持っていた。

 ハンマーの後部から、炎が吹き上がる。


 ハンマーはジェット推進機能を備えており、ひとたび振るえば、スイングのスピードは音速を超える。

 その一撃の威力は、まさに天下無双。


 空中で独楽(こま)のように高速で旋回する男。

 そして、加速のついたハンマーで、エドワードの結界に食らいついたアンコウの顔面を、横から殴りつける。


 その一振りは衝撃波を発生させ、アンコウの頭を、爆裂させた。


 広がる衝撃波は、近隣のビルの窓ガラスを、粉々に砕き、吹き飛ばす。


 結界を張っていなければ、エドワード自身も、衝撃波でバラバラになっていたかもしれない。


 血と肉とガラスの破片が、アスファルトの地面に降り注ぐ。


 その男は、エドワードの目の前に着地する。

 周囲には大量の肉食の魚が迫ってきているというのに、その男は平然としていた。


「大丈夫ですか?エドワードさん」




 眼鏡の奥の瞳が宿すのは、知性か、はたまた狂気か。




 冒険者クラン、バトルジャンキーズ代表。


 『バーサーカー』


 ブラッドラスト。








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[良い点] TUEEEとヤバいピンチの織りなしが 心地よいリズムとなっている [一言] 更新ありがとうございます 本当に戦闘シーンのメリハリがお上手で 読んでいて気持ちいいです 更新頻度も高くて大…
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