【勇斗視点】勇斗の憂鬱
「なんか、身体が重いなぁ」
勇斗は、裸のエリネの隣で目を覚まし、なんとなく身体が不調な気がした。
風邪でも引いたのかもしれない。
網膜にステータスを表示させ、体調をチェックする。
そこに表示されていた、事実。
レベル66
(……えっ?)
バグかと思い、もう一度ステータスを表示し直す。
レベル66
「……。
は?
はああああっ!?」
隣で寝ていたエリネが、驚いて跳び起きる。
「えっ?な、なに?勇斗?」
「ななな何でもない!」
エリネが、きょとんとした目で勇斗を見つめている。
勇斗自身にも、何が起きたのか分からなかった。
しかし、こんな事、誰にも知られる訳には行かない。
レベルが大幅に下がったなどとは。
勇斗は、エリネ以外にも、クラスやクランの女子に手を出していた。
中には、エリネのように、彼氏がいる女子にも。
さらに中には、強姦して場面を録画し、脅して言う事を聞かせている女子も。
それもこれも、全ては勇斗に力があるから出来た事。
レベル66は、決して弱者ではない。
だが、今までのような圧倒的強者でもない。
高レベル帯の人間に結託されれば、倒されてしまう強さなのだ。
まずい。
まずいぞ。
焦る勇斗。
このことが知られれば、間違いなく復讐される。
手を出した女子の彼氏たちに。
そして、勇斗に強姦され、泣き寝入りをしている女子たちに。
その時、チャイムが鳴る。
慌ててインターホンに出る勇斗。
カメラ付きインターホンに映ったのは、クランのメンバーのパラディンの女。
「勇斗~。何してんだよ。今日、高レベルダンジョンのレイドの日だろ?」
「ああ、その、ゲフン。ちょっと風邪ひいたみたいでさ」
「風邪なんて、マキコに治して貰えばいいだろ」
マキコ。
勇斗のクランのヒーラー系ジョブ『クレリック』の、高校一年生になったばかりの美少女。
そして、勇斗が強姦した少女。
マキコは、鑑定眼が使える。
ステータスを見られたら、間違いなくレベルが下がったことがバレる。
「い、いや!いい!寝てれば治るから!わざわざマキコの手を煩わせるまでもない!」
「え?お前、いっつもマキコにスキル使わせまくってんじゃん。どうしたんだよ」
「何でもない!とにかく、今日のダンジョンレイドは延期で!みんなにもそう伝えて!」
「え?ま、まあいいけどさ……。お前、本当に大丈夫か?」
「大丈夫!体調が良くなったら、行こうな!」
強引にインターホンを切る勇斗。
一体、自分の身に何が起きたのだ。
「勇斗、どうしたの~?」
眠たげな目で現れる、エリネ。
そこで勇斗は、気にかかる。
この謎の現象は、自分だけに起きているのか、と。
「な、なあ。エリネ。今、レベル幾つになったんだっけ?」
「え?たしか、ちょうど70になったところ……」
エリネが、網膜にステータスを表示し、固まる。
「……は?レベル43?え?なに、これ?」
(やっぱり)
勇斗は、確信する。
これは、自分だけに起きた現象ではない。
しかし、だとすれば、原因はなんだ?
勇斗は結局、次の日にはダンジョンレイドに駆り出されることになった。
今から行く所は、クランメンバーのレベルが70以上推奨の、最高難易度のダンジョンだ。
ダンジョンとは、世界中に散ったナノマシンにより生成される、モンスターの住処となっている建造物のこと。
それは、様々な姿を取る。
ある時は、洞窟だったり。
ある時は、城だったり。
ある時は、空に浮かぶ廃墟だったり。
ダンジョンには、難易度に応じたボスモンスターと、各種お宝が配置される。
最高難易度のダンジョンには、伝説級の武具や魔法道具があるだろう。
今までは、レベル91の勇斗が中心となり、高難易度ダンジョンも、危なげなくクリアしていた。
だが、今は事情が変わった。
なぜか、レベルが66まで下がった勇斗。
同じ現象が起きていないかを、それとなく周囲の人間にも聞いてみた。
結果、勇斗の高校のクラスメイトだけが、レベルが激減していたのだ。
クランメンバーや、他の学年の生徒たちは、問題が生じていなかった。
勇斗は、平静を演じていたが、内心では焦りまくっていた。
レベルに異常が起きていない、クランメンバーや、他の学年の生徒たちには、勇斗による寝取りや強姦の被害者が何人も居る。
万が一、自分のレベルが下がったことがバレたら……。
勇斗は、身を震わす。
その先には、地獄しか待っていない。
なぜ、こんなことになったのだ。
自分は、選ばれし強者のはず。
(くそっ!女どもだって、俺の優れた遺伝子の精液を流し込まれて、幸運だろうが!)
勇斗は、空飛ぶ車『エアドライバー』を、法定速度を超えて飛ばす。
真宵市では、エアドライバーの免許は十六歳を過ぎれば取れるのだ。
高速で視界を流れて行く、色とりどりのネオンサイン。
助手席にいるエリネが、慌てて勇斗を止める。
「ちょっと、勇斗!速すぎるって!事故るから!」
「うるせえ!黙ってろ!」
勇斗から吐かれた暴言に、ショックを受けるエリネ。
乱陀から乗り換える前は、あんなに甘く優しく接してくれたのに、乱陀を追放してからは、ただのセックスフレンドのような扱いに変わってしまった。
エリネは、そんな立場は望んでいない。
勇斗の正式な彼女として、愛情を注いで貰って、誰もがうらやむカップルとして、人生を謳歌するつもりだった。
だが、これでは乱陀の方が、ずっと多くの愛をくれたじゃないか。
左の手足を消し飛ばされ、空中都市から地上へと突き落とされた、レベル1。
どう考えても、確実に死んでいるであろう、乱陀。
エリネの脳裏に、乱陀の優しい笑顔が浮かぶ。
レベル1の彼氏なんて、格好悪すぎて、乱陀と付き合っていると公言するのが嫌だった。
ようやく乱陀を捨てて、レベル91の勇斗と付き合えたのに、思い出すのは乱陀の事ばかり。
エリネは、猛スピードで走るエアドライバーの窓から、流れるネオンサインの看板を見つめる。
(……私、間違えちゃったのかな)
だが、乱陀はもうこの世にはいない。
エリネの手で、宙へと放り出されたのだ。
今までは、罪悪感など皆無だったが、ここにきて、後悔がじわじわと心の奥底から滲み出てくる。
エリネは溜息をついて、前を向いた。
信号が、赤だ。
「ちょっと!勇斗!信号……!」
「あん?」
勇斗は、この後どう立ち回るかばかりを考えていて、信号を見ていなかった。
真横から迫る、別のエアドライバー。
「きゃああっ!」
勇斗の車の胴体に、横から来た車が、突き刺さった。
エリネは、警察病院で治療を受けた。
交通事故により、エリネも勇斗も、何か所か骨折をしていた。
命があったのが、不幸中の幸いだ。
病院に勤務していた、ヒーラー系のジョブの医師が、勇斗とエリネを回復してくれた。
勇斗は、免許取り消しとなった。
真宵市内のエアドライバーの動きは、全て記録されている。
信号無視をした勇斗の過失なのは一目瞭然であった。
ネットニュースにもなった。
真宵市の英雄で、有名人である勇斗。
それが、違法運転で事故を起こしたという、センセーショナルな記事。
真宵市全土の勇斗ファンからは、励ましの手紙が届いたが、スポンサー企業の判断はシビアだった。
勇斗の出演していたCMは、全て放映自粛。
勇斗に課せられた違約金は、億を上回った。
一般市民なら払うのは不可能な金額だったが、勇斗は今まで、相当稼いできていた。
高級マンションを売り、貯蓄を吐き出し、違約金を払う勇斗。
まだそこそこの金を持っている勇斗だったが、今までのような贅沢な暮らしはできない。
勇斗は、一般市民用のマンションに引っ越しをせざるを得なかった。
「くそっ!この俺が!一般人と同じ場所に住むなんて!俺は真宵市の英雄だぞ!」
勇斗は、荒れていた。
それでも、新居は割といいマンションではあったが、人間は一度上げてしまった生活ランクを落とすことに、多大なストレスを覚えるのだ。
(ったく、エリネは彼女面してうるせえし、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ!)
エリネと関係を持ったのは、乱陀から寝取る背徳で、快楽と優越感を得るためだった。
乱陀の居なくなった今、エリネはただの普通の女。
勇斗にとって、邪魔でしかなかった。
勇斗は、背徳感を好む質であった。
そのため、普通のセックスでは物足りず、寝取りや強姦で初めて真の快楽を得ることができるのだ。
しかし、そのような行為は、当然敵を多く作る。
圧倒的なレベルがあって、ようやく少女を毒牙にかけることができる。
レベルの下がった今、性欲を満たすどころか、数々の過去の恨みにより、命の危険が迫っているかもしれないのだ。
勇斗は、交通事故を起こしたことを自省するため、一か月間、クランに出入りをしないと、通達をしていた。
当然それは、表向きの理由。
本当の理由は、人知れずしてレベルを上げ直すこと。
今はまだ、レベルが下がったことは、誰にも知られてはいない。
だが、時間の問題だろう。
91まで上げるのには、年単位で時間が必要だ。
そのため、一か月で上げられるのは、70前後が限界だろう。
それでも、現状よりはマシになる。
勇斗は、剣を取る。
誰にも知られず、モンスター狩りに出かける勇斗。
地上のダンジョン行きの飛行船乗り場へと向かって。