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Rock and Roll!

 カノンは乱陀を見つめる。

 自分のために部隊を壊滅させてくれた、乱陀を。


 カノンの潤んだ瞳に映る、血塗れの乱陀。


 危うく、カノンは、強姦される所であった。

 まだキスだって未経験なのに。


 今までは、助けてくれる人など、一人も居なかった。

 他の部隊では、女性隊員も一定数いるのだが、彼女らも敵だ。

 女性隊員たちからも、カノンはゴブリンというだけで見下され、影で暴力を振るわれたりもしてきた。




 ゴブリンの癖に。

 気持ち悪い。

 弱すぎる。


 ゴブリンとか、無いわ。

 だって、ゴブリンだしな。

 ゴブリンなんて、無理。


 数々の、罵倒の言葉と共に。




 エドワードを始めとする、研究員の何人かは、普通の人間として扱ってはくれたが、あくまで彼らは研究員であり、任務を共に行う訳では無い。


 あの黄金のドラゴンが突然出没した時も、ウェアウルフの隊長に、腹を思い切り蹴られ、苦痛で(うずくま)っている間に囮にされた。

 なんで、いつも、こんな事ばかり、と思った。

 これまでも、何度も、思ってきた。

 自分の緑色の肌が受け入れられない人間がいるのは、仕方がないだろう。

 ゴブリンという最弱の種族を(いと)う人間がいるのも、仕方ないだろう。

 だが、日常的に暴力を振るわれ、さらには命の危険に晒されるほどの事だろうか。


 レベル20になったばかりのカノンが生成できるのは、9mm徹甲弾が精一杯。

 種族がゴブリンのカノンは、全体的にステータスもかなり低い。

 9mm徹甲弾がドラゴンの鱗に弾かれた時は、もう駄目だと思った。


 カノンは、誰も彼もを恨んでいた。

 いつもカノンを酷い目に合わせる、部隊のメンバーを。

 それに乗じて、いじめに参加する、他の部隊の軍人を。

 種族を勝手にゴブリンにされてしまった、自分の運の悪さを。


 黄金竜に尾で胴体を強打され、動けなくなったときは、完全に死を覚悟した。

 ああ、自分の人生、(ろく)なことが無かったな、と。


 しかし、そこに上空から降り立つ、乱陀。

 左腕と左脚が無く、乱陀も死ぬ寸前だったというのに、黄金竜を圧倒する。

 そして、乱陀の口から出た一言


「また同じことが起きたら、同じように助ける。ゴブリンだとか、俺には知ったこっちゃない」


 その瞬間、カノンは完全に乱陀に落ちてしまった。

 冷たい緑色の肌が、熱くなる。

 心臓が、激しく高鳴る。

 初対面なのに、思わず手を握ってしまった。

 この人になら、身を捧げてもいいかも、とすら、ちらりと思ってしまった。

 今まで起きてきた、千の不幸の果てに現れた、たったひとつの希望の光。

 それが、カノンにとっての水雲(みずくも)乱陀(らんだ)




 乱陀は、三メートルの尾を振り、付着した血液を払い飛ばす。

 あたりは、死体と血の海であった。


 モンスターたちを殺したことは後悔していないが、これを片付けるとなると、いささか面倒である。


 すると、兵舎の床が、生き物の内臓のように蠕動(ぜんどう)する。

 モンスターの死体も血も内臓も、底なし沼に沈むように、床に飲み込まれていった。


 一体、これは、何だ。

 しかし、何かが、起こっているのだ。


 乱陀は、再び警戒態勢を取る。

 新たな敵が、やってきたのかもしれないのだ。


 乱陀は、周囲を見回す。

 九十名の兵士が全員、兵舎の入り口を見ていた。


 乱陀も、油断だけはしないようにと注意をしながら、兵舎の入り口に目をやる。


 そこには、着物姿の小さな少女が廊下の中央に立っていた。

 真っ黒な髪をボブカットにしている。

 ナチュラル風のバッチリメイクに、両の目尻にハート形のシールを貼り付けていた。


 着物姿の少女は、小柄なカノンよりもさらに小さかった。

 幼い、と言ってもいい。

 その背後には、エドワードも駆けつけていた。


 少女は、乱陀に告げる。


「日本魔導院・紅蓮町支部、支部長のマモリじゃ」


 マモリは、深々と乱陀へとお辞儀をした。

 乱陀は、礼も返さず、神経を張り詰めさせる。

 支部長、ということは、この施設のトップだ。

 九名の兵士を虐殺した乱陀を、良くは思わないだろう。


 だが、マモリは九十名の兵士たちを睨みつける。


「話は全部聞こえておった。

 出張から帰って来たと思ったら、婦女を乱暴する趣旨の会話が()されていたので、大急ぎで来たのだが、どうやら解決済みじゃの」


 乱陀は、耳を疑った。

 ()()()()

 マモリは確かに、そう言った。


 乱陀は血まみれの軍服のまま、マモリに問いかける。


「なあ、アンタ。いいのか?俺が兵士たちを殺したんだぞ?」

「彼らが殺されるようなことをしようとしただけのこと」


 マモリが、乱陀に向かって腕を振るう。

 乱陀は、何らかの攻撃をされると思い、身構える。

 だが、乱陀の軍服に沁み込んでいた、血が、きれいさっぱり消えてなくなったのだ。


 マモリは続ける。


「紅蓮町支部では、他の支部よりも規律をあえて緩くして、働きやすい職場にしようと思っていたのじゃが、犯罪者を生み出す温床になってしまうのは、魔導院としてあるまじきこと。

 一旦、規則を見直さなくてはならないようじゃの」


 マモリの声は、あくまで静かであった。

 だが、軍人たちの顔は、青褪めていた。


 マモリが、再び廊下に出ながら、乱陀を手招きする。

 乱陀の脳裏には、過敏になった警戒心がよぎる。

 油断させたところを、攻撃されるのではないかと。


 だがカノンが、乱陀の手を引いた。


「乱陀さん。一緒に行きましょう。何かあったら、私を盾にしていいですから」


 カノンは、乱陀に取って、世界で唯一、ある程度信用ができる人物。

 そのカノンに、そこまで言われたら、行くべきであろう。


 乱陀はカノンと手を繋ぎ、マモリの後に付いてくる。


 その脇では、エドワードがギザギザの歯の口で、笑顔を作っていた。







 乱陀は、カノンとエドワードと共に、マモリの執務室へと連れてこられた。

 そこは、やたら狭い部屋だった。

 エドワードの部屋よりも、ずっと狭い。

 壁の本棚には、おびただしい数の本が、おさめられていた。


 部屋が狭すぎて、乱陀の長い尾が、伸ばせない。

 仕方がないので、尾は折り曲げて、床に降ろしていた。


 マモリが口火を切る。


「さて。そなた、乱陀と言うたな」

「ああ」

「レベル138というのは、本当か」

「ああ」

「先ほど、兵舎に居た、他の軍人たちと渡り合って、勝算はあるか?」

「うん?まあ、ある」


 マモリは、なにやら考え込む。

 そして、手を掲げる。

 壁の本棚から、幾つもの本が浮かび上がり、マモリの周囲を旋回する。


 マモリが、その内の一冊を手に取り、ページをめくる。


「ふむ。沖村を、ドラゴンの前に置き去りにしたのか。

 しかも、腹を蹴り、動けなくした状態で、あえて。

 まるで、無法者の集団だな。

 これは氷山の一角であろう。

 他にも、見たくない内容の報告が、山ほどありよるわ」


 マモリが、乱陀を見る。


「乱陀よ。わらわは元々、この紅蓮町支部を一度解体し、作り直そうと思ってはいた。

 だが、その間に敵モンスターが出た場合、対処できる人間が居なくなるため、なかなか踏み出せずにいたのじゃ。

 その上、わらわは、基本的に他の支部を飛び回っており、あまり紅蓮町支部に顔を出せない。

 お陰で、紅蓮町支部の評判は地の底まで落ちていたというのに、改革に着手できなかったのじゃ。

 そこに、そなたが現れた。

 そなたとカノンの二人だけで、しばらく紅蓮町支部の戦闘を全て任せたいのだが、どうじゃ?」


 驚きに、目を向くカノン。

 これは、かなり大きな話だ。

 だが、乱陀は平然としている。


「俺は構わねえよ。元々、一人で生きるつもりだったしな。

 カノンなら、まあ、他の奴よりはずっと信用できる、と思う」


 乱陀は、昨日の事を思い出す。

 カノンのことを。

 乱陀が泣いていた三時間、ずっと手を握っていてくれて、時には一緒に涙した。

 乱陀に危害を加えようと思っていたのなら、何度でもチャンスがあったのに、ただ乱陀と一緒に居てくれたカノン。

 未だ人間不信は全開だったが、少なくとも、他の奴らよりはずっと信用ができる。

 それに、裏切られたら、その時はその時。

 また一人に戻ればいいと、そう思えるようにまでは、気力が回復していた。

 それもまた、カノンのお陰でもあったが。


「でもよ、今いる兵士たちはどうすんだ?」

「当然、解雇よ。わらわが居ない間に、ずいぶんと好き放題してくれていたみたいでの。

 住民や冒険者ギルドからも、苦情が上がってきておるようじゃ。

 まったく、頭が痛い」

「絶対、逆恨みする奴いるだろ」

「もちろん、いるじゃろ。

 だからこそ、問うたのじゃ。

 勝算はあるか、と」


 乱陀は、納得する。

 この幼い少女の見た目の支部長は、最初から乱陀と全兵士をぶつける気だったのだ。

 まあ、それはそれでいい、と乱陀は思う。

 最初から敵だと分かっている相手ならば、安心して倒せるというものだ。


「ああ、それからの。これを持って行くがよい」


 マモリは、着物の袖から、二つの赤いお守りを取り出し、乱陀に手渡す。


 乱陀は、お守りを見る。


 そこには、支部長マモリの、ドヤ顔ダブルピースの写真が印刷してあった。


「……なんだこれ」

「もうすぐ、ドヤ顔ダブルピースが必ず流行る。

 わらわは、インフルエンサーゆえ、流行を先取りせねばならんのじゃ。

 お守りの裏側に、SNSのURLも書いてあるから、必ずブクマと『いいね』をしておくように」

「……」


 乱陀は、二つのお守りを、無言でポケットに入れた。







 その夜。

 午前二時を回った頃。


 魔導院の屋根の上に、数人の黒ずくめの人影が現れた。

 皆、シーフやアサシンなどの隠密系ジョブのモンスター。

 本日解雇された、魔導院・紅蓮町支部の兵士たちだ。


 せっかくマモリが不在の間に、自分たちに快適な環境を作り上げたというのに、全てが無駄になってしまった。

 だが、それも力づくで取り返すつもりであった。


 兵士たちは、全員が同じ考えである。

 乱陀を殺し、カノンとマモリを捕らえ性奴隷にする。

 カノンとマモリは、(なぶ)り飽きたら娼館にでも売ってしまえばいい。

 しかし、何をするにしろ、乱陀が邪魔だ。


 黒ずくめの兵士たちは、屋根の上からロープを下ろし、ロープを伝って、乱陀の部屋の窓の外へと辿り着く。

 シーフが、スキル『鍵開け』を使い、窓を解錠する。

 無音で部屋の中へと侵入する、兵士たち。


 ベッドの上には、乱陀が眠っていた。

 よくある手口としては、枕やクッションに布団をかぶせ、そこに寝ているかのように偽装する方法がある。

 だが、兵士たちは元プロである。

 本人であるかを、きちんと確認し、その上で殺害するのだ。


 ベッドの上の乱陀は、間違いなく本人の顔。

 寝息を立てているため、よくできた人形などでもない。


 兵士たちは、互いに顔を見合わせ、頷く。


 そして、一斉に毒のナイフを乱陀の胴体に突き立てた。


「ぐふぅっ!」


 目を覚まし、血を吐く乱陀。

 しかし、すぐに毒が回ったのか、そのまま息絶える。


 兵士たちは、呟く。


「ふん。どれだけ強いかと思えば、寝込みを襲えばこんなもんか。

 ……ん?」


 部屋の奥の暗がりに、兵士たちに向けた手のひらが見えた。


 それは、黄金の鱗の左手。


 兵士たちに、二百キログラムの重力がかかる。


「うおっ!」

「ぎゃあっ!」


 兵士たちは、その場で潰れ、起き上がれない。


 部屋の奥に赤く光る『Six Feet Under』の文字。


 その文字の持ち主が、姿を現す。

 ベッドで死んでいるはずの乱陀が、軍服姿の完全装備で登場した。


 兵士たちは、混乱する。


「お、お前!なんで……!

 じゃあ、そこの死体は、誰なんだ!」


 乱陀は、ベッドで死んでいる、乱陀そっくりの人影を掴み、起こす。

 それはもう一人の乱陀の死体。

 見間違うはずのない、先ほどまで生きていた乱陀の死体。

 その死体にノイズが走ると、マネキンへと変化する。

 マネキンの首には、マモリのドヤ顔ダブルピースが印刷されたお守りがかかっていた。


「このお守り、ふざけたデザインだけど、結構凄い魔法だよな。

 マネキン、本物と見分けがつかなかっただろ?」


 マモリのジョブは『座敷童(ざしきわらし)』。

 ダンジョンマスター系のジョブで、直接的な戦闘は苦手だが、敵を罠に嵌めるための便利な魔法が幾つも使えるのだ。


 そこに、カノンからナノマシンによる通信が入る。

 乱陀の網膜に映し出される、カノンの顔。


「乱陀さん。上手くいきました。私のマネキン、本物だと思って、(さら)って行きました」

「了解。そっちを追えば、あいつらのアジトが見つかるな」


 続けて、マモリから通信が入る。

 乱陀の網膜に映る、マモリのドヤ顔。

 少しイラっとしながらも、応答する。


「乱陀。わらわの部屋に来た奴らは、全員拘束しておいたぞ。

 こやつらはどうするのじゃ?」

「一応、そのままにしておいてくれ。

 場合によっては、尋問する。

 カノンのマネキンを持ってった奴を追いかけて、根絶やしにするつもりではあるが、アジトが一つとは限らないからな」


 乱陀は通信を切ると、グラビティ・ギフトで動けなくなった兵士たちに向き直る。

 兵士の一人が、乱陀に命乞いをする。


「す、すまなかった!もう二度と手出しはしないから……」

「悪いが、俺は人間不信なんでな」


 乱陀は、HPを吸い取るライフ・スティールを起動する。

 乱陀にしか見えない、兵士たちから乱陀へと伸びた、赤い矢印。


 命を吸い取られ、静かに息絶えて行く数名の暗殺者。


 なんだか、安らかに死なせてしまった。

 苦痛を与えたい時は、ライフ・スティールは向かないな、と乱陀は思う。


 乱陀の網膜の左上には、ナノマシンにより紅蓮町のマップが映し出される。

 そして、攫われたカノンの偽物の居場所も、光の点で表示されている。

 これを追いかけて行けば、奴らのアジトへと辿り着くはずだ。


 開いている窓から吹き荒れる風で、乱陀のマントが、はためく。


 乱陀の目は、激怒で燃えていた。

 カノンを攫い、(もてあそ)ぼうとしている、元兵士どもに。


 乱陀はナノマシン通信で、カノンとマモリとエドワードに、告げる。


「これより、討伐ミッションを開始する!

 目標は敵軍殲滅!

 奴らに生きていることを後悔させてやる!」


 乱陀のブーツの底から広がる、赤い魔法陣。

 その魔法陣の外周には『日本魔導院・疾風ノ術』の文字。

 エドワードお手製の、高速移動の魔法のブーツだ。


派手に行くぜ(ロック&ロール)!」








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