【最終話】ウォーロック&ゴブリンガール!
眠る乱陀とカノンの枕元で、目覚ましが鳴る。
「ぎゃあああああっ!」
「ひぎいいいいいっ!」
勇斗とエリネの苦痛の悲鳴が響き渡る。
これは、凝縮したヘル・ギフトを内蔵させた、目覚まし時計。
普段は音を遮っているが、定刻が来た時だけ、音の遮断を無くすように作られていた。
乱陀は、目覚ましを止める。
二人の悲鳴が聞こえなくなった。
もちろん、音を遮断しただけで、地獄の中では今も悪夢の刑罰が繰り広げられている。
二十四時間、三百六十五日、休みなく激痛が続くのだ。
暗黒町の朝は暗い。
カーテンの隙間から外を覗いても、LEDとネオンサインの明かりが、真夜中と同じように灯っているだけだ。
乱陀の隣では、裸のカノンが目を覚ましていた。
美しい緑色の肌。
乱陀は、カノンの首筋にキスをする。
「あんっ。おはようございます、乱陀さん」
「おはよう、カノン」
乱陀とカノンは、何度か唇を重ね合わせ、脱ぎ捨てられた下着を取る。
「今日、進路相談らしいぞ」
「あ、そうなんですか。でも、乱陀さん、このまま魔導院所属じゃないんですか?」
「俺はそのつもり。でも、魔導院側から拒否される可能性もあるだろ」
「紅蓮市の英雄を、追い出すなんて事はしないと思いますが……」
「わからんぞ。他人の気持ちなんて、知ることは不可能だからな」
乱陀は、何か月経っても、人間不信は治らなかった。
カノンが、下着姿のまま、乱陀に絡みつく。
「私の気持ちも知らないんですかぁ?」
「カノンは他人じゃないから」
顔を見合わせ、笑う乱陀とカノン。
そしてまた、キスを交わす。
★
乱陀とカノンは、制服のブレザー姿で、エアライダーに二人乗りをして、登校する。
飛行場にエアライダーを停めると、その隣を竜次と霞が、エアボードに乗って過ぎ去っていった。
乱陀とカノンに、手を振る竜次と霞。
暗黒町からは分からなかったが、今日は雲ひとつない晴天だ。
廊下を歩いていると、向こうから男女が歩いて来た。
エドワードと飛鳥だ。
エドワードは、スーツの上にレジェンド級の白衣を羽織っていた。
飛鳥は、レディース用のスーツを着て、エドワードの腕にしがみついている。
飛鳥は、教育実習生として、迷い学園に配属になった。
乱陀は、エドワードに手を上げる。
「よう、エドワード」
「おはようございます、乱陀さん」
すると、エドワードの腕に絡みついていた飛鳥が、乱陀を指差す。
「逆!逆だから!エドワードさんが先生なんだから、お前が敬語を話すんだよ!」
エドワードは、飛鳥を宥める。
「いいんですよ。何か、今さら先生ぶっても、変な感じしかしないから」
「んもう。エドワードさん、甘いぞ」
そう言って、エドワードにしだれかかる、飛鳥。
この二人は、つい先日、飛鳥の猛アプローチの結果、付き合いだした。
そして、それを聞いたファーフライヤーは、その日の夜、藍之介とヤケ酒を飲みまくり、勢いで藍之介と寝てしまったそうだ。
今では、藍之介とファーフライヤーは、超ラブラブカップルになっている。
藍之介的には、マモリについては、ただのファンに過ぎないとのこと。
ファーフライヤー曰く、藍之介は「実はかっこいい」らしい。
何のことか、さっぱり分からないが。
エドワードは、迷い学園の教師兼、研究員となった。
元々、日本トップの大学に通っていたエドワードは、テストで選抜された進学クラスの担任教師をしている。
なんと、その進学クラスにはツバキがいる。
ツバキは、妙な方向に頑張らなければ、頭は優秀なのだ。
迷い学園の広大な廊下を歩く、乱陀とカノン。
二人は、二年二十八組。
もうすぐ三年生となる二人は、朝から進路面談がある。
ノックもせずに面談室へと入る乱陀。
カノンの面談は、乱陀の後らしい。
そこには、乱陀の担任の女教師が座っていた。
「水雲君。まずは、部屋に入る時はノックしなさい」
「ああ、悪い」
「あと、敬語!目上の人には敬語を使う!」
「ああ、悪い」
こめかみに血管を浮かせる、女教師。
「あなた、魔導院の軍人志望なんですって?
そんなんじゃ、やっていけないわよ」
「いや、やってこれてるんだが……」
現在進行形で、学生と同時に、魔導院の軍人も兼ねている乱陀。
あと、そもそも将来も、軍人を志望している訳でもない。
魔導院側から、是非にと勧誘されているだけなのだ。
女教師が、ヒステリックに叫ぶ。
「口答えしない!そもそも、教師にタメ口をきかない!」
「はあ?なんでだよ」
「目上だからです!」
「俺は、あんたの事、目上だと思ったことはないぞ」
拳を握り、ぷるぷると震わす女教師。
「私は、あなたを魔導院に推薦することはできません!」
「魔導院側から誘われてるんだが」
「嘘おっしゃい!」
なお、この女教師は、乱陀が英雄と呼ばれていることすら知らない。
「とにかく!このままじゃ、卒業はおろか、学生として認められません!」
「そうか。じゃあ、退学するわ」
長大な黄金の尾を振って、立ち上がる乱陀。
「ま、待ちなさい!あなた、どこ行ってもやっていけないわよ!」
「いいよ。元々、他人の力はアテにしてないし」
面談室のドアを開け、外に出る乱陀。
ドアのすぐそばで座って待っていたカノンは、目を丸くした。
「あれ?乱陀さん、もう終わったんですか?」
「学生として認められないってさ。だから、退学することにしたわ」
「あ、それじゃ、私も退学します。学園生活は、満喫しました!」
広大な廊下を並んで歩く、乱陀とカノン。
後ろからは、女教師が呼び止める声がするが、耳に入らない。
「カノン、これから何しようか?」
「そりゃあ、冒険者ですよ!
乱陀さんの力を一番活かせます!」
「お、いいねえ」
乱陀とカノンは、階段を上がり、飛行場へと出る。
何隻もの飛行船に、もの凄い数のエアドライバーやエアライダーが停泊している。
上を見れば、青い空。
他人が信じられなくても、自分さえ信じられれば、未来は、いつだって明るいのだ。
そこに、可愛いパートナーもいれば、文句なし!
「カノン。そういえば、太平洋の真ん中に、ランク6のダンジョンがあったよな?」
「はい!入り口すら、誰も入れないくらい、強いモンスターだらけらしいです!」
「行ってみるか?」
「行きましょう!でも、また変なお宝が発掘されないといいんですけど」
カノンが言っているのは、数か月前の魅了スキルブック事件のことだ。
「まあ、何か出たら出たで、対処すればいい」
「そうですね!」
乱陀とカノンは、エアライダーに乗り込む。
全校放送で、マモリの慌てた声が響き渡る。
「待て!乱陀!待つのじゃ!
そなたに魔導院を抜けられたら困る!
戻って来るのじゃ!」
乱陀は、カノンをエアライダーの後ろに乗せると、静脈認証でキーロックを解除する。
浮かび上がる、エアライダー。
今日は晴天。
新たな一歩を踏み出すには、最高の日だ。
校舎の窓からは、エドワードが手を振っていた。
一つ目で、ギザギザの歯で、にっこりと笑って。
乱陀とカノンも、エドワードに笑い返す。
乱陀は、エアライダーのアクセルを捻る。
「ウォーロック、水雲乱陀!発進!」
カノンが、背後から乱陀に掴まり、叫んだ。
「ガンスリンガー、『ゴブリン』沖村花音!どこへだって付いて行きます!」
飛行場の廊下からは、教師陣がぞろぞろと走って来て、乱陀とカノンに、戻るように促している。
しかし、もう乱陀とカノンの耳には、そんな雑音は入らない。
いつだって、新しい世界は、目の前に広がっているのだ。
「カノン!飛ばすぞ!掴まれ!」
「はい!もう絶対離しません!」
カノンは、青空の下、思い切りの笑顔を見せた。
明るい緑色の肌で。
八重歯のような牙を覗かせて。
乱陀は、腹の底から、叫んだ。
「ウォーロック&ゴブリンガール!派手に行くぜ!」
【完】




