Rock and Roll!!!
カノンは、網膜に流れる無数の情報を眺める。
体内のナノマシンにより、視界に浮かぶ、幾つもの選択肢。
習得可能な、大量のスキルの選択肢。
習得可能レベル130のスキルから上は、どれもこれも、途轍もなく強力なスキルばかり。
所持スキルポイントの関係で、全てを習得することはできないが、どれかひとつでも身に付ければ、圧倒的な戦闘力を持つ。
それが、複数習得可能。
(とりあえず、まずはこれ。それ以外は、一旦保留で)
カノンは、たった今、使用可能になった、新たな弾丸を右手に持ったレジェンド級の拳銃に込める。
そして、乱陀の身体を持ち上げて、左肩に担ぎ、乱陀が落ちないよう、左手は銃を持ったまま乱陀を支える。
瀕死の乱陀。
たとえ一発でも攻撃を受ければ、死ぬだろう。
カノンがそれを許すはずがない。
カノンは、乱陀を担いだまま戦いに挑むのだ。
乱陀のズボンのポケットが光ると、突如として、乱陀とカノンの周囲に、瀕死の勇斗とその一味が、どさどさと大量に出現した。
乱陀のレベルが下がり、ヘル・ギフトが維持できなくなったのだ。
皆、身体を隙間なく切り刻まれ、焼かれ、貫かれていた。
地獄の責め苦を受けていた悪徳冒険者たちは、次々と息絶えて行く。
本来ならば、何百回と死亡していてもおかしくないほどの肉体の損傷を、ヘル・ギフトが強制的に再生していたため、生き延びていただけ。
ヘル・ギフトの再生効果が無くなった今、ほとんどの無法者は、一分たりとも生存が不可能な惨状であった。
大量の死体と、大量の瀕死者に囲まれて、乱陀を担いだカノンは、エリネを睨む。
エリネが、ヒステリックに叫ぶ。
「ぜ、全員!あのゴブリンを殺せえっ!」
その声と同時に、カノンの横には、ハンマーを振りかぶったブラッドラストが現れる。
ジェット推進のハンマーを、音速を越えて振り下ろす。
轟音と衝撃波が、巻き起こる。
ブラッドラストのハンマーは、体育館の床を殴打し、床の木材が、粉々に散る。
そこに、カノンはいなかった。
それは、誰も目視することができなかった。
あまりにも速すぎて。
いつの間にか、上下逆さまになって、体育館の天井に足を付けているカノン。
天井に着地した衝撃で、備え付けの照明が割れる。
レベル174の、魔力と素早さで編み上げられた、魔法道具のブーツの高速移動には、誰一人として対応できなかった。
エドワードの青い軌跡よりも、速く。
スキルロックのかかるまえの藍之介よりも、速く。
レベル140の時の乱陀よりも、速く。
最速のファーフライヤーよりも、速かった。
種族『ゴブリン』は、筋力が貧弱である。
その代わりに、素早さと器用さが高い。
今、かつてないほどのレベルに達したゴブリンであるカノンは、誰も見た事の無い速度で戦場を駆け抜け、正確無比な銃撃を誇る、究極のガンスリンガーとなったのだ。
カノンは、跳ぶ。
広大な体育館を、縦横無尽に跳ね回る。
宙には、数えきれないほどの赤い軌跡を残し。
そして、エリネの目前に着地する。
右手の拳銃を構えて。
「……っ!」
エリネは、カノンにレイピアで刺突する。
カノンの姿が一瞬ブレたかと思うと、少しだけ横に移動していた。
レイピアは、ただ床に突き刺さる。
エリネは、笑う。
「ははっ!撃って見なよ!
アンタの銃弾なんて、当たってもちょっと痛い程度なのよ!
その後で、切り刻んであげる!」
カノンの銃が、火を噴いた。
狙いは、左手の指。
様々な魔法の指輪が、大量に装着してある、左手の指。
その指が、銃弾に撃ち抜かれ、魔法道具の指輪ごと、弾け飛んだ。
「……え?」
その直後、エリネに襲い掛かる激痛。
「ひぎゃああああっ!」
カノンの右手の純白の拳銃の銃口が、硝煙を上げる。
混乱するエリネ。
「なんで!なんで!
私の防御力だったら、銃弾なんて大したことないのに!」
そう、普通の銃弾ならば、エリネの異常な防御力で防がれてしまうのだ。
普通の銃弾ならば。
今、カノンが装填していたのは、つい先ほど、習得したばかりの新しい弾丸。
ガンスリンガー、レベル140スキル。
9mm防御貫通弾。
これは、相手の防御力や魔法耐性がどんなに高くとも、その数値を全て無視して肉体を破壊する。
まさに、高ステータス殺しの弾丸なのだ。
レイピアを落とし、右手で左手の傷口を抑えるエリネ。
跳びかかる、カノン。
振り上げられる、黒銀の右腕、
そして、その右腕は、純白の拳銃を握ったまま、エリネの顔面を殴った。
エリネは、凶暴な笑みを浮かべ、カノンを睨む。
「へ、へへ……。
今のは、全然効かなかったよー。
ゴブリンのパンチなんて、所詮そんなもんだよね!」
その時、ハンマーを担いだサイバネの肉体の影が、飛来した。
カノンとエリネの中間に、ブラッドラストが着地する。
エリネが、ブラッドラストに命じた。
「このゴブリンを叩き潰せ!」
ブラッドラストは、ハンマーのジェット推進により、高速で独楽のように回転する。
そして、加速したハンマーは、音速を超え、あらんかぎりの渾身の力で、目標を殴り飛ばした。
エリネの顔面を。
「ぶふぅっ!?」
鼻血を撒き散らし、壁まで吹っ飛ぶエリネ。
巻き起こる、衝撃波。
体育館にいる全員の、髪と服を激しく煽る。
ハンマーを振り抜いたブラッドラストの眼鏡の奥の目は、知性と狂気を湛えたまま、ハートマークだけが消え失せていた。
「やれやれ。ようやく解放されました。
私たちの戦いは、私たちの確固たる意思によって行われなければなりません。
他者の操り人形になって戦うなど、何という恥」
エリネは、何が起きているのか、全く分からなかった。
(えっ?魅了、解けてるの?なんで!)
エリネは、指の無くなった左手で鼻を抑え、床に落ちていたレイピアを右手で取る。
ぼたぼたと流れる、鼻血と、左手の流血。
エリネは、涙が滲む視界で体育館を見回すと、全員がエリネを見ていた。
ハートマークの消え去った目で。
(なんで!なんで!なんでっ!)
エリネは網膜に映し出される、所持スキル一覧をスクロールする。
見当たらないのだ。
『魅了』が。
そう、魅了スキルは破壊されていたのだ。
カノンの右腕の殴打によって。
神話級サイバネアーム『堕天』のスキルブレイクによって。
だが、エリネはそれを知る由もない。
エリネは、レイピアを床に突き立て、右手を握りしめる。
「こ、こうなったら、正真正銘の奥の手よ!」
エリネの握りしめた右手の中に、ホログラムの角笛が浮かび上がる。
エリネは、その角笛を口に咥え、思い切り吹いた。
ヴァルキリーのスキル『ギャラルホルン』。
エリネのパーティとして登録してある、悪徳冒険者たちを、自らの元へと呼び出す角笛。
紅蓮市のところどころに散っていた、エリネに雇われた無法者たち百人が、一斉に体育館へと姿を現した。
「……ん?どこだここ?」
「あ?俺の女は?」
「ああっ!せっかくいいカードが揃って勝てそうだったのに!」
紅蓮市中から集められた、無法者が、困惑している。
今まで、別の敵と戦っていた者。
女を犯していた者。
博打に興じていた者。
そこに、エリネの一声が響く。
「アンタたち!私を守りなさい!金も女も好きなだけあげるわ!」
その途端、無法者たちの目が、ぎらりと光る。
彼らは、エリネのパーティの中でも、最上級の戦士たち。
エリネの一言と、周囲を見渡せば、状況を適切に判断できる。
無法者たちは、まずはエリネの近くにいた、カノンとブラッドラストに襲い掛かった。
カノンは、高速移動で、一瞬で反対側の壁際まで退避する。
ブラッドラストは、ハンマーで二人の無法者をまとめて殴り飛ばした。
だが、無法者は、音速を超えるハンマーの一撃を、しっかりとガードしている。
吹き飛び、轟音を立てて、壁に衝突する無法者二人。
しかし、二人の無法者には、あまりダメージが入らなかった模様だ。
「いってえ。なんだ、あのハンマー野郎」
「凄え威力だな。まだ手が痺れてるぞ」
エリネのMPは空のため、エインヘリアルもラグナロクも使えない。
だというのに、無法者たちは、乱陀のクラン『黄金の尾』のメンバーや、『バトルジャンキーズ』の二十人と、対等に渡り合っている。
彼らこそが、エリネの最後の奥の手。
もう、これ以上の手は存在しない。
エリネとしても、これが最終決戦なのだ。
カノンの元に、マモリを抱えたシグマが、ワイヤーフックで滑り降りて来る。
「カノンちゃん。乱陀君、預かろうか?」
「いえ、大丈夫です。乱陀さんは、私が守りたい」
「そか。気を付けてね」
再びワイヤーフックで、どこかへと逃走するシグマ。
カノンは、体育館の乱戦を見渡す。
エドワードとファーフライヤーの爆撃を、敵のパラディン三人が、盾で防御している。
迅とツバキの炎を、氷の魔術師が、巨大な氷の壁を作り、遮っていた。
敵のアサルトライフルの銃撃を、飛鳥が全て受け止めている。
バトルジャンキーズの皆が、敵の剣士たちと、斬ったり斬られたりしている。
無法者たちの中には、自前で痛覚遮断を所持している者も少なくないようだ。
そして、何名かの無法者が、こちらへと向かってきた。
カノンは、網膜に映る、習得可能スキルを眺める。
乱陀を守るための、スキルを探す。
そして、とあるスキルが目に入った。
習得可能スキルの中で、今、最適で、最強なのは、これだ。
カノンは、その弾丸を銃へと込めて、自分の周りの床に、十二発の弾丸を半円状に撃った。
「ぎゃははっ!あのゴブリン、バカじゃねえの?」
「床なんか撃ってどうすんだっての!」
無法者たちが、カノンへと襲い掛かる。
その時、床に撃たれた十二発の弾丸から、血の色の光が放たれる。
大気中のナノマシンが集結し、十二人の人の形を作り上げる。
彼らは、タキシードやドレスを着た、紳士淑女たち。
全員が、青白い肌をしていて、全員が、血の色の二丁拳銃を持っていた。
紳士淑女が、歯を見せて笑う。
そこには、カノンのものよりも、遥かに鋭い牙。
ガンスリンガー、レベル170スキル。
9mm銃魔召喚弾。
十二人の紳士淑女は、銃で撃った相手の、血液と苦痛を糧にする悪魔、『ガンパイア』。
その特性上、全員の弾丸が、痛覚遮断スキルを無視するのだ。
ガンパイア、十二名が、襲い来る無法者たちへと、血の色の二丁拳銃を乱射する。
その弾丸ひとつひとつが、牙の生えた使い魔だ。
生ける銃弾が、無法者たちの肉体へと命中すると、銃弾は鋭い牙で、無法者たちの肉体を食い荒らす。
「ひっぎゃあああああっ!」
「があああああっ!」
「うああああっ!うああああっ!」
痛覚遮断スキルを所持しているはずの無法者たちが、痛覚遮断を無視し、腹の中を食い荒らされる激痛で、体育館の床を転がる。
噴き出る血液は、まるで宇宙空間に漂う液体のように、ふわふわとガンパイアたちの元へと引き寄せられ、ガンパイアたちは、その血液を啜る。
「うーん。なかなかの苦痛の味わい」
「でも、もっと痛みを与えた方が、味に深みが増しますわ」
「吾輩も同感ですな。吾輩は、自分の内臓が体外に飛び出ているのを見た時の絶望感が、何よりも好物でして」
「わたくしは、やっぱり、睾丸をゆぅーっくりと潰されていくときの、果てしない激痛が、とっても好きですの」
ガンパイアの集団の中央に位置する、タキシード姿の若い紳士が、朗らかに笑う。
「いやあ、皆様、素晴らしいご提案ばかりだ。どれもこれも、素敵すぎて迷ってしまいます」
「あら、こんなに一杯いるのですから、全部お試しになるのがよろしいのでは?」
「なるほど。ご慧眼に脱帽です。それでは、皆様のリクエストのフルコースと行きましょうか」
十二名のガンパイアたちは、無法者たちへと銃を向ける。
既に犠牲になった者の惨状を見ていた無法者たちは、青褪める。
「や、やめ……!」
「たすけてっ!」
十二名のガンパイアの楽しそうな笑い声と、無法者たちの悲鳴が、コーラスとなって奏でられた。




