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愛と死の覚悟

「ら、乱陀さん……、くるしい……」


 乱陀の黒銀の右腕は、カノンの細い首を絞める。

 呼吸ができないカノンは、酸素を求めて口をぱくぱくと開く。


 体育館の床に押さえつけられ、動けないカノン。

 カノンの真上には、乱陀が乗っていた。


 藍之介のエインヘリアルによって付与された痛覚遮断は、今、乱陀の右腕により破壊されていた。


 カノンの両手は、乱陀の右腕を剥がそうとする。

 だが、ゴブリンでガンスリンガーのカノンは、筋力がほとんど無い。

 乱陀の怪力には、到底敵わなかった。


 乱陀の目には、ハートマークが浮かんでいた。

 それは、魅了の支配下にあるという証。


 カノンの目の前には、愛しい乱陀の顔。

 その顔は、今は無表情に、カノンを見つめている。


(私、このまま死んじゃうのかな……)


 意識が朦朧としてきたカノン。


 死を覚悟する。


 だが、常に考えていたことが、ある。


 もしいつか死ぬならば、乱陀の手の中で、と。


(あは、夢が、叶っちゃうなぁ)


 カノンの目からは、涙が(にじ)む。


 カノンは、乱陀の腕を掴む手を、離した。

 カノンは、乱陀の目を見る。


 ステータス異常『魅了』は、肉体のみに影響する。

 精神は、そのままなのだ。

 今も乱陀の心は、きっとカノンを想ってくれているはず。

 それを願って、カノンは呟いた。




「乱陀、さん。

 あえて、よかった」




 カノンは、笑う。

 乱陀の心には届いただろうか。

 そう、きっと。




 その時、カノンの頬に、(しずく)が落ちる。


 乱陀の目からは、涙が(こぼ)れていた。




「あ、は。

 ちゃんと、伝わって、くれた」




 カノンの目からも、涙が零れ落ちた。




 ふと、乱陀の横に人影が現れる。


 エリネだ。


 カノンは、酸素の足りない脳で、何とか右手を動かす。


(貴方だけは、ゆるさない)


 腰から、拳銃を抜いて。

 銃を、エリネに向けて。

 トリガーに、指をかける。




 エリネが、レイピアを振るった。




 肩から斬り飛ばされる、銃を持ったカノンの右腕。


「ひっ……、ぎぃ……」


 激痛で、びくんびくんと身体を痙攣させるカノン。

 だが、もう声を出すこともできない。


 エリネは、レイピアでカノンのゴーグルを斬り裂いた。


「一応、念のために、ね?」


 エリネが、ニヤニヤと笑いながら、去って行く。


 カノンの右肩からは、(おびただ)しい量の血が噴き出ていた。




 たぶん、もう長くない。




 最後の最後に、乱陀に伝えたかった。




 本当に、本当に、愛していると。




 でも、もう声も出ない。




 乱陀の目からは、ぼろぼろと涙が落ちている。








 こんなゴブリンの自分を、愛してくれて、ありがとう。








 そして、カノンの意識は遠くなっていった。











 エリネは、乱陀の後ろ姿を見ていた。

 その下には、あのゴブリンの少女。


 今、ゴブリンの左手が、力を失い、床に落ちた。


 エリネは、楽しくてたまらなかった。


「あははっ!

 死んじゃった!

 殺しちゃった!

 ねえねえ、どんな気分?

 大好きなゴブリンを、自分で殺した気持ちは!」


 乱陀は、微動だにしない。


「ああ、そっか。

 魅了、解いてあげないとね。

 それっ!」


 エリネは、乱陀に向かって手を振るう。

 乱陀の魅了が解かれる。


 だが、それでも乱陀は微動だにしない。


「……ん~?」




 乱陀の身体が、ゆらりと揺れた。




 どさりと、倒れ込む乱陀。








 むくりと、起き上がるカノン。




「……え?」


 カノンは、乱陀の身体を優しくどける。


「ありがとうございます、乱陀さん」


 エリネは、意味が分からなかった。


「え?なんで?

 魅了の命令には、絶対に逆らえないはずなのに!」


 カノンが、乱陀の頭をなでながら、その問いに答える。


「乱陀さんは、貴方の命令に逆らってなんかいませんよ。

 乱陀さんの身体は、私を本気で殺そうとしてました」

「え?じゃあ、なんで……」

「命令とは全然違う所で、私を助けてくれたんです」




 カノンが、立ち上がる。




 斬り落としたはずのカノンの右腕が、あった。


 黒銀のサイバネアームとなって。


「乱陀さんは、身体は私を殺そうとしながら、それと同時にスキルを使ってくれたんです。

 それなら、貴方の命令には反しないから。

 貴方の命令とは、全く別のところだから」








 もし。




 もし、この場に鑑定眼が使える者がいたら、それを見ただろう。








 水雲(みずくも)乱陀(らんだ)




 ウォーロック




 レベル1








 そして、乱陀の目には、映ったであろう。


 乱陀からカノンへと流れる、大量の、赤い矢印と、緑の矢印を。








 沖村(おきむら)花音(カノン)




 ガンスリンガー




 レベル174







 カノンは、乱陀の身体をそっと床に寝かせる。

 右腕が無くなった、乱陀の身体を。


 いくら筋力のないゴブリンといえど、レベル174がレベル1には負けない。


 カノンは、首を絞める乱陀の手を引きはがし、軽く腹にパンチをして失神させたのだ。




 カノンは、右腕を見る。

 網膜に映る、右腕の情報。




 神話級装備


 アダマンタイト製サイバネアーム『堕天(だてん)


 ・特殊魔法『スキルブレイク』




 カノンは、まだ設定されていない、スキルブレイクに、破壊対象とするスキルを設定した。




 『魅了』




 そして、カノンは、斬り飛ばされた右腕から、白い拳銃を手に取る。


 左手にも、腰のホルスターから抜いた、拳銃。


 黒銀の右腕と、明るい緑の左腕。


 カノンは、マントを(ひるがえ)し、横たわる乱陀を見つめた。


「乱陀さん。

 殴っちゃって、ごめんなさい。

 そして、ありがとうございます。

 すぐに、終わらせますから」


 これは、乱陀としても最後の手段だった。

 この強者が集う中で、レベルを極度に下げるのは、自殺行為。

 だが、カノンを助けるため、それを選んだのだ。

 右腕を失っても。

 HPが、ほとんど無くなり、瀕死となっても。




 もし仮に、このまま死ぬ運命にあったとしても。

 カノンのために。




 カノンは、黒銀の右腕で握った、純白の銃で、軍帽の(つば)を上げた。


「エリネ。

 私は貴方を、許さない」


 エリネは、慌てずにカノンを見つめる。


「あはっ。何言ってるの?

 ゴーグルはもう無いんだよ?

 アンタも今から、魅了してあげるよ。

 今度は、アンタが乱陀を殺す番だ!」


 エリネは、カノンの目を見る。


 カノンの目には、ハートマークは映らない。


「……は?」




 カノンは、(つぶや)く。


「遅いんですよ。

 もう、遅いんです。

 それは、効きません」




 ガンスリンガー、レベル150スキル。

 ステータス異常完全耐性。




 エリネは、ここに来て、初めて慌てた。


「えっ?えっ?どゆこと?」


 カノンの声が、響き渡る。


「貴方に言う言葉は、ひとつだけです」




 カノンは、燃える怒りの眼差(まなざ)しで、エリネを睨みつけた。




派手に行きます(ロック&ロール)!」








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― 新着の感想 ―
[良い点] ●ここに来てキースキルが経験値移動だなんて  全く想像できなかった  そして痛覚遮断をあれだけ印象的に使っておいて  スキルブレイクを“堕天移植”という  超力技でリセットした ●乱陀が…
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