狂戦士vs狂戦士
エリネは、ナノマシン通信で、本宅であるマンションとは別の拠点にいる、ハッカー集団と連絡を取っていた。
迷い学園は、複雑怪奇。
マップを取っても、常に部屋が入れ替わるため、信用できない。
そのためエリネは、マップの代わりに、とある場所の情報と、そこに転送石で繋がるよう、インプット用データのみを欲した。
★
ブラッドラストは、ハンマーのジェット推進により、音速を超える速さで、独楽のように回転する。
そのまま、乱陀へと横殴りでハンマーを放つ。
神話級サイバネアームの右腕と、ラグナロクで付与された結界で、その一撃を受ける。
凄まじく頑丈なはずの結界に、罅が入る。
発生する衝撃波が、体育館の窓ガラスを、粉々に砕いた。
乱陀は、裏拳でブラッドラストを殴打しようとするも、ブラッドラストは俊敏にしゃがみ、乱陀の裏拳を躱す。
しゃがんだ姿勢のまま、後ろに大きくジャンプし、距離を取る。
ブラッドラストが、驚いた顔を見せた。
「その結界、何なんですか?硬すぎませんか?」
「誉め言葉なら、エリネに言ってやれ。元はあいつのスキルだ」
ブラッドラストのジョブ『バーサーカー』は、防御力を捨て、全てを攻撃力に注いだ変態的なジョブだ。
ブラッドラストは、割れなかった結界の硬さに驚いていたようだが、逆に乱陀としては、ラグナロクの強固な結界に、一撃で罅を入れた、ブラッドラストの攻撃に感嘆する。
あらゆるステータスは、乱陀の方が圧倒的に上だ。
普通に考えたら、乱陀の圧勝。
しかしブラッドラストは、これまで戦ってきた強敵の中でも、特に危険な空気を感じる。
ブラッドラストは、おそらく藍之介と同じく、ステータスをあまり頼りにはしていない。
自分自身の技量で戦うタイプの人間だ。
両者、身構える。
ブラッドラストが、膝を曲げ、再び乱陀へと襲い掛かった。
ハンマーのジェット推進で、その攻撃は音速を超える。
普通の人間ならば、目視は絶対に不可能。
レベル140の動体視力と反射神経を持つ乱陀のみが、対応できるのだ。
乱陀は、ハンマーの横降りを、スウェーバックでよける。
ブラッドラストは、ハンマーを振り切った、今が攻撃のチャンス。
だが、ブラッドラストの背後から、斧を持ったポニーテールの少女が躍り出た。
バーバリアンのクレアだ。
鋭い斧を、真上から一直線に振り下ろすクレア。
乱陀は、黄金竜の左手で、斧の側面を横に殴る。
斧ごと、クレアの小柄な身体が真横に吹き飛ぶ。
ブラッドラストが、クレアの片足を掴む。
そのままの勢いで回転し、ブラッドラストは、再び乱陀へ攻撃する。
片手にハンマー、もう片手にクレアの、二刀流だ。
「げっ!」
上段と下段を、ハンマーと斧が、それぞれ振るわれる。
どちらかを回避すれば、どちらかが当たる。
(だったら、これならどうだ!)
乱陀は、回避はせずに、そのまま前進してブラッドラストにタックルをかます。
乱陀と、ブラッドラストと、クレアが、絡まり合って体育館の床に転がった。
「げほっ……」
バーサーカーのブラッドラストは、防御力がほとんど無いため、乱陀のタックルはかなり効いたようだ。
三者三様、身悶える一瞬。
そこに、エリネが跳んで来て、乱陀へとレイピアを突く。
「うおっ!」
乱陀は床を転がり、レイピアを躱す。
その際に、右腕でエリネの足に触れる。
痛覚遮断は、これで破壊できたはず。
エリネは、美しいはずの顔を、鬼のような形相に変えて、乱陀を睨みつける。
「死ねぇ!」
再びレイピアを構えるエリネ。
その横顔に、カノンの両脚によるキックが入った。
「ぶっ!」
「乱陀さんに何してるんですか」
カノンは、両脚をエリネの顔につけたまま、二丁拳銃で9mm結界破壊弾を顔面に撃ちまくる。
銃口からマズルフラッシュが派手に散る。
先ほどのラグナロクで付与された、強力な結界を、あっさりと砕いて貫いた。
「痛い!痛い!」
叫ぶエリネ。
高い防御力を誇るエリネも、顔面に高レベルのガンスリンガーの銃弾を撃たれれば、流石に少しは効くようだ。
その隙に、エリネの胴体を、黄金の尾で殴り飛ばす乱陀。
吹き飛ぶエリネの身体。
ふわりと宙を舞い、着地するカノン。
乱陀も、素早く起き上がる。
乱陀とカノンは、背中合わせに立ち、互いの死角をカバーした。
カノンが肩越しに乱陀を見る。
「やっぱり硬いですね、あの女」
「装備品がな。強いのを、これでもかってくらい、着けまくってるからな」
藍之介やツバキチームも、バトルジャンキーズやエドワードたちを同時に相手取っていて、攻めきれない様子。
華虎が、ロボットから降りて生身のまま、体育館へとやって来て、小型のガトリングガンで参戦する。
バンシーが天井近くまで飛び上がり、体育館を横切る超音波を発する。
その軌道上にいた、藍之介とツバキチームが、ゴーグルを予備ごと破壊された。
迷い学園の中にいる限りは、新たな魅了ができない事が幸いだ。
エリネが、誰かとナノマシン通信で会話をしているのが聞こえる。
「まだなの?あとちょっと?よし!」
何かを企んでいるようだ。
絶対にろくでもない事に違いない。
藍之介とツバキが他の敵に対応している今、エリネにまともなダメージを与えられるのは、乱陀の右手のカース・ギフトだけだ。
ヘル・ギフトは、MPの消費が膨大なため、かなりの多人数からMP・スティールでMPを奪わないと発動できない。
ここにいるバトルジャンキーズたちからMPを奪っただけでは、到底足りないのだ。
乱陀は、エリネに向かい、駆けようとする。
だが、エリネの方から、素早く乱陀の横を抜けて、高速ですれ違った。
エリネは、乱陀に目もくれない。
その目は、カノンを狙っていた。
「お前!ふざけんな!」
エリネの動きが速過ぎて、振り向いて対処する時間がない。
再び、尾を振る乱陀。
だが、エリネはくるりと回転して、乱陀の尾の一撃を受け流す。
そのまま、エリネのレイピアは、カノンの腰のあたりを斬り裂いた。
「カノ……」
倒れるカノン。
乱陀の頭に血が昇る。
「カノン!」
乱陀はエリネへと向き直り、歯をむき出しにして、疾走する。
エリネは、右手にレイピアを、左手に丸い何かを持っていた。
カノンが、勢いよく起き上がる。
驚く乱陀。
「カノン!?大丈夫か!?」
「はい!でも、手榴弾、取られちゃいました!」
カノンの腰のベルトにつけていた、スキルロックの手榴弾が無い。
今、カノンを斬ったと思ったのは、カノンの腰の固定具を斬っただけのようだ。
カノンが無事だと分かり、ほっとすると同時に、わざわざカノンを斬るチャンスを逃してまで、手榴弾を取ったことに、嫌な予感を覚える。
エリネは、誰かとナノマシン通信をしている。
「はーい。了解」
エリネは、レイピアを鞘に納めると、その右手で、ドレスの懐から、小さな四角い石を取り出す。
あれは、転送石。
どこかへ逃げる気だろうか。
乱陀とカノンが、エリネへと向き直る。
エリネが、転送石を掲げる。
エリネの隣に開く、ワープホール。
その向こうには、後ろを向いて椅子に座っているマモリがいた。
「え?」
マモリは、エリネへと振り向く。
だが、その時には既にエリネは、マモリの着物の襟を掴んで、ワープホール越しに体育館の床へと、マモリを放り投げる。
「ぎゃっ!」
体育館の床に、頭をぶつけるマモリ。
エリネが、レイピアを抜き、マモリに突きつける。
「やっと手に入ったよ。こいつの居場所。ハッキングするのに時間かかっちゃった」
そして、エリネがマモリにレイピアを振り上げる。
乱陀とカノンが、駆け出す。
バトルジャンキーズに囲まれた、藍之介が、駆け出す。
エドワードに阻まれていた、ファーフライヤーが、飛び出す。
迅の炎に巻かれていた、華虎が、駆け出す。
飛鳥にブロッキングされていた、ツバキチームが、駆け出す。
だが、その誰もが、間に合わない。
エリネが、マモリに向かってレイピアを振り下ろす。
その時、何もない空間から、突如として姿を現したシグマが、マモリを抱いて、跳び退く。
エリネのレイピアは、マモリの着物の裾を少しだけ斬り裂いて、体育館の床に突き刺さった。
「マモリさん、だいじょうぶ!?」
「ああ!すまぬ!」
正面から戦えば弱いシグマは、何かあった時のために、ずっと姿を隠していたのだ。
本当は、エリネに何かしらの一撃を加えるつもりだった。
だが、マモリが死に直面していた今、それを見過ごせなかった。
バトルジャンキーズを振り切った藍之介が、エリネに飛び掛かる。
硬質の音を立てて、交差するレイピアとレイピア。
藍之介が激怒した目で、エリネを睨む。
「お前、マモリンに何してくれてんの?」
「あら、こいつのファンなの?」
「お前には関係ない」
「そう。でも、もたもたしてていいのかなぁ?
プランBは始まってるのよ」
エリネは、ひらひらと左手を見せる。
その指には、ピンがあった。
手榴弾のピンが。
ころころ転がる、スキルロックの手榴弾。
それは、マモリとシグマの元へ。
藍之介が、乱陀とカノンへと叫ぶ。
「来るな!」
咄嗟に足を止め、跳び退く乱陀とカノン。
光る手榴弾。
その光を浴びた者に、スキルロックがかかった。
シグマ。
藍之介。
マモリ。
エリネはスキルロック耐性の指輪をしているため、スキルロックはかからない。
迷い学園自体は、ダンジョンコアが機能している限りは、墜落はしない。
だが、魅了の無効化は、マモリのスキル。
それが今、封印された。
魅了スキルが、通る。
エリネと鍔迫り合いをしていた藍之介が、エリネの目を見てしまう。
藍之介の目に浮かぶ、ハートマーク。
藍之介は、剣を下ろす。
エリネは、ぐるりと素早く、体育館全体を見回した。
誰にも目を瞑らせないように、素早く。
ゴーグルを着けているのは、カノン、シグマ、ファーフライヤー、華虎の四名。
それ以外は、ゴーグルが無い。
スキルロックで高速移動が使えなくなった藍之介は、徒歩でシグマへと向かい、首筋にレイピアを突きつける。
ファーフライヤーは、エドワードの結界と、迅の炎の壁で、動けない。
華虎は、バトルジャンキーズ全員に、押さえつけられている。
乱陀は突然、カノンの首を、黒銀の右手で掴んだ。
「げほっ!?」
乱陀の目には、ハートマークが浮かんでいた。
「ら、乱陀さ……」
呼吸がうまくできないカノンは、苦し気に乱陀に呼びかける。
だが、乱陀は手を緩めない。
エリネが、笑いながら、乱陀に命令する。
「そうだ、いいこと思いついちゃった。
乱陀。そのゴブリン、そのまま絞め殺しなさい。
愛しい愛しい、貴方の手で。
その後で、魅了を解いてあげる。
どんな顔して泣くのかなぁ?」




