表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

【魔導院本部編・最終話】魅了の習得者

 エリネは、エアボードに乗り、必死で乱陀から逃げていた。


(なにあれ!なにあれ!)


 ギリギリで逃れることが出来た、封印結界。

 その中に見えたのは、この世に顕現(けんげん)した地獄。

 まさか乱陀が、あんな代物(しろもの)まで、会得していたとは。

 そもそも、ラグナロクの結界が、あのゴブリンにあっさりと破られたのが、想定外過ぎた。


 ヴァルキリーのラグナロクは、相当強力なスキルだ。

 特に結界の頑丈さは、破格。

 もはやチートと言ってもいい。

 ラグナロクを得たエリネにとって、今度こそは、絶対に勝てるはずの戦いだったのだ。


 しかし、それを破られた。

 たかがゴブリンごときに。

 最弱のモンスターに。


 エリネの脳内に浮かぶのは、真宵市での敗戦の記憶。

 アイアンメイデンに全身を貫かれ、四肢を切断され、ガラスとコンクリートで切り刻まれた、痛みの記憶。

 エリネの、スキルブックを持つ手が震える。

 乱陀に掴まったら、あれを上回る激しい報復が、きっと待っている。


 エリネは、モーターが壊れるかと思うほど、エアボードを加速させる。

 今、唯一の心の()(どころ)は、左手に持った魅了のスキルブック。

 これさえ習得してしまえば、エリネに反抗する者などいなくなる。

 乱陀も、あのゴブリンも、思うがままだ。


 エリネは、背後すら向かなかった。

 誰よりも早く逃げ出し、誰よりも速く空を疾走している今、エリネに追いつける者などいなかったのだ。




 ただ一人を除いては。




 エリネの背後の空には、漆黒の翼。

 今はまだ遥か遠くを飛んでいる。

 しかし、徐々にエリネとの差は縮まってきている。


 エリネを追うのは、最速のハーピー、ファーフライヤー。

 足に装着した幾つもの金属の輪。

 その内のひとつが、赤く点滅していた。







 乱陀は、自らが作り出した地獄の中を、のんびりと歩く。

 隣には、最愛のゴブリンの少女を連れて。

 四方八方から聞こえてくる、悪徳冒険者たちの苦痛の悲鳴。

 BGMに合わせて踊る、数百体の骸骨。

 血と臓物の臭いが、漂っている。


 その後ろには、つい先ほど創設したばかりのクラン『黄金の尾』のメンバー。

 エリネを追っているファーフライヤーと、魔導院の紅蓮支部から離れられないマモリ以外のメンバーが、集っている。

 藍之介以外は、全員ドン引きしていた。

 藍之介だけは、いつも通り、へらへらと笑っている。

 迅がシグマに、こそこそと小声で話しかけた。


「なあ、俺たち、入るクラン間違えたんじゃないのか?」

「私も今、そう思ってたとこ」


 普段、バトルジャンキーズと仲良くしている迅から見ても、この惨状は異常であった。

 切り刻まれては、再生させられ、また切り刻まれる。

 一瞬で生死が決する、普段の戦いとは、似ているようでまるで真逆の、この地獄。


 乱陀が目的地に到着する。

 共に足を止める一向。

 そこは、金属で出来た樹木の森。

 (やいば)の葉が密集している、狂気の森。

 その葉の隙間から、ちらりと見える顔があった。


 勇斗だ。


 勇斗の隣には、『王』と書かれた帽子を被った、黒髭の骸骨が立っていた。

 周囲には、剣や槍を持って踊る骸骨の集団。


 黒髭の骸骨が、右手にペンチを持ち、左手でピースサインを頭上に掲げる。

 その衣装に刺繍された『E☆N☆MA』の文字。


 勇斗の口の中には、舌が無かった。

 無理矢理に、引きちぎられていたのだ。

 勇斗の口で光る、銀色の輝き。

 ナノマシン『銀の細胞(シルバー・セルズ)』により、舌が再生させられている。


 そして、復活したばかりの勇斗の舌を、ペンチで掴む、黒髭の骸骨。


「ああああっ!あがああああっ!」


 舌を掴まれ、泣き叫ぶ勇斗。

 黒髭の骸骨は、ペンチで掴んだ勇斗の舌を、思い切り引っ張った。


「ああああああああっ!」


 ぶちぶちと肉が千切れる音。

 勇斗の口からは、壊れた蛇口のように、血が垂れ流されている。

 もう何十回と繰り返されたであろう激痛で、涙を(こぼ)しながら、頭をガクガクと痙攣(けいれん)させ、白目をむく勇斗。


 黒髭の骸骨が、全霊の力で、勇斗の舌を引き抜く。

 乱陀の顔にかかる、血の(しずく)


「……あっ!……あっ!」


 振り上げられたペンチの先には、意外と長い肉の塊。

 乱陀は、気絶しかかっている勇斗の目の前にやって来ると、じっと勇斗を見つめる。


「よお」


 勇斗の口の中が、銀色に光る。

 舌が再生した模様だ。

 勇斗が、瀕死の状態で返事をする。


「ら、らんだぁ。たすけて。おれが、わるかった」


 すると、黒髭の骸骨の真上に、大きな鏡が現れた。

 その鏡には、舌を出した勇斗の姿が映っている。

 鏡の中の勇斗が、言葉を発する。


「とりあえず、ここを抜け出せりゃあ、こっちのモンだ。絶対に復讐してやる!」


 現実の、刃の森に押し込まれた勇斗が、弁解をする。


「ち、ちが……!」


 黒髭の骸骨が、勇斗を指差し、告げる。


「嘘である。有罪」


 どうやら、黒髭の上に浮かぶ鏡は、人の本心を映すらしい。

 勇斗は全く反省していないようだ。

 おそらく、この男は、永遠に反省などしないだろう。


 黒髭の骸骨は、乱陀へペンチを差し出す。

 ペンチを受け取る乱陀。

 そして、勇斗を見る。


 勇斗の顔は、青褪(あおざ)めていた。


「ら、らんだ。

 お願いだ、やめてくれ。

 もう舌を抜かれるのは、いやだ……」

「嘘しか()かない舌なんて、無い方が世のためだろ?」


 乱陀は、黄金の左手で勇斗の顎を掴み、口を開かせる。

 黒銀の右手で、ペンチを構えて。


 勇斗は、歯を思い切り食いしばる。

 何が何でも、ペンチを口に入れさせないつもりらしい。


 それを見た乱陀は、勇斗の歯を目掛け、ペンチで殴りつけた。


「が、はっ!」


 何本かの歯が折れ、血が出る勇斗の口。

 乱陀は、なおもペンチで殴り続け、歯を折り続ける。


「ぐほっ!わ、わかった、謝るから……。

 ぐふっ!お、お願いだから、殴るのやめて……。

 ぶふっ!た、たひゅけて……」


 次々と、歯が抜け落ちてゆく、勇斗の口内。


 前歯から奥歯まで、一本残さず歯を折ると、ペンチで勇斗の舌を掴む乱陀。

 勇斗が、泣き叫ぶ。


「あああっ!あひゃああああ!」


 無言で、舌を引く乱陀。


 その後ろで、黒髭の頭上に浮かぶ鏡に映る、乱陀の姿。


 鏡の中の乱陀が喋る。


「俺は、本当にお前の事を、親友だと思ってた」


 ぶちぶちと、舌の根の筋繊維が、千切れ始める。

 溢れ出る、血液。


 乱陀は、なおも無言を貫く。

 鏡の中の乱陀が、(つぶや)く。


「エリネも、愛してたんだ」


 よくわからない悲鳴を上げ続ける勇斗。

 舌の根は、もう半分ほど千切れている。


「俺は、幸せだった」


 滂沱(ぼうだ)の涙を流す勇斗。

 乱陀は(うつむ)き、その表情は(うかが)えない。


 鏡の中の乱陀が、声を張り上げる。


「俺はお前らを絶対に許さない!一生をかけて、苦痛を与え続けてやる!」


 そして、引きちぎられる勇斗の舌。

 乱陀の持つペンチに掴まれ、でろりと垂れる肉塊。

 勇斗は、血の泡を吹き、気絶していた。


 鏡の中の乱陀が、最後に告げた。


「でも、お前らのおかげでカノンと会えた。それだけは感謝してる」


 鏡の中から、乱陀の姿が消える。


 勇斗の舌を持ったまま、(うつむ)き、黙っている乱陀。

 その頬には、一筋の雫。

 カノンがハンカチで、その雫を(ぬぐ)った。




 ほんの少しの沈黙の後、クランメンバーの後ろから、どすどすと地を踏み鳴らす音がする。

 みんなが背後を振り向くと、そこにはサングラスをかけた、赤鬼と青鬼。

 そして、赤鬼の肩に座った、骸骨のツアーガイド。

 赤鬼と青鬼は、それぞれの肩に「鬼ぃちゃん」とタトゥーが入れられていた。


 ツアーガイドの骸骨が、手に持ったマイクに話しかける。


「それでは、皆様の場所をシャッフルしまぁーす。

 次は、どんな刑罰かなぁ?

 ドキドキワクワクしちゃいますねっ!

 全員が、全ての刑罰を受けたら、それで一巡(いちじゅん)となります。

 解放されるまでの回数は……。

 あらやだ!無制限ですって!」


 ツアーガイドが、手を口に当てて、大げさに驚く。

 赤鬼と青鬼が、クランメンバーたちにピースサインを送る。

 もう、どんな顔をすればいいのか、わからなくなったクランメンバー。


 乱陀が、立ち上がり、メンバーに話しかける。


「……行こう。まだエリネが残ってる。

 そろそろ、ファーフライヤーが追い付く頃だろ?」


 乱陀は、黒銀の右手を、頭上に掲げる。


 すると、大量の空気が乱陀の手のひらへと吸い込まれ、展開されていた地獄が、一瞬にして小さな水晶玉へと凝縮される。


 クランメンバーが一瞬だけ目を(つぶ)り、(まぶた)を開けると、いつの間にか地獄は消え失せていて、元の飛行場に戻っていた。


 乱陀の手のひらの上で、小さくなった球体の地獄の中では、勇斗たちが黒銀の有刺鉄線に身体を絡めとられ、別の刑罰へと周回させられていた。

 乱陀は、勇斗たちが封じ込められた、地獄の水晶玉を、ズボンのポケットに入れる。


 乱陀がファーフライヤーへとナノマシン通信で状況を聞く。


「今、どんな感じだ?」

「ちょうど、追い付いたところ!飛行船!」







 エリネとファーフライヤーは、悪徳冒険者が運転する飛行船のデッキへと転がり込んだ。


 ファーフライヤーの足に点滅する、赤い光。

 それは、ビーコンと呼ばれる、座標送信装置。

 クラン用の消費アイテムである、転送石で空けるワープホールの出口の目印となるのだ。




 ファーフライヤーの真横の空間に出現する、ワープホール。

 そこからは、乱陀たち『黄金の尾』のメンバーが、次々と飛び出してきた。


「よう。エリネ」


 乱陀が、凶悪な笑みを浮かべる。


 飛行船のデッキに、ずらりと並ぶ、乱陀たち一同。




 それに対し、エリネはMPも切れ、ポーションも無く、たった一人きり。

 持っているアイテムといえば、フラッシュバンと、紅蓮市へ繋がる転送石のみ。


 エリネは、頭を高速で回転させる。


(どうすれば、あいつらから逃げきれる……!?)


 その時、六隻の飛行船の一団が、エリネたちの乗る飛行船を包囲する。

 『アイテムマスター』久良木(くらき)を始めとする、無法者の集団。

 エリネが持つスキルブックを奪いにやってきたのだ。




 カノンが、二丁拳銃を構える。

 カノンは苛立(いらだ)っていた。

 先ほど、地獄の中で見た、鏡の中の乱陀の言葉。


 『エリネも、愛してたんだ』


 おそらく、あの鏡は、本音を映す。


 カノンは、エリネに激しく嫉妬していた。

 乱陀の初めての女になれたことは嬉しい。

 だが、初めての恋人も、初めてのキスも、あの女に奪われたのだ。

 嫉妬の炎で、身も心も焦げ付きそうだ。


 今は、乱陀はカノンを愛してくれているのは、分かる。

 エリネの事は、もう過ぎた事だというのも、分かる。

 だが、理屈では分かっていても、気持ちがおさまらない。


 カノンは、銃のグリップを握りしめる。


 この怒りは、あの女にぶつけよう。


 カノンは、エリネを見る。


 その時、エリネの投げたフラッシュバンが、乱陀たちの目の前に宙を飛んでいた。


 乱陀が叫ぶ。


「目を(つぶ)れ!」


 カノンは、目を閉じ耳を塞ぐ。

 次の瞬間、爆発的な光と音が、乱陀たちを襲う。

 身を縮こませる、カノン。

 フラッシュバンの光と音は、立派な凶器である。

 目の前で炸裂すれば、身体は必ず硬直する。


 数秒の間、目が見えなくなる一同。

 ここで攻撃されれば、間違いなく命を落とす。


 だが、エリネのレイピアは、誰にも刺さらなかった。


 うっすらと、視界が戻り始める。


 カノンの目に入ったのは、黄と黒の縞模様の『KEEP OUT』のテープ。

 フラッシュバンを投げられたと同時に、エドワードが皆を守るため、結界を張ったようだ。

 肝心のエドワード本人は、光と音をまともに食らい、身悶(みもだ)えしている。


 消えて行く『KEEP OUT』のテープ。

 エドワードが結界を維持できなくなったらしい。


 その向こう側に見えるのは、紅蓮市の街並み。

 エリネが転送石で、紅蓮市とのワープホールを繋いだのだ。

 空気が紅蓮市へと流れ込み、デッキには強風が巻き起こる。

 飛行船のデスクに置いてあった書類や本も、ワープホールへと吸い込まれ、紅蓮市の空に舞う。


 そしてエリネは、スキルブックのポーチを、飛行船の外へと、思い切り投げた。


 カノンが叫ぶ。


「スキルブックが!」


 エリネは、エアボードを浮かせ、紅蓮市へのワープホールを(くぐ)る。

 エリネを追いかけたくなる衝動に駆られるが、今はスキルブックが最優先。

 周りを囲む飛行船からは、エアボードに乗った数百人の無法者たちが、落下するポーチ目掛け、最高速度で飛んで行く。


 ツバキチームのエンジニアが、まだ半分見えない目で、全員分のエアボードを作り出し、放り投げた。


「これ、使って!」


 ファーフライヤー以外の全員が、エアボードをキャッチし、足に装着する。

 ふわりと宙に浮く、クランメンバー。


 乱陀が、エリネが逃走したワープホールの先の紅蓮市を睨みつける。

 今ならば、まだエリネを追うのに間に合う。

 だが、あと数十秒もすれば、ワープホールは消えてしまうだろう。


 乱陀は、断腸の思いで決断し、クランメンバーに指令を出す。


「全員、スキルブックを確保しろ!」


 ライトブリンガーの少女が、『適応(アダプテーション)』のスキルをクランメンバーに付与する。


 真っ先に飛行船から飛び降りたのは、ファーフライヤーだった。

 その次にシグマ、その後は一斉に全員が、大空に舞う。


 ファーフライヤーは、漆黒の翼を閉じて、雲を斬り裂きながら、高速でダイブする。

 目標は、落ち行く神話級スキルブック。

 本気で飛行するファーフライヤーには、誰も追いつけない。


 そのはずだった。


 ファーフライヤーに並走する人影が、一つ。

 スキンヘッドに革ジャンの男。

 ズボンのベルトには、幾つもの消費アイテムが装着されていた。


 『アイテムマスター』久良木(くらき)


 久良木のエアボードは、アイテムマスターのスキルにより、性能を底上げされている。

 ファーフライヤーに追いつく事が出来たのも、そのためだ。


 久良木が、ファーフライヤーにフラッシュバンを投げる。

 空を飛んでいる時に、フラッシュバンを食らえば、身体が動かなくなり、墜落してしまう。

 ファーフライヤーは翼を大きく広げ、急いで退避する。


 空中で、爆発する閃光。


 ファーフライヤーは、フラッシュバンの光と音を、回避することができた。

 しかし、久良木はトップスピードで、スキルブックの元へと向かっている。

 フラッシュバンの牽制(けんせい)により、大きく引き離されてしまった。


 体勢を立て直し、再びスキルブックを追う、ファーフライヤー。

 久良木は、革ジャンの胸元からボタン付きの銀の筒を取り出す。

 筒には『最上級インスタントバリア・ビッグサイズ』のロゴマーク。


 久良木は筒のボタンを押し、上空へと放り投げる。

 水平に広がる、大型の結界の壁。

 アイテムマスターのスキルにより、強度も大きさも、本来の数値より上昇しているのだ。


 ファーフライヤーが、危うく結界の壁に衝突するところで、急速旋回する。


「うわ!危な!」


 カノンが二丁の拳銃で、9mm結界破壊弾を発射し、大型結界の壁を撃ち砕く。

 粉々に散る、最上級簡易結界。


 久良木が、それを見て、驚愕(きょうがく)する。


「は、はあああ!?

 スキルでブーストされた最上級結界だぞ!?

 一体何者だ、あのゴブリン女!」


 背筋が寒くなる、久良木。

 この敵は、アイテムを節約して勝てる相手ではない。


 久良木は、腰に装着していた道具袋の中から、四つの手榴弾を取り出す。

 ひとつひとつが、大爆発を起こす、強化手榴弾。

 久良木は手榴弾のピンを抜いて、上空へと放り投げた。


 乱陀が、ナノマシン通信で、クランメンバーへと叫ぶ。


「逃げろ!」


 散開する、クラン『黄金の尾』の面々。


 途端、起きる四つの大爆発。

 手榴弾に込められていた金属の粒が、四方八方へと高速で飛び散った。

 手榴弾は、爆発そのものよりも、この金属の粒によるダメージの方が遥かに脅威である。


 乱陀は、カノンに覆いかぶさり、カノンを守る。

 乱陀の身体を貫く、数十の金属の粒。

 痛覚は遮断してあったが、内臓を傷つけたらしく、胃液と共に、大量の血液を口から嘔吐する乱陀。

 大空に撒き散らされる、赤い液体。


「が、はっ!」

「乱陀さん!」


 他のメンバーは、エドワードや、ツバキチームの結界使いたちにより保護され、無事であった。


 乱陀は、遥か下方にある、スキルブックのポーチを指差す。


「カ、ノン。スキルブックを……」


 カノンは、ライトブリンガーの少女に、乱陀の回復を頼み、最高速度でスキルブックの元へと向かう。




 久良木は、笑みを浮かべる。

 魅了のスキルブックは、もう目の前だ。

 ブーストされたエアボードに乗った久良木には、もはや誰も追いつけない。

 どんなに精神論を述べたところで、エアボードの性能の差は埋まらないのだ。


「はははっ!魅了は俺のものだ!」




 スキルブックのポーチに手を伸ばす、久良木。




 そこを、もの凄い速さで通り過ぎる、小柄な影。




 グラビティ・ギフトを与えられた、カノンだ。




 エアボードの性能差が埋まらないのであれば、重力をプラスして加速させる。

 当然、カノンにダメージが行かないように、重力の強さは調整してある。


 明るい緑色の手には、スキルブックのポーチが掴まれていた。

 通り過ぎざまに、ポーチを(かす)め取ったのだ。


 激怒した久良木が、カノンを追いかける。

 だが、グラビティ・ギフトにより加速したカノンには、追い付けない。


 今のスキルブックの所有者は、カノン。

 このままスキル習得可能時間を経過すれば、魅了スキルはカノンのもの。




 しかし、カノンの網膜に現れるはずの、カウントダウンが表示されない。




 不審に思ったカノンは、ポーチの中を見る。

 確かに本は入っている。

 だがそれは……。


 カノンは、追いかけて来た久良木に、ポーチを投げ渡す。


「これ欲しいなら、あげます」

「は?えっ?」


 混乱する久良木。


 カノンは、ナノマシン通信で、乱陀に報告する。


「乱陀さん。やられました。ポーチの中身は、普通の本です」







 エリネは、紅蓮市の高層ビルの屋上で、ほくそ笑んでいた。

 服の下に隠してあった、神話級スキルブック『魅了』を手に取って。

 紅蓮市にワープしてきてから、もうすぐ三時間が経つ。


 賭けは、成功した。

 飛行船で、乱陀たちに食らわせた、虎の子のフラッシュバン。

 あれが炸裂した後の数秒間、誰もエリネの行動を認識できなかった。

 その間に、飛行船のデスクに置いてあった本の一冊を、ポーチの中のスキルブックと入れ替え、本物のスキルブックは服の下に隠したのだ。

 フラッシュバンの閃光から回復した乱陀たちの目には、ポーチを投げ捨てるエリネの姿しか映らなかっただろう。


 久良木たち無法者が来たのも、幸いだった。

 乱陀たちが、ポーチを取得する組と、エリネを追いかける組の、二手に分かれられたら、この作戦は成立しない。

 強敵である彼らが現れたことにより、乱陀たちの全勢力をポーチに引き付けることができた。


 エリネの網膜に表示されていた、魅了スキル習得可能までのカウントダウン。

 それが今、ゼロになった。


 エリネの視界に映し出される、選択肢。


「スキル『魅了』を習得しますか? YES/NO」


 エリネは迷わず、YESを選択する。

 桃色の光が、エリネを包む。


 消失する、神話級スキルブック。




「さて、と。

 まずは、イケメンハーレムに可愛いドレス。

 美味しいディナーに、夜景の綺麗なマンションね」


 魅了があれば、何でも叶う。


 今、紅蓮市の女王が誕生したのだ。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます まさかのエリネが魅了取得! 乱陀7割・勇斗2割・他の強者1割と 予想していましたが エリネ単独で取得とは… こんなに頭の回る女だったとは… これは、裏切りの報復…
[良い点] いやはや、これは予想外! エリネが魅了を入手してしまうとは! これからの展開が読めないですね~。 [気になる点] エリネが女王とは、、、悪夢にも程がありますな。 乱陀はまあ、何とか生き残る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ