【勇斗ざまぁ有り】勇斗たちへのギフト
丁度、藍之介がヴェノマッドを切り捨てた頃。
廊下を高速移動で走る乱陀とカノンは、網膜に、ある情報が浮かんだ。
「おっ」
「あっ」
同時に、声を上げる二人。
「カノンもか?」
「はい。乱陀さんも?」
二人で顔を合わせて微笑みあう。
乱陀は、自分の腰のベルトに装着してあるポーチに、手を触れる。
確かに存在する、魅了のスキルブック。
乱陀が魅了習得可能まで、およそ一時間四十分。
その時、乱陀の網膜に通知が表示される。
「ツバキが、クラン『黄金の尾』への加入申請を上げています。 承認/拒否」
乱陀は、迷わず拒否を選択する。
その十秒後、またもや通知が入る。
「ツバキが、クラン『黄金の尾』への加入申請を上げています。 承認/拒否」
再び、即座に拒否をする乱陀。
ツバキから、ナノマシン通信が入った。
「ちょっと水雲!なんで拒否すんのよ!」
「もし本気でそれが分からないんなら、マジでヤバいぞお前の頭」
乱陀の記憶が確かならば、ツバキは決して頭が悪い訳では無い。
むしろ、期末テストなどでは、トップクラスに入るほど、成績は良かった。
ツバキは、頭はいいが、性格がアホなのだ。
ツバキは憤る。
「ムキーっ!こうなったら、承認するまで申請上げ続けるからねっ!私たちだけ仲間外れなんて許せない!」
「お前、そんな小学生みたいな理由で加入申請上げてきたのか……」
ツバキは、クラスの中では才色兼備の人気者だ。
性格がポンコツなのも、むしろ可愛らしいという声すらあるほど。
勇斗と並んで、いつもクラスの中心にいた、ツバキ。
自分の存在を蔑ろにされるのが、我慢ならないようだ。
そこに、カノンが提案する。
「私、あの人、大嫌いですけど、クランに加入させないと、逆に何をしでかすか分かりません。
一旦加入させておいて、監視下に置いたほうが、まだ比較的マシなのではないでしょうか」
「う~ん。確かに、その方がいいかもな」
仕方なく、クラン『黄金の尾』へ、ツバキチームを加入させる乱陀。
また足を引っ張る真似をするようなら、腹パンでも食らわせればいいだろう。
ツバキがはしゃぐ。
「やった!見てなさいよ、水雲!私の勇姿を!」
「頼むから、余計なことはするなよ?」
不安材料が増えてしまった。
クランに加入させても、させなくても、不安しかないツバキ。
この選択が、間違いではないことを願う。
しばらく、迷宮のように入り組んでいる下層の廊下を、右へ左へと、跳び回る。
そして、乱陀とカノンの前に現れる、眩い光。
どうやら廊下の出口のようだ。
二人は突如として、下層の廊下から、青空の見える広大な敷地へと飛び出した。
ここは、華虎の管轄である、エンジニアリング部用の飛行場。
空を見ると、数えきれないほどの、無法者たちの飛行船。
それが、次々と、煙を上げて墜落していくのが見える。
白いロボットが、背中のジェットパックで空を飛び回りながら、両手に装着したグレネードマシンガンで、榴弾を、飛行船の大群に叩きこんでいた。
華虎だ。
華虎が、孤軍奮闘しているが、あまりにも敵の数が多すぎる。
華虎の周囲の敵は全滅しているが、離れた場所の飛行船から、数百人の無法者が、乱陀とカノン目掛けて、エアボードやエアライダーで、飛来する。
その中の一集団の先頭にいる女性が、手に持ったレイピアを掲げると、七色のオーロラが、集団を包む。
防御力上昇と痛覚遮断を付与する、エインヘリアルのスキル。
あの先頭にいるのは、エリネか。
エリネとその配下が、乱陀とカノンに、まっすぐに向かって来る。
「乱陀ぁ!その本、渡しなさい!」
乱陀を睨みつける、エリネ。
乱陀の脳裏には、恋人だった時のエリネの顔が思い出される。
真宵市で、一緒にクレープを食べた時のこと。
放課後の道端で、告白して付き合い始めた時のこと。
乱陀の部屋で、初めてキスをした時のこと。
何もかもが、嘘だったのだろうか。
今となっては分からないし、本当でも嘘でも、どちらでもよかった。
乱陀の心は、自分でも意外なほど、平静であった。
そう思えるようになったのは、カノンが隣にいてくれたから。
今、乱陀の心は、一から百までカノンに満たされていて、エリネへの思いが入る隙間など無かった。
エリネは、最早、ただの敵だ。
エリネは、再びレイピアを掲げると、配下の集団全員の身体に、ホログラムの白銀の鎧が装着される。
あのエフェクトは、強力な結界と攻撃力増加を付与する、ヴァルキリーのスキル『ラグナロク』だ。
この二か月間で、エリネもラグナロクが使えるようになるまでレベルを上げたらしい。
そして、それと同時に、乱陀の足元の地面が、数十メートルの光の剣により、斬り裂かれる。
カノンを抱きかかえ、退避する乱陀。
だが、スキルブックの入ったポーチは、光の剣によって、ベルトから切り離されてしまう。
地面の下からは、天剣を持った勇斗が、エアボードに乗って浮かび上がって来た。
スキルブックを手に取る勇斗。
勇斗が、エリネに叫ぶ。
「エリネ!俺にもエインヘリアルとラグナロクを!」
「わかったわ!」
勇斗の身体に重なる、七色のオーロラと、ホログラムの白銀の鎧。
勇斗が、スキルブックをエリネに向かって放り投げる。
「これ、持ってろ!絶対に失くすなよ!」
空を飛ぶスキルブックを、エリネが慌てて、両手で掴む。
「勇斗!乱陀に触られないように気を付けて!
何でかは分かんないけど、触られると痛覚遮断が無くなる!」
真宵市の経験から、乱陀のスキルブレイクの効果を推測するエリネ。
ツバキなどよりも、よほど鋭い。
乱陀の目の前には、天剣を抜いた勇斗。
そして配下の、バフスキルで強化された悪徳冒険者の軍団。
エリネのラグナロクの結界は、右手のグラビティ・ギフトですら破れない程、頑丈。
乱陀のスキルも、カノンの銃弾も、通らない。
乱陀もカノンも、勇斗と無法者たちを倒す手段が無いのだ。
つい、先ほどまでは。
先ほど、藍之介がヴェノマッドを倒したことによる経験値が、クランメンバー全員に共有された。
レベルアップする、クラン『黄金の尾』のメンバーたち。
乱陀とカノンも含めて。
カノンは、真宵市の攻防を含めたこの二か月間で、レベルが83になっていた。
そして、ヴェノマッド討伐の経験値により、一気にレベルが二つ上がり、今のカノンはレベル85。
カノンは、二丁の拳銃に、銃弾を装填する。
ガンスリンガー、レベル85スキル。
9mm結界破壊弾を。
カノンの両目に『Bullet Time!』のエフェクトが浮かぶ。
たった一発分だけの銃声が上がる。
マントを翻し、両の銃口から煙を上げ、舞うカノン。
一発分の銃声の間に、勇斗とエリネを含めた、敵全員に銃弾が放たれた。
その銃弾が結界に触れると、まるで脆いガラス細工のように、結界が粉々に砕け散る。
ホログラムの白銀の鎧も、消え失せる。
そのまま、各々の手足を撃ち抜く弾丸。
エインヘリアルの痛覚遮断のお陰で、痛みは感じない、勇斗たち。
だが、ラグナロクの結界が破られるなど、あの銃弾は尋常ではない。
「……は?」
茫然とする、勇斗。
再びラグナロクを掛けなおそうとするエリネ。
エリネが、悲鳴を上げる。
「えっ!?なんで!?
MPが無い!」
勇斗やエリネから伸びる、乱陀にしか見えない青い矢印。
乱陀は、カノンが作った一瞬の隙を、ただ見ているわけではなかった。
MPを奪う、MP・スティールを発動させたのだ。
乱陀を通し、カノンにもMPが補充される。
さらに、MP・スティールで奪ったMPは、乱陀の最大MPを上回り、一時的に膨大な量のMPが貯蔵されるのだ。
乱陀は、黒銀の右手を上げる。
レベルが上がったのは、カノンだけではなかった。
乱陀もまた、ヴェノマッド討伐の経験値が共有され、レベル140となっていた。
乱陀を中心とし、円形に浮かび上がる、血のように赤いホログラムの文字。
『Welcome to HEAVEN』
それを見たエリネは、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
誰よりも早く、その場から急速離脱するエリネ。
それを見た勇斗たちが、一瞬の後、逃げ出そうとする。
しかし、その一瞬の差が、明暗を分けた。
飛行場を包む、透明なドーム型の封印結界。
逃げ出せたのは、エリネだけ。
他の面子は、封印結界に阻まれ、逃走することができなかった。
無法者たちは、揃って乱陀を見る。
勇斗も、青い顔で乱陀を見つめる。
高々と上げられた黒銀の手で、指をパチンと鳴らす乱陀。
乱陀の足元から、飛行場の地面が、血の色に染まって行く。
ウォーロック レベル140スキル
ヘル・ギフト
血の色の地面からは、無数の黒銀の有刺鉄線が伸び、勇斗たちの胴体や手足に、茨のように巻き付く。
勇斗たちの全身に、鋭い痛みが走る。
「ぎゃあああっ!」
「痛えええっ!」
黒銀の有刺鉄線は、乱陀のスキルブレイクの特性を伝達する。
この有刺鉄線に触れた者は、痛覚遮断が破壊されるのだ。
そして、血の色の地面からは、数百の白い人影が生えてきた。
踊る骸骨たち。
皆、その骨の手には、凶悪な形の刃物を持っている。
封印結界の中には、リズミカルな音楽が流れていた。
ドラムで構成された、ところどころに亡者の悲鳴が混ざっているBGM。
骸骨たちの中心では、『王』と書かれた帽子を被り、ゆったりとした赤い衣服に『E☆N☆MA』と刺繍を施された、黒髭を生やした骸骨が、一際激しく踊り狂っていた。
ナノマシンによって構成されてゆく、針の山、鋭い刃の森、煮えたぎった湯の釜。
無法者たちが、有刺鉄線に縛られたまま、針の山へと落とされる。
「ぐわあああっ!」
「ひいいいいっ!」
「あがががっ!」
藻掻く度に、鋭い針が突き刺さる。
目玉にも、肺にも、心臓にも、性器にも、突き刺さり、突き抜ける長大な針。
このような苛烈な罰を受けた者は、本来ならば、すぐにでも死亡してしまうはず。
だが、この封印結界の中では、致命傷を負っても、すぐに再生されてしまうのだ。
再生されては全身を刺され、また再生されては全身を刺され、繰り返される地獄。
これこそが、重罪を繰り返した人間を罰すると言われる、地獄の最下層である無間地獄をモデルに作成された、ヘル・ギフトの究極の苦痛の世界。
ある者は、針の山に落とされ。
ある者は、釜で茹でられ。
またある者は、骸骨たちの手に持った刃物で、肉体を削ぎ落とされていた。
そして、勇斗は、刃の森の中へと放り込まれた。
そこは、金属の樹木が、隙間なく乱立する森。
葉が、全て鋭い刃になっている、森。
そこに投げ落とされた勇斗は、ぎっしりと密集する刃に、全身を切り刻まれる。
「ひぎゃああああっ!」
血が滝のように流れ、肉の切れ目からは骨が見える。
顔面も斬り裂かれ、頬にも舌にも、鼻にも目玉にも、刃が突き刺さっている。
しかし、再生されてゆく肉体。
刃の敷き詰められた中で。
少しでも藻掻くと、その分、肉が切られる。
再生する端から、再び切り刻まれてゆく。
「た、たしゅけ……」
再生された眼球で頭上を見ると、刃の森の上では、全裸の美少女たち浮かび上がり、煽情的な格好で、勇斗を誘っていた。
勇斗の性器は、当然、勃起する。
そして、サクッと性器に刃が入る。
「ぎええええええっ!」
凄まじい激痛が、下半身に襲い掛かる。
勇斗の目からは、血が混じった滂沱の涙。
(お、おさまれぇ!勃つなぁ!)
勇斗の性器が勃起すればするほど、自ら刃を食い込ませることになる。
だが、頭上に浮かぶ美少女たちは、極上の肉体をしていた。
どんなに刃に刻まれようと、少女たちを犯したいという欲望は止まらない。
勇斗の性器は勃起する。
ますます食い込む、数十の刃。
そして、自らの力により、勇斗の性器は斬り刻まれる。
「ぎゃあああああっ!ひぎっ!ひぐっ!」
あまりの激痛に、びくんびくんと全身を痙攣させる勇斗。
それにより、刃が他の場所にも食い込む。
小便と大便を漏らし、全身が血に染まる勇斗。
しかし、勇斗は死ぬことすら許されない。
再生される、勇斗の肉体。
斬り裂かれた性器も再生する。
そして、頭上に浮かぶ全裸の少女たちを、思わず見てしまう。
見てしまえば、性器が勃起して、斬り裂かれるのは理解している。
それなのに、分かっていても、見ずにはいられない。
あまりにも美しすぎる、少女たちの顔と肉体。
目が勝手に、引き寄せられてしまう。
またもや勃起する、勇斗の性器。
またもや数十の刃により切り刻まれる、勇斗の性器。
「ふんぎゃああああっ!」
叫びを上げる、勇斗。
(……もう、ころして、くれ)
無間地獄は、まだまだ終わらない。
★
クラン用アイテム『転移石』で、リーダーである乱陀の元へと作られた、ワープホール。
それを潜り、乱陀とカノンの背後へと登場する、クランメンバーの面々。
今しがた、ナノマシン通信により、乱陀から呼び出されたのだ。
全員、顔が引き攣っていた。
目の前に繰り広げられているのは、阿鼻叫喚の地獄絵図。
踊る数百の骸骨。
責め苦を受けている、勇斗たち悪徳冒険者。
刃の森で全身を刻まれている勇斗の所では、『王』の帽子を被った黒髭の骸骨が、BGMに合わせ、再生し続ける勇斗の舌を何度も引きちぎっていた。
乱陀とカノンは、背後にワープしてきたクランメンバーに気づく。
「お、到着してたのか。すまん。気付かなかった」
衝撃的過ぎる光景に、何も言えないエドワードたち。
ツバキが叫ぶ。
「こわいよ!」
全員が、一斉に頷いた。




