We are the ……
広大な廊下を全力で駆け抜ける乱陀とカノン。
二人が走った跡には、赤い光の線が残る。
背後では、凄まじい爆音が鳴り、魔導院本部の下層全体が大きく揺れていた。
きっと、エドワードとファーフライヤーのダブル爆撃魔法だろう。
乱陀は、床や壁を蹴り、廊下を前へと進みながら、網膜の端に表示されている、魅了スキルの会得可能時間を見る。
残り、一時間五十分。
スキルブックを手にしてから、まだ一時間弱しか経っていないのだ。
体感では、その何倍もの時間が過ぎたかのように思えた。
すると、乱陀の網膜に、エドワードの一つ目が映る。
エドワードからのナノマシン通信だ。
応答する乱陀。
「どうした?」
「乱陀さん。見える範囲の奴らは消し飛ばしました。
勇斗とヴェノマッドは、いつの間にか逃げられていましたけど。
でも今倒した奴らは、敵全体から見れば、ほんの一部です」
「だろうな。さっき上層に行った時、もの凄え数の人と飛行船が見えた」
「そこで、提案があります」
そして、エドワードの口から放たれた、一言。
乱陀とカノンは、顔を顰める。
重い口調で乱陀は言った。
「それ、本気で言ってんのか?」
エドワードも、言葉を濁す。
「それが今、考え得る限りの、最善だと思います。
根回しも、済んでいます。
もちろん、全ての決定権は、乱陀さんにありますが」
呻く乱陀。
ふと、横に居るカノンの顔が目に入る。
カノンは、乱陀の目を、じっと見ていた。
カノンの、黒真珠のような、丸い瞳。
「乱陀さん。私は、何が有っても乱陀さんと一緒に居ます。何が有っても、です」
カノンは、既に覚悟を決めている。
何が有ったとしても、カノンだけは乱陀の味方だ。
乱陀は、目を瞑る。
重く沈む心を、何とか奮い立たせる。
正直な気持ちを述べると、気が進まない。
だが、エドワードの言う通り、現実的に考えれば、これが最善の策ではあるのだ。
もし、乱陀が勇斗に負けた場合、カノンがどんな目に合わされるか分からない。
勝利は、自分の手で掴むべきなのだ。
カノンは決断した。
今度は、乱陀が決断する番だ。
「……わかった。やろう」
乱陀は瞼を開け、網膜に意識を寄せる。
もう、腹はくくった。
乱陀の網膜に、ナノマシンにより羅列される、メッセ―ジ。
「水雲乱陀により、クラン『黄金の尾』が設立されました」
「沖村花音が、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「エドワード・鳳凰院・十三世が、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「ファーフライヤーが、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「マモリが、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「藍之介が、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「華虎が、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「シグマが、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「飛鳥が、クラン『黄金の尾』に加入しました」
「山嵐迅が、クラン『黄金の尾』に加入しました」
★
エドワードは、全身に装着してある、幾つもの魔法道具を発動させる。
青く輝く、様々な形の道具。
「時は来ました。僕の魔法道具のほとんどはクランのサポート用なので、クランが設立された今、ようやく真価を発揮できます」
エドワードの魔法道具により、クラン『黄金の尾』の全員に、強化がかかる。
攻撃力強化。
魔力強化。
移動速度強化。
防御力強化。
魔法耐性強化。
クランを設立するメリットは、それだけではない。
クランメンバーしか使えない、様々なアイテムを使えるようにもなるのだ。
これで、無法者たちとも、さらに優位に立ち回れるはず。
一旦はMPが枯渇するエドワードだが、レジェンド級の白衣『エンジェルブレス』の効果により、MPが急速に回復する。
そして、ナノマシン通信が入る。
エドワードの網膜に映る、マモリのドヤ顔アイコン。
「エドワード!やったのう!まさか、乱陀がクラン設立を承諾するとは思わなんだ」
「僕は信じてましたよ。
乱陀さんは、本当は仲間思いの人ですから。
乱陀さんが初めて魔導院に来た時、沖村さんを助けたのを見てから、僕は乱陀さんの優しさを疑ったことはありません」
エドワードは、廊下の向こう側を見つめる。
再び迫りくる、エアボードやエアライダーに乗った、数百人の無法者の集団。
その後ろからは、毒の泥の大波が押し寄せていた。
漆黒の一つ目と、漆黒の鳥人間は、魔法道具にMPを込める。
ファーフライヤーが、エドワードに聞いた。
「ねえ。この十字路、なんで結界とかで封鎖しないの?」
「ああ、それはわざとです。
なにせ、この十字路は、集合場所ですから」
「集合場所?」
ファーフライヤーは、網膜に映し出された、マップを見る。
「あ、なるほどね」
「そういうことです」
納得する、ファーフライヤー。
すると、エドワードとファーフライヤーの網膜に映る「漢」の一文字。
スーパーゴッドハンド竜次からの通信だ。
なお、竜次は既にツバキチームに所属しているため、クラン『黄金の尾』には参加していない。
「おう、お二人さん!気ィ付けな!
今、来てる敵軍は、最上位クラスが三人いやがる!
毒の泥の魔法使い、ヴェノマッド!
アイテムマスター、久良木!
そんで『光翼』勇斗だ!
特に、アイテムマスターの久良木は、ステータス異常かましてくるからヤベェぞ!」
それを聞き、エドワードは溜息を吐く。
「ステータス異常は、もうこりごりですね。何度痛い目を見たのか、わからない」
ファーフライヤーが、ネックレス型のポーションホルダーから、MPポーションをストローで飲みながら、漆黒の翼を大きく広げる。
「なら、爆撃いく?」
「はい。でも今飛ぶと、アイテムマスターからステータス異常を食らうので、ちょっとだけお待ちを」
敵軍の集団の中に、スキンヘッドの革ジャンを着た男がいた。
ズボンには、太いベルトが掛けられ、そのベルトには、数々の道具が収納されている。
アイテムマスター、久良木だ。
久良木は、ベルトに付いていた、スキルロックの手榴弾を手に取る。
普通、スキルロック手榴弾は、半径10メートルほどしか射程が無いが、久良木が投げる手榴弾は、アイテムマスターのスキルにより、効果範囲が半径50メートルはある。
手榴弾を投げる久良木。
当然、近くに居る無法者たちにもスキルロックがかかるはずだが、お構いなしだ。
なお、久良木には、アイテムマスターのスキルにより、攻撃系アイテムの効果はかからない。
そのため、自身の近くで手榴弾を炸裂させても、久良木には被害が無い。
エドワードの目の前を飛ぶ、手榴弾。
襲い掛かる、無法者たち。
しかし、エドワードとファーフライヤーは何もしない。
わかっているからだ。
彼が来るのを。
そして、十字路が、紅く染まる。
それは、十字路の右側の通路から放たれた、極大の火炎放射。
スキルロックの手榴弾も、エドワードたち襲い掛かろうとしていた盗賊たちも、全てを巻き込み、灰にする。
床も壁も天井も、紅く燃える廊下。
十字路の右側からやってくる、エアドライバー。
エアドライバーは、ティアドロップ型のサングラスをかけ、パイプを咥えた、ニヒルな女性が運転していた。
女性が、エドワードとファーフライヤーに、ニヤリと笑いかける。
「おう。届け物だ。サインはいらねえぜ」
エアドライバーからは、三人の人影が飛び降りた。
全身サイバネの、レベル80のシーフ、シグマ。
自身の背丈よりも大きな、鋼鉄の盾を持ったパラディン、飛鳥。
そして、炎をモチーフにしたコートを羽織り、立てた髪の毛は燃える炎に変化している、サイバーサングラスをかけた、一人の男。
火炎術師、山嵐迅。
迅がサングラスを上げると、その瞳には、燃える炎のエフェクトが映る。
「クラン『黄金の尾』の初陣、俺が頂いたぜ!」
迅の両手から、迸る深紅の炎。
その両手を敵集団へと振るう。
二つの火炎の竜巻が、盗賊たちを焼き焦がしながら、廊下を駆け巡る。
悲鳴を上げながら、逃げ惑う無法者たち。
だが、近寄るだけで焼死する灼熱の竜巻からは逃れられない。
次々と、炭となる。
暴れ回った二つの火炎竜巻がおさまる頃には、敵側の生存者は半分ほどに減っていた。
しかし、最上位クラスの三名は、全員生き残っている。
分厚い泥で炎をガードした、ヴェノマッド。
耐火性能を付与する札を使い、火炎を乗り切った久良木。
そして、床を斬り、下の階層へと逃げ去った、勇斗。
全員が、命からがら炎から逃れたようだ。
息を吐く、無法者たち。
そこに、飛来する漆黒の翼の影があった。
魔導院本部のトップ3の一人、ファーフライヤー。
「や。どうも」
ファーフライヤーは、足元に浮かぶオレンジ色の魔法陣から、光のミサイル百発を繰り出した。
爆裂する、光のミサイル。
久良木は、最上級簡易結界で防御する。
ヴェノマッドは、再び泥の塊で防ごうとするも、迅からファーフライヤーの連続攻撃には耐え切れず、泥の壁が吹き飛んだ。
爆撃魔法をまともに食らうヴェノマッド。
ヴェノマッドの左の腕がまるごと吹き飛んだ。
「ぐわあああっ!」
肩のあたりが、ごっそりと消失しているヴェノマッド。
だが、まだ命はあるらしい。
ヴェノマッドは、泥を足に纏わせ、滑るように廊下を高速移動する。
目指すは、誰もいない、十字路の左側通路。
(あそこまで、逃げきれれば……!)
不思議なことに、誰もヴェノマッドの行く手を遮らない。
本来ならば、絶対にありえないはずの光景。
瀕死状態のヴェノマッドは、その奇妙さに気づく余裕が無かった。
(やった!逃げきった!)
十字路の左側通路を進むヴェノマッドは、残った右手から、どばどばと毒の泥を放出する。
同じ手は食うつもりは無い。
泥さえ、大量に出せれば、決して負けない。
その時、左側通路の奥の暗闇から、ヴェノマッドへと声がかかる。
「その毒の泥。それで一体、何人を殺した?」
それは、何の変哲もない、ただの声。
しかしヴェノマッドは、その声の鋭さに凍り付く。
まるで、研ぎすまされたレイピアのよう。
声は、冷たさを増す。
「貴方が殺した、市民。皆、ただ日々を穏やかに過ごす、無辜の人々だったはず」
この声の主は、非常に危険だ。
ヴェノマッドは、慌てて泥で身体を包む。
暗闇の中、赤い光が、地面を走る。
ヴェノマッドは、一拍遅れてから、気づく。
自分の右腕が、泥の塊ごと、斬り飛ばされていることを。
その速さと鋭さに、戦慄する。
「ひ、ひいいいっ!」
両腕が無くなり、これ以上、泥を出せなくなったヴェノマッド。
泥を操る機能も失ってしまった。
そして、いつの間にか自分の背後に、レイピアを構えた、少年のような青年が立っていた。
その視線は、レジェンド級レイピアよりも、なお鋭い。
「ボクは、人々が笑って暮らせるために剣を振るう」
その青年、藍之介は、半身になって、レイピアを突き出す。
フェンシング全国優勝連覇の、達人の構え。
「舐めんじゃねえぞ!ガキぃ!」
両腕が無くなったヴェノマッドは、残った脚で、強烈なキックを放つ。
それを紙一重で躱す、藍之介。
そのまま藍之介は、攻勢に転ずる。
閃光と見間違うかのような、突きを繰り出す藍之介。
一瞬後、ヴェノマッドの心臓と肺と喉が、レイピアにより貫かれていた。
足元の、自らが放出した、毒の泥溜まりに倒れるヴェノマッド。
その時ヴェノマッドは、既に事切れていた。
藍之介は、レイピアを眼前に掲げ、祈る。
「彼に命を奪われた人々に、どうかせめてもの安らぎを」
そして藍之介は、少しだけ涙する。
その涙が乾く頃、藍之介はようやくエドワードたちの元へと向かった。
マモリとナノマシン通信をしながら。
「マモリン!マモリン!ボクもクラン入ったよ!これで仲間だね!友達だね!デュフヘヘヘ」
エドワードたちが、藍之介を半眼で見つめる。
本部最強なのは間違いないのだが、色々な意味で、この男は大丈夫なのかと。
藍之介の本当の顔を知る者は、魔導院の総帥、ただ一人だけ。




