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真宵の空に舞う

 高層ビルの屋上から飛び降りた乱陀たち三人は、強烈なビル風に吹かれて、木の葉のように、宙を舞っていた。


 ファイアーストームが頭上を通り過ぎ、すぐ目の前のビルのガラス壁に当たり、爆発する。

 上空からは、爆発した壁面ガラスの鋭い欠片が、雨のように空から落ちてきていた。


 乱陀は、自分の身体で包むようにカノンを抱きしめ、エドワードの頭には、レジェンド級白衣『エンジェルブレス』をかぶせる。


 落下してきた無数のガラスの欠片が、乱陀の身体に突き刺さる。

 全身の傷から血が流れ出る、乱陀。


 だがカノンは、乱陀の身体が盾となり、傷一つ付いていない。

 エドワードも、頭や胴体はレジェンド級白衣により守られ、露出していた手足が多少傷ついた程度で済んでいた。


 一旦は、危機を脱した乱陀たち。

 だが、ステータス異常のスキルロックにより、重力を奪うグラビティ・スティールすらも使えない今、このままでは墜落死は確定だ。


 カノンを抱きしめ、舞い散るガラス片から目を守るため、顔を伏せている乱陀。

 すぐ隣から、金属の(きし)む大きな音が聞こえてきた。


 一体、何の音だろうか。


 乱陀は、頭にかかったガラス片を、カノンにかからないように振り払う。

 そして、血塗れになった顔を上げる。


 そこには、先ほどファイアーストームが炸裂した、ガラス壁の高層ビルが、斜めに傾いていた。


「へ?」


 一瞬、ツバキのファイアーストームにより、ビルが折れたのかと思った。

 だが、違う。

 ビルは、根元から倒れていたのだ。

 コンクリートで出来た地面よりも、更に深く埋まっていた、ビルの基礎ごと。

 真宵市のコンクリートの地面は大きく割れ、長大な鉄骨の基礎部分が持ち上がっている。


 一体何事かと、辺りを見回す乱陀。

 目の前のビルだけではない。

 真宵市の高層ビル群が、次々と倒れ始める。


 真宵市の地面が、崩壊しているのだ。


 エドワードが、叫ぶ。


「ああっ!もう()()ですか!まずい!」


 何が起きているのか全くわからない乱陀だったが、このままではカノンとエドワード諸共(もろとも)、墜落死してしまう。


 乱陀は、すぐ真横にある、斜めになっているビルの、ガラス壁に尾を突き刺し、思い切り尾を引っ張る。

 ふわりと、ビルの上へと身体を持って行く乱陀。


 丁度、斜め45度ほどに傾いているビル。

 なお、斜め45度というのは、かなり急な(がけ)である。


 ビルのガラスの壁に、降り立つ三人。

 衝撃で、足元のガラスに(ひび)が入るが、砕けなかったことにホッとする。


 だが、息を吐けたのも(つか)()

 急な斜面に降り立ったせいで、そのまま滑り落ちてゆく三人。

 乱陀は、黄金の左腕をガラスの斜面に突き刺し、尾を二人に伸ばす。


「カノン!エドワード!掴まれ!」


 右手を伸ばし、尾に掴まるエドワード。


 だが、カノンの手は、尾に届く寸前で、空を切る。


「カノン!」


 ガラスの斜面から手を抜き、エドワードを尾で巻き付ける乱陀。

 そのままカノンへ向けて、ガラスを蹴り、猛スピードで急斜面を駆ける。


 滑り落ちながら、乱陀に手を伸ばすカノン。

 乱陀も、カノンに手を伸ばす。


 だがその時、エドワードが後方を見ながら、叫ぶ。


「乱陀さん!後ろ!」


 焦るエドワードの声。

 カノンの手まであと少しという所だったが、乱陀は背後を向く。


 そこでは、エアボードに乗った二つのグループが、乱陀たちのいるガラス壁のビルを間に挟んで、攻撃魔法やスキルを撃ちあっていた。

 そして、乱陀に徐々に迫りくる、二つのグループ。




 右側のグループの最前列には、決して見間違う事の無い、二人。

 勇斗とエリネ。

 いつの間にか身体が再生していた。


 その背後には、見覚えのある十名の冒険者。

 クラン『光の翼』のメンバーだろう。

 乱陀が真宵市から追放された時にも、見た顔だ。


 だが、そのさらに後方に、数名の男女がいた。

 乱陀も、全く見知らぬ顔。

 全員が、白い聖職者のような衣服を身に付けている。


 勇斗とエリネの身体が再生しているということは、あの謎の集団は高レベルのヒーラーだろう。

 真宵市には、ヒーラーのクラン『ホワイトクロス』がある。

 失った肉体を再生できるのは、この近辺では、ホワイトクロスの高レベルヒーラーか、乱陀の『ライフ・ギフト』のみ。

 恐らく勇斗が、ナノマシン通信で、救助を頼んだのだろう。

 エリネも彼らに助け出されたに違いない。


 エリネがレイピアを掲げると、七色のオーロラが、パーティメンバーを包む。

 防御力上昇と痛覚遮断を付与するスキル『エインヘリアル』だ。

 これにより、痛覚遮断スキルを持っていないジョブも、痛みを感じなくなる。




 左側のグループは、ツバキのチームだった。


 定番の、結界で固めた内側から、ひたすらファイアーストームを放つ戦法だ。

 単純ではあるが、強力。

 ツバキチームに、勇斗チームの剣士や騎士による、剣、槍、メイスなどのスキルが放たれる。

 だが、ツバキチームの結界は、張る人間が四人しかいなくとも相当に硬い。

 何度か割られかけはしたものの、即座に修復し、結局一切の攻撃を通さなかった。




 その時、乱陀にナノマシン通信が入る。

 乱陀の網膜に現れる、ツバキの顔。


水雲(みずくも)ぉ!ゴメン!マジでゴメン!でも、あんな一つ目がいたら、誰だって敵だって思うじゃん?」

「お前……!」


 ツバキだけは信用しないと決めた乱陀。

 裏切られるとか以前の問題で、こいつは思い込みの激しい猪突猛進(ちょとつもうしん)女だ。

 仮に完全に仲間になったとしても、絶対に害しかない。


 乱陀は、ツバキに告げる。


「分かったから、お前は俺たちに近づくな!」

「えっ!私だって、名誉挽回したいよ!チーム組もうよ!」

「駄目だ!お前、絶対にうっかり仲間殺し(フレンドリーファイア)するだろ!そのまま勇斗たちを牽制(けんせい)してろ!」


 乱陀は、強制的にツバキの通信を切る。

 ツバキは一応、勇斗に並ぶ真宵市の英雄のはずだったが、乱陀の目には、ただのポンコツ女としてしか映っていなかった。


 そもそも、ツバキチームの戦法は、遠距離からひたすらファイアーストームを撃ちまくるという、連携の欠片(かけら)も無い戦い方なのだ。

 乱陀のチームとの連携などという高度な技を、いきなり出来る訳がない。


 すると、ツバキチームのエンジニアから通信が入る。


「だったら、せめてエアボード作るから、使って!」

「わかった!それは助かる!」


 素直に礼の言葉が口から出てきた。

 疑いの言葉ではなく。

 エドワードを信じると決めた、あの瞬間から、乱陀の中でまたひとつ、ほんの少しだけ、何かが変わった気がしていた。


 被害妄想は相変わらず、勝手に脳内に発生する。

 他人への恐怖は、おさまらず。

 今も、エアボードに爆弾を細工するエンジニアの少女の姿が、勝手に浮かぶ。

 それを止めることはできない。

 だが、今はそれを、少しだけ冷静に見ることが出来るようになっていた。


 エンジニアの少女が、三つのエアボードを生成し、乱陀たちに飛ばす。

 乱陀とエドワードが、滑空してきたエアボードに飛び乗る。

 ボード部分に脚をつけると、ブーツが勝手に固定される。

 乱陀はエアボードに乗るのは初めてだったが、割と思い通りに動くようだ。


 最後の一つのエアボードは、カノンへの元へと走る。

 だが、勇斗チームからは、三人の冒険者が武器を構え、猛スピードで乱陀たちの横を通り過ぎ、カノンに向かっていた。

 乱陀が目の前にいるのに、わざわざカノンを狙うのは、おそらく勇斗の指示だ。

 乱陀にとって、カノンが何よりも大切な存在なのを分かっていて、傷つけようとしているのだ。

 冒険者たちは、勇斗の本性を知らないため、単純にゴブリンであるカノンを討伐せよと言われたのだろう。


「させるかよっ!」


 乱陀は、斜めになったビルのガラスの壁面を、最高速度で冒険者たちへと、エアボードで滑空する。

 乱陀は今、スキルが使えない。

 しかし、レベル139の筋力は健在。

 武器ならば、ある。

 鋼のように硬い鱗の、黄金竜の左手と尾。

 そして、神話級の金属であるアダマンタイト製の右手。


 カノンに向かっている冒険者三人は、剣士が一人に、騎士が二人のようだ。

 乱陀は、最も近くにいた、槍を装備した騎士に突撃する。


 騎士はそれに気づき、槍の穂先を乱陀に突き入れる。

 非常に鋭い、槍の一撃。

 それを、黄金竜の左手でガードする。

 本来ならば刃物を素手でガードするなど正気の沙汰ではないが、乱陀の両手は特別製だ。

 そのまま左手で槍を撃ち払い、黒銀の右手で騎士の顔面を、思い切り殴る。

 被っていた兜ごと、騎士の頭部が爆散する。

 飛び散る、肉片と血。

 首から上を無くした騎士の遺体が、ガラスの斜面へと激突する。




 乱陀の戦い方は今、ウォーロックのそれではなく、まさにバーサーカーであった。




 剣士が、腰の剣を抜き払い、真横に回転する。

 剣士のスキル『三段斬り』が放たれる。

 下段、中段、上段を連続で繰り出す、回避が困難な技。


 乱陀は、エアボードを支点に、身体をくるりと反転させ、エアボードごと上下が逆になる。

 逆さまになったエアボードに、足の裏でエアボードにぶら下がる乱陀。

 一瞬前まで乱陀の身体があった場所は、今は空白。

 鋭い三段斬りが、エアボードの真上を空振りする。


 乱陀は、逆さまになったまま、黄金の尾を剣士のエアボードに巻き付ける。

 乱陀の怪力の尾により、エアボードの制御を奪われる剣士。


「うわっ!」


 そして、エアボードに巻き付けた尾を、思い切り締める。

 ぐしゃりと潰れる、エアボード。

 故障し、足の固定力も無くなったエアボードから、放り出される剣士。

 剣士は、加速したスピードのまま、真宵市の宙へと舞い、崩壊する大地へと消えて行く。


 乱陀は、カノンを見る。


 最後の一人である騎士が、メイスをカノンへと振り上げるところだった。


「カノン!」


 ゴブリンでガンスリンガーのカノンは、防御力が皆無に等しい。

 高レベルの騎士のメイスの一撃を食らえば、命を落とす。


 乱陀は、カノンの元にエアボードで疾走するが、乱陀が駆けつけるよりも、騎士のメイスが降り下ろされる方が早い。


 乱陀とカノン、互いの瞳に、互いが映る。


 振り下ろされる、メイス。




 その騎士の顔面に、エドワードが、エアボードで蹴りつけた。


 メイスは、カノンの頭のすぐ横を(かす)め、ガラスの斜面を割る。

 幾つかの破片が、カノンの頬を傷つけた。


 鼻血を噴き出し、よろめく騎士。


 エドワードが、その騎士の首に、後ろから腕を巻き付かせる。


「ぐええええっ!」

「乱陀さぁん!僕のエアボード、今ので壊れちゃいました!助けてぇ!」


 エドワードのエアボードは、煙を上げている。

 制御不能に(おちい)ってしまったようだ。

 騎士の首に、必死でしがみつくエドワード。

 首を絞められている騎士は、顔色が青く変化している。


 乱陀は、斜面を高速で滑空し、エドワードの胴体を、左腕で掴む。


 そして、カノンの元に到着する、カノン用のエアボード。

 カノンは、エアボードを掴み、足に装着する。

 ブーツの裏が、ボードの表面に固定される。


 ガラスの斜面を浮き上がる、カノン。


 その時に、ちらりと見えた、カノンの顔。

 騎士のメイスの一撃で割られた、ガラスの破片で、幾つかの傷が付いていた。


 それを見た瞬間に、頭に血が上る乱陀。


「……この野郎」


 乱陀は、騎士からエドワードを引きはがすと、右手で騎士の後頭部を掴む。

 スキルロックをされていても、パッシブスキルである、右手の『スキルブレイク』は健在だ。

 破壊される、エリネに付与された痛覚遮断。

 そのまま高速で滑空しながら、斜めに傾いているガラスの壁面に、騎士の頭を叩きつける。

 割れて、騎士の顔面に突き刺さるガラス。


 乱陀はそのまま、エアボードを疾走させた。

 騎士の頭を、割れたガラスに突っ込ませたまま。


 騎士の頭部と衝突し、次々と砕けて行くガラスの壁。

 ガラスの割れる音が、絶え間なく鳴り響く。

 騎士の首筋にも、砕けたガラスの破片が突き刺さり、大量の血を空中に撒き散らす。


「が、はっ……」


 まだ命は残っている騎士。

 防御力もHPも高いだけのことはある。

 だが、大ダメージを受け、その命は風前の灯火だ。


 乱陀は、騎士の足に装着してあるエアボードに、尾を巻きつけ、引き剥がす。

 そしてそれを、エドワードに差し出した。


「これ使え」

「ありがとうございます!」


 エドワードの足に装着される、騎士が使っていたエアボード。

 再び、ふわりと空を飛ぶ。


 乱陀は、右手で掴んでいる瀕死の騎士を、ビルのガラス壁へと思い切り投げつける。

 騎士の身体は、猛スピードで幾つものガラスを突き破り、ビルの中のコンクリートの壁に激突し、血の花を咲かせた。


 ガラス壁の高層ビルは、もうすぐ地面に倒れ落ちようとしていた。

 近くに居ると、ガラスやコンクリートの破片が飛び散り、かなり危険である。

 早く離脱せねばなるまい。


「逃げるぞ!カノ……」


 乱陀に、笑顔を向けるカノン。


 その後ろに、勇斗が、レジェンド級装備『天剣』を振りかぶっていた。

 剣からは光が伸び、数十メートルの長大な光の剣と化している。


「カノン!」


 カノンへと駆ける乱陀。

 勇斗が、勝ち誇る。


「乱陀ぁ!メスゴブリンの命は貰ったぜ!」




 勇斗が、輝く天剣を振り下ろす。




 乱陀が、カノンの身を(かば)う。




 真宵市に響く、金属音。


 弾かれた天剣。


 衝撃で吹き飛び、驚愕する、勇斗の顔。




 勇斗の天剣を弾いたのは、人の背丈よりも大きな、金属の盾だった。


 盾を持つのは、髪の長い、鎧姿の女性。




 突然に乱陀と勇斗の間に現れた、屋根のないオープンルーフのエアドライバー。

 運転するのは、ティアドロップ型のサングラスに、パイプを咥えている、やたらニヒルな女性。

 後部座席に乗ったシグマが、助手席に向け、手を叩いて喝采(かっさい)している。


 その助手席に立つ、鎧姿の女性が、勇斗へ向かって、巨大な盾を振り上げていた。


「あ、飛鳥(あすか)ぁ!?お前、なにを……」


 飛鳥と呼ばれた女性は、巨大な盾を、勇斗に思い切り振り下ろす。

 ごすん、と鈍い音。

 飛び散る、勇斗の歯。

 その顔面は、盾の形に陥没していた。

 気絶する勇斗。

 エインヘリアルの効果で、今は痛みを感じていない勇斗も、ダメージはきっちりと食らう。

 痛覚遮断の効果時間が切れた時には、きっと凄まじい激痛を伴うだろう。




 そこに後方から到着した、勇斗チームとツバキチームが殺到する。


 勇斗に向けてファイアーストームを放つツバキ。

 勇斗チームの四人と、ヒーラーのホワイトクロスの数名が、勇斗の身体を掴み、急降下する。

 その上を、通り過ぎる灼熱のファイアーストーム。

 勇斗たちは、炎をかいくぐり、そのまま逃亡していった。


 どうやら、勇斗チームは三名がツバキたちに倒されていたようだ。


 ツバキチームは、誰一人として欠けていなかった。


 やはり、ツバキチームは守備が硬い。

 ツバキが強いというよりも、結界使いたちが相当強い。

 これで、レベルが下がる前のツバキは、レベル90の魔術師だったのだから、攻守ともに真宵市最高峰だったのは納得ができる。




 倒壊するビルの被害範囲から、急いで逃れる乱陀チームとツバキチーム。

 周囲のビルも、次々と崩壊している。

 乱陀たちは、割れて隆起した真宵市の広場に降り立つ。




 オープンルーフのエアドライバーが、乱陀たちに近づいてくる。

 助手席に立つ女性が、乱陀に声をかける。


「えっと、君が乱陀君、でいいのよね?」

「あ、ああ」

「ウチのリーダーが、ご迷惑をおかけしました。

 光の翼のサブリーダー、飛鳥です」


 パラディン、飛鳥が、会釈をする。


 それを聞き、乱陀は疑いの目を向ける。


「光の翼のサブリーダー?なんで自分のとこのリーダー攻撃してんだ?」

「本当の女の敵が誰か、分かった所なので」


 エアドライバーの後部座席ではシグマが、乱陀たちへと、サイバネの手をひらひら振っている。


 飛鳥の言っている事の意味は分からなかったが、とりあえず勇斗とは敵対しているらしい。

 完全に信じるつもりは無かったが、あの顔面が陥没した勇斗の姿を見る限り、少なくとも飛鳥は全力で勇斗を殴打した様子だった。




 ツバキチームのライトブリンガーの少女が、乱陀を見て思わず引く。


「水雲さん、それ、大丈夫なんですか?」


 乱陀は今、全身がガラスに斬り裂かれ、血塗れだったのだ。


「あの、回復と清潔化、かけてもいいですか?さすがにそれは……」


 血で染まっていない場所の方が圧倒的に少ない乱陀。

 ぽたぽたと、顎の先から、血の雫が糸を引いて垂れる。


 だが、少女の申し出に、躊躇(ちゅうちょ)する乱陀。


 ふと、乱陀の左手に、柔らかい肌が触れる。

 横を見ると、カノンが乱陀の手を取っていた。


「乱陀さん。治してもらいましょう。何かあった時は、私も一緒です」


 カノンも、決して「信用している」とは言わなかった。

 乱陀もカノンも、同じくらい人間不信だ。

 だが、もし誰かに裏切られたとしても、今度は一人じゃない。

 それだけで、十分だった。


 乱陀は、ライトブリンガーの少女を見る。


「……ああ。治してくれ」


 ライトブリンガーの少女は頷く。

 乱陀とカノンとエドワードに手をかざし、清潔化とリジェネレイションのスキルを発動させた。

 三人が淡い光に包まれる。

 服の汚れが落ち、乱陀の全身を染めていた血も、きれいに消え去った。

 傷が少しずつ再生する。

 ライトブリンガーのリジェネレイションは、一気にHPを回復するのではなく、徐々に再生していくタイプのヒーリングだ。

 その代わり、再生は衣服にも及ぶ。

 乱陀の軍服は、両袖が無くなっていて、マントも焼け焦げていた。

 カノンも左袖が無くなっている。

 それらの衣服の破損も、身体の傷と共に、再生し始めていた。


 回復したことよりも、裏切られなかったことに対して、安堵する乱陀。


 だが、今は衣服が再生しきるまで、待つ時間が無い。

 謎の、真宵市の崩壊。

 乱陀たちが今立っている地面も、振動と共に崩れ始めていた。


 上を見ると、空を埋め尽くすほどの、大量のエアドライバー。

 真宵市の住民が、慌てて逃げ出している。

 何千人もの悲鳴が、嵐のようにこだまする。


 まさに、この世の終わりかとも思える、地獄絵図。


 そもそも、今、何が起きているのか。




 その時、エドワードが、皆に声をかける。


「ああ、もう()()しちゃいましたか。

 皆さん、早く逃げましょう」

「一体、何が起きてるんだ!?」

「あれです」


 エドワードが、真宵学園を指差す。

 巨大建造物である、真宵学園。

 それが、真宵市から浮かび上がっている。


「マモリさんが、迷い家を取り戻したんです。

 ちょうど、今は砂漠化した場所の上空。

 元々、このタイミングで、真宵市を迷い家から切り離す予定でした。

 ()()()真宵市での被害は、最小限のはずなので」


 落ちる。


 エドワードは、確かにそう言った。


 地面が割れ、倒壊する高層ビル群。

 コンクリートやガラスの破片が降り注ぐ。


「えらい強引な方法だな」

「市街地の部分を落とさないと、マモリさんが制御できないままなんです。

 あ、もちろん、ちゃんと真宵市民には、魔導院が後でケアしますよ。

 さすがに、住処(すみか)から放り出して終わり、なんてことはしません」


 エドワードは、のんびりと言った。


「さ、飛行船に戻りましょう。コーヒーでも()れますよ」




 砕けて行く真宵市が、砂漠の空に舞う。








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― 新着の感想 ―
[一言] いつもご丁寧な返信をありがとうございます エリネのリポップの件、了解しました ご説明ありがとうございます 絶対懲りてなくて猿みたいに ムキになってんだろうなあと思います 乱陀君、骨身に染み…
[良い点] ●遂に飛鳥が勇斗から離反した  勇斗を「女の敵」と断じた  胸がスッとする ●カノンが乱陀に他人を  信用させようとする時  無責任に勧めるのではなく  自分もまだ信じ切ってはいない、 …
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