【勇斗視点あり】Six Feet Under!
マモリたちの乗った五隻の飛行船が、真宵市の上空を行く。
飛行船に乗っているのは、甲羅市の魔導院と、魔導院本部の軍人。
そして、甲羅市の冒険者たち。
目下には、真宵市の高層ビル群。
真宵市は、甲羅市ほどは広くは無かったが、その分高層ビルだらけだ。
中央の飛行船内の広域ネットワーク室では、マモリが魔導院本部と通信を行っていた。
広域ネットワーク室に浮かぶ、ホログラムの日本地図。
マモリの周囲には、エドワードや、各クランのリーダーも揃っている。
スピーカーから、男性の声が聞こえる。
魔導院本部のオペレーターだ。
「マモリさん。承認が下りました。調査の結果、真宵市は、マモリさんのダンジョンを不当に占拠した建造物であると、魔導院は認めます。具体的に、迷い家の本体を特定できたことが大きいですね」
「うむ。これも、乱陀のお陰じゃ。まさか、改造された迷い家そのものに泊まっておったとはのう」
迷い家の本体。
それは、乱陀が今いる、真宵学園。
完全に原型を留めていないほど改造されていたが、自動修復の効力が残っていたのが幸いだった。
それにより、真宵学園が迷い家だと判明したのだ。
今までは、迷い家を不法占拠されているとは分かっていたものの、具体的な証拠が無かったため、手出しができなかった。
なにせ、ひとつの都市を丸ごと糾弾しようというのだ。
噂話だけでは、動けない。
ここに来ての、乱陀の証言。
そこから、魔導院本部の遠距離鑑定部隊による、真宵学園の鑑定が入った。
結果として、真宵学園は、迷い家と同一の建造物と判断された。
マモリは、拳を握る。
「……長かった。とうとう、わらわの迷い家が、手の届くところに」
マモリにとって、迷い家とは、ただのダンジョンではなかった。
仲間や、数多くの冒険者たちとの思い出の詰まった、宝物。
奪われた時は、自らの半身を捥ぎ取られたかのように、心が裂けそうになった。
だが、悲しみに浸るのも、今日まで。
今この時より、悲しみは捨て、激怒と共に真宵市から迷い家を奪い返すのだ。
マモリが、ネットを通じて、真宵市内の住民へと勧告する。
「こちら、魔導院のマモリじゃ。
真宵市全域の住民に伝える。
真宵市は、不法占拠建造物と認定された。
即刻、退去せよ。
繰り返す。
真宵市は、不法占拠建造物と認定された!
これは、魔導院の総意でもある!」
マモリの網膜には、動画のライブ・ストリーミングを閲覧していた、日本全国のみんなからの「いいね」が爆増する。
チャット欄にも、「マモリン、カッコかわいい!」「マモリンがんばって!」「真宵市ぶっつぶせ!」などの応援のメッセージも大量に流れていた。
それとは逆に、真宵市のローカルネットは阿鼻叫喚であった。
今朝から流れ出した、勇斗とエリネによる、でっちあげの罪での乱陀追放の動画。
動画の端には『漢』の一文字。
これは、スーパーゴッドハンド竜次による、検証が済んでいる証。
つまりこの動画は、偽造や作り物ではなく、真実であるということ。
なお、乱陀追放の場に直接いなかった市民も、無実などではない。
ネットで散々、乱陀こそが悪だと拡散しまくっていたのだ。
そこからの、魔導院による真宵市そのものの不法占拠認定と退去要求。
数百万の住民が、悲鳴を上げていた。
真宵市は、数年前に突然現れた、空飛ぶ都市。
当時のキャッチコピーは「とうとう誕生!モンスターに襲われない、安全な街!」として売り出されていた。
地上で、命を危険に晒しながら生きてきた住民たちの目には、ユートピアのように見えた。
乱陀たちも中学に上がる頃、モンスターと化し勇斗に討伐された両親の生命保険のほとんどを使い、真宵市に移住した。
今、真宵学園にいる生徒の大半は、親がモンスター化したか、モンスターに殺された、親族がいない人間ばかりだ。
真宵市の管理・販売会社は株式会社・日本超絶建築。
この会社は、ダンジョン乗っ取りを生業とする違法クラン『ダンジョンテイカーズ』のフロント企業であった。
真宵市の他にも、乗っ取ったダンジョンのエネルギーを活用した発電所や、結界発生装置を建築している。
ダンジョンテイカーズに取っても、真宵市の運営は大プロジェクトで、ほとんどのメンバーは真宵市の高層ビルに住んでいた。
そのビルから、空飛ぶスケボー『エアボード』で、続々と飛び出してくる、ダンジョンテイカーズ。
手には、武器や魔法道具を持って。
先頭を走るのは、ツインテールの美少女。
この美少女こそ、ダンジョンテイカーズのリーダー。
実はこの美少女は、本来は男性であったが、ワイルドハント・ワールドで作ったキャラが、この美少女キャラだったため、ナノマシン暴走により、美少女の姿が定着してしまったのだ。
本人としては、むしろ大満足であったが。
ツインテールの美少女のキャラクター名は『月瀬☆ライム』。
ライムは、建築系ジョブ『スクラップ&ビルド』である。
その手には、大きなドリルを持っている。
ライムは、その美しい顔を、憎しみで歪め、ひとり呟いていた。
「くそっ!くそくそ!何で魔導院なんかが出しゃばってくんだよ!真宵市はボクたちのものだ!」
ライムの後ろからも、エアボードに乗った美少女たち。
彼女らは、全員、元は男性。
ライムと同じように、ナノマシンの暴走により、プレイヤーキャラである美少女の姿に変化したのだ。
ダンジョンテイカーズは、空を駆ける。
飛行船に乗った、マモリたちを撃退するために。
★
クラン『光の翼』本部へと戻って来た勇斗は、大激怒であった。
「畜生!あいつら、舐めやがって!」
受付嬢からあらましを聞いたところ、乱陀とその一味が、クランに残っていた約三十名を、殺害したのだ。
当然、勇斗はクランメンバーの事を仲間などと思ってはいない。
自分を褒め称えて、気持ち良くしてくれるための道具である。
その道具を壊されて、癇癪を起しているのだ。
また、お気に入りの性奴隷である美少女四人組が、乱陀と共に出て行ったそうだ。
それも勇斗の怒りに拍車をかける。
だが、そこにかかる女性の声。
サブリーダーのパラディン、飛鳥だ。
「落ち着きなよ。乱陀ってやつを、無実で追放したのは事実なんでしょ?」
「う、うるせえ!だからって、大切な仲間を殺されて、黙っていられるかよ!」
飛鳥は、いつも冷静沈着だ。
美人だからクランに入れたが、口説いてもまったく靡かず。
力づくで犯そうとも考えたが、高レベルパラディンの防御力は尋常ではないため、困難を極める。
まだレベル91だった頃の勇斗ですら、迂闊に手出しができなかった。
何せ、無敵を誇る『絶対切断』のスキルが、唯一効かない相手なのだ。
防御系の構成の高レベルパラディンは、文字通りの鉄壁となる。
レイプに失敗したら、逆に飛鳥によって撮影されるであろう勇斗の犯行の一部始終が、拡散されてしまう可能性が高い。
おまけに警戒心が異常に高く、飲み物も、未開封のペットボトルの物しか飲まないほど。
薬も盛れない。
そうこうしている内に、いつの間にかクランメンバーの心を掌握し、サブリーダーにまで上がっていたのだ。
飛鳥は、いまはもう勇斗にとって、目の上の瘤でしかなかった。
クラン『光の翼』は、勇斗派と飛鳥派に分かれている。
今は勇斗派の方が数が多かったが、今回の乱陀冤罪の件で、立場が入れ替わるかもしれない。
そんなことは、勇斗のプライドが許さなかった。
勇斗は、自分の派閥のメンバーのうち、十人弱を引き連れて、本部を出る。
この真宵市のどこかに、乱陀がいるはずだ。
おそらくは、記録動画を拡散した、スーパーゴッドハンド竜次も。
今やるべきは、速やかに乱陀を排除し、勇斗に都合のいい動画を竜次に捏造させることだ。
(そうだ。あの四人め。俺の元から離れるってことが、どうなるかを思い知らせてやらないとな)
勇斗は、ニヤニヤと笑う。
美少女四人に、それぞれ犯した時の動画を、チャットで送りつけてやろうと。
誰が主人なのかを思い知らせて、あの雌犬どもを躾なおさないといけない。
勇斗は、網膜の端に映っていた、メディア記録を脳内で操作し、レイプ動画をそれぞれの少女に宛てて送ろうとした。
だが、突然に網膜に現れる『漢』の字。
ネットを遮断されている。
「な……!なんだこれ!」
「勇斗さん、どうしたんですか?」
「くそ!ネットが使えねえ!」
「え?俺たちは普通に使えますけど……」
どうやら、勇斗ひとりだけが、ネットを封じられているようだ。
「ふざけやがって!」
その場で思い切り脚を踏み鳴らし、コンクリートの地面を割る勇斗。
そこに勇斗の背後から、ワイヤーフックにぶら下がり、高速で飛来する影があった。
レベル80のシーフ、シグマだ。
シグマは、勇斗に指先で触れた瞬間、勇斗のナノマシンに記録されていたレイプ動画のデータを全てかっさらう。
そのまま向かい側のビルの壁に片手で掴まるシグマ。
勇斗に振り向き、舌を出してみせた。
「へへっ!お宝動画、いっただき!」
勇斗は、一瞬、唖然とする。
だが、すぐに気を取り直して、ナノマシンに記録しておいた動画を、急いで確認する。
動画が、無い。
これでは、レイプしてきた数々の少女たちを、脅せない。
もう一度犯して、撮影し直すことも考える。
だが、勇斗が犯してきた美少女たちは、勇斗に対する憎しみで結託している。
レベルが下がっている今、徒党を組んでいる少女たちを力づくで犯すことも困難だ。
薬を盛ろうにも、一度痛い目に合った少女たちは全員、自分が買ってきた飲食物しか口に入れないようになっていた。
まずい。
脅迫材料すら無くなった今、頼れるのは、まだ勇斗がレベル91だと思い込ませている虚言のみ。
レベルが下がったことがバレれば、もう自分を守る物は何もない。
冷や汗で、全身がびしょ濡れになっていた。
勇斗の取り巻きが、ビルの壁に掴まっているシグマを見て、騒ぎ立てる。
「な、なんなんだ、あの女!」
「勇斗さん、何かされました?」
「い、いや、何でもない。大丈夫だ」
勇斗は、何かを言う訳にはいかなかった。
勇斗が今、味方を引き連れていられるのは、あくまで高潔な英雄だと思われているからだ。
強姦の事実が知られれば、周りから味方がいなくなる。
いや、むしろ、全員が敵に回る。
顔色を青褪めさせる勇斗に、シグマは告げる。
「乱陀君からの伝言。真宵学園の中庭で待つ、だってさ」
そしてシグマは、また別のビルにワイヤーフックを飛ばし、去って行く。
(どいつもこいつも、舐めやがって!)
怒り狂う勇斗は、真宵学園へと続く大通りを、早足で歩く。
十人弱の手下を連れて。
なお、今日は平日ではあるが、学園は急遽休校になったと連絡が入っていた。
当然だろう。
真宵市全体に、魔導院による退去命令が出ているのだ。
授業どころではない。
勇斗は歩く。
真宵学園までは、もうすぐそこだ。
上空を仰ぎ見れば、大量のエアドライバー。
真宵市から急いで逃げ出している市民だ。
このまま退去せずにいると、魔導院の軍人たちに攻撃対象と見なされる。
中には、株式会社・日本超絶建築へと、抗議へ向かう者も少なくないようだ。
何せ、真宵市民は、不法占拠建造物を売りつけられた被害者なのだ。
金を幾らかでも取り戻さねば、住む場所すらどうにもできない。
勇斗は歩く。
目の前の角を曲がると、真宵学園の校門である。
そこを抜けた中庭に、乱陀が待っている。
今の勇斗では、単独で乱陀に勝つことはできないだろう。
しかし、高レベルのクランメンバーが、十人弱、手駒として控えている。
戦いは、クランメンバーの冒険者たちに任せるつもりだ。
勇斗は、背後にいる冒険者たちに、声をかける。
「よし。お前ら、準備はいいか?」
勇斗は、冒険者たちへと振り向く。
その目の前には、黒銀の右腕を振りかぶった乱陀がいた。
「へ?」
乱陀は、右腕で勇斗の顔面を殴り飛ばす。
顎の骨が砕ける感触。
「へぶおっ!」
大通りのコンクリートの地面へと、倒れる勇斗。
数本の歯が折れ、血と共にコンクリートに散る。
「あがががっ……」
勇斗は起き上がろうとするが、あまりの衝撃で手足に力が入らない。
拳を握り、仁王立ちの乱陀。
当然、手加減はしていた。
レベルの下がった勇斗に、全力で殴打すると、それだけで頭を吹き飛ばしてしまうからだ。
勇斗の背後にいた冒険者たちも、目を丸くしている。
「ら、乱陀!?」
「いつの間に!」
「ど、どこから現れた!?」
何の事は無い。
高速移動のブーツで、目にも止まらぬ速さで、勇斗の元へと駆け抜けただけだ。
勇斗の取り巻きの冒険者たちは、口々に乱陀を非難する。
「おい、乱陀!お前、真宵学園の中庭で待ってるって……」
「ああ。すまん。あれ、嘘だ」
「なっ!この卑怯者め!」
「恥を知れ!この野郎!」
「まあいいだろ?どうせ俺は悪党扱いなんだ。ところで……」
乱陀は、勇斗に付き従っていた冒険者たちを睨む。
左頬には、『Six Feet Under』の文字が赤く輝く。
「久しぶりだな、お前ら。
追放の時の、俺の記憶、見たんだろ?
その上で、勇斗に付いたんだよな!?
覚悟は!出来てるんだろうなぁっ!」
吠える乱陀。
空気が、ビリビリと震える。
高レベル冒険者、十人弱。
戦いになれば、決して、乱陀に引けを取らないはず。
だが、その場の全員が、乱陀に飲まれていた。
レベル139の邪術師『ウォーロック』。
その右手には、神話級サイバネアーム『堕天』。
堕天に設定されているのは、痛覚遮断のスキルブレイク。
放たれるのは、極限の苦痛を与えるカース・ギフト。
正に、憎しみと復讐の構成。
乱陀は、黄金の左手で、冒険者たちを指差す。
「憶えとけ。お前らがこれから行きつく先は、墓の下だ」




