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エドワード・鳳凰院・十三世という男について

 五隻の飛行船が、雲を突き破り、青空を進む。


 中央の飛行船のデッキには、影がそのまま人の形を取ったかのような、漆黒の肌の男が一人。

 その顔の中央には、大きな目が一つ。

 身に(まと)った金縁(きんぶち)の白衣を、風に(なび)かせながら、その眼差しは、前方の空に浮かぶ、巨大な都市を見つめていた。


 空飛ぶ都市、真宵(まよい)市。


 乱陀の故郷であり、乱陀を追放した都市であり、乱陀の敵である。


 そして、その一つ目の男、エドワードに取っても、真宵市は無関係ではない。


 エドワードの隣には、着物を着た、黒髪ボブカットの幼い少女が立っていた。

 両目の脇には、ハート形のシール。

 ナチュラル風のバッチリメイク。

 魔導院・紅蓮町支部の支部長である座敷童(ざしきわらし)、マモリだ。


 マモリは、自分の周りを旋回する、三台の球形カメラの一つに向かって、横向きのピースサインをしている。

 動画のライブ・ストリーミングである。


「おはマモリ!みんなのマモリンじゃよ~。

 今日はな!ななな、なんと!とうとう、わらわの悲願であった、真宵市の攻略に来ておるのじゃ!

 あそこは、わらわのダンジョンであった『(まよ)()』を勝手に魔改造して作られた街!

 それを!奪い返すのじゃ!」


 カメラに向かってウインクをし、歯を見せ笑う、マモリ。


 マモリの網膜に映る、動画閲覧者からの「いいね」が急増する。


 マモリのジョブ『座敷童』は、ダンジョンマスター系である。

 自分のダンジョンを構築し、モンスターを住まわせ、お宝を配置する。

 侵入してきた冒険者たちを撃退すると、経験値がパーティに入るのだ。

 そのため、パーティメンバーとして、魔法道具を作成するエンチャンターや、モンスターを飼いならすテイマーは、ほぼ必須と言える。


 そして、ダンジョンには、中心部となるダンジョンコアが存在する。

 ダンジョンコアを破壊されれば、そのダンジョンは完全攻略となり、ダンジョンそのものも一旦消え去り、冒険者側には大きな経験値が入る仕組み。

 マモリの迷い家も、ダンジョンコアを破壊されれば、一度は消滅するものの、一定時間経てば何もかも復活するはずであった。

 しかし現状は、ダンジョンコアが破壊されないまま飼い殺しにされ、真宵市の動力源となっている。

 これは、ダンジョン乗っ取りと呼ばれる、迷惑行為の一種。


 ワイルドハント・ワールドでは、冒険者側も、ダンジョンマスター側も、本来はみんなが楽しく遊べるゲーム。

 だが、たまにこのような、ダンジョン乗っ取り行為をする(やから)がいる。

 ダンジョン乗っ取りは、明確な禁止事項では無いものの、他者を(ないがし)ろにするものとして嫌われているのだ。




 エドワードは、隣で楽しそうにライブ配信を行っているマモリを見る。

 今でこそ元気になったが、迷い家を奪われた時のマモリは、悲しみに暮れていて、見ているだけで辛かった。


 エドワードに取って、マモリはナノマシンが暴走する前からの仲間。

 エドワードに、自分らしく生きる楽しみを教えてくれた恩人。

 エドワードに、居場所をくれた、大切な人。


 迷い家は、エドワードに取っても、思い出の詰まった場所。


 エドワードの一つ目は、青空に浮かぶ真宵市を睨む。

 迷い家を乗っ取った冒険者クラン『ダンジョンテイカーズ』も、あのどこかに居るはず。

 エドワードの瞳に、怒りが映る。


(乱陀さんの真似じゃないですが、「絶対許さねえ」ってやつですね)


 ギザギザの歯の大きな口で、エドワードは笑う。







 エドワード・鳳凰院・十三世の父、エドワード十二世は、イギリスの貿易商であった。

 母は、鳳凰院家の長女。

 結ばれたのは、互いにメリットのある、政略結婚である。


 父としては、十二代続いたエドワードの名を残したい。

 母としては、鳳凰院家を残したい。

 結果として、エドワードの名を子に継がせることを条件に、父は鳳凰院に婿入りをした。

 そして生まれたのが、エドワード・鳳凰院・十三世。


 エドワード十三世は、幼い頃から利発であった。

 また、顔立ちが恐ろしく美形であった。


 中学の頃から、ファンクラブが出来ていた。

 高校に上がった頃には、そこらの俳優など目では無いほどの超絶美青年となった。

 大学は、日本でもトップクラス。


 だが、エドワードは生きていて、楽しいと思えたことは一度も無かった。

 父と母からは、褒められたことなど一度も無い。


 全国模試で二位を取れば、なぜ一位ではないのかと叱られ。

 スポーツでも高校全国準優勝を取れば、なぜ優勝ではないのかと叱られ。

 歩く歩幅(ほはば)も、椅子に座る脚の角度も、事細(ことこま)かに注文を付けられた。


 そして、笑顔を絶やさずに、と言われ続けて。

 生まれてから、大学生となった今まで、ずっと笑顔。

 本当に笑ったことなど、一度も無いのに。


 大学では、変人と言われる友人が、ひとり出来た。

 その変人に付き合わされ始めたのが、ワイルドハント・ワールド。

 最初は、ただ面倒なだけだと思っていた。

 空っぽの笑顔を貼り付けて。




 だが、ログインした瞬間、文字通り、エドワードの世界が変わった。




 あのキャラメイクの時に感じた、初めての衝撃は、今でも忘れない。

 髪も顔も身体も、自在に変えられる。

 これから始まる冒険の予感に、ワクワクが抑えられなかった。


 あれこれ試行錯誤してみる。


 肌も髪も真っ黒にしてみよう。

 目も、一つだけにしてみよう。

 歯も、ギザギザにできるじゃないか。


 ナノマシン『銀の細胞(シルバー・セルズ)』によって、書き換えられる外見。

 鏡で自分を見た時には、驚きと共に、喜びが溢れ出してきた。

 生まれて初めて、自分自身の意思で選んだものが、目に見える形で具現化されている。

 ゲームの中でだけは、誰かの言いなりではない、自分の人生を歩めるのだ。


 エドワードは、一つだけの目で、ギザギザの歯で、笑った。

 それが、人生で初めての、本当の笑顔だった。


 そして、変人の友人を介して、マモリと出会う。

 エドワードは、マモリとパーティを組み、ダンジョンマスター側として活動することにした。

 変人の友人は、モンスターを捕まえるテイマーだった。


 エドワードは、マモリの移動式ダンジョン『迷い家』の、お宝作成担当。

 魔法道具を作成する(かたわ)ら、こだわりのコーヒーを()れて、皆に振る舞う日々。

 楽しかった。

 心から楽しいと思えることに、出会ってしまった。


 時には、ダンジョンを攻略しに来た冒険者たちと、食事会をした。

 意見を交換する、冒険者とダンジョンマスター。


 あのモンスターが強すぎるだとか。

 あの罠がひどすぎるだとか。

 でも、あの魔法道具は、すごく便利だとか。


 マモリとは、よく話した。

 マモリは現実では、エドワードの一歳年上のOLだった。

 ゲームの中でだけ、本当の自分でいられる。

 それは、エドワードも同じだった。

 たまに現実でも、座敷童の口調(くちょう)が出そうになると聞いて、また笑った。


 エドワードの心は常に、迷い家にあった。

 身体は鳳凰院の屋敷にあったとしても。


 エドワードは、ゲームの中の、一つ目の姿こそが、自分の本来の姿なのではないかと思う。

 現実では超絶美青年などと呼ばれていても、知ったことではない。




 しかしある日、ワイルドハント・ワールドをプレイしていることが、両親にバレてしまう。




 当然、ゲームは禁止。

 自室には、監視カメラまで備え付けられた。

 姿勢を少しでも崩すと、母がわざわざ文句を言いに来た。

 再び貼り付けられる、空っぽの笑顔。

 息が詰まって窒息しそうだった。


 そして、やって来る、運命の日。

 ナノマシン『銀の細胞(シルバー・セルズ)』が、コンピューターウイルスにより、暴走した、あの日。


 部屋で勉強をしていたエドワードが、突然に銀色の光に包まれたかと思うと、ゲームキャラクターである、一つ目の姿に変化していた。

 混乱するエドワード。


 鳳凰院の屋敷のところどころで上がる、悲鳴。

 使用人がモンスターに変わり、両親を食い殺していたのだ。


 エドワードは、襲い掛かるモンスターたちを振り切り、命からがら、屋敷の外へと飛び出す。


 そして、屋敷の前に現れる、迷い家。


 迷い家へと駆け寄る、一つ目のエドワード。

 鳳凰院の屋敷になど、目もくれず。


 マモリが、迷い家の入り口から、手を伸ばしていた。


 その手を取った時、エドワード・鳳凰院・十三世の、真の人生が始まった。







 乱陀は、第二音楽室のベッドの上で目を覚ます。

 乱陀とカノンは、昨日とは部屋を変えていたのだ。

 同じ部屋ばかりを拠点にすると、その場所の情報が漏れた時に、寝込みを襲われてしまう。

 毎日、適当に部屋を変えていれば、万が一、昨日の拠点がバレたとしても、今日の拠点はまた別の場所。

 安全と安心度が違うのだ。


 第二音楽室へは、近くの保健室から、ベッドを運んで眠った。

 乱陀の腕力なら、ベッド程度、片手で運べる。

 乱陀の隣には、パジャマを着たカノンが眠っている。


 乱陀は、自分の左頬を撫でる。

 そこには『Six Feet Under』の文字が刻まれている。

 そして、その下には横一文字の傷。

 おとといの夜、カノンから、その左頬に口づけをしてもらった事を思い出す。


 乱陀は、眠るカノンの顔を見る。

 明るい緑の肌の、美少女。

 乱陀は、カノンの頬に、軽くキスをする。

 エリネとは何度もキスを重ねてきたはずだが、まるで初めてのように、胸がドキドキした。

 顔が熱くなる。

 すると、カノンの目が、うっすらと開いている事に気が付いた。

 カノンの頬が赤く染まっている。


「……乱陀さん、顔、真っ赤ですよ」

「……お前もな。起きてたのか」

「はい。寝たふりしてて、大正解でした」


 乱陀は、カノンの頭をそっと撫でる。

 柔らかい、ショートカットの黒髪。

 この世で唯一、カノンと二人でいる時だけは、心の底から安らげる。

 カノンも同じだと嬉しい、と乱陀は思う。


 すると、突然、乱陀とカノンの脳内に、ナノマシンによる通信が入る。

 網膜に映るのは、大きな一つ目。

 エドワードだ。


「乱陀さん!カノンさん!ご無事でしたか!」

「エドワード?今、真宵市にはジャミングだらけで通信ができないはずだぞ?どうやった?」

「僕は何にもしてません。いきなり、真宵市各所のジャミングが消えたんです。乱陀さんこそ、何かやりました?」


 やったと言えば、やった。

 クラン『光の翼』本部を強襲し、そこにいた約三十名を皆殺しにしたのだ。

 あとは、エリネを持ち帰り、手足を斬り落として、隣の音楽準備室に監禁してある。

 それと竜次を……。


「あ」


 乱陀は、エドワードと通信を繋いだまま、真宵市のネットニュースを網膜に映す。

 そこには、乱陀の受けた裏切りの一部始終が動画としてネットにアップされており、真宵市民たちが議論をぶつけ合っていた。


 ほぼ間違いなく、スーパーゴッドハンド竜次の仕業。

 乱陀の記憶データの真偽の検証が終わったのだろう。


 真宵市全体が大混乱に(おちい)っていた。

 おそらく、ジャミングを行っていた者たちも含めて。

 今までは、勇斗とエリネが、絶対正義だと信じ込んでいたところに、真逆の視点から、真逆の事実がもたらされたのだ。

 おまけに、甲羅市の巨大ホオジロザメ相手に、一人で逃げた勇斗の姿と、ホオジロザメを一撃で倒した、乱陀の姿の映像も流れていた。


「乱陀さん、『(まよ)()』って知ってますか?」

「ああ。名前だけな。確か、真宵市の元になったダンジョンだろ?」

「はい。迷い家は、元々は僕たちのものでした。それを奪い返します」

「まあ、好きにしろ。俺は俺で、勝手に復讐を続ける」

「ええ。もちろん、それで構いません。僕たちも、迷い家を探しながら、勝手に乱陀さんたちをバックアップしますので。でも、迷い家を探すと言っても、真宵市があまりにも広すぎて、どこから探索を始めていいのやら。乱陀さん、何か心当たりありません?」

「そんなこと言われてもなぁ。その迷い家ってやつ、何か特徴とかないのか?」

「うーん。たぶん、見た目はもう原型を留めてないと思いますので……。あ、そうだ」


 エドワードは、ひとつ思い出す。


「壁とか床とか、家具が壊れたりしても、勝手に修復される機能が付いてるんですよ。真宵市のどこかに、そういう特殊な建物があるはずなんですが……」


 乱陀は、周囲を見回す。

 壊れても、勝手に修復される建物。

 そんなものは、真宵市に一つしかない。


 真宵学園。

 今、乱陀がいる、この場所だ。








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― 新着の感想 ―
[良い点] ●遂にネットに真実データが公開された  竜次の検証が終わって納得してもらえたのだろう  最初が勇斗の妄言に検証が行われなかった故の  地獄だったのだから  反証にはちゃんと検証が入るという…
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