Burnin' Pear Party!
燃える巨大な真鍮の雄牛の像が、吠える。
ロビーに鳴り響く、ドラムとベースに混ざって。
雄牛が、蛙のような長い舌を、クランの冒険者に放つ。
次々と舌で巻き取られる、光の翼の冒険者。
そして、その真鍮の巨体の中に飲み込まれる。
炎を纏う、真鍮の巨体。
その内部は、灼熱の地獄であった
「うあああっ!熱いっ!」
「誰か!助けてぇ!誰かあああ!」
「ひいいっ!水をっ!水をくれええ!」
「くそおっ!何で、たかだか真鍮なのに、斬れないんだ!」
神話級装備『堕天』でブーストされた呪いで作られた、真鍮の雄牛。
鋼の剣でも、魔法でも、壊すことができない。
雄牛に飲み込まれた冒険者たちは、目玉が干からびるほどの、熱に晒されていた。
うっかり真鍮の壁に触ろうものなら、皮膚が焼けて、剥がれてしまう。
呼吸をすれば、口と喉と肺が焼かれる。
ファラリスの雄牛の内部には、外部から酸素を吸える、チューブが一本だけ通されていた。
「く、空気!」
我先にと、チューブに噛り付く冒険者の男。
だが、チューブの数は一つだけ。
チューブから酸素を吸った冒険者の胸に、背後から突き刺さる短刀。
「……え?」
乾く目で背後を見ると、アサシンの女が、毒の短剣で背中を貫いていた。
毒で、身体が麻痺する冒険者の男。
そのまま倒れて、熱せられた真鍮の床で、皮膚が焼け焦げる。
「ど、どけ!私に吸わせろ!」
アサシンの女が、冒険者の男の身体を蹴り飛ばし、酸素チューブを掴む。
ふと、その顔にかかる影。
横を見ると、騎士の女が、メイスを振りかぶっていた。
アサシンの目の端に映る、凶悪な形の鋼の棍棒。
「ちょ、ちょっと、ま」
アサシンの女の顔面にめり込む、騎士のメイス。
顔の骨が砕け、陥没する。
飛び散る歯と血が、床に零れ落ち、血が即座に蒸発する。
騎士の女が、チューブを手に取る。
「はあ、はあ、これは私のモンだ!」
だが、その後ろには、何人もの冒険者たちが、迫る。
その場の全員が、たった一つのチューブを狙う。
チューブを片手に、メイスを握りしめる騎士。
そのメイスの柄も、鋼鉄の鎧も、熱で皮膚に貼りついていた。
酸素にありつくための殺し合いが、ファラリスの雄牛の内部で始まる。
燃える巨大な真鍮の雄牛は、合計で十名の冒険者を飲み込むと、その場で座り込む。
その腹の中では、冒険者たちを焼き焦がしながら。
雄牛の周りでは、他の冒険者たちが、右往左往していた。
「何だよこれ!どうすりゃいいんだ!」
水や冷気の魔法をかけても、一向に消えぬ炎。
戸惑うばかりの冒険者。
そこへ向かう、一人の人影。
乱陀である。
乱陀は、冒険者たちに、告げる。
「安心しろ。そいつはもう、腹一杯だとさ。中にいる奴らは、あと少しで全員、焼肉になるだろうけどな」
冒険者たちは、乱陀を睨みつける。
「お前!許さねえ!」
「このクズ野郎!」
「死んじゃえばいいのよ!」
乱陀へと罵声を投げかける冒険者たち。
つい先ほど、乱陀の無念を追体験したというのに、それが真実であるとは、意地でも認めないようだ。
「お前ら、本当に救えねえな」
乱陀は、呟き、黄金竜の左手を冒険者たちに向かって掲げる。
乱陀にしか見えない、巨大な下向きの矢印が、三階まで吹き抜けになったロビーの宙に現れる。
途端、圧し潰される冒険者たち。
かなり手加減をした、グラビティ・ギフト。
結界を張る者もいたが、簡単に割れる。
今、ここにいる者は、あまりレベルが高くないのだろうか。
このまま圧殺することは容易いが、エリネが付与した痛覚遮断も破壊しないまま、苦痛を感じずに死ぬことなど、赦しはしない。
乱陀は、ブーツの底から赤い軌跡を残し、冒険者たちの間を駆け巡る。
右手で、触れ回りながら。
破壊される、痛覚遮断のスキル。
上空に舞うカノンが、痛覚が戻った冒険者たちに、銃弾の雨を降らせる。
手足や胴体の肉を爆散させる、9mmパラベラム弾。
わざと急所は外しているようで、出血により死亡するまでの間、激痛の中で苦しみ抜くことになるだろう。
グラビティ・ギフトで倒れた冒険者の中には、脚を踏ん張り、立ち上がる者も出てきた。
魔法耐性がある程度高い者だろう。
だが、動きがかなり低下していることには間違いない。
乱陀は、立ち上がった冒険者たちの中に、高速移動で突っ込んだ。
独楽のように回転しながら、右手で冒険者たち触れて行く。
冒険者たちの中央を抜け、反対側に飛び出る乱陀。
丁度その時、カノンも高速移動で飛来する。
隣り合い、同時に着地する、乱陀とカノン。
乱陀は、背後を振り向く。
そこには、痛覚遮断が破壊された冒険者たち。
「……お前らよぉ。本当は、分かってんだろ?
俺が無実の罪で追放されたってことを。
左手も斬られて、左脚も燃やされて。
でも、今さら勇斗とエリネの嘘でした、って言われても、困るもんなぁ。
だから、このまま嘘を真実として、でっち上げようとしてたんだろ?」
乱陀は、吠える。
「この嘘つきどもが!
勇斗とエリネだけじゃねえぞ!
お前ら全員、同罪なんだよ!」
乱陀は、右手をロビーの床に叩きつける。
手のひらには『Good Luck!』の表示。
「嘘つきの口には、お仕置きが必要だよな?」
地面に貼られた札には『苦悶の梨』とあった。
ロビーの床から、金属の奔流が噴き出る。
それは、一瞬にして育ち、三階の天井まで届きそうなほどの、大きな金属製の樹木となる。
幹は、絡まり合った鋼。
葉は、薄く鋭い鉄。
そして、枝からは、無数の鎖が垂れさがっていた。
その鎖の先に有るのは、鋼鉄の梨。
縦に何本かの切れ目の入った、ネジが付いた梨。
乱陀は、黄金竜の左手を差し出し、グラビティ・ギフトを強くする。
立ち上がっていた冒険者たちも、耐え切れずに膝を付く。
「焼肉の後のデザートだ。よーく味わえよ!」
鎖に繋がった無数の梨が、冒険者たちに襲い掛かる。
グラビティ・ギフトにより、動けないクランの冒険者。
鋼鉄の梨が、無理矢理に口の中に侵入する。
歯を折り、顎の関節を砕きながら。
「むぐっ!」
「ぐうっ!」
そして、梨に付いたネジが、キリキリと回る。
縦に切れ目が入った梨が、ゆっくりと開き始める。
それは、つぼみから花が開くように。
「む、むがっ!」
「おうおおっ!んんんっ!」
「あがががっ!」
乱陀とカノンが、倒れている冒険者たちの間を、のんびり歩く。
「ああ?何言ってるか分かんねえよ。まあ、どうせ嘘しか吐かない口だ。要らないだろ」
梨は、開いてゆく。
冒険者の口を裂いて。
顎の骨を割って。
「んんんんんっ!」
「がああああああっ!」
「ああっ!あああああっ!」
冒険者たちの口からは、滝のように大量の血が流れていた。
その目からは、滂沱の涙。
半数以上が、小便を漏らしていた。
そして、開き切る梨。
どばどばと噴き出る、血。
冒険者たちは、口が耳まで裂け、砕けた顎からは、舌がだらりと出ていた。
全員、HPが激減していた。
瀕死の者もいれば、既に死亡している者もいる。
乱陀が、右手を上げる。
「それじゃあ、さようならだ」
そして、指を鳴らす。
クランメンバー全員に、今までとは比べ物にならないほどの重力がかかる。
全身の骨が砕かれ、内臓が潰され、目玉が飛び出て死亡する、生き残りの冒険者たち。
生き残っているのは、青マーカーの美少女四人組と、エリネだけだった。
「ずいぶん呆気なかったな。これなら、ツバキたちのチームの方が断然強かったぞ」
「ですね。たぶん、この人たち、あんまりレベル高くないんじゃないですか?」
おそらくは、カノンの言う通り、高レベル組は勇斗あたりと一緒に出かけているのだろう。
乱陀はカノンと楽し気にお喋りをしながら、エリネの元へと歩いてゆく。
そのままエリネを、胴体だけの棺であるアイアンメイデンごと、担ぎ上げた。
アイアンメイデンからは、あらゆる体液が混ざった汁が零れる。
「乱陀さん、それどうするんですか?」
「持って帰って、続きをやる。こいつは、この程度じゃ済まさない」
そこに、声がかかる。
鈴の音のような、美しい声。
謎の美少女四人組が、乱陀に尋ねる。
「あの、さっき、貴方の記憶を見ました」
「勇斗、恨んでるんですよね?」
乱陀は、黄金の左腕でエリネを担ぎながら、四人組に向き直る。
「そうだ。あんたらは?」
「同じです。勇斗を殺したい」
「訳は?」
「……言えません」
乱陀は唸る。
当然のように、信用などしない。
だが、カノンのホークアイのスキルによれば、青マーカー。
今の所、敵対ではないのは確実だ。
しかし……。
乱陀は、後を続ける。
「それで、何の用だ?」
「私たちにも、協力させてください」
「却下だ。勇斗は殺す。だけど、お前らとは組まない」
「そ、そんな!私たちだって、恨みを晴らしたいのに!」
「俺はカノンしか信用しない」
その時、三階の廊下から、ワイヤーフックで降りて来る人影。
手首からワイヤーフックを伸ばしたシグマと、それに掴まった霞と竜次だ。
シグマは、霞と竜次を一階の床に降ろし、乱陀とカノンを睨みつける。
「この、バーサーカップルが!運よく低レベルしかいなかったから良かったものの、高レベル組がいたら、やられてたかもしれないんだよ!?」
「誰が相手だろうと、やることは同じだ」
「リスクの度合いが違うでしょうに!」
乱陀に詰め寄るシグマ。
だが、乱陀は全く反省の色など見せなかった。
反省する必要など無いからだ。
そして、シグマは美少女四人組に向き直る。
「私が話聞くから。あっち行きましょ」
シグマが、四人組を連れだって、ロビーの隅に移動する。
何やら、話し始める四人組。
そして、涙を流している。
四人を慰めるシグマ。
四人の内の一人は、その場に泣き崩れてしまった。
乱陀は、カノンに聞く。
「俺たち、先に出てるか」
「はいっ!」
乱陀は、アイアンメイデンに入ったエリネを担ぎ、のしのしと歩く。
一般人の受付嬢は、戦いには巻き込まれなかったため無傷だったが、腰を抜かしていた。
「邪魔したな」
「は、はひ……」
乱陀が自動ドアを潜ると、ツバキチームが、エアボードでビルの前の歩道に降り立ったところだった。
「ちょっと!私の出番は!?……って、なにそれ?」
ツバキは、乱陀が担ぐアイアンメイデンの底面を指差す。
ツバキの位置からは、エリネの頭は見えないようだ。
「ああこれな。ほれ」
乱陀は、どすんとエリネをコンクリートの道に降ろす。
エリネの全身に前後から突き刺さっていた鉄の棘が、振動で揺れ、エリネの身体に激痛が走る。
「ひああああああああっ!」
涎を垂らし、泣き叫ぶエリネ。
ツバキたちは、目を丸くして、引いていた。
「エ、エリネ、ちゃん……?」
鉄錆と小便の臭いが充満する。
ツバキたちは鼻を抑えていた。
ツバキチームのヒーラーが、乱陀に問いかける。
「あ、あの、清潔化の魔法くらいは、かけてもいいですか?血の臭いが……」
「構わんが、どさくさに紛れて攻撃して来たら殺すからな」
「しませんよ!」
ヒーラーが、乱陀とカノンとエリネに、清潔化の魔法をかける。
血塗れだった乱陀とカノンの軍服とマントが、洗濯したてのように、きれいになった。
エリネから発されていた異臭も消える。
「とりあえず、帰るか。エリネも、ちゃんとした場所で縛り上げておかないとな」
アイアンメイデンは、乱陀のカース・ギフトによって作られているため、時間経過で消滅する。
「竜次が言うには、データの検証とやらに丸一日必要らしい。
その後は、俺の記憶がネットへアップロードされる。
真宵市の奴ら全員が、思い知ることになるな。
本当は、誰が正しかったのかを」
★
一方、その頃。
甲羅市の魔導院からは、複数の飛行船に乗り込む戦士たちがいた。
魔導院・甲羅支部の軍人。
甲羅市にいた冒険者。
飛行船乗り場では、幾つもの飛行船を見上げる、大きな一つ目があった。
影のように真っ黒な姿。
金縁の汚れ一つ無い、美しい白衣。
エドワード・鳳凰院・十三世。
エドワードは、完成したばかりの、エンジェルゼリーの結晶で出来た腕輪を、左手に通す。
ギザギザの歯の生えた大きな口が、笑う。
「準備は整いました。
敵は、真宵市。
甲羅市の英雄を助けに行きましょうか」




