表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/45

沖村花音

 水雲(みずくも)乱陀(らんだ)は、ふわりふわりと空から降りてくる。

 その間に、幾つかの強力なスキルを習得していた。


 眼下には、壊滅した都市があった。


 乱陀が小学生の頃に起きた、ナノマシンの暴走による大災害。

 それが起きるまでは、この地は東京と呼ばれ、日本の首都であったのだ。

 乱陀も、真宵(まよい)市に移り住むまでは、この街で暮らしていた。

 小学生の頃、まだ無害だったリアルRPG『ワイルドハント・ワールド』で遊んでいた思い出が蘇る。


 今は、錆びた信号機と、朽ち果てた高層ビルも、(つた)だらけになり、道路には野生の猪や鹿が、歩いていた。

 たった数年で、文明と言うのは滅びるものなのだ。


 それにしても、痛覚遮断(つうかくしゃだん)のスキルを取って正解だった。

 それが無ければ、痛みで死んでしまっていたかもしれない。


 すると、高層ビルの廃墟の隙間から、野生化した牛や羊の群れが、何かに追い立てられているように、全力で疾走していた。

 どすん、と奥から聞こえる衝撃音。


(……何だ?)


 目を凝らすと、獣たちの群れの後から、一人の少女が、宙を駆けて来る。


 その少女は、明るい緑色の肌に、八重歯のような牙。

 ショートカットの黒髪に、140センチメートルほど背丈の、可愛い顔の、小柄な女の子。


 黒い軍帽を被り、金の鎖を幾つも下げた黒の軍服。

 黒のブーツに、黒いマントを羽織っていた。




 そして、その奥から現れたのは。

 黄金の鱗を持つ、ドラゴン。




 着地した彼女は、マントの下の、腰のホルスターから二丁の拳銃を抜いた。


 黒のブーツの底から、赤い魔法陣が地面に広がる。

 魔法陣の外周には『日本魔導院・疾風ノ術』の文字。


 その瞬間、少女は消えた。

 足の裏から広がっていた、魔法陣の赤い光を残し。

 それは、本当に消えたのではなく、目にも止まらぬ速さで跳んだのだ。


 少女は上空に飛び上がると、二丁の拳銃で、黄金の竜を撃つ。

 発射される9mm徹甲弾。

 だが、黄金竜の鱗は硬く、徹甲弾すらも弾く。

 鱗の表面に、うっすらと傷が付いただけだった。


「えっ!?ウソっ!」


 少女は、驚愕(きょうがく)する。




 乱陀は、上空から戦いを眺めていた。


 鱗の傷が再生しないということは、あの銃弾は本物ではなく、ナノマシンによるスキルのようだ。


 最初は、少女を助けようと思っていた。

 だが、他人と関わるのが恐ろしかったのだ。

 どうせまた、裏切られるだけだと、心に刺さった(とげ)が痛む。


 だが、あの黄金竜。

 無くなった手足にするには、丁度いい素材かもしれない。




 少女が宙を駆け巡り、銃を撃つ。

 だが、竜の黄金の鱗は貫けない。


 竜が長い尾を鞭のようにしならせ、少女の胴体を強打する。


「が、はっ」


 廃ビルの壁まで吹き飛び、地に落ちる少女。


 竜が、口を開ける。

 喉の奥には、灼熱の炎が見えていた。


 黄金竜が、火炎を吐く。


 炎が、少女に迫る。


 目を(つぶ)る少女。




 そして、少女の前に、上空から降りてくる乱陀。


 乱陀は、空中に浮いたまま、右手を黄金竜にかざした。

 乱陀にだけ見える、巨大な下向きの黒い矢印。

 重力を与える『グラビティ・ギフト』の発動である。


 乱陀の左頬に輝く『Six Feet Under』の赤い文字。


 高圧の重力により、吐き出した炎と共に、粘性の音を響かせながら潰れる、黄金のドラゴン。

 炎が霧散する。

 この技は、体重が重ければ重いほど、威力が増す。

 巨体のドラゴンには、うってつけだった。


「……え?」


 軍服の緑肌の少女が、きょとんとした顔で、竜を見る。


 身体中の肉が潰れ、骨が砕け、目玉と内臓が飛び出し、大地に()した黄金竜。


 少女の隣に乱陀が舞い降り、ひび割れたコンクリートの地面に座る。

 左脚のない乱陀は、立つことができないのだ。


 乱陀を見て、驚く少女。


「……えっ?ど、どなたですか?

 うわっ!手と足が無いですよ!

 だだだ大丈夫なんですか!?」

「いや、大丈夫じゃない。

 だから、あいつからHPを貰う」


 乱陀は、黄金竜へと右手をかざす。

 黄金竜から乱陀へと、赤い矢印が伸びていた。

 竜の左の前脚と後脚、そして尾が、銀色のナノマシンとなって、分解される。

 そして、そのナノマシンの群れは、乱陀の左腕と左脚となって、再結合される。


 乱陀の左半身に生える、黄金の鱗の手足。

 そして、黄金の尾。


 これは、HPを奪う『ライフ・スティール』というスキル。

 HPを与える『ライフ・ギフト』とセットになっている。


 竜のHPを奪ったことで、失われた左腕と左脚も、黄金竜のものを奪えたようだ。

 おまけに黄金の尾まで付いて来てしまったが。


 今、乱陀の容姿は、左腕と左脚が、黄金の鱗の生えた竜の手足となり、尻からは、三メートルほどの長い黄金の尾が、ズボンを突き抜けて生えていた。

 そして左頬に赤く輝く『Six Feet Under』の文字。


 乱陀は、黄金の鱗の左手を、何度か握る。


「まあ。問題はなさそうだ」


 乱陀の横では、軍服でマント姿の少女が唖然としている。


「あ、あの、もしかして……」


 きらきらと輝く、少女の瞳。


「私を助けてくれたんですよね!」


 少女の目は、まっすぐに乱陀を見つめていた。


 乱陀は、反応を返さない。


 本当は、ただ竜から命を奪うだけではなく、少女を助けたつもりでもあった。

 だが、信じていた者全てに裏切られた乱陀は、誰も信じることが出来なくなっていた。


 少女は、悲し気に目を伏せる。


「……あ、そ、そうですよね。私の事なんか助けないですよね。ゴブリンだし。あはは。早とちりしちゃったなぁ」


 少女は、のそりと起き上がり、マントを()()って、とぼとぼと歩き出した。

 乱陀は、その姿がまるで、自分自身のように思えて。

 いつの間にか、少女の腕を掴んでいた。


 驚き、振り向く少女。


「えっ?」

「あの、そのな。たぶん、また同じことが起きたら、同じように助ける。ゴブリンだとか、俺には知ったこっちゃない」


 そう、種族など知ったことでは無かった。

 同じ人間に裏切られたばかりなのだ。


 少女の緑色の肌に、赤みが差す。


「ゴ、ゴブリンでも、関係ないん、ですか……?

 みんな、私の事を見捨てて当たり前なんですよ?

 今だって、ドラゴンが出たから、他のメンバーに置いて行かれて……」

「ああ。ゴブリンだろうが、何度でも助けてやるよ。

 あと、どこかで服を買える場所知らないか?ほら、ボロボロでさ」


 乱陀が着ているのは、高校の制服のブレザー。

 だが、勇斗(ゆうと)に腕を斬られ、魔術師には足を焼かれ、さらには黄金の尾まで生えてきたことにより、乱陀の制服は、ところどころパーツを失っていた。


 緑色の肌の軍服少女は、乱陀の両手を握りしめ、まっすぐに乱陀を見つめる。


「知ってます!一緒に!一緒に行きましょう!あのドラゴンの結晶を取れば、いい服が買えますよ」


 モンスターと化した動物や人間を倒すと、その肉体の中からはナノマシンの結晶が手に入る。

 これは、様々な魔法道具の材料となるため、高額で取引をされているのだ。


「あ、申し遅れました!」


 少女は、少しずれた軍帽(ぐんぼう)を、左手でまっすぐに直す。

 笑った口元からは、八重歯のような牙が見えた。


日本(にほん)魔導院(まどういん)所属。


 『ゴブリン』


 沖村(おきむら) 花音(カノン)です!」






 紅蓮町(ぐれんちょう)


 きっと、元は別の名前であっただろう。

 廃墟となったビル群を改造して出来上がった、町。


 今では、数多の種族で溢れ返っている、魔界であった。


 オークの経営する肉屋では、ミノタウルスが鶏肉を買っている。

 酒場では、ウェアウルフとトロルが飲み比べをしていた。

 ドワーフの魔法道具屋では、ハーピーの女性が脚輪を試着している。


 道路には、様々な種族のモンスターたち。

 カノンに連れられた乱陀は、物珍しさに辺りを見回す。


 カノンが先行して、町を案内していた。


「ここ、ただの人間ってほとんどいないんですよ」

「ああ。モンスターの種族ばかりだな」

「でも、安心してください。ここの人たちは、理性を失ってません。中身は普通の人間のままなんです」


 普通の人間。

 その普通の人間とやらに、乱陀は殺されかけたのだ。

 人間が一番信用できなかった。


 敵のモンスターの方がまだマシだった。

 最初から敵だと分かっているからだ。


 カノンだって、同じなはずだ。

 中身は普通の人間の奴らに、ドラゴンの前に置き去りにされたのだ。


 先を行くカノンが、振り返り乱陀に笑いかける。

 笑うと、八重歯のような牙が覗くカノン。


「やっぱり、目立ってますね。しっぽ」


 住民のみんなが、乱陀をちらちら見ている。


 乱陀は黄金竜から奪った長い尾を、丸めて持ち上げ、人混みを歩いていた。

 この尾は伸ばせば、三メートルはある。

 長い上に、鱗が金色に輝いて、非常に目立つのだ。


 そこに、誰かの肩とぶつかった。

 ガラスの割れる音。


「あ~!大切な酒が!」


 横を見ると、ハイエナの顔のコボルトが、落とした袋を見て、困り顔。

 コボルトは、乱陀へと突っかかって来る。


「どうしてくれるんだよ!両親へのプレゼントだっていうのに!弁償しろ!」


 乱陀は、コボルトを見つめる。

 恐らくこれは、古典的な詐欺。

 割れた瓶の中身は、安物の酒だろう。


「おい!聞いてんのか!十万円もする酒だってのに……」


 乱陀は、長い尾をコボルトの首に巻き付かせ、持ち上げる。


「ぐええええっ!」

「ら、乱陀さん!」


 カノンが狼狽(うろた)え、周囲の住民がざわつく。

 乱陀は、尾で持ち上げたコボルトへと、左手を掲げる


「お前、死んだほうがいいな」


 乱陀の目に映る、コボルトから乱陀へ走る、幾つもの赤い矢印。

 乱陀の左の頬に、赤く輝く『Six Feet Under』の文字。

 HPを奪う、ライフ・スティールの発動だ。


 その時、遠くから聞こえる、ホイッスルの音。

 警察の飛行部隊が、こちらへやってくるのが見えた。

 翼や魔法で飛行してくる、制服警官のモンスターたち。


 乱陀は、尾でコボルトを捕まえたまま、黄金の左手を警官隊に向ける。


「乱陀さん!ダメ!」


 カノンが、乱陀の左手に、しがみつく。

 乱陀は、ほんの少しだけ落胆する。

 ああ、結局は、味方なんて一人も居なかったのだと。


 カノンは、潤む目で乱陀を見つめ、必死で叫ぶ。


「乱陀さん!あの警察官の人たち、乱陀さんを捕まえに来たんじゃないんです!」


 そこに来て、初めて乱陀は手を下ろす。


「どういうことだ?」


 カノンは、コボルトを指差す。


「この人、詐欺の常習犯で有名なんです!警察からも目を付けられていて……」


 そこに、警察の飛行部隊が到着する。

 (ほうき)(またが)って先頭を飛んでいた、ウェアキャットの女性警官が、乱陀の尾に巻かれたコボルトを、冷たい目で見下す。


「あなた。またやったのね。次は無いと言っておいたはずですけど」

「ち、違うんだ!今回のは、本当に高い酒で……」


 歩み出るカノン。


「なら、魔導院で、成分を分析しましょうか?」

「なっ!?余計なことをすんな!このメスゴブリンが!」


 その一言こそが、余計であった。

 乱陀は、まるで自分自身が侮辱されたかのように、怒りを覚える。

 尾に込められた力が増す。


「ぐえええええっ!」

「乱陀さん!死んじゃいますって!」


 カノンが尾に抱き着いて、コボルトを絞め殺そうとしている乱陀を止める。

 警官隊も、慌てて乱陀に言う。


「そ、そこの君、怒る気持ちはわかるけど、ちゃんと罰は受けさせるから、奴を離してやってくれないか?」


 コボルトは、目を充血させ、泡を吹いていた。

 まだ死亡はしていないようだ。

 乱陀は、その場の地面に、コボルトを放り出す。


 警官隊は、コボルトに手錠をかけ、乱陀へと謝辞を述べる。


「すまない。もう二度とこんなことはさせないので、容赦して欲しい」

「次、見かけたら、殺すと伝えておけ」


 乱陀は警官隊に言い放つ。


 乱陀は、今はもう、誰に対しても敬語すら使わなくなっていた。

 この世の全員が敵対したとしても、それはそれで構わなかったのだ。


 逮捕され、警官隊に連れて行かれるコボルト。


 カノンは、乱陀のブレザーの裾を摘まむ。


「……何だ」

「あの、今、私への悪口に怒ってくれたんですよね?」

「さあな」

「え、えへへへ……」


 でれでれと弛緩(しかん)する、カノンの表情。

 明るい緑色の肌が、今は真っ赤だ。


「ほら、服買いに行くんだろ」

「あ、そうでした!」


 カノンは、乱陀の右腕に抱き着く。

 柔らかい、カノンの感触。


 乱陀はカノンを見つめる。

 カノンは、目を()らしている。


「どうした」

「ややややっぱり、触ったら駄目ですよね?ゴブリンとか、緑色で気持ち悪いですよねっ?」


 カノンは素早く乱陀の腕から離れる。


 乱陀は一息ついて。


 カノンの手を握る。


「……あっ」

「ほら、行くぞ。案内してくれ」


 カノンの目から、一粒だけ涙が落ちる。

 乱陀はそれを、見ない振りをした。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ