【エリネざまぁ有り】Rock and Roll!!
エリネは、自分の腹部を襲った、謎の打撃の激痛と衝撃により、胃の中身をどぼどぼと床に吐いていた。
「うえっ、うえええっ!」
酸っぱい臭いが、口の中に充満する。
手足が、震えて言う事を聞かない。
網膜の端に映る、残りHP。
それが、一気に減り、ほぼ瀕死状態だった。
(痛い痛い痛い!苦しい!なんなの!なんで私がこんな目に!)
クランのメンバーは、エリネが吹っ飛んで来た三階に注目していた。
だが、そこには誰もいない。
クランメンバーの目には、そう見えていた。
エリネは、朦朧とする意識の中で、三階を見る。
そこにいたのは、元恋人の乱陀。
「ら、んだ……、なんで、そこに……」
それを隣で聞いた、エリネのクラスメイトでもある魔法使いの男子が、もしやと思い『バフ・キャンセル』のスキルを放つ。
男子の手から、輝く霧が吹きすさぶ。
それは、軽度のバフ系スキルを、解除する技。
バフ・キャンセルの霧が、カメレオンベールを剥がす。
透明になっていた乱陀が、姿を現す。
そこに、彼は立っていた。
ゴブリンの少女と共に。
黒い軍服に黒いブーツ。
黒い軍帽に黒いマント。
左頬には、死を意味する、赤く輝く『Six Feet Under』の文字。
その文字を強調するかのように、文字の下に真横に引かれた、傷。
黄金の鱗の左手と、黄金の長大な尾。
右手は黒銀の神話級サイバネアーム『堕天』。
甲羅市の英雄。
そして、真宵市の災厄。
水雲乱陀が、エリネと、クランメンバー全員を睨んでいた。
「よお。久しぶりだな、お前ら。勇斗は出かけちまったか。まあいい」
乱陀の元クラスメイトたちが、騒ぎ立てる。
「ら、乱陀!?」
「昨日の動画に映ってたの、やっぱり本人だったのか!」
「この、女の敵!」
「今度は、きっちり殺してやる!」
乱陀は、それを聞き、溜息を吐く。
「変わってねえな。そんなに勇斗とエリネが好きか?」
乱陀は、黒銀の右手を上げる。
その横を、金属の風が通り過ぎる。
それは、全身サイバネの、赤毛の三つ編みの美少女。
レベル80のシーフ、シグマ。
その手には、大量のデータディスクのホログラムの束。
乱陀が、全員に告げる。
「なら、ちゃあんと、見とけよ!
エリネと勇斗が、俺に何をしたか!
お前らが!俺に何をしたか!」
シグマは、手裏剣のようにデータディスクを飛ばし、次々にクランメンバーの頭に差してゆく。
結界を張る者もいたが、これは攻撃ではなく情報共有ツールのため、結界を素通りする。
乱陀の記憶を追体験する、エリネを含めた、クランメンバー。
「ねえ、勇斗。そろそろちゃんと付き合ってよ」
「お前だって、乱陀どうすんだよ」
「あれはあれで、役に立つんだもん。キープよキープ」
全員が全員、同じ場面を見せつけられる。
「あんっ。ちょっと、がっつかないでよ」
「ダンジョン帰りなんだ。溜まってんだよ」
「もう。ゴムちゃんと着けてよ?」
「ナマでもいいだろ。乱陀の子供ってことにしとけよ」
「乱陀とはまだエッチしてないから、無理よ」
「なに、周りを言いくるめれば、何とでもなるさ」
そして、嘔吐する乱陀の肉体。
「おえええええっ!がはっ!げほっ!」
その苦しさも、胸の痛みも、流れる涙も、絶望も。
その時、全員が共有していた。
そして場面は流れ、乱陀の肉体は、真宵市の端に追いやられていた。
エリネは、勇斗の胸に縋り付き、泣いていた。
乱陀に無理矢理、襲われたと。
流れ込んでくる、乱陀の感情。
嘘だ。
裏切ったのは、お前らだ。
だが、その場に集まっていたクラスメイトやクランメンバーが、勇斗とエリネに同調する。
当然、乱陀の記憶の中には、クランメンバーである自分も居た。
乱陀の視点から見える自分自身が、憎かった。
勇斗が、左腕を斬り飛ばした。
激痛を超えた激痛が、左腕の断面から全身へと走る。
ニヤニヤと笑う、勇斗の目。
乱陀のクラスの集団からは、女魔術師、ツバキが現れ、火炎を放つ。
焼けて、焦げて行く左脚。
あまりの熱さに、全身の皮膚が焼け爛れそうであった。
そして、登場するエリネ。
「みんな、最後は私にやらせて」
耳元で、乱陀にしか聞こえないように、囁くエリネ。
「ごめんね、乱陀。
やっぱり、レベル1の彼氏とか、恰好悪くていらない」
エリネが、乱陀の肩を押した。
とある剣士の少女は、気が付くと『光の翼』本部に戻っていた。
いつの間にか、涙が流れていた。
何という、無念。
何という、怒り。
何という、悲しみ。
周りを見ると、誰もが、涙していた。
みんなが、三階を見上げる。
そこには、つい今しがたまで見ていた悪夢を、現実に体験した男。
乱陀が立っていた。
「わかるか。俺のこの憎しみが。
信じてたんだ。
エリネも。
勇斗も。
クラスメイトの奴らも。
真宵市を拠点にしている、冒険者クランも。
真宵市の誰も彼もを」
乱陀は、歯を食いしばる。
奥歯が割れそうなほどに。
「でも、裏切られた。
お前らにだ。
誰一人、俺の事を信じてくれなかった」
乱陀の目からは、一筋の涙。
それは、隣にいるカノンにしか見えない、ほんの少しの涙。
「お前らは、きっとこれから、俺の事を悪魔と呼ぶだろう」
その頬の『Six Feet Under』の文字が、悲しげに輝く。
吠える乱陀。
「でもなあ!その悪魔を作ったのは、俺じゃねえ!お前らだ!」
ホールに響き渡る、乱陀の声。
とある少女が、エリネに問いかける。
「エ、エリネ?今の映像、嘘、だよね?」
「ききき決まってんでしょ!私は被害者よ!あんな映像、幾らでも偽造できるし!」
「そ、そうよね!あんなの、どうとでも作れるよね!あんなの……」
クランメンバーたちは、無理に自分たちを正当化しようとしていた。
心の中では、今の映像こそが真実なのでは、と思いながらも。
しかし、認める訳にはいかなかった。
もし、今の乱陀の過去の映像が真実だとするならば、自分たちのやったことは……。
乱陀は、隣にいるカノンに尋ねる。
「カノン。青はいるか?」
カノンは、ロビーの隅にいる、美少女四人組を指差す。
「あの四人だけ青です。他は、全部赤」
赤。
それは、カノンのスキル、ホークアイで確認した、乱陀たちに敵対の意思がある人間の頭上に示される、赤い三角印のことである。
つまりは、あの美少女四人組以外は、未だ乱陀の敵だ。
「だよなぁ。あいつらが、自分の罪を認める訳ねえよなぁ」
「ですね」
「とりあえず、あの青の四人の処遇は、後で決める。他の赤の奴らは、皆殺しだ!」
「はい!」
乱陀とカノンのブーツの裏から、広がる赤い魔法陣。
魔法陣の外周には『日本魔導院・疾風ノ術』の文字。
その直後、乱陀とカノンは、赤い軌跡を残し、その場から消え去る。
高速移動が発動したのだ。
三階までの吹き抜けになっている、大きなロビーの上空を、跳ね回る乱陀とカノン。
エリネが、腰に差していたレイピアを抜き、頭上に掲げる。
「エインヘリアル、行くわよ!」
エリネのレイピアから、七色のオーロラが広がり、クランメンバー全員に、七色の光が降り注ぐ。
エリネのジョブ、ヴァルキリーのスキル『エインヘリアル』。
自分自身を含めたクランメンバー全員に、防御力上昇と、痛覚遮断を付与させる強力なバフ系スキル。
特に、痛覚遮断の効果が非常に大きい。
乱陀が、高速で宙を飛び交い、黒銀の右手で、次々とクランメンバーに触れて行く。
殴るでも、叩くでもない。ただ、触れるだけ。
その後に続く、カノン。
乱陀が右手で触れた相手の、手足を9mmパラベラム弾で撃ち抜く。
血飛沫と共に、手と足の甲に、大穴が空くクランメンバー。
「ぎゃああっ!」
「ひぐぅっ!」
「痛えええっ!」
それを見ていた他のクランメンバーが、青褪める。
「え?」
「は?痛覚遮断、効いてないの?」
「えっ!や、やだ!痛いのはやだ!」
ざわめく、クランメンバーたち。
痛覚遮断が効かないと知るや否や、即座に逃げ惑う者も出てきた。
これこそが、乱陀の黒銀の右腕、神話級サイバネアーム『堕天』の効果、スキルブレイク。
右手で触れるだけで、あらかじめ設定しておいたスキルを、破壊することができる。
乱陀は昨夜、とあるスキルを破壊対象に設定しておいた。
それは、痛覚遮断のスキル。
復讐の相手が、苦痛を感じないまま死ぬなど、乱陀は許せなかった。
そこに、偶然手に入れた、神話級サイバネアームのスキルブレイクの能力。
僥倖であった。
果たして、これは本当に偶然なのか、それとも必然だったのか。
それこそ、神のみぞ知る事。
そして、ロビーに突然流れ出す、ドラムとベースのハイテンポの音楽。
ハッカー系ジョブ『クラッカー』のスーパーゴッドハンド竜次が、ロビーのメディア機器を乗っ取ったのだ。
竜次がロビーに向けて差し出した手のひらには、黄色い魔法陣が広がっていた。
魔法陣の中央には『漢』の文字。
竜次は霞に話しかける。
「勇斗さんとエリネさんが、乱陀さんに無実の罪を着せたかどうかは、データが未検証だからまだ信じねえ。でも、俺が『光の翼』に殺されかけたのは事実だ。っつー訳で……」
竜次が、三階の廊下から、ロビーを跳び回る乱陀に叫ぶ。
「俺はアンタを応援する!盛り上げていくぜ!乱陀さん!」
乱陀が、ロビーの中央に降り立つ。
両手両足を床に付け、低く這うような体制で。
周囲には、痛覚遮断を破壊されたクランメンバーが、突然現れた乱陀に目を丸くしていた。
鳴り響く、ドラムの音。
乱陀の頭上には、三メートルの長大な黄金の尾がしなる。
乱陀は渾身の力で、尾を振り回した。
黄金の尾に薙ぎ払われ、放射状に吹き飛ぶ、クランメンバーたち。
「げほぉっ!」
「ぐえっ!」
「ぶふっ!」
戦いにおいて、痛覚遮断が有るのと無いのでは、天と地ほどの差がある。
ある程度、高レベルも揃っているはずのクランメンバーだったが、痛覚遮断が効かないと分かり、および腰になっている。
誰だって、痛いのは嫌なのだ。
特に、いつも痛覚遮断に頼り切っている人間ほど。
乱陀は再び、尾の強烈な打撃で、クランメンバーたちを吹き飛ばす。
骨や歯が折れ、壁に激突する高レベルのクランメンバーたち。
ロビーの中心に浮かんでいた、巨大な勇斗のホログラムは、いつの間にか消え、代わりに数人のボディビルダーのホログラムが投影され、ポージングを決めていた。
ボディビルダーたちの頭上に浮かぶ、巨大な『漢』の一文字。
どうやら、竜次の仕業のようだ。
応援のメッセージのつもりらしい。
乱陀は、駆ける。
目の前には、エリネ。
エリネは、レイピアを構えていた。
突き出されるレイピアを、紙一重で躱す乱陀。
乱陀は、右手を振りかぶる。
その手のひらには『Good Luck!』の表示。
それを、エリネの腹部に叩きつける。
そこは、先ほど乱陀に思い切り殴られたのと同じ場所だった。
痛覚遮断破壊と共に、強烈な打撃をお見舞いする乱陀。
「ぐほええぇぇっ!」
再び、胃液を吐き散らしながら、吹き飛ぶエリネ。
その腹部には、呪いの札が貼られていた。
札には、こう書いてあった。
『アイアンメイデン』
吹き飛ぶエリネのすぐ背後に現れる、首から下の胴体部分だけの棺。
その棺の内部には、無数の鉄の棘が生えていた。
棺の中へと突っ込むエリネ。
胴体や手足に、後方から鋭い棘が貫通する。
「ひぎゃあああああっ!」
血液が、大量に棺の足元から流れ出す。
あまりの激痛で、身体が痙攣するエリネ。
だが、棺はまだ蓋が閉まっていなかった。
蓋の部分にも、同じく鋭い棘が生えそろっている。
乱陀が、エリネの目の前に、ふわりと舞う。
その足が今、棺の蓋を蹴ろうとしていた。
「や、やめ……!」
乱陀は、棺の蓋を思い切りキックし、轟音と共に蓋が閉じられる。
今度は、前方からエリネの全身に突き刺さる、無数の鉄の棘。
エリネは、失禁していた。
「ああああああああっ!!」
涙と鼻水と涎と血と小便を垂れ流し、叫ぶエリネ。
なお、アイアンメイデンは処刑器具ではなく拷問器具だ。
生えそろっている棘は、緻密に計算された配置で、命に関わる臓器には、刺さらないようになっている。
わざと、死なせないように出来ているのだ。
そのため、エリネのHPは瀕死状態ではあったが、かろうじて生存していた。
神話級サイバネアーム『堕天』に付いていた、ウォーロックスキルの効力増加により、カース・ギフトの幅も大きく広がっていた。
今までよりもさらに、より強く苦痛を与えるようにも出来るようになったのだ。
身体中からあらゆる汁を垂れ流しているエリネを、棺ごと尾で叩き飛ばす乱陀。
エリネの入った棺は、床に何度も激突し、その度に全身に刺さった棘が、ぐりぐりと傷口を広げる。
「ふぐえっ!あっ!あああっ!あああああっ!」
エリネは、全身の傷口を裂けさせ、色んな汁塗れになり、床に転がった。
再びロビーの床に着地する乱陀。
その黒銀の右手を床に付けて。
床には、乱陀にしか見えない札が貼られている。
そこには『ファラリスの雄牛』と書かれてあった。
ロビーの床から、三階まで届きそうなほどの、巨大な真鍮の雄牛の像が出現する。
その像の胴体は炎に包まれていた。
そして、雄牛の像は、生きているかのように動き出す。
乱陀は、その場にいる全員を、睨みつける。
「優しくなんて、してやんねえぞ。
お前らの最後は、痛みと苦しみの地獄の中で遂げてもらう」
ファラリスの雄牛が、雄叫びを上げる。
乱陀も、声高に叫ぶ。
「さあ!パーティはまだ始まったばっかりだ!もっともっと!楽しもうぜ!」




