スーパーゴッドハンド竜次
そこは、真宵市の高層ビルが立ち並ぶ、中央市街の一角にあった。
クラン『光の翼』本部。
今、乱陀たちは、シグマのスキル『カメレオンベール』により、第三者からは姿が見えない。
『光の翼』本部の入り口の自動ドアへと、ずんずん進む、乱陀とカノン。
その後ろから、慌てて乱陀を引き留めようとするシグマ。
「ちょっとちょっと!いくら周りから見えないからって、行動がド直球過ぎでしょ!誰かに触ったら、見つかっちゃうんだよ!?」
乱陀とカノンは、軍帽の影になっている目を、ぎらりと光らせる。
「そん時は、全員殺すだけだ」
「ですね」
「アンタたち、ジョブ本当はバーサーカーじゃないの!?」
乱陀とカノンは、当然のように臨戦態勢である。
そもそも乱陀は、シグマの事を信用している訳では無い。
カメレオンベールのスキルも、いつ勝手に解除されるか分からないのだ。
今回は誰にも見つからずに、スーパーゴッドハンド竜次を『光の翼』から引き剥がす、スニーキングミッションのはずだが、シグマを信用していない乱陀とカノンは、最初から戦う事を前提として動いていた。
慌てて後を付いてくる、シグマと霞。
乱陀とカノンは、自動ドアの前に立つ。
だが、ドアは開かない。
カメレオンベールは、人の目だけではなく、機械のセンサーも欺くようだ。
「しょうがない割るか」
乱陀は黒銀の右手を握りしめる。
その腕を掴む、シグマ。
「だから!触れば感知するようになるんだってば!」
シグマは、自動ドアの上にある、赤外線センサーに、ジャンプして軽くタッチする。
途端、自動ドアが開く。
「ああ、機械でも触ればいいのか」
「そう!アンタたち突っ走り過ぎよ!」
乱陀とカノンは、開いた自動ドアを潜る。
そこは、三階まで吹き抜けになった、大きなロビー。
ロビーの中央には、剣を掲げた勇斗を象った、巨大なホログラムが投影されていた。
二階と三階は、吹き抜けの周りをぐるりと、廊下が円形に伸びている。
その廊下に、各部屋へのドアがあるのだろう。
乱陀がロビーの奥に目を遣ると、二階と三階に繋がっている大きな階段が見えた。
ロビーには、およそ三十名ほどのクランメンバーが、たむろしていた。
入り口のすぐ隣の受付嬢は、いきなり開いた自動ドアに首を傾げる。
その脇を通り過ぎて、中に入る乱陀たち。
シグマが、他の三人に念を押す。
「絶っっっ対!誰にも触っちゃダメだからね!」
ロビーの隅を伝って、遠回りしながら、階段へと向かう一行。
ロビーの中の談話スペースでは、クランメンバーたちがお喋りに興じている。
すると、奥の扉が開き、白金の鎧を着た、一人の剣士が現れた。
勇斗だ。
その瞬間、乱陀とカノンから、怒気が溢れ出る。
シグマが、二人の肩を掴んで、止める。
「落ち着いて。今は多勢に無勢よ。『光の翼』は、そこらの十把一絡げの雑魚クランとは違う。全員が中レベルから高レベルの、真宵市最強のクラン。必ずチャンスは来るから、今は辛抱して」
乱陀の頭の中に湧き出て来る、マグマのような、どろりとした高温の感情。
自然と、息が荒くなる。
あの男が、何もかもの元凶なのだ。
乱陀は、黄金の左手で、カノンの腕を掴む。
カノンに触れていないと、激情のままに暴れてしまいそうだったからだ。
カノンの両手には、既にホルスターから抜かれた白い二丁拳銃。
カノンも、八重歯のような牙を見せ、歯を食いしばり、勇斗を撃ち殺したくなる誘惑に耐える。
勇斗は、手足に包帯を巻いていた。
乱陀の知る限り、勇斗は昨日まで怪我などしていなかったはずだが。
周囲からは、勇斗を賛美する声が聞こえてくる。
「勇斗さん、やっぱ、かっけえよな」
「あんだけイケメンで、戦ったら無敵なんだろ?勝ち目ねえよ」
「でも、レベル91って、そんなに強いん?ステータスだけで言ったら、80レベルクラスが何人かで相手したら、勝てそうじゃん?」
「バカお前、レベル90で覚えるスキルの『絶対切断』がヤベェんだって。スキルも魔法も結界も、何でも斬れるんだってよ」
「マジか。ヤベェ」
「しかも、リーチが超伸びる、レジェンド級装備の天剣と組み合わせたら、もう敵なしよ」
「じゃあ、なんで昨日飛行船から一人で逃げたんだ?」
「え?お前、聞いてないの?勇斗さん昨日、魔王との一騎討ちの直後で、死ぬ寸前の大怪我してたんだよ。今はヒーラーのスキルで大分回復した見たいだけど」
「魔王?そんなの居たのか?」
「この前、いきなり発生したらしい。実は、人知れず世界の危機を救った帰り道が、あの飛行船なんだって」
「へぇ~。」
爽やかな笑顔で、クランメンバーたちに手を振る勇斗。
どうやら、あの飛行船での出来事は、魔王とやらを退治した怪我が原因ということにしたらしい。
当然、魔王など存在はしない。
一から十まで、全部が出鱈目であった。
クランメンバーたちは、勇斗に心酔しているようだった。
誰もが、憧れの目線を勇斗に送る。
だが、ロビーの隅で、勇斗を射殺しそうな目で睨みつける、四人の美少女がいた。
勇斗に強姦され、その時の動画を材料に脅され、今も定期的に性欲処理係として勇斗に呼び出されている、美しい少女たち。
戦った所で、レベル91の剣士の勇斗には勝てるはずも無く。
当然クランの脱退も許されず、日々ただ蹂躙されるがまま。
そう、今までは。
昨日、クレリックのマキコが、鑑定眼で見た情報。
今の勇斗は、なぜかレベルが66まで下がっていたという事実。
「マキコ、本当なんだね?あいつのレベルが66だって」
「うん。今も鑑定眼で見てるけど、変わってない」
「……わかった。でも、一応、他のクランの鑑定眼持ちにも見て貰おう」
「あと、動画をアップされないように、ジャミング系スキル持ちを雇った方がいい」
「そんで、本当にあいつのレベルが下がってたなら……」
四人の美少女は、ひそかに嗤う。
「あいつに、地獄を見せてやろう」
乱陀たちは、階段を上り、三階へと向かう。
勇斗に対する怒りで、茹で上がる頭を、何とか抑えて。
シグマは、三階へと到着すると、掌から3Dマップのホログラムを出す。
「えっと、今はここだから、竜次君の部屋は……」
霞が、ある一つの扉を指差す。
「あそこです。間違いなく」
その扉には、大きく筆文字で『漢』と書いてあった。
分かりやすい、というよりも、目立ち過ぎなくらいだ。
苦笑いをするシグマ。
「ああ、うん。何となく、どんな人か分かってきたわ。竜次君」
三階の廊下を歩き出す乱陀たち。
すると、突然シグマが止まる。
文句を言う乱陀。
「おい、急に止まるな」
「……おかしい」
「どうした」
「今、急にネットの検閲が、消えた」
「何だ。じゃあ、わざわざこんな所まで来る必要なかったな」
「……それはそうだけど。竜次君の身に、何かが起きてるんだわ」
それを聞き、走り出す霞。
「あっ!霞ちゃん!一人じゃ危ないって!」
霞を追いかける、乱陀たち。
スーパーゴッドハンド竜次は、背中に大きく『漢』の筆字が書かれた袢纏を羽織り、自室の畳の上に胡坐をかいて、腕組をして座っていた。
鉢巻を巻いた、短い金髪の頭。
今、その頭からは血が流れ、鉢巻を赤く染めていた。
顔も、所々腫れあがって、血が畳に垂れている。
竜次は、それでもなお、まっすぐに前を向いていた。
竜次の目の前には、監視役の戦闘系ジョブの男女二人。
槍を持った『騎士』のジョブの男が、槍の柄で竜次の顔面を殴る。
竜次の口からは、折れた歯が、畳の上に転がった。
騎士の男が、竜次に叫ぶ。
「おい!何で検閲を止めた!早く再開しろ!」
スーパーゴッドハンド竜次は、血塗れの顔で、騎士の男を見る。
「嫌だね。どう考えてもおかしいだろ。後ろめたい事が無いなら、検閲なんてしなくてもいいはずだ」
「これは勇斗さんの考えだ!市民を不安にさせまいと、あえて暗いニュースを遮断する。お前はその大役を預かったのに、職務を放棄するなど、許されない!」
「それが漢らしくねえ。
漢だったら、何一つ包み隠さずに、ドンと構えてりゃいいんだ。
不安に思う市民が居たら、『俺が守るから心配すんな』くらい言ってやりゃあいい。
そもそも、魔王だのなんだの、今朝から急に言い出したんだ。
昨日は、あんな怪我なんてしてなかったのによぉ」
騎士の男が、槍の石突で、竜次の腹を突いた。
「ぐほぉっ!」
「お前、勇斗さんの言う事が信じられねえって言うのか?ああ?」
竜次は、血の混じった唾を吐く。
竜次は、殴られてもなお、腕を組み、胡坐をかいた姿勢を崩さなかった。
「ハッカーは、ちゃんと検証されたデータしか信じねえんだよ。偽物の情報なんて、幾らでも作れらぁ」
「要するに、勇斗さんの事を疑ってるという訳か?」
「ああ、そうだ」
そこに、もう一人の監視役である、魔法使いの女が、口を挟んだ。
「ねえ。こいつ、もういらなくね?ハッキングしないハッカーとか、意味ないじゃん。こいつ殺して、新しいハッカー雇おうよ」
「……そうだな。こいつはもう、いらないな」
騎士の男が、槍の切っ先を、竜次の首元に突きつけた。
騎士をまっすぐに見つめる、竜次。
「最後に、何か言い残すことはあるか?」
「無え」
「そうか。じゃあな」
騎士の男が、槍で竜次の喉を突く。
そして、それは竜次を包む結界により、弾かれた。
「……は?」
驚愕する、騎士の男と竜次。
竜次の背中へと回り込んでいた霞が、竜次に触れる。
振り向く竜次。
竜次から見れば、突然背後に霞が現れたようにしか見えなかった。
「か、霞?お前、いつの間に……」
「竜次君、もう大丈夫だよ」
騎士の男と、魔法使いの女も、混乱していた。
突然に現れた、謎の結界。
しかも、騎士の槍の一撃を弾くほどの、強力な結界。
そして、騎士の首を、後ろから鷲掴みにする手があった。
「……へ?」
それは、黄金の鱗の竜の左手。
その手のひらには『Good Luck!』のホログラム。
乱陀は、騎士の男に言う。
「いらねえのは、手前だ」
そして、与えられた呪いにより、圧縮され潰される騎士の首。
「ごべっ……」
騎士の首が、千切れ飛ぶ。
首の断面から血が飛び散り、魔法使いの女の頬に付着する。
「……え?」
魔法使いの女が、茫然としていると、その顎に、真下から銃口が突きつけられる。
「……え?」
轟音と共に、爆散する魔法使いの頭。
カメレオンベールの効果により、銃声すらも他人の耳には届かない。
部屋の天井と壁に、大量に迸る魔法使いの血液と脳漿。
カノンは、頭の砕けた魔法使いの死体を、壁に向かって蹴り飛ばす。
部屋の入り口にいたシグマが、顔を青褪めさせていた。
「うっわー。えっぐ」
スーパーゴッドハンド竜次は、目を白黒させていた。
竜次の目には、まだ霞しか見えないのだ。
「……一体、何が起きてやがんでぇ」
すると、シグマがつかつかとサイバネの脚で靴音を鳴らし、竜次の目の前へとやって来る。
そして、鉢巻の巻かれた竜次の短い金髪の頭に、そっと触る。
「うおっ!何だっ!?」
いきなり目の前に現れた、赤毛の三つ編みの美少女に、驚くスーパーゴッドハンド竜次。
「お、お前、消去屋シグマ!?何でこんな所に!?」
「あら、私の事知ってるの?私ってば、有名人ね」
「コイツら、お前がやったのか?」
「ブブーっ!違いまーす!やったのは、この人たちでーす!」
乱陀とカノンが、竜次の肩に触れる。
竜次の前に姿を現す、乱陀とカノン。
竜次が、目を見開く。
「ああーっ!昨日の動画の、甲羅市の英雄じゃねえか!」
「ピンポーン!大正解!」
シグマが、ホログラムの紙吹雪を、竜次の頭上に撒き散らす。
困惑がおさまらない竜次。
シグマは、乱陀の記憶が入った、立体映像のデータディスクを手に構える。
「まあ、つべこべ言わずに、これ見てよ」
有無を言わさず、竜次の頭にディスクを差し込むシグマ。
「な……!」
竜次は、文句を言う暇すら無く、乱陀の記憶へとダイブする。
それは、時間にしたら二秒間ほど。
だが、その二秒間で、竜次は、乱陀の受けた仕打ちの一部始終を追体験する。
二秒後、現実に戻る竜次。
竜次は我に返ると、乱陀を見る。
「い、今のは……。アンタの、過去か?」
そして、涙を零す。
「ア、アンタ……。大変だったんだなァ……!」
乱陀へと手を伸ばす、竜次。
その手を、はたき落とす乱陀。
「触るな」
「ああ、悪い。つい……。
おう!でもよう!まだ今の映像が本物かどうか、分かってねえからな!
ハッカーは、検証されたデータしか信じねえんだ!」
シグマは、竜次の目を覗き込む。
「必要な時間は?」
「一日くれ」
「じゃあ、ここから逃げなきゃだね」
シグマは、竜次に向かって見えない布をかぶせる仕草。
カメレオンベールをかけたのだ。
「これで竜次君も、周りからは見えなくなったよ。さっきの私たちみたいにね。
でも、触った人からは見えるようになっちゃうから、絶っっっ対、誰にも触らないでね!」
「おうよ!どっちにしろ、もう『光の翼』には居られねえからな!さっさとおさらばしようぜ!」
意気揚々と立ち上がる竜次。
潜入する時は上手くいったが、帰りも上手くいくとは限らない。
不測の事態は、常に起きるのだ。
竜次の部屋を出る乱陀たち。
その目の前に、とことこと歩く一人の女性がいた。
エリネ。
乱陀は思わず、そのエリネの腹に、右手による、渾身のパンチを繰り出してしまった。
「オラぁ!」
「ぐぼあああぁっ!?」
三階の廊下の柵を突き破り、反吐を撒き散らしながら、吹き抜けになっているロビーの上空を吹っ飛ぶ、エリネ。
元々、高レベルのバーサーカーであるブラッドラストの一撃にも劣らぬ、乱陀のパンチ。
神話級アダマンタイト製サイバネアームで強化された拳が、エリネの腹を強打したのだ。
エリネの身体は、一階まで落下し、壁に凄まじい勢いで叩きつけられた。
一階にいたクランメンバーが、全員、三階を見上げる。
一発で、HPがごっそりと持って行かれたエリネ。
だが、エリネは防御系の戦闘ジョブ『ヴァルキリー』。
何とか、死は免れたようだ。
右腕を振り抜いた乱陀の背後では、シグマと、竜次と、霞が、三人揃って顔に手を当てて、参っていた。
カノンが、乱陀の横に並ぶ。
「これは、仕方ないですよね」
「ああ。これは、仕方ない」
「きっと、これも運命ですよね」
「ああ。こうなる運命だったんだ」
「だったら……」
カノンは、白の二丁拳銃を構えた。
「派手にやりましょう!」




