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Bullet Time!

 乱陀とカノンのブーツの底から、赤い魔法陣が広がる。

 魔法陣の外周に浮かぶ『日本魔導院・疾風ノ術』の文字。


 窓の向こうから迫って来るのは、ツバキを始めとした、女子高生たち。

 ツバキ以外の他のメンバーは、知らない面子(めんつ)

 乱陀は、同じ学年は全員顔見知りのため、おそらくは彼女らは、先輩か後輩だろう。


 ツバキと並んだ五名が、各々の魔法道具を掲げ、力を合わせた強力無比な結界を張る。

 きっと、五名全員が、結界の専門ジョブ。

 あの結界は、頑丈な高層ビルすら潰し破壊した、乱陀のグラビティ・ギフトをも受けきったのだ。


 なお、真宵学園は特殊な魔法がかけられていて、建物や備品が壊れても、時間が経てば自動修復される。


 それを知っているためか、もしくは最初から無茶をするつもりだったのか、球形の結界に包まれたまま、突撃してくる、エアボードに乗った十人の少女。

 結界が砲弾のように第七音楽室に衝突し、壁も床も天井も、粉々に破砕される。


 結界とは、通常、敵の攻撃だけを防ぎ、味方の攻撃は通す作りになっている。

 恐らくは、今回もツバキの攻撃は結界を素通りし、乱陀たちに襲い掛かるはず。


 そして、右手の炎と、左手の旋風を、合わせて混ぜるツバキ。

 あれは、ツバキの得意技、ファイアーストームだ。


 乱陀を追放した時に脚を焼いた火炎は、全く本気では無かった。

 攻撃魔法特化ジョブ『魔術師(まじゅつし)』の本気は、あんなものではない。

 乱陀に経験値を奪われ、レベルがかなり下がったとは言えど、今も推定70前後はあるだろう。


 その高レベルの魔術師の、本気のファイアーストームが今、放たれようとしていた。


 乱陀とカノンは、高速移動で音楽室から飛び出す。


 両手を前に差し出すツバキ。

 手のひらの先には、荒れ狂う炎の塊。


 ツバキは、暴れる炎を解き放つ。


 (うな)る轟音。

 巻き起こる、灼熱の火炎の旋風。


 音楽室の机も椅子も、グランドピアノも、瞬く間に灰となる。


 当たらなくとも、近くにいるだけで、身体が焼ける。

 それが、ツバキのファイアーストーム。


 炎は、音楽室を焼き、そのまま廊下に溢れ出る。

 真宵学園の十階の廊下が、炎で満たされてゆく。


 乱陀とカノンは、廊下の壁と天井を跳ね飛びながら、迫って来る炎から逃げていた。

 速度は、乱陀たちの方が上。

 炎は、だいぶ後方にある。

 だが、それでも高温が肌を焼く。


 乱陀のジョブ『ウォーロック』も、カノンのジョブ『ガンスリンガー』も、防御力はかなり低いタイプのジョブだ。

 あの高熱に巻き込まれれば、命は無い。

 そもそも、ウォーロックは支援系のジョブ。

 本来は、戦闘系ジョブの魔術師と、正面切って戦う方が間違っているのだ。


 廊下を縦横無尽(じゅうおうむじん)に跳ねながら逃げる、乱陀とカノン。

 グラビティ・ギフトで炎の一部を()し潰すも、後から、さらに大きな炎の波がやってくる。

 目の前には、行き止まりの壁。


「カノン!窓から逃げるぞ!」

「はいっ!」


 空中でカノンを抱きとめ、マントで守りながら、窓を体当たりで突き破る乱陀。


 真宵学園の中庭の上空を飛ぶ、乱陀とカノン。

 中庭を挟んで向かい側にある、別の校舎を目指す。


 丁度その時、日が沈む間際であった。

 空はもう暗くなり、星々が輝き始めていた。


 中庭には、ライトアップされた桜の木。

 二週間前は満開だった桜も、今はほとんどが散って、葉桜になっていた。

 残されていた最後の桜の花びらが、中庭の空に舞っている。


 乱陀はカノンを抱き、宙を浮きながら、後方の校舎を見る。

 炎が次々と空き教室へと燃え移り、十階部分は大火事になっていた。


 その燃える校舎から、飛び出してくる、球形の結界に包まれた、少女たち。


 乱陀は黒銀の右腕を突き出し、MPを奪う、MP・スティールを発動する。

 だが、結界に阻まれ、スキルは届かず。


「くそっ、ダメか!」


 乱陀の左腕に抱えられていたカノンも、レジェンド級装備である白い二丁拳銃『エンジェルダスト』で、9mm雷撃弾を連射する。

 結界に命中する、雷撃弾。

 貫通するまでには至らず、結界に埋まる弾丸。

 当たった所からは、青い火花を散らし、結界の表面に稲妻が走る。


 しかし、空飛ぶスケートボード『エアボード』に乗り、浮遊している少女たちには、電気が通らない。


「周りの結界使いの奴らが厄介だな」


 レベル70前後に下がったツバキだけが相手なら、乱陀のレベル139のステータスで、ゴリ押しで勝つ(すべ)が幾らでもあった。


 しかし、あの結界が全てを(はば)む。


 もしかしたら、主力のツバキよりも、結界使いの方がレベルが上なのかもしれない。

 おそらく、装備品もかなり上ランクの物を揃えているだろう。

 レジェンド級の可能性もある。

 いくら五人が力を合わせているからと言っても、あの結界の頑丈さは異常だ。


 乱陀はカノンを左腕で抱えたまま、中庭の上空を通り過ぎ、向かい側にある、別の校舎の八階の窓を突き破った。

 砕けたガラス片と共に、廊下に転がる乱陀とカノン。

 カノンをマントで守る乱陀。

 左頬の『Six Feet Under』の文字の下には、大きなガラス片がまっすぐ横に突き刺さっていた。


 乱陀の顔からは、血が滴り落ちる。

 痛覚遮断のスキルを取っておいて、本当に良かったと、心から思う乱陀。

 血塗れの乱陀を見て、悲鳴を上げるカノン。


「ら、乱陀さん!ガラスが!」

「大丈夫だ。痛みは感じない」


 乱陀は、左頬に刺さったガラス片を、指で摘んで取り除く。


 しゃがむ乱陀の前で、カノンが立ち上がる。

 背後を振り向くカノン。

 カノンの目の先には、超強力な結界に守られた、女子高生たち。


「許せない……!」


 カノンは、二丁の拳銃のグリップから、空になったマガジンを射出する。

 そして、新たな9mm雷撃弾を装填する。


「乱陀さん。右手のグラビティ・ギフトなら、あの結界、割れましたよね?」

「ああ。でもその後、一瞬で再生されたけどな」

「一瞬あれば、十分です。お願いします!」

「わかった。無茶はするなよ」


 ツバキたちは、ちょうど中庭の中央の上空に浮かんでいた。

 再びツバキが、右手の炎と、左手の旋風を、混ぜ合わせようとしている。


 乱陀は、黒銀の右手を掲げ、ツバキたちにグラビティ・ギフトを与える。

 ツバキたちの頭上に現れる、巨大な黒い矢印。

 結界に(ひび)が入り、欠片が舞う。


(今だ!)


 カノンは高速移動のブーツで、割れた窓から中庭上空へと跳び出る。

 グラビティ・ギフトで結界が割れた、この瞬間だけは、銃弾も当たる。

 だが、五人の結界使いたちが、すぐに修復作業に入る。

 あっという間に結界は元通りになってしまうだろう。


 確かに、一瞬だけ(すき)は出来た。

 本当に、一瞬だけ。

 それは、普通の人間では、何の行動もできない、刹那(せつな)(あいだ)


 しかし、今のカノンには、その一瞬の隙があればよかった。




 ガンスリンガー・レベル70のスキル


 『バレットタイム』




 カノンの両目には、『Bullet Time!』のエフェクトが浮かび上がる。


 そして、この世の全ての動きが、止まる。

 中庭の空を飛び交う、桜の花びらも、止まる。


 いや、厳密には止まったわけではない。

 非常にゆっくりとだが、動いてはいる。


 その中で、唯一カノンだけが、いつも通り動けている。

 周囲から見れば、今この時、カノンの動きは、閃光が走ったとしか思えないだろう。


 結界が割れてから、修復されるまでの、ほんの一瞬。

 カノンの感覚では、二十秒。

 カノンの二丁拳銃から発射される、9mm雷撃弾。


 それが、割れた結界の合間を()って、十名の女子全員の手足を撃ち抜く。


 バレットタイムが終わり、時間の流れが元に戻る。

 桜の花びらも、再び舞い上がる。


「ぎゃあああっ!」


 殺さない事を前提としているため、電撃の威力はかなり抑えてある。

 それでも、銃弾と電撃で、ツバキの全身の神経に走る激痛。

 ツバキは、乱陀に経験値を奪われ、レベルが下がったことにより、痛覚遮断のスキルが使えなくなっていたのだ。


 結界使いたちは、痛覚遮断スキルを保持していた。

 だが、電撃による一時的な全身麻痺は、(まぬが)れられない。


 MPの供給が絶たれ、霧散する結界。

 カノンは、硝煙が流れる銃口を、ツバキへと向ける。


 だがそこに、ツバキたちの元へ、跳ぶ人影。

 全身サイバネの、赤毛の三つ編みの、美少女。

 レベル80のシーフ、シグマ。


「カノンちゃん!後は私にまかせて!」


 シグマの両手には、何枚ものホログラムのデータディスク。

 乱陀の記憶のコピーだ。

 シグマは、凄まじい速度で、ツバキたちの元へ飛来し、凄まじい速度で、ツバキたちの頭にデータディスクのホログラムを差す。


 そして、ツバキたちは、乱陀の記憶を追体験する。

 現実時間にしてみれば、一秒か二秒ほどであった。

 しかし、加速したツバキたちの脳内では、乱陀が目撃した、勇斗とエリネの逢引(あいびき)と、その後の真宵市追放までの、一部始終が流れていた。


 シグマは、手首からワイヤーフックを射出し、乱陀の近くの窓枠に、引っかける。

 巻き取られる、ワイヤー。

 割れた窓から、ふわりと校舎内に入るシグマ。


 乱陀は、学園の中庭を覗く。


 ツバキたち十名が、ふらふらと中庭へと降りて行く。

 もう、結界すら張っていない。


 乱陀は割れた窓枠から校舎の外に出て、壁を蹴り、中庭へとダイブする。

 中庭に勢いよく着地し、足元の芝生を削る乱陀。

 丁度その時、カノンも周囲の壁を蹴り、中庭へと降り立った所であった。


 目が合う、乱陀とカノン。


 ライトアップされた中庭の桜の木からは、はらはらと、舞い散る桜の花びら。

 葉桜の鮮やかな緑色と、ほのかに残る桃色の花と、明るい緑の肌のカノン。

 それがあまりにも似合いすぎて、見惚(みと)れる乱陀。


 カノンは、(ほお)を真っ赤に染めて、軍帽で顔を隠す。

 乱陀の軍服の裾を引くカノン。


「乱陀さんっ!あのっ!

 助けてくれたのは嬉しいんですけど……。

 すっごく、すっごく嬉しいんですけど……。

 もっと、自分を大切にしてください」


 先ほど、告白まがいの会話をしたことを思い出す乱陀。

 カノンも乱陀と、同じ思いを抱いてくれていると、願いたい。

 乱陀は素直に謝罪する。


「ああ。すまない、カノン。これからは気を付けるよ」


 だが、もう一度同じ事が起きたら、もう一度同じ様に、カノンを(かば)うだろう。


 そして、乱陀の横に、降り立つ背の高い影。

 シグマだ。


 シグマは、ツバキたち十人に、声をかける。


「ねえねえ、どうだった?勇斗とエリネの本性」


 ツバキは、カノンに撃たれた脚から血を流して、青い顔で、中庭に(うずくま)っている。


「え?な、なにあれ?だって、エリネちゃんが……。水雲(みずくも)に、って……」

「レイプされたって?あれ、嘘だったみたいね」

「え?え?じゃあ、私、水雲を……」

「無実の乱陀君を焼いて、真宵市から落としたんだねぇ。いやん、こわ~い」

「ぇ……」


 絶望の表情のツバキ。

 その瞳が揺れる。


「そ、そんな……。わ、私、悪くない……。そうよ、私だって、(うそ)()かれて……。だから……」


 すると、軍帽の下のカノンの目が、冷たく変わる。


「だから、無罪だって言いたいんですか?

 ふざけないでください。

 真偽(しんぎ)の確認もしないで、言われるがまま、乱陀さんを殺そうとしたくせに」

「ち、ちが……」


 ツバキの手が、さまよう。

 乱陀に(ゆる)しを求めるように。

 そして、その右手が乱陀のマントに触れようとした時。

 カノンが9mmパラベラム弾で、ツバキの右手の甲を撃ち抜いた。


 ツバキの右手の肉と血が()ぜる。


「あがあああっ!」


 涙を流し、大穴の空いた右手の甲を掴み、痛みで転げまわるツバキ。


 カノンは、思い切りツバキの胴体を踏みつける。


「ぐぼぇっ!」

「なに乱陀さんに触ろうとしてるんですか」


 殺意の目線で、ツバキを見下ろすカノン。


 この場でツバキを(かば)う人間は、ひとりも居なかった。

 たった今、乱陀の受けた仕打ちを、自分の事のように体験してしまった、少女たち。

 やめてくれ、やりすぎだ、などとは決して言えなかった。


 シグマが、カノンに踏まれているツバキに問う。


「今、ネットが検閲されてて、ほとんど使いものにならないんだけど、誰の仕業か知ってるー?」


 すると、ツバキの部隊の結界使いの少女の一人が、声を上げた。


「『光の翼』の本部にいる、高等部一年生の、スーパーゴッドハンド竜次君だと思います」

「……何だって?」

「スーパーゴッドハンド竜次。これでも正式なキャラクター名です」

「……あ、そう。それで、その竜次君を止めれば、ネットが使えるようになるのね?」

「たぶん。他にハッカー系ジョブ、いなかったと思います」

「ありがと。あと、通信妨害もされてるんだけど、ジャミングもそいつ?」


 また別の後方の女子の手が上がる。

 カノンに撃たれた手を平気で動かしているあたり、彼女も痛覚遮断系のスキルを持っているようだ。


「あ、ジャミングの一人は私。もう解除したけど。でも、ジャミング系スキル持ってるの、他にも結構いるから、全員を解除させるのは大変かも」

「OK。手っ取り早いのは、竜次君のハッキングを止めさせて、乱陀君の記憶をネットにアップすることだね」


 そして、乱陀に向き直るシグマ。


「ちなみに『光の翼』が貯め込んでるお宝は、私が貰うからね?それが今回の報酬代わりってことで」

「ああ。それでいい」


 乱陀は、頷く。

 無条件で仲間面(なかまづら)されるよりも、自分の欲望に忠実な人間の方が、よほど信用できる。


「ひゃっほい!商談成立ぅ!」


 シグマはその場で、くるりとターンをする。

 ツバキの胴体から、脚をどけるカノン。


 燃えていたはずの校舎の十階は、既に火が消えて、廊下や屋根が再生され始めていた。

 本当に変な建物だ、と乱陀は思う。


 シグマが、人差し指を立てる。


「とりあえず、今日はもう遅いから、明日にでも『光の翼』の本部に忍び込みましょ。

 今日は、第三家庭科室にでも泊まって」

「待て」


 乱陀が、シグマを疑いの目で見る。


「俺は、他人の指定した部屋には行かない。

 どこに泊まるかは、俺が決める」


 シグマが、(ほお)を膨らませる。


「この人間不信人間め!まあ、私もあの記憶見ちゃったからには、気持ちは分かるけどさ」


 乱陀は、目の前の空間に左手を差し出すと、ホログラムのマップが現れる。

 真宵学園のマップだ。


「うーん。よし、決めた」


 シグマがマップを覗き込む。


「どこにするの?」

「他人に居場所を教える馬鹿がどこにいる」


 乱陀は、左手を握り、マップを消す。

 シグマは、不満げにカノンにも確認する。


「カノンちゃんは、それでいいのぉ?」

「はいっ!私は乱陀さんと一緒ならどこへでも!」


 それを聞き、あきれ顔のシグマ。


 そこに、か細い声が割って入る。


「ま、待って……」


 地面に(うずくま)ったツバキだ。

 後方部隊の少女の一人がヒーラーだったようで、カノンに撃たれて穴の空いた手足を、回復魔法で治療している。


 ツバキが、乱陀を見る。


「『光の翼』、私も連れて行って」








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― 新着の感想 ―
[良い点] ●ツバキ達を撃破した  ざまぁもした  そしてこちらの手駒になった ●カノンに窘められても  次もやはり救うためには  ムチャもすると乱陀が  思っていること  それでこそ [一言] …
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