Catch Me If You Can!
警察と冒険者たちを派手に虐殺した乱陀は、真宵市の重犯罪者として追手がかかっていた。
ナノマシンで見れるローカルニュースの記事にも、大量殺人犯として、乱陀とカノンは指名手配されている。
ニュースを網膜の端に映しながら、乱陀は思う。
(何が警察だ。俺を地上へ落とした時は、見殺しにしたくせに)
今、乱陀とカノンは真宵学園の空き教室の中にいる。
真宵学園には、空き教室が大量にある。
だが、他の人間に誘導された部屋には、何が仕掛けてあるかわからないため、絶対に入るつもりは無い。
そのため、乱陀が指定した部屋に、全員が集っていた。
「お前らの言い分は理解した。どちらにしろ、勇斗は俺の手で殺すつもりだったからな。
でも、勇斗がナノマシンで撮影した映像なんて、どうやって破壊するんだ」
クラスメイトの男子生徒が、目の前の空間を手で操作し、ホログラムの地図を出す。
それは、広大な真宵学園のマップだった。
十階建ての真宵学園。
高等部は一階で、中等部は二階。
使われていない部屋の方が、圧倒的に多い。
今、乱陀たちがいるのは、十階にある第七音楽室だった。
男子生徒が、八階にある第三家庭科室をタッチする。
そこに現れる、赤毛の三つ編みの美少女の写真のアイコン。
「情報屋の先輩が、大体ここにいる。
レベル80のシーフだ。
ナノマシンで撮影した記録も、盗み出せる」
「そうか。わかった。
でも、お前らの指示には従わない。
お前らが、そいつをここに連れて来い」
乱陀は、罠を警戒しているのだ。
「わかった。連れて来る。
あと、ひとつ、お願いがある」
男子生徒は、歩き出そうとした足を一旦止めて、乱陀を見る。
「その、な。できれば、でいいんだけどさ。
あんまり、学校の奴らとか、殺さないで欲しいんだ。
あいつらだって、騙されてるだけだし」
「騙されてたら、俺を攻撃していいのか?」
「なるべく、でいいんだ。なるべく、で」
「保障はできない。攻撃されたら、こっちもやり返さない訳にはいかないからな。
でも、俺から仕掛けるのは、勇斗とエリネだけにしておいてやる」
「ああ、それでも十分だ」
男子生徒たちは、第七音楽室から出ていく。
部屋の中には、乱陀とカノンの、ふたりきり。
ふたりは隣り合って座り、いつも通り手を繋ぐ。
学園の制服ではなく、二人とも軍服にマント姿だったが、なんだか同じ学校に通っているみたいで、少し気恥ずかしい。
カノンが、ニンマリと笑う。
「乱陀さん。なんだか私たち、クラスメイトみたいですね」
「うん。俺も今、そう思ってたとこ」
乱陀と同じ年齢の、美少女のカノン。
ゴブリンになっていなければ、どこかの学校に通っていて、乱陀とは違う、別の男と手を繋いでいたのだろうか。
そう思うと、少し胸が苦しく感じる。
痛覚遮断はオンになっているのに。
「乱陀さん。私、ゴブリンになってよかったかもしれないです」
「ん?そうなのか?」
「もっと言うと、ゴブリンになって、魔導院に所属して、ドラゴンの前に置き去りにされてなかったら、乱陀さんと出会う事も無かったでしょうから。
悪いことが全部繋がって、最後に乱陀さんに辿り着いたんです。
だから、何もかも、ひっくるめて、よかったです」
「……そうか」
それは、乱陀にも言える事だった。
勇斗とエリネに裏切られ、クラスメイトたちにも裏切られ、真宵市を追放された果てに、カノンと巡り会えた。
悪い事も良い事も、全部がひとつに繋がっているみたいだ。
「カノン」
「はい」
「俺は、人間不信は一生治らないかもしれない」
「はい」
「正直に言うと、エドワードすら、裏切らないか、しょっちゅう疑ってる」
「はい」
「だから、世界で唯一、信頼しているのはカノンだけだ」
「……」
「その、これからも、よろしくな」
カノンは、乱陀と繋いだ手を強く握りしめる。
明るい緑色の頬は、真っ赤に染まっていた。
「なんだか、告白されてるみたいです」
「そうだな」
「……」
「……」
「……否定、しないんですか?」
「なにがだ?」
「その、告白みたいってこと」
「ああ」
「……」
「……」
真っ赤になって、俯く二人。
乱陀は、カノンと目を合わせられなかった。
恥ずかしさと、嫌われるのではないかという恐れで。
しばらく、黙って視線をうろうろさせる二人。
やがて、カノンがぼそりと呟く。
「あの」
「……」
「これからも、よろしくお願い、します……」
繋いだ手から伝わって来る、カノンの心臓の鼓動。
乱陀の鼓動も、カノンに伝わっているのだろうか。
乱陀は、横目でちらりとカノンを見る。
カノンも、横目でちらりと乱陀を見た。
目が合うと、自然と笑顔がこぼれてくる。
エリネに裏切られてから、二週間。
初めて心の底から笑えた気がした。
★
「やっほー!おお、甲羅市の英雄だ!
あれ?紅蓮町支部所属だから、紅蓮町の英雄になるのかな?
まあいいや、私、シグマっていいます。
甲羅市のダンジョン攻略、ライブで見てたよー。
よろしくね」
そこには、男子生徒たちに連れられて、第七音楽室までやって来た、赤毛の三つ編みの美少女がいた。
両手両脚が、金属になっている。
よく見ると、目もインプラントになっていて、瞳が猫のように、黄色に光っている。
その瞳孔も、猫のように、縦長だった。
どうやら、全身をサイバネティックスにしているらしい。
その赤毛の三つ編みの美少女、シグマは、男子たちの集団から、歩き出てくる。
背が、高かった。
というよりも、金属製の手足が長かった。
「話は全部、そこの後輩から聞いてるよ。
でも、私、自分の目で見たことしか信じないタチでね。
君のナノマシンの記憶、読ませてくれない?」
「そんなことができるのか?」
「レベル80のシーフを舐めちゃ駄目よ。
まあ、このスキルが欲しくて80まで頑張って上げたんだけどね」
「俺はどうすればいいんだ?」
「そこに立っててくれるだけでいいよ。じゃあ、ちょっと触るね」
「待て」
乱陀に触れようとしたシグマを、手で制する。
乱陀は、カノンを見る。
「カノン。シグマが妙な動きをしたら、迷わず撃て」
「はいっ!」
カノンは、白い拳銃のグリップに手を掛ける。
シグマが、目を白黒させている。
「あ~、はいはい。人間不信なのね。そりゃ当然か」
シグマが手を振るい、乱陀の軍服を掠めるように、一瞬だけ指先で触れる。
その手には、いつの間にか四角いデータディスク型のホログラムが浮かび上がっていた。
カノンが驚く。
「えっ?今ので終わりですか?」
「うん。今ので終わり」
これには、乱陀も目を丸くしていた。
シーフは、戦いには向かないため、シーフをジョブに選ぶ人間そのものがあまり多くない。
レベル80のシーフともなれば、天然記念物並みだ。
だが、高レベルシーフは、決して侮ってはいけないことを、今知った。
シグマは、乱陀から引き出したデータディスクのホログラムを、自分の側頭部に差し込んだ。
頭の中に半分ほど入り込む、立体映像のデータディスク。
目を瞑るシグマ。
どうやら、乱陀の経験を追体験しているようだ。
しばらく後、シグマはゆっくりと目を開く。
頬を引き攣らせながら。
「あ~、分かっちゃいたけど、エグいわー。
真宵市の英雄・勇斗の本性、これかー」
「で、どうなんだ。勇斗のナノマシンに記録されている、レイプの場面のデータ、盗めるのか?」
「できるよ~。勇斗に触れなきゃいけないけどね。あー、触りたくないなぁ」
シグマは、心底勇斗に触りたくないようで、うんざりした顔をしている。
すると、突然シグマは、乱陀に近寄って来た。
「そうだ!乱陀君!勇斗とエリネの逢引の映像データ、公開しちゃわない?乱陀君の無実も晴れるよ~!」
「ああ。構わない。勇斗たちのプライバシーなんて知ったこっちゃないからな」
それに、もし仮に、エリネ強姦の無実が晴れても、警官と冒険者の大量殺人を行ったことには変わらないのだが。
シグマは飛び跳ね、赤毛の三つ編みも揺れる。
「よし、決まり!でも今、このデータを広範囲にバラ撒く方法が無いのよね~」
「ネットにアップするんじゃ駄目なのか?」
「ついさっきからねー、『光の翼』のスゴ腕ハッカー系ジョブの誰かが、真宵市全体のネットに検閲をかけてるのよ。
勇斗が、飛行船から一人で逃げ出した映像が出回ったせいねー。
おかげで、ネットには『光の翼』に都合のいい情報しかアップできなくされちゃってるの。
もー、ディストピアだわー」
乱陀たちが、エドワードやマモリと連絡を取ろうとするのを邪魔している、ジャミングのスキルも、その人間の仕業だろうか。
ジャミングが解ければ、エドワードと連携できる。
だが、今になっても、まだエドワードすら信用できない乱陀。
土壇場で裏切られる妄想が、勝手に頭に湧き出て、こびりついて離れない。
その時、窓の外をぼんやりと眺めていた、ひとりの男子生徒が、怪訝な顔をする。
「ん?なんだあれ?」
その声に、他の男子も、窓の外を見る。
「どうした?」
「いや、あれ、こっちに向かって来てないか?」
「どれだよ」
「あの二つのビルの、ちょうど真ん中あたりに……」
乱陀も、つられて窓の外を見る。
二つのビルの間から、光る何かが、こちらに飛んできている。
それは、空飛ぶスケボー『エアボード』に乗った、十名の女子高生たち。
スカートから下着が見えないよう、全員が黒のスパッツを着用していた。
中央にいる長い黒髪の少女が、女子たちを率いている。
その女子は、右手からは炎、左手からは旋風を巻き起こし、まだ遥か遠くにいるはずの乱陀を、遠視魔法で瞳に映す。
「見つけたわ!水雲乱陀!女の敵!覚悟しなさい!」
カノンが、ホークアイのスキルで、その姿を捕捉する。
少女たちの頭上には、赤い三角のマーク。
「敵です!」
シグマが警告する。
「ツバキたちよ!」
ツバキ。
それは、勇斗と並ぶ、真宵市の英雄。
元はレベル90の魔術師。
乱陀が真宵市から追放される際、乱陀の左脚を焼いて炭にした、張本人。
乱陀により経験値を奪われ、今はレベル70前後と言ったところか。
乱陀は、黒銀の右腕を掲げ、黒い下向きの矢印を、ツバキの上空に出現させる。
「上等だ。ぶっ潰してやる!」
乱陀は『グラビティ・ギフト』を発動させる。
だが、それと同時に、ツバキの周囲の五名の少女たちが力を合わせ、球形の頑強な結界を発生させる。
グラビティ・ギフトが、その結界に圧し掛かる。
ひび割れ、砕けて行く結界。
だが、結界が割れると同時に、グラビティ・ギフトも効力を失い、消える。
防ぎきられてしまったのだ。
(やっぱり、高レベルがグループで来ると、まずいな)
いかにレベル139の乱陀と言えど、高レベルの集団相手には、負ける可能性は十分にある。
乱陀の目に、男子たちが入る。
身が竦んで動けない男子たち
思わず、男子たちに叫ぶ。
「何やってんだ!逃げろ!」
乱陀は、他人を案ずる言葉が出てきたことに、自分でも驚いた。
男子たちは、乱陀の一喝で我に返り、第七音楽室から、脱兎のごとく逃げ出した。
シグマも、男子たちと一緒に第七音楽室から飛び出す。
「戦闘は任せたよ!」
「ああ。任せろ」
窓の向こうからは、ツバキたちが再び結界を張って、スピードを落とさずに飛来している。
このまま、第七音楽室に突っ込む気だろう。
乱陀は、カノンに告げる。
「あの先頭の女はツバキ。
俺の左脚を焼いた奴。
相当な手練れだ。
気を付けろよ」
カノンは、その一言に、ぴくりと反応する。
「……乱陀さんの左脚を?」
カノンは、マントを払い、腰のベルトのホルスターから二丁の白い拳銃を抜き、スキルにより生成された、9mm雷撃弾を装填する。
軍帽の影で、表情が読み取れない。
カノンが、ぽつりと呟く。
「乱陀さん。なるべく死人を出さないって約束、まだ有効ですか?」
「ああ。なるべく、だけどな」
「なら……」
カノンは、銃口で軍帽の鍔を上げ、ツバキを睨む。
「死んだ方がマシな目に合わせてやります!」
その目は、怒りに燃えていた。




