バトルジャンキーズ!
乱陀が巨大なホオジロザメを斬り裂き、その死体から血の洪水が流れ出ている頃。
ランク4ダンジョン、奈落のアクアリウムの入り口にて。
斧を持ったポニーテールの少女、クレアが、回転しながら巨大な烏賊を斬り裂いてゆく。
触手の半分が、ぶつ切りにされ、血の海となっているアスファルトの道路に落ちる。
斧を振った遠心力で、宙を舞うクレア。
「へっへー!今のはクレアちゃん的に、10クレアポイントはあるね!」
クレアの両サイドからは、大剣二刀流の剣士の夫婦が跳ぶ。
そして、残る触手を細切れにした。
クレアが、剣士の夫婦に歓喜の声を上げる。
「わーお!すごい!30クレアポイントあげよう!」
血の海となった甲羅市のアスファルトに、びしゃりと着地するクレア。
そこを狙って、ビルの影に隠れていた巨大なウツボが、クレアの背後に猛スピードで迫る。
血の波を起こし、大口を開け、クレアに牙を剥くウツボ。
だが、チャンスを狙っていたのは、ウツボだけではない。
クレアの後ろには、いつの間にか現れていた、大きなハンマーを持った、細身の眼鏡の男。
冒険者クラン『バトルジャンキーズ』のリーダー、ブラッドラストだ。
ブラッドラストは、アスファルトが割れるほど、強く踏み込んだ。
地面に溜まっていたホオジロザメの血が、噴き上がる。
そして、下から上へとハンマーを振り上げ、ウツボの顔面に、ハンマーでアッパーカットを食らわせる。
鳴り響く轟音。
ウツボの頭が粉々に吹き飛んだ。
ブラッドラストのジョブは『バーサーカー』。
防御力を捨て、攻撃力に超特化させた、ピーキーなジョブだ。
「クレアさん。今のは、何クレアポイントですか?」
「さっすがボス。100クレアポイントあげちゃう」
「ちなみに、貯まると何か貰えるんですか、それ」
「クレアちゃんの印象が良くなります」
ブラッドラストは、眼鏡を金属製の指で上げて、ふふっと笑う。
「ならば、沢山貯めないといけませんね」
結界の壊れかけたダンジョンの入り口から、大きな肉食魚の群れが、続々と涌き出て来る。
バトルジャンキーズ、総勢二十名が、横一列に並ぶ。
全員が、大型の武器を持っていた。
中央に立つのは、ブラッドラスト。
ブラッドラストが、笑う。
「いいですねえ。戦い。
戦いこそが、我が青春。
皆さん、楽しんでますか?」
ブラッドラスト以外の十九名が、凶暴な笑顔で、武器の柄や先端を、血の海となった地面に叩きつけ、それを返答とする。
「よろしい。
バトルジャンキーズに、撤退の二文字はありません。
あるのは、前進の二文字のみ」
ブラッドラストが、ハンマーを片手で持ち上げ、もう目の前まで迫って来ている魚の群れに向ける。
「さあ。ブッ殺しましょう」
そして、魚の群れに駆ける、バトルジャンキーズ。
血に飢えた獣と獣が、ぶつかり合う。
それを物陰から見ている、一つ目。
エドワード・鳳凰院・十三世。
エドワードの周りには、散り散りになったはずの、結界使いたちが集合していた。
バトルジャンキーズが戦っている間、エドワードが駆け回り、なんとか掻き集めたのだ。
「あの魚が全滅した後、すぐに結界を張りましょう」
エドワードは、バトルジャンキーズが負けることなど、微塵も想定していなかった。
魔導院の軍人たちや、そこらの冒険者クランなどよりも、遥かに強かったのだ。
バトルジャンキーズは、趣味・戦闘、特技・戦闘、一番大切なもの・戦闘、の戦争屋たち。
今も、もの凄い勢いで、魚の群れを撃破している。
「よし、あと数匹……。
今です!」
ちょうど、クレアが最後の一匹を斧で叩き斬った瞬間、結界使いたちが、ダンジョンの入り口へと殺到する。
エドワードが、右手を前に差し出す。
ダンジョンの入り口に貼られる、黄と黒の縞模様の『KEEP OUT』のテープ。
その周りには、通行禁止の標識、バッテン印、注連縄、などの人それぞれ違うエフェクトの結界が、ごちゃまぜになって構築されてゆく。
結界による封印網が、完成した。
「よしっ!」
エドワードは、右手を握りしめる。
一旦は、モンスターの群れを封じ込めることができた。
後は、乱陀たちとバトルジャンキーズのみんなで、ボスモンスターを撃破し、ダンジョンコアを破壊するのだ。
上空からは、三百人の冒険者が乗った、飛行船が下りてきた。
その中には、乱陀とカノンも混ざっているはず。
飛行船のプロペラの風圧により、足元に溜まった血の海に、漣が立つ。
甲板に、乱陀とカノンの姿も見えた。
乱陀たちに手を振るエドワード。
「おーい!ここでーす!
……あれ?」
乱陀たちの様子が、何かおかしい。
一つ目を凝らし、飛行船の甲板を見つめるエドワード。
どうやら、冒険者の女性たちと、カノンが口論している様だ。
一体、何が起きているのだろうか。
徐々に、地上と近づく、飛行船。
プロペラの回転音に混じり、聞こえてくる、カノンたちの声。
「だからぁ!乱陀君には、私の方が相応しいって言ってるでしょ!このゴブリン!」
「乱陀さんの相棒は私なんですぅ!ね、乱陀さん!」
「ああ。俺は、カノン以外は信用しない」
「え~?乱陀くぅん。そんな冷たいこと言わないでよぉ」
「乱陀さんから離れてください!そこのポジションは私のものなんですっ!」
エドワードは、黙ってしまった。
どうやら、痴話喧嘩のようだ。
というか、冒険者の女性陣が、一方的に乱陀に迫っているだけみたいだが。
飛行船から、降りて来る乱陀。
その後ろでは、大声で怒鳴り合っている、カノンと、冒険者の少女たち。
パイロマンサーの山嵐迅が、甲板の上から、ブラッドラストに叫ぶ。
「お~い!ブラッドラストぉ!
バトルジャンキーズも勢揃いしてるじゃねえかよぉ!
何で俺を誘ってくれなかったんだ!
水臭えぞぉ!」
ブラッドラストも、迅に返答する。
「迅さん!
こっち戻って来てたんですね!
てっきり、仙台のダンジョンに居ると思ってたもので!
いやあ、すみません!」
迅が、甲板から飛び降り、ブラッドラストの元へと駆け寄る。
「なあ、ブラッドラスト。
あの金ピカのしっぽ、知り合いか?」
「ええ。ダンジョンを一緒に攻略する予定です」
「……アレ、なにもんだ?」
「私も、詳しくは知らされてません。
なので、彼が、あの巨大な鮫を二つに割った時は、私もびっくりしました」
「アレ、お前より強くねえか?」
「はい、私よりも強いですね」
ブラッドラストと迅の会話を聞いてしまい、エドワードは苦笑い。
まさか、レベル138とは思ってもみないだろう。
だが、エドワードは全く別の事を懸念していた。
このダンジョン、本当にランク4なのか、と。
★
その後、各クランの代表者たちと、エドワードは、互いに自己紹介を終わらせた。
今は、ダンジョンの入り口前に、三百人以上が、一斉に集合している。
エドワードは、皆に問う。
「この中で、鑑定眼持ってる人います?」
ぱらぱらと、手が上がる。
エドワードは、まっぷたつになった、巨大なホオジロザメの右半身を指差す。
「あれのレベル、見ました?」
全員が、こくりと頷く。
「じゃあ、答え合わせをしましょう。あれのレベルは……」
鑑定眼持ちの声が揃う。
95、と。
迅が、声を上げる。
「俺のレベルは77だ。
その俺が、大したダメージを与えられなかったからな。
だから、そこに驚きはしねえ。
確認したいのは、そこじゃねえ」
迅が、サングラスの奥から、エドワードを見る。
「ここ、本当にランク4なのか?
ランク5の間違いじゃなくてか?」
「……僕も、同じことを考えていました。
でも、マップ上の表示でも、鑑定眼でも、ランク4と出ているんです」
先ほどの巨大なホオジロザメは、どう見てもランク5に出てくるような、最上級モンスター。
全員が、首を傾げて、唸る。
結界隊のリーダーの巫女が、エドワードに聞く。
「ダンジョンのランクって、ボスモンスターのレベルで決まるんですよね?
だったら、ボスモンスターがランク4レベルということは、ありませんか」
「可能性はゼロではないのですが、普通に考えると、ボスモンスターは、ダンジョンで一番強いはずです。
さっきのホオジロザメよりも、たぶん」
全員が、またもや唸る。
そこに、すたすたと、ダンジョンの入り口に向かう、黄金の尾の男が一人。
乱陀である。
「この場で議論をしても結果は出ないだろ。直接見た方が早い」
「あっ!乱陀さん、待ってください!私も行きます!」
乱陀の後ろに、カノンが付いてゆく。
そこにかかる、迅の声。
「あ~、そういや、アンタ、一体何者だ?」
乱陀は、黄金の尾を揺らしながら、歩みを止めず、応える。
「さあな。鑑定でも何でも、勝手にすればいいだろ」
ダンジョンへと入って行く乱陀とカノン。
迅は一人、肩をすくめた。
そして、鑑定眼持ちの冒険者へと顔を向ける。
「なあ、聞いてただろ?あいつのこと、ちょっと見てく、れ……。
ど、どうした?」
鑑定眼持ちの冒険者たちは、皆、乱陀に目を向けて、顔を引き攣らせている。
「な、なあ。みんな、見たよな?」
「うん、見た……」
「えっと、俺の目がおかしくなってなければ、だけど」
「たぶん、みんな、同じものを見たと思う」
冒険者たちは、現実感のない目で、見合う。
そして、せーので、目撃したものを口に出した。
「レベル138」
今度は、迅の顔が引き攣る番だった。
★
ダンジョンの入り口を潜ると、まるで空気のある海中のようだった。
最初の一歩を踏み出すと、重力が上下逆になり、天と地も逆転する。
水の中を泳ぐように、ふわりと天井に落ちる。
ここから先は、ビルの最上階が、最下層となるのだ。
ダンジョンと言うからには、薄暗くて狭苦しい屋内を想定していたが、真逆だった。
そこは、最下層まで吹き抜けになった、大きな奈落。
天上も壁も明るく光り、空気はまるで透明な水のように、光を乱反射させていた。
大きな泡が、ふわふわと宙に浮いて、光を浴びて七色に輝く。
壁からは、カラフルな珊瑚が生えていて、小さな魚やタツノオトシゴが宙を泳いでいた。
最下層まで続く、大きな吹き抜け。
遥か遠くの最下層に見えるのは、おそらくは巨大なクラゲ。
あれがボスモンスターと思われるが、この距離では鑑定眼も射程外のため、詳細は不明。
乱陀とカノン、エドワード、バトルジャンキーズと山嵐迅、そして飛行船に乗って来た二百人が、ランク4ダンジョン、奈落のアクアリウムへと乗り込んでいた。
飛行船の残りの百人は、ダンジョン外で結界を張り、モンスターが外に出てこないように封じ込める役目だ。
乱陀たちの目の前には、広大な穴。
水中のように浮力が働いている今ならば、ただ飛び降りれば、最下層まで到着できる。
しかし、ここはランク4ダンジョン。
一筋縄では行かないはず。
迅が、吹き抜けから顔を出し、下層を覗き込む。
「これ、このまま飛び降りりゃあいいのか?」
ブラッドラストが、続ける。
「いえ、もし空中で敵に襲われた場合、足場がないと、戦士系ジョブは武器が振れません」
エドワードが、吹き抜けの縁に立つ。
「なら、足場を作りましょう」
エドワードが右手を前に差し出すと、黄と黒の『KEEP OUT』のテープが、何本も吹き抜けに張られて、円形の透明な分厚い壁の地面が発生する。
結界による、即席のエレベーターが誕生した。
ふわふわと浮いている、結界で作られた床。
乱陀たちが、ぞろぞろと乗り込む。
全員が乗り込んだ所で、ゆっくりと下層に向かって沈んでゆく結界。
壁には、色とりどりの、美しい珊瑚礁。
乱陀は、元恋人のエリネと来た水族館を思い出し、胸がちくりと痛んだ。
カノンが、乱陀の手をそっと握る。
カノンは満面の笑顔だ。
八重歯のような牙を覗かせて。
「乱陀さん、私、一緒に水族館行きたいです。
嫌な思い出、全部、楽しい事に上書きしちゃいましょう!」
乱陀は、軍帽の鍔を押さえ、笑う。
「……ああ。そうだな。そうしよう」
乱陀は、自分でも意外だった。
エリネとの思い出を前にして、穏やかに笑えることが。
これも、カノンが隣にいてくれたからだろうか。
エリネたちに裏切られる前の、素朴な心の乱陀には、二度と戻れない。
人間不信も、生涯治らないかもしれない。
しかし、今の乱陀の心の中には、笑顔のカノンが、確かに息づいていたのだ。
明るい緑色の肌の、可愛いゴブリンの少女が。
「カノン」
「はい?」
「ありがとうな。その、色々と」
照れくさくて、そっぽを向く乱陀。
カノンは、大きな目を潤ませて。
思い切り、乱陀の腕に絡みつく。
もし、もしカノンだけは乱陀を裏切らないのであれば。
たとえ、人間不信が一生治らなくとも。
こんな生活も、悪くないかもしれない。
エドワードが、一つ目で辺りを見回す。
その目に映るのは、モンスターの名称とレベルが、大量に。
エドワードが、その場の全員に警告する。
「とうとうお出ましですよ!壁の中からです!全方位から来ます!」
ダンジョンの壁をすり抜けて、次々と顔を出す大きな肉食魚、数十匹。
迅が、逆立った赤い髪の毛を、紅い炎に変える。
「当然、来るに決まってるよなあ!」
ブラッドラストが、ハンマーを構える。
「来ない訳が無いですからね」
乱陀とカノンの黒いブーツから、赤い魔法陣が広がる。
乱陀の左頬に輝くのは『Six Feet Under』の文字。
「行くぞ、カノン!」
「はいっ!」
カノンも、ベルトのガンホルダーから、二丁の拳銃を抜き、銃口を魚の群れに向ける。
二百名の冒険者の中に、ひとり、マントに付いたフードを被った男が混ざっていた。
顔は、目深に被ったフードで見えない。
おそらくは、若い男性。
マントの下は、鎧のようだった。
その腰には、剣を差していた。
レジェンド級装備、『天剣』を。




