4.義母のお叱り
扉が閉まる。
彼女には、かなり衝撃的な光景を見せてしまった。
すっかりお痩せになってしまった義母の瞳は、昔と変わらず俺を強く捉えている。
会う度に、お前はいつ娘と向き合うつもりだと非難していたあの瞳。俺はずっと、逸らし続けた。
それが、この様だ。
「これまでは、あなた達夫婦の事だからと、私も見守っていました。
けれど、本当に手放してしまうなんて。
あなた、いつまで逃げるつもり?」
義母の手が震えている。
慣れない事をさせてしまったと、申し訳なく思う。
「よくも、何十年間も、私の娘を傷つけてきましたね。
あの人が生きていたら、こんなものじゃ済まなかったでしょう。
私だって、体力さえあれば本当はあなたに平手打ちしてやりたいくらいなのです」
「…返す言葉も、ございません」
全て失った後に、ようやく向き合う覚悟が出来た不甲斐ない元婿。
でもこうして手紙を寄越して、俺にまたチャンスをくれた。それは俺のためじゃなく、あくまで娘のために。
「あの子、私が死んだら修道女になるそうよ。
それに、ここでの生活も随分と楽しい様だし、あなたが出る幕なんてないかもしれませんよ」
「分かっています。
それでも、私は彼女に会いに来ました。
私なりに伝えて、どうするかは彼女次第ですが」
「…無理矢理にでも連れて帰る、くらいの気概を見せなさいよ。全く、こんな男のどこが良いのやら。
とにかく、あの子はあの人に似て頑固ですからね。
私も長年の恨みがありますから、あなたなんかに協力なんてしませんよ。
あの子と正々堂々向き合って、痛い目に遭うといいでしょう」
「はい」
俺があまりにも真っ直ぐに見つめて返事をしたからか、義母は大変不服そうな顔をした。
「…何ですか。すっかりすっきりした顔をして。
何もかも遅すぎるのです、あなたは。
ああ、久しぶりに大きな声を出して疲れました。
あなたも出て行って頂戴」
「ありがとうございました。
しばらく、ご厄介になります」
「やはり、ここに留まるつもりなのですね。
それくらいするべきですが、私の前には極力現れないで下さい。心臓に悪いですから」
「心得ます」
それでもここの滞在を許してくれる、娘想いの優しい義母。
俺は薄く笑いながら、部屋を後にした。
「クリス…!」
部屋から出るなり、心配そうな顔をしたティアナが駆け寄る。
その手には手拭いが握られていた。
「ごめんなさい…その、母が…まさかあんな事をするなんて…」
「いや、それくらいの事をしたんだ。
むしろ、これで許されるとも思っていない」
「その…母と、一体何の話をしていたのですか?」
まるで吸い込まれそうな、二つの深い青の瞳が俺を見つめる。
「クリス?」
彼女に名を呼ばれて、ハッと我に返る。
久しぶりに見た彼女の綺麗な瞳に、思わず見惚れていた様だ。
「それは…今度、また話す」
「…今度?今度って…
あっご、ごめんなさい。早くお拭き下さい。
風邪をひいてしまわれます」
そう言って彼女は手拭いを広げ、俺に手渡そうとする。
俺はそれをあえて貰わず、じっとしてみた。
「…え?」
まさか私に拭けと?といった、明らかに動揺している、いや、引いているに近い表情。
「…ありがとう」
俺はすぐに諦め、大人しく手拭いを受け取った。
これは本当に、道のりが長そうだ。