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これはね、とある町のとある中学校のお話なんだけれど、三階の女子トイレ、右側三番目のトイレには花子さんが住んでいるんだって。
もし彼女に会いたいなら、三度ノックをしてから鈴を鳴らしてこう言うの。
花子さん、遊びましょう、って。
そうすればきっと答えてくれるわ。
だって花子さんは、誰かが遊びに来るのを今か今かと待っているのだから。
※
「たーいーくーつーなーんーじゃー!」
とある町のとある学校の三階女子トイレ、右側三番目の個室で少女はじたばたと両の手足を動かしております。
それだけではもの足りないのか、トイレットペーパーを巻いては戻し、巻いては戻しの繰り返し。
少々お行儀が悪いですがご容赦を。
彼女はまだ十歳にも満たない少女なのです。
まぁ、見た目の話ですが。
とにかく花ちゃんはそれはそれは暇でした。
この中学のトイレを居住地に決めて数ヶ月。
遊びに誘ってくれる人はおろか、ここのトイレを利用する人も片手で数えられるほどしか来ておりません。
しかし花ちゃんは自分からは誘いに行けません。
それは霊だからという不可思議な理由からではなく、花ちゃんは誰かに誘われたいのです。構ってちゃんなのです。
「やっぱり小学校にすれば良かったかなぁ。
でも皆逃げちゃうし」
もうすぐ日も落ちる時間。
結局今日も来客は来ないままでした。
便座に腰掛け、足をぶらぶらさせていると、扉の向こうのさらに奥、廊下の方がざわつきます。
そしてすぐ、隣の個室に誰かが入ってきました。
そのうちすすり泣くような声が聞こえてきて、花ちゃんはあわてふためきます。
(えっ、えっ?どうしよう、声かけなきゃ、でもどうやって?)
花ちゃんは前に警備員室のトイレからこっそり盗み見たテレビを思い出します。
上から目線は良くないと。
特に初対面の相手にそれをやると嫌われてしまうよと画面の向こうの男性が話していたことを。
(勝手に扉を開けるのはもっとよくないし、でも泣いてるの可哀想だし)
花ちゃんは首を捻っては戻し、捻ってはまた戻しを、首が取れちゃうのではないかと思うほど繰り返します。
花ちゃんは幽霊なので首が取れても大丈夫ではありますが、扉を通り抜けたり空を飛んだりすることは出来ません。
そこで花ちゃんは下から覗き込むことにしました。
人が通れる隙間はありませんが、花ちゃんの小さなお顔を覗かせるぐらいならこんな小さな隙間でもお茶の子さいさいです。
髪が顔に張り付くので視界は悪くなりそうですが、それぐらい我慢出来ます。
(よし、頑張るぞー。
挨拶は笑顔で、元気良く、よし!)
さぁ花ちゃん選手、大きく息を吸い込みました。
元気いっぱい笑顔で挨拶出来るでしょうか。
「ぐす……っ……?なんの音?」
「こ、こんにちはー?」
「ぎゃああぁぁぁっ!!」
※
「なるほど、トイレの花子さん」
女子トイレを貸しきっての渾身の大合唱から落ち着いた頃、花ちゃんと少女は正座で向かい合っておりました。
清潔に保たれた校内のトイレとはいえ、さすがにばっちぃのでは?と思われるでしょうが心配ありません。
花ちゃんは私物の可愛らしい桜模様のお座布団を持ってきたので円満解決です。
「それで花子さんはずっとこの学校に?」
「ううん、違うよ。
いろんなトイレに住んでたよ」
「えっと、じゃあなんで今はここに?」
「学校ならたくさん人がいるでしょ?!花ね、お友達たくさん作りたいんだ」
そう言って花ちゃんは一冊のノートを少女に見せます。
花ちゃんの一番の宝物、友達100人出来るかな帳です。
そう、花ちゃんはお友達を100人作りたいという夢があるのです。
何かの歌でありましたね。
どれぐらいかかっているかとかはひとまず置いておきましょう。
何はともあれ素敵な夢です。
「今まではいろんな人が声をかけてくれたんだ。
花子さん遊びましょう、って。
でも出てきたら皆逃げちゃうんだもん」
「まぁ、そうなるよね」
少女は当然だと納得します。
逃げられない個室の中でなければ、自分も逃げ出していたと心の中で思いました。
「そうなの。
とっても可愛くて気後れしちゃうからって何も逃げなくてもいいのに」
失礼しちゃうわ、と不満げに息を洩らす花ちゃんに少女は呆気に取られます。
そう、この物語の花子さんは驚くほどに明るく、とってもポジティブだったのです。
「でも、花はお友達がたくさんほしいの。
一緒に遊んだり、勉強したり、楽しいこといっぱいしたいの!」
目を輝かせ、無邪気に夢を語る花ちゃん。
その姿は自分なんかよりずっと輝いていて、少女は少し心が痛みます。
「花ちゃんは、私と逆だね。
私は学校行きたくないから……」
「どうして?」
「どうしてって、その、いじめられてるから。
毎日毎日嫌がらせされるし、酷いことたくさん言われるし……」
「ちーがーうー!
なんで行きたくないのに行くの?酷いこと言う人と会わないと駄目なの?」
「それは……学校ってそういうところだし」
「?よく分かんない」
「そうだよね。
花子さんはまだ子供だもんね」
「むー!子供じゃないもん!
そろばんだってもう出来るもん!」
「あ、そっか、ごめん。
私より大人?なのかな」
見た目は幼女ですが、花子さんはお札の偉人が変わっていくのを一体何度見たことか、な立派な大人です。
まぁ花ちゃんはお札なんて見たことないかもしれませんが。
「でも、話せて少しスッキリした。
ありがとう花子さん」
「どーいたしまして。
また花とお話してね!」
それから少女は、放課後毎日のように花ちゃんに会いにくるようになりました。
花ちゃんと話しているうちに、少女は段々と明るく笑うようになっていきます。
そんなある日のこと。
「花ちゃん、私ね引っ越すことになったんだ」
「えっ?お引っ越し?
お引っ越しって遠くに行っちゃうあれ?」
「うん、そう」
少女が悲しい顔で頷くのを見た花ちゃんの目から、ぽろぽろとたくさんの涙がこぼれ落ちていきます。
「ふぇ、ひっ、く……せ、せっかくお友達になれたのに……」
「花子さん、あのね、離れてても友達だよ。
それとも会えなくなったら、花子さんは私のこと忘れちゃう?」
「わ、忘れない!」
「うん、私も。
だから遠くに行ってもお友達だよ」
少女の言葉に、花ちゃんは両手でごしごしと溢れ出る涙を拭います。
そして真っ赤な目をしたまま、少女の片腕にぎゅっとしがみつきました。
「お姉ちゃん、お写真撮ろう!」
「え?!いいけど、スマホ教室だし。
あと花子さん携帯持ってる?」
「大丈夫!花のおめめ、高性能カメラついてるから!
出来た写真もすぐにお口から出てくるよ!」
「なにそれこわっ?!便利だけど怖いよ!」
てんやわんや、すったもんだしながらも、花ちゃんは少女と写真を撮ることが出来ました。
花ちゃんカメラの一番良いところ、それは花ちゃんの姿もきちんと写ることです。
花ちゃんは胸いっぱいの幸せを噛みしめながら、写真をノートにペタリと張り付けます。
お道具箱の糊もようやく使うときが来たと喜んでいそうです。
「もしどこかで会えたら、また花と遊んでね」
そう言って日記を抱きしめた花ちゃんは、あっという間に夢の中。
真夜中の女子トイレ、普段は一人でさみしかった花ちゃんですが、今晩からはそうじゃなくなるかもしれません。
友達100人出来るかな
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